ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

223 / 611
223 リア充爆発しろ

 

 

 一曲目が終わり魔女が耳元で囁く。上出来だったよと。

 ド素人にしては、という意味なのだろうけれど、その一言は俺の心に大きな平穏を生んだ。なんとかパートナーの役は果たせたらしい。三日に及ぶ地獄のレッスンが無駄にならなくて本当に良かったと思う。

 

 俺たちは次に踊る人達の邪魔になるからとステージの上から一旦捌ける。

 舞台の脇には机が並び、その上には軽食やおつまみが置いてあった。イグニスは目敏く酒を運ぶ使用人を呼びつけ、グラスに注がれた葡萄酒でコクコクと喉を潤している。

 

「で、どうするの。イグニスの事だし、夜会を素直に楽しみに来た訳じゃないんでしょ?」

 

「おいおい。君は私をどんな目で見ているんだい。ちゃんとツカサと踊るのも楽しみだったって言ったよな」

 

 も、と言っている時点で、他に企みがあることは明白なのだった。一体何を考えているのだコイツはと胡乱な目を向ける。するとイグニスは君も楽しみなよと、腕を組みながら酒を勧めてくる。

 

「なあツカサ。君はなんでこんな時期に社交会なんて開いていると思う?」

 

 それは先ほど俺が考えていた事だ。地盤を固める為の社交でしょうと返し。

 魔女はそうさと強く微笑むと、それはつまり、地盤は固まっていないという事だろうと小さな声で囁いた。

 

 ああ確かに意志が統一されているならば、わざわざ選挙活動の様な真似を行う必要は無いのだ。事の発端は草原の民が政権を寄越せと主張したからだと聞いたが、案外草原の民にも寝耳に水の話だったのかも知れない。

 

 俺はその言葉にハッとし、周囲の顔ぶれを見る。人間は見た目だけで草原か川かで区別は付かないけれど、中には確かに獣人やエルフ、ドワーフも混じっている。さしずめ情報収集といった所か。なるほど、事態に振り回されているのは俺たちだけでは無いようだ。

 

「やあイグニスちゃん。楽しんでくれているかな」

 

「これはアゴラさん。本日は素敵な催しにお呼び頂きありがとうございます」

 

 目前にやって来た大柄な男性に魔女はしゃなりと礼をする。顎髭を生やす中年男性だった。赤く短い髪を油で撫で付けていて、強面ながらに茶色い瞳の視線は柔らかい。年は30代後半くらいか。燕尾服の上からでも分かる逞しい肉付きが騎士の人なのだろうと想像をさせる。

 

「ああ、紹介させてくださいアゴラさん。この方はツカサ・サガミ。エルツィオーネ家の客分で、彼も勇者一行の一人なのです」

 

「紹介に与りました、ツカサ・サガミと申します」

 

「よろしく、ツカサくん。そうか君も勇者一行なのだね。我らの民が迷惑を掛けていてすまない」

 

 挨拶は当然上からで、貴族でもない俺はイグニスに紹介をして貰う形になる。

 別にそれに不服はないのだけど、隣で失礼の無いようにと支えられていると、なんだか腹話術の人形にでもなった気分だった。

 

 ダルニーチ伯爵。名をアゴラ・ダルニーチというらしく、今日の夜会の主催者らしかった。魔導師をしていて、イグニスの父プロクスさんと交友関係にあるようだ。草原の民の生まれのようで、ままならないものだよと肩を竦めてみせる。

 

「私からも紹介をさせてくれ。妻と息子だ」

 

 アゴラさんがオイと声を掛けると、後ろで待機していた女性と少年が前に出てきて貴族らしい綺麗なお辞儀をしてくれる。釣られて俺とイグニスもペコリと頭を下げた。

 

「こちらはエルツィオーネ智爵の娘さんだ。イグニスちゃんはこの年でとても優れた魔法使いなんだぞ」

 

「イグニス・エルツィオーネです。以後お見知り置きを」

 

 微笑を浮かべる魔女の笑顔は完璧だった。どれくらいかと言えば、アゴラさんの息子さんが眩しさのあまり顔を逸らしてしまうくらいである。奥様がまぁ可愛らしいとお世辞を言って、それを皮切りにイグニス達は世間話を始めてしまった。

 

 深淵の事件はこの国まで届いている様で、お父様は元気かいという他愛無い話から、勇者一行としてのイグニスの活躍等が話題に上がって。

 

 俺は時折イグニスが振ってくる話に適当に相槌を打つくらいだったのだけど、そこでふとアゴラさんの息子さんからの視線に気が付いた。まだ成人もしてなそうな赤茶髪の少年が、やけに棘のある視線を向けてくるのである。

 

(はん。浮かれとったかお前さん。静かに周りをよく見てみろ)

 

 ジグの言葉を聞いて、顔は動かさずに目だけでチラリと周囲を確認する。

 俺はんんと静かに唇を噛んだ。蝋燭の炎に反射する瞳が薄闇に何対も浮かんでいる。何故か俺とイグニスは注目の的となっていたようだ。

 

 いや、何故ではないのか。俺たちは悪目立ちをしていたのだ。

 そもそも真っ赤なドレスを着ているイグニスが目立たないはずがないではないか。

 

 舞踏会で舞台に颯爽と現れる謎の美人。顔だけは良いイグニスちゃんはこう思われる。お美しい、おいおいアレは一体どこのご令嬢だよと。

 

 ド派手な赤は誰の目も惹くが、なんとダンスの相手は平凡な顔立ちで踊りも下手くそな俺と来て。フォルズさんの息子さん然り、こう思う。リア充爆発しろ。フッ君達にもいつか素敵な出会いがあるさ。

 

(素敵だったか?)

