ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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212 新たな力

 

 

 フヨリフヨリと浮く水の球体は、さながら大きなシャボン玉の様であった。

 とても意思のある生物には見えないそれは、けれども宙をスィーと自由に泳ぎ回っている。

 

 俺を含め、勇者一行は何も行動を起こせない。やはり目の前の生命体があまりに未知過ぎて、どう接触すればいいのか判断に悩むのではないか。

 

 仕方なく相手の行動を見守っていると、最初球体だった水精は、気づけば水滴型に姿を変えていて。なんだか少し魚っぽいなと感じていると、トプリと湖に姿を隠してしまった。

 

「ええ、なんか自由だな」

 

 すぐさまにバシャンと水面から跳ね上がってくるのだけど、俺はその様子を唖然と眺めてしまう。

 

 予想よりも随分高く跳ね上がり、尾に引く水がアーチを描く。最初は1メートルくらいの球体だったくせに、湖で水分を取り込んだのか、現れたのは30メートルくらいはありそうな、それは大きなもので。

 

「なんだありゃ。魚か?」

 

「さぁ。とりあえずデッカイわね」

 

「か、可愛い」

 

 ボソリと呟くティアはさておき、ヴァンとカノンさんは頭上を見上げながらに眉を顰めた。俺はそんな二人を見ながら、アレを知らないのかと逆に驚く。

 

 ずんぐりむっくりとした水滴型の巨体に、尾とヒレが付いた姿。そう、ドラゴンもいるこの世界ではどうだか知らないが、地球では最大の哺乳類として有名なクジラさんである。

 

 俺は空を仰ぎながらにおおうと息を呑む。大きさも凄いが、なにより存在感に気脅されたのだ。内包する魔力量が規格外だった。未だに他人の魔力や地脈などを感知出来ない俺にでも肌で理解出来る程の圧力がある。

 

『さて人の子よ。如何に我を呼び出した。勇者であれど、相応の理由が無ければ罰を与えるが』

 

「水精ウィンデーネよ。呼び掛けに応じて下さいまし、まずは感謝を。世には再び魔王の動きがあります。どうか勇者の本分を果たす為にも、貴方の力添えを頂きたく」

 

 フィーネちゃんはカノンさんに支えられながらも、毅然とした態度で精霊に向け告げた。

 次の瞬間鼓膜を揺るがすのは笑い声か。上空で大きな水のクジラがプルプルと震え、降る注ぐ衝撃に身体ごと揺さぶられる。

 

『ハハハ! アハハハハ!! 力添えだと。勘違いをしているぞ。我は、否、我らは勇者だから力を貸したのではない。あの男に、勇者ファルスに惚れ込んだからこそ加護を与えたのよ!』

 

 まるで人間程度が思い上がるなとばかりに大上段から降り注ぐ嘲笑。

 しかし勇者はめげることも無く、相手を見据えて言った。

 

「ならばこのフィーネも貴方を惚れさせてみせよう。私の生き様を見届けるといい」

 

 俺は自然と頬が吊り上がるのを感じる。良い啖呵だ。それでこそ俺たちの勇者様だぜと、彼女を支えるべく傍へと移動する。心境は皆同じか。僧侶に肩を借りる勇者の元へ、剣士が、魔女が、雪女が寄り添った。

 

「告げる! 我が名はフィーネ・エントエンデ。今代の勇者にして悲劇を終わらせる者成り。12神が1柱よ、刮目せよ。勇者ファルスの意思は私が継いだ!」

 

 フィーネちゃんが天にかざすは、刀身の透明な宝石剣。銘をクエント・デ・アダス。奇しくも伝説の勇者ファルスの愛剣だった。

 

 てっきり精霊の元を回るという発想はジグルベインのアドバイスを得たからだと思っていたが、彼女なりに思う事もあるのだろう。聖剣を手に入れたばかりに、その意思すら引き継ごうとフィーネちゃんは立ち上がっていたのだ。

 

『……アダス。そうか、お前は再びに主を見つけていたか』

 

 短い呟きはまるで勇者も俺たちも眼中になど無いようだった。しかし透き通る声に、確かに哀愁が混じる様に感じる。

 

『構えよ次代の勇者よ! この御霊をくれてやろう。あれだけ吠えたのだ、無様だけは晒してくれるなよ』

 

 その心変わりは如何なものかウィンデーネは力をくれると言った。確かに言った。

 だが、ならばどうしてと、水精の取った行動に疑問を覚える。

 

「ふざけんじゃねーぞ!!」

 

