ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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217 参ったね

 

 

「私はまだ手伝って貰うような事は無いかな。だからツカサくんは気にせずティアと食事に行ってきなよ」

 

 翌日、日課の鍛錬をこなした後に手伝いは無いかとお伺いを立てると、ニコリと笑顔でフラれてしまった。背を向けすたこらと去るフィーネちゃんに、あっと手を伸ばすも、右手は成果無く宙で固まる。

 

「……俺、何かしたかな」

 

(儂が知るわけなかろ)

 

 普段は愛想の良い少女に珍しく塩対応をされ若干に凹む。俺はカノンさーんと、泣きべそをかきながら、事情を知らぬかと僧侶を見た。

 

「アンタが浮気ばかりするからちょっと拗ねてるのよ。落ち着いたら遊びにでも連れ出してあげなさい」

 

「まったく心当たりがありませんが!?」 

 

 青髪ポニテのお姉さんは、本当?と疑惑の眼差しで俺の顔を覗き込んで来る。

 なので真顔でブンブンと首を横に振ると、仕方ないなぁとため息を溢されながら、肩にポンと手を置かれた。

 

「フィーネもツカサと仲良くしたいって事よ。まぁ拗ねてるのはなんて声を掛けようか迷っていたらティアに先を越されたからなんだけど」

 

 貴方はあの子に命を預けたでしょうと言われ、「あ」と様々な事が結び付いていく。

 自らの行動がこの国に影響を及ぼすなら、ちゃんと国を知っておきたいと言うほど責任感の強いフィーネちゃんである。

 

 同様に、仲間になった俺の事をもっと知っておきたいと考えるのは変ではない。だからこそ、道中に俺との打ち解け計画なんて悪ノリにも乗ったのではなかろうか。

 

「死んでからじゃ、遅いですもんね」

 

 答えは貰えなかったが、胸をトンと叩かれカノンさんも勇者を追う様に去ってしまう。

 そんな後ろ姿を見ながら俺は参ったなと頭を掻く。地球の事、ジグの事。思えば信頼してくれる仲間に対し、俺は隠し事が一杯だった。なんて不誠実な男だろうか。

 

「いつかみんなにも打ち明けないといけないよなぁ」

 

(なんか、すまんの)

 

「いいよ。ジグの謝る事じゃないって」

 

 今の所俺の秘密を知るのはイグニスとシエルさんの二人だけだ。転移の事などを話すとどうしてもジグルベインの存在を語る事になる。混沌の魔王の名前は400年経とうと風化せずに残っているので、迂闊に漏らす訳にはいかなくて。これは後でイグニスに相談だなと、俺も庭を後にした。

 

 

 まだ朝も早いので少しのんびりしようと自室に戻る。すると部屋の前には籠を積んだカートが置かれていた。

 

「ああ、もしかしてまだ部屋の清掃中だったかな」

 

 朝の鍛練は勇者一行が俺と合流する前から行っているので既に周知の事実だ。

 なので使用人の人達はその時間を見計らいササリと掃除をしてくれているのである。ちなみにヴァンは昨日のサウナ勝負で体調を崩し、イグニスは深酒したようで欠席だった。だらしのない奴らである。

 

 入っても大丈夫かなと思い扉をノックすると、中からドンガラガシャーンと嫌な音が響き、キャーと慌てふためく声が聞こえて。俺は違う意味で大丈夫かなと心配になる。

 

「あのー何かありましたか?」

 

「きゃーツカサ様、申し訳ございませんー!!」

 

 部屋の中に突入すると、メイド服を着た女性が床に座り込んだままに平謝りしてきた。

 紫色の緩いウェーブの掛かった髪を後ろで纏める女性は、白いエプロンを真っ赤に染めている。その状況だけを切り取れば、まるで返り血を浴びた殺人犯の様であった。

 

「ありゃー、こっちこそごめんなさいね」

 

 惨状を見渡して何があったのかを察する。

 さしずめ俺がノックしたのに驚き、身体を机にぶつけたのではないか。その拍子に瓶を倒してしまったのだろう。机の上には口の開いた葡萄酒が中身が残ったままに放置してあったのだ。

 

(昨日はお前さん、サウナの後死んでたからな)

 

 俺はメイドさんに怪我はありませんかと聞きながらに床に散らばるガラス片を拾う。

 自分がやりますのでと制止されるが、まずは高そうな敷物を救って欲しいと伝えた。ワインのシミって落ちるのかなと考えながら、高価な品に囲まれるメイドさんに少しばかり同情をする。

 

「あ、あの……ツカサ様……」

 

「はい?」

 

 メイドさんは青ざめた顔だった。なんかもう腹切って死にます位に切迫した態度で、おずおずと籠を差し出してくる。ははん、これはあれか洗濯籠だ。中には俺の出していた洗濯物が入っている。綺麗になって帰ってくれば、すぐに赤ワイン殺人事件に巻き込まれてしまった様だった。

