ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
216 選択肢
俺は勇者一行が借りている部屋に戻って来ていた。大使館の別館3階にある部屋だ。
凄いよ。貴族用の部屋なのか1人部屋にしてはやたらに広い。それに高そうな家具や魔道具までも完備しているし、ベットは天蓋付きでお姫様が使っていそうなものだ。
内装はお国柄が出るのか、シンプルだったランデレシアに比べてこっちは結構派手で。
家具から小物からカラフルな物が多く、若干目に痛い。こっちの貴族はこういう物が好きなんだろうなと、天井にまで描かれた模様を見て思う。
(んで。お前さんはどう動くんじゃ?)
「んー。どうしようかね」
広い部屋のど真ん中に一人で居るというのは物寂しく、ついつい壁際に寄り添うのは小市民の性か。窓辺の作業机によいせと晩酌セットを並べた。使用人に言えば用意してくれるぞとイグニスが頼んでたので俺もお願いしてみたのだ。ジグルベイン用だけどね。
俺は皿に並べられたおつまみの中からチーズをヒョイと頬張り、青く色付いたグラスにワインを注ぐ。そして一口お先に頂いた。
「なんか物事が大きすぎちゃって、自分が何をすればいいのか分からないんだよなぁ」
この部屋と一緒である。広くて大きいと、何処に居ればいいのか何をすればいいのか見えないものだ。まぁそれは俺が自分の意志が薄いせいかも知れないが。
ふと視線を窓の外に運ぶ。大使館と宮殿は存外近い。今は夜だから輪郭くらいしか見えないけれど、部屋からでも厳かな建物の一部が見てとれた。その宮殿では川の民が現在元気に立て籠もり中である。
別に人質を取った武力決起ではないらしく、むしろ逆。
王の居る宮殿に他の族長を寄せつけない事で会議の続行を不可能にしているらしい。そういう意味では王様が人質とも取れるのだろうか。
(なんかどっちも計画犯だと言っておったなぁ)
「ただの予想だけど、イグニスのは結構当たるからね」
俺とイグニスはこの町にイカダでやって来たわけだが、その理由は川の民の貴族が移動に船を全部使ってしまっていたからだ。それは既にこの状況を見越していたのだろうと魔女は言った。王女様も、そうでしょうねと同意する。
なんでも今は川の民の王子が不在なのだとか。実はこのシュバールには川と草原以外にも、海の民と呼ばれる人達が居るようで、王子様はその人達と渡航に出てしまっているらしいのだ。
つまり草原の民は王子不在を狙って会議を開き、政権をよこせと主張している。川の民はそうはさせぬと、立て籠もりまでして王子の帰還を待っているのではないかと。
「この状況で俺が出来る事あるー?」
(好きにしたらいいのだ。儂はお前さんが国盗りしたいと言っても応援するぞ)
「そんな柄じゃないよ。大体ジグは天下取って何したかったのさ」
(儂は誰かの下に居るなど御免被る。ならば世界とだって戦うわい。カカカのカ)
流石は魔王。気質で済ませるには実に迷惑な性格である。まぁそんな事は置いておいて、俺には幾つか選択肢があった。
1.イグニスと行動をする事。奴はタルグルン湖で襲撃されたお返しをするのだと息巻いている。犯人に目星を付ける為に王女とあれやこれやと作戦を練っているようだ。
2.フィーネちゃんと行動する事。勇者として特異点の扱いを任された彼女は、判断するためにも町の様子や歴史を知りたいと言った。ならばとカノンさんは教会の利用を勧める。教会なら古くからの歴史が貯蔵されているからと。
3.スティリーアさんと行動する事。ウェントゥス領がシュバールと取引しているようで、挨拶がてらこの国の貴族達から現在の情報を集めてくると言っていた。ヴァンが護衛として同行するという話なので、ここは俺が居ても色々邪魔だろうか。
「ジグはどれがいい?」
(4.勇者共なんて放って置いて儂と遊ぶ! どうじゃ)
くぅ。欲求に素直な奴だ。まぁみんなと一緒だとジグとあまり喋れないから気持ちは分かるのだけどね。晩酌に付き合うから勘弁してくれ。
しかし自分ではこっちの世界に来てから割と忙しく動き回っていたイメージがあるのだけど、どうも状況に振り回されていただけらしい。立ち止まる俺と違い、みんなは自分のやるべき事を見つけ行動に移すのだから見習いたいものである。
一応俺の目標としては、フィーネちゃんにこれ以上重荷を背負わせない事か。勇者として魔王の爪痕を消す時に川の民も草原の民も納得してくれていたら万々歳だとは思っている。
でも現状の俺はシュバール国に対し限りなくフラットな感情だ。国や土地に思い入れが無く、どこの勢力にも属しておらず、友達や知人すらも居ない。そんな俺が国の未来を求め争う川と草原の民達に何も言えるはずが無かった。
「あーダメだ。風呂でも入ってサッパリして来ようかな」
(ま、目標が漠然としていては行動に移せんわな)