「くっそ。毎度毎度どうしてこうなる。【展開】!」

 

 落ちて来やがった。頭上から、30メートル程の巨体で。

 いや、自由落下ならまだ可愛らしいだろう。尾を振り加速し突っ込んでくる様には悪意すらも覚える。

 

 それでなくても勇者一行は降り注ぐ水で離れ離れになったばかり。トラウマを抉る様な水精の行動に誰もが憤った。

 

「待って、みんな。剣が震えてる……もしかして」

 

 落ちてくるウィンデーネを避けるべく、早々に魔法陣を展開する魔女。今回は足場があるので身体強化を施し仲間の手を引く俺とヴァン。けれどもそんな俺たちに向け、フィーネちゃんは動くなと命令を出す。

 

(カカカ。そうじゃそれで正解よ。アダスはあの男が求めた、勇者の全力にも耐えうるただ一振りの剣だ)

 

これにて幕引き(デウス)、悲劇の幕よ(エクス)今終われ(マキナ)

 

 クジラの形をした巨大な水塊に優しく剣が突き立てられる。ダイヤの様に透明な刃は勇者の魔力を纏い、眩い七色の光を帯びていて。トプンと沈み込んだが最後、実は風船でも突いたのではないのかと思わせるくらいにあっさりとクジラは霧散した。

 

「すげえ。そういやちゃんと撃つの初めて見たかも」

 

 水飛沫が雨の様にザァと降り注ぎ、結局濡れてしまったかと髪を掻き上げる。

 なるほど水精の目的はこれか。どうやら分体だったらしいけれど、クジラはそれはもう膨大な魔力を持っていた。その魔力が行き場を失い、祝福の雨となって降り注ぐ。

 

「ん……ふぅ……んあ」

 

 元はフィーネちゃんが呼び出したからか、雨の影響を受けるのは勇者だけらしい。文字通りに浴びせられる魔力の雫にフィーネちゃんは右胸を抑えならが喘いでいる。心の中でなんかエロいなと思い眺めていると、どうしてバレたのかイグニスが尻に蹴りをくれてきた。

 

「さて。一応目的は果たせた……のか? どうなんだいフィーネ」

 

「うぅ……。たぶん」

 

 フィーネちゃんは息を切らしながらも、見てと聖剣を掲げる。俺たちはどれどれと覗き込むと、透明な刀身の中に青い輝きが宿っている様子がハッキリと見て取れた。

 

「え、それだけか?」

 

 案外しょぼいなとヴァンが呟く。加護という物が良く分からない俺とカノンさんもうんうんと同意した。すぐさまにイグニスが否定し、そんなわけないだろうと付け足しをくれる。

 

「四大精霊は精霊でも最高位、神として数えられる存在だ。そんな存在から御霊分けを受けたんだぞ。少なくとも水の適正は跳ね上がっていると思うよ」

 

「あ、ほんとだ。ちょっと魔力流すだけでも水を感じる……え、嘘やだ。水が強すぎて他の属性変化が出来ないぃ!?」

 

 にょあーとフィーネちゃんの悲鳴が響く。彼女の得意な雷は火と風の複合属性だ。それが強すぎる水属性で邪魔をされるらしい。俺もジグルベインに締まらない男だと笑われる事が多いけど、どうして勇者様も締まらないものだ。

 

 思わずアハハと笑い声が漏れて、それが呼び水となり一行に笑いが広がった。

 フィーネちゃんから見れば笑い話ではないのだろうけれど、全員無事に目的を果たせたならば、もうそれだけで万々歳だ。

 

「さて、無事終わったなら取り合えず砂浜まで戻りましょうか」

 

 カノンさんがフィーネちゃんをよいせと背負い言う。勇者の力を短いスパンで使いヘトヘトとなった金髪の少女は、ごめんねと言いながら力無く僧侶の背中に伸びている。

 

「ぶえっくしょーい。ああ、クソ。水精のせいでずぶ濡れだ。早く焚火に当たりてえ」

 

「まったくだ。今回は薄着で来たから余計に寒いな」

 

 足元をずっと水に浸していたので体温が随分奪われていたようだ。愚痴るヴァンに意外と寒がりなイグニスは腕を擦りながらに賛成をした。確かに今居る場所は浅瀬の湖の中。陸地に辿り着くまで野営もままならないのであった。

 

「うう。帰り道は距離が分かっているだけに辛いものがあるわね」

 

「ですねー日が暮れる前に着けばいいけど」

 

 何はともあれ水精ゲットだぜ、と言ったところだろうか。

 

 

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