 

「突っ込まれると言い切る自信はないなぁ」

 

 要するに、会場の興味と嫉妬に羨望をかき集めたわけだが、これは偶然なのか。

 答えを求める様に隣に佇む、顔の良い女に目を向けると、性格の悪い女はちょうどこう切り出した所だった。

 

「アゴラさん、ご相談があるのです。私たち勇者一行がタルグルン湖で襲撃を受けた件、魔導師団の貴方なら何か進展をご存じないでしょうか?」

 

「なんだと!?」

 

 筋肉魔導師の余裕ある表情が一瞬にして激怒に塗り替わる。しかし夜会の主催者としての面子か、ゆっくりと周囲を見渡した後、やや声を落とし会話を続けた。

 

「どういう事だ、何故勇者が襲撃を受けるという。そんな話は私の耳には何も届いていないぞ」

 

「馬鹿な。王宮にはレオーネ殿下より正式な抗議が伝えられているはずです。少なくとも王や大公はとっくに承知のはずかと」

 

「クソが。あの爺共何を考えていやがる。これだけ迷惑を掛けていて更に恥の上塗りをするつもりか」

 

 俺たちの危機を真剣に怒ってくれるアゴラさんを見て、イグニスがこの人を頼った理由が分かった気がした。深淵の計画を相談し真摯に動いてくれていたアトミスさんの事が頭を過る。思えば騎士団にしろ魔導師団にしろ、命懸けで国を守ろうとする立派な人達であるのだ。

 

 それはそれとしてイグニスめ。ティアは食事会の時に冗談半分で自分の事を悪女と言ったが、やはり悪女はティアでは可愛らしすぎるだろう。

 

「今勇者一行が襲われたと言わなかったか」

 

「ああ、そう聞こえた。タルグルン湖ではまさかエルフが」

 

「いやいや、今の状況を見ろ。川の奴らが怪しいぞ」

 

「オイふさげるな。俺たちがそんな事をするか。そういうお前らはどうなんだ」

 

 魔女の呟いたたった一言が会場中に波紋を生んだ。そうだイグニスは今爆弾を投げ込んだのだ。この舞踏会が情報集めの場であると知りつつ、さりげなく目立ち、周囲の注目が集まる中で情報という手札を切った。

 

 この中に狼がいるぞと叫ぶ事で、羊は群れも作れず疑心暗鬼に陥って。更には狼は誰だと自然に犯人を炙り出す雰囲気まで作り上げる。なんていうタイミングでカードを切るのだ。誰もが情報を欲している今、この話題は集いが終わると同時瞬く間に広がっていく事になるだろう。

 

「んん。すみません、騒がせてしまいましたね。まさかここまで話が伏せられていたとは」

 

「むう。いや、むしろ良くぞ聞かせてくれた。襲撃の話が事実であれば、我々はそれを受け止めなければならない」

 

 アゴラさんはこちらも誠意に対応を務めさせて頂くよと、俺なんかにまで頭を下げてくれる。そしてそろそろ静まりなさいと、睨みながら周囲を一喝した。

 

 声の迫力か目力か。それとも一応教養ある貴族だからか。徐々に荒れる声は静まっていき、楽師の人が気まずそうに奏でるBGMだけが会場に音に残る。

 

「皆さん、お騒がせして申し訳ありませんでした。引き続き舞踏会をお楽しみ下さいませ」

 

 挨拶回りの途中だったのか、アゴラさんはまた今度ゆっくり話そうと席を去っていく。

 同時、やっと怖い奴が居なくなったぞとばかりに、胸に花を刺さない男連中がイグニスを取り囲んで来た。

 

 イグニスも愛想か2~3人は踊りの相手をしてやっていたのだけど、途中から疲れたと俺を盾にして酒を飲んでいやがった。ちなみ合間に俺もイグニス以外の女性とちゃんと踊っている。

 

(10歳くらいのガキじゃがな)

 

 いやいや確かに事実ではあるのだけど。俺もモテモテだった。嘘ではないのだ。

 「まあ勇者一行なの、お強いのねぇ」とか「素敵な黒い髪ね。どこの国から来たの?」とか。「可愛いわね、一曲どう?」とめっちゃ誘われたから。

 

(おばちゃんにな)

 

「うう、なんで俺だけ」

 

(そりゃ火炎娘が殺しそうな顔で睨んでたら近寄れんわ)

 

 俺があんまりだと絶望していると、イグニスはどの顔で言うのか、まぁまぁ元気出しなよと踊りに誘ってきて。舞踏会もそろそろ終盤だろう、これから先どれほど踊る機会があるか分からないからと俺も魔女の手を取ろうとした。

 

 瞬間、そんな俺たちを照らす様に、足元がパァと明るくなる。

 何だと目を落とすと、幾何学模様の描かれた円陣が、流れる魔力により緑色に強く発光していた。

 

 展開陣。鍵言語で即座に発動する殺意が、お前ら邪魔だとばかりに床に広がる。

 

「――っ!!」

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。