俺はグラスに注いだワインを一息に飲み干して、そそくさと入浴の準備をした。
準備と言ってもタオルからバスローブまで全部脱衣所にあるので部屋の鍵を持って戸締りするくらいだけど。
◆
「なんだヴァンも風呂かよ」
1階にある大浴場に向かうと脱衣所でヴァンと一緒になってしまった。
すでに上着を脱ぎ、鍛えられた上半身を晒す少年がおうと短い挨拶をしてくる。俺は後から来たのでどうぞお先にと言って引き返そうとした。
「おいおい、大浴場なんだから一緒に入ればいいじゃねえかよ」
「む、むう」
もっともな意見である。男同士でも肌晒すの恥ずかしいなんて言い訳はパンツ一枚で湖を泳いだ後では通じまい。ジグルベインにすまんなと謝って、俺もいそいそと服を脱いだ。
「ツカサ、あの扉の奥が蒸し風呂ってのになってるらしいんだけど、使った事あるか?」
「へえ。あるのも知らなかったよ。入ってみようかな」
「おう行こうぜ行こうぜ」
体を洗い、いざサウナへと向かうと、なるほど扉の横には蒸し風呂の看板と説明分が書かれていた。どうにも草原の民の伝統的な入浴方法の様だ。草原を移動しながら生活する彼らはテントの中を蒸し風呂にして使っていたのだとか。
「おーこんな感じなんだ」
日本でも入った事が無いので初体験である。蒸気を密閉する為に室内はそんなに広くは無い。今はまだ湯気が漂っている程度の温度だが、木材で組まれた空間は木の優しい香りに包まれていて、とても気分を落ち着かせた。
「ええと。この桶で石に水掛けりゃいいのか」
ヴァンが悪戯小僧の様な顔で熱石へと水を掛けた。瞬間、石はジュウと音立て湯気を上げる。湿度の増えた空気はべたりと重くて肌に纏わりつく様だ。それだけでも体感温度が一気に増した様に思えた。
「そういやティアが、助けられたお礼がしたいから今度飯でもどうだって言ってたぜ」
長椅子に腰掛けたヴァンがそんな事を言ってくる。コイツの口から出るという事は、先に相談を受けたという事だろう。仲は順調なのだなと微笑ましい気持ちになる。
「分かった。明日でも会ったら返事しとくよ」
「おう」
そして暫し沈黙に陥り、何か話題はと考えた所、部屋で悩んでいた俺がどう動けばいいのかを相談して見る事にした。
「ヴァンはさ。今の状況で俺は何をしたらいいと思う? どうにもやる事が見えなくてさ」
「ああ? いつも通りイグニスと何かしてりゃいいじゃねえかよ」
「いや、王女様と動いてるみたいだから邪魔してもあれかなと」
そういうと少年はくだらねえとばかりに、ハハハと笑って見せた。
「俺だって何すりゃいいかなんて分かんねーよ。そんな時は分かる奴に聞くのが一番だぜ」
仲間なんだから迷ったら相談すればいいのだと、実にシンプルな答えを聞かせてくれる。
手伝えと言われるかも知れないし、別の指示を受けるかも知れないし、とにかくやる事は見えるのではないかと。
コイツも雪女に手伝う事はないかと聞いた口なのだろう。それでも、なら一緒に来てと護衛というお仕事を貰えたわけか。
「言われれば確かにそうだな。後でみんなに手伝える事ないか聞いて見るわ」
「おう。それがいいぜ。時間があったら俺とも遊びに行こう」
「そういやヴァンと二人で出掛けた事は無かったか。それもいいな」
そんな会話をしながら、俺はさてと腰を浮かせた。これがサウナという奴なのだろう。蒸気による熱気は短い時間だというのに身体を芯から温める。直前に酒を飲んでいた俺は、既に額から汗がポタポタと垂れていた。
「なんだよ、もう出るのか? 案外根性無えな」
ヴァンが勝ち誇った顔で言って来やがった。なんて見え透いた挑発だろう。大人な俺はお子様めとスルーし、出口の扉に手を掛けて。
「まぁ武術大会を優勝した俺の敵じゃなかったな」
「武術大会は関係ないよなぁ?」
誰がベスト8の雑魚だよ。モブキャラだよ。お前さえ居なければ俺だってなぁ。
(そこまで言っとらんではないか。……実は気にしてたな)
喧嘩は買った。上等だよと、熱石に大量に水をぶっかけて、モクモクと湧き出る蒸気の中、「お坊ちゃまに耐えられるかな」と売り言葉を投げつけ椅子に座り直す。
「「ニヤリ」」
それから一体どれ程の時間が経ったのだろう。ひたすらに暑さと息苦しさに耐えていた記憶はあるのだけど、気付けば脱衣所で天井を見ていた。
「あんた達、二人にすると何故か知力下がるわよね」
見れば風呂上りらしい僧侶がまだ髪も濡れたままに俺を扇いでくれていた。
くるらりと揺れる視界の中で、俺は面目ないと謝る事しか出来ない。ジグにこっそりと結果を聞くと、どうやら先にヴァンが倒れたらしい。ざまぁ。
「あれ? じゃあどうやって助かったんだ?」
(お前さんが最後の力を振り絞り、脱衣所の外に助けを求めたのだ……)
廊下で全裸で倒れる俺の姿により、サウナでの馬鹿な勝負が発覚したと。
あんまりな結果に俺はもう一度目の前が真っ暗になった。