 

「汚れが落ちなかったら当然弁償させて頂きますので、何卒お許しくださいー!!」

 

「は……はは。安物ですので、お気になさらず」

 

 これには俺も乾いた笑いしか出てこない。運が悪い時はとことんに重なる様だ。

 バビューンと逃げる様に汚れ物を回収して走るメイドさんを見送りながら、困った物だと口をへの字に曲げる。

 

 因果を遡れば、悪いのは酒を頼んだ事か、風呂に行った事か、はたまたノックした事なのか。ともあれ実はもう一つコンボが決まっていて、今日ティアに誘われている昼食に着ていく予定の服が今持って行かれてしまった。

 

「しょうがない、ヴァンに服借りれるか聞いてみよ」

 

 王都で買ったお気に入りの一張羅だったけど、さすがにそろそろ代えも用意しないと不味いだろうか。まさかこれ程貴族と関わるなんてね。そんな事を考えながら扉に手を掛ける。

 

「お話は聞かせて貰いましたよツカサ様」

 

 自室を出ると、一体誰から何を聞いたのか、美男子がババーンと待ち受けていた。

 煉瓦の様な赤茶色の髪をした男性には見覚えがある。王女様が侍らせているイケメン執事だ。

 

「ええと、王女様の付き人の方でしたよね」

 

「はいー。私、モルド・モルドーモと申します。以後、お見知り置き下さいませ」

 

 お兄さんは名乗りながら深々と礼をするので、これはご丁寧にと俺もペコリと頭を下げる。イケメンさんはそんな俺を眺めながら、ニッと笑顔を深める。なんとも自然で不自然な笑みだ。

 

「うちの女中がご迷惑をお掛けしました。サガミ様のお洋服を汚してしまったと聞き駆け付けた次第でございます。恐縮ですが、こちらで用意した物でよければ、是非使って頂きたいのですが」

 

 なんとこの執事、本当に用件を把握していた。一体何故と聞くと、ティアから馬車の手配を頼まれたから出掛ける予定なのだろうと。なるほど、あの王女様に仕えるにはここまで気が回らないといけないのか。

 

(ほお。てっきり顔採用かと思っておった)

 

 言うな。俺はありがたく服を借りる事にした。ならば部屋に案内しますと言われ、執事さんの後を付いてコツコツと廊下を歩く。

 

「あのぉ……」

 

「はいー。なんでございましょう?」

 

「さっきの女中さんの事、あんまり怒らないであげて欲しいんですよね。飲みかけ置いておいたのも、驚かせたのも俺が悪いので」

 

 執事さんは一瞬ピクリと眉を動かすも、お優しいのですねと肩を竦めた。

 今回は大目に見るけれどと言われ、メイドさんはどうも初犯ではなく偶にやらかす人なのだと発覚した。ジト子さんならぬドジ子さんであったか。

 

「貴族の世界でそれは結構致命的なのでは」

 

 俺の質問を曖昧な笑みでやり過ごした執事さんは、はい着きましたよと、1階にある部屋に案内してくれる。どうやら更衣室らしく、ハンガーに掛かったシャツやジャケットが沢山並んでいた。

 

「どうぞお好きなのをお選びくださいませ」

 

 服屋もびっくりな品揃えに俺はへぇと早速上着を品定めする。急なパーティー等に参加する人の為に準備してあるから声を掛ければ借りられるのだとか。

 

 壁際でニコニコするお兄さんに見守られながら、俺の手が、いや目が選んだのは、真っ赤なロングコートだった。いやいや流石になと躊躇うのだけど、実は似合うかもと思い、チラリと執事さんを見る。

 

「ツカサ様。差し出がましいのですが、私目がお似合いの服を選んでも宜しいでしょうか?」

 

「駄目なら駄目って言ってよ!」

 

(儂は良いと思うぞ、ロングコート)

 

 何やら使用人の琴線に触れた様で、どうせならばと上着だけでなく一式を見繕ってくれた。ただ食事に行くだけなのだけどなぁと思うがドレスコードのある場所らしいからまぁ良いかと身を委ねる。

 

「そういえば王女様とイグニスは今何をしているんですか?」

 

「私の口からは申し上げられませんが、あの二人です、どうせろくな事は企んでおられませんよ」

 

 貴方がそれを言ってしまうのかと、若干に手伝いの声を掛けるのが不安になった。

 でも、とイケメン執事モルドさんは続ける。俺は髪に櫛を入れてくれるその男の顔を鏡越しに見た。

 

「レオーネ様を信じていれば何も心配はございません。何せ我が主で御座いますので」

 

「……そうですかー」

 

 どこぞの子爵の跡継ぎ。いや、イグニス派と呼ばれる者たちが時折見せる、狂信者のような表情がそこにあった。俺はより一層に不安が深まった。

 

 

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