ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
足元で光り輝く魔法陣。その範囲は俺と魔女が丁度収まるくらいである。
狙われた。ダンスで二人が近寄る瞬間を。俺は魔力を大活性まで流し込みながら内心ふざけんなと吐き捨てる。
手を取ろうとしていたタイミングだけに、そのままイグニスを抱え込み。とりあえずは退避だと床を蹴る。しかし踏み込む足が空振りをして前のめりに倒れこんでしまう。が、それでも身体は床には付く事もなく。
魔法陣から噴き出す風により浮いていた。いや、今まさに上へと吹き飛ばされている最中なのだ。
「これは……」
天井に叩きつけられる。頭に過る想像の通り、猛烈な勢いの突風に押し上げられ、視界はあっという間に舞踏会の会場を見渡せるくらいにまで到達した。その間の部屋の様子はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図。
突如として発生した竜巻は、机や皿、瓶などを鈍器に変えて振り回す。弦楽器の優雅な演奏が一転、ドン、ガシャ、バリンと打楽器の打ち鳴らす破壊の音色へと早変わり、コーラスにはわーきゃーと戸惑う悲鳴が採用された。
一方俺は、来るべき衝撃に備え魔力を背中に集めるも、一向に天井に辿り着かない。というよりは、既に天井を突き抜け建物の屋根を見ていた。一体何があったのかと目をパチクリとするも、屋根に開いた大穴と穴の縁で微かに燻る火を見て大体を察する。
「助かったよイグニス」
「それはお互い様だね。着地は大丈夫かい?」
「うん、一回屋根に降りるね」
身を捩り、風の流れから抜け出す。かなり高く打ち上げられたけど、地面に降りるならともかく屋根にならば余裕で着地が出来た。俺は魔女のぶち抜いた天井を上から見下ろしながら危なかったと一心地つく。
イグニスが魔法を使わなかったらこの穴を開けるのは俺の背中だ。何気にシャンデリアも吊る下げられていたし、家具も巻き上げられてくるしで、また大怪我をする所であった。
「うおっ!?」
「えっ、今度は何!?」
(いや、見てやるな)
降ろしたイグニスから悲鳴が聞こえた。こんな騒ぎの中だけに素早く顔を向けると、赤髪の少女は必死に自らのスカートを抑え込んでいる。ああ、ドレスを着てるから下から噴き出す風で捲れてしまうのだ。
「おのれ敵め! なんてけしからん奴だまったく!」
「いいからこっちを見るな!」
イグニスの長くしなやかな脚が太ももまで露出する。照らすのが月明かりだけなのが残念だが、その分白さが強調されている様にも思えた。出来れば近くでじっくりと拝みたい所だが、ふっと風が途絶え、赤い布が再びおみ足を隠してしまう。
「チッ」
「今舌打ちしたかおい?」
残念だ、とは思うまい。下では魔法が終わったようなので、俺はイグニスをお姫様抱っこして穴の中に飛び降りた。何故かイグニスとジグルベインの二人からジトーと重い視線を浴びせられた。
「うわぁこりゃ酷い」
会場内に戻るとやはり室内は荒れ果てていた。ガラス窓は全て割れ砕け、並んでいた机も軒並み転倒している。当然机の上に有った料理や酒も、全ては床が平らげている。
綺麗だった部屋が一瞬で廃墟の様な荒み具合になってしまった。それも仕方がないのか。人を何十メートルも上空に飛ばす突風が室内で吹き付けたのだから。
「アゴラさん、状況は?」
「イグニスちゃんにツカサくん、無事だったか。良かった」
張り詰めた表情だった中年男性から一気に険が取れる。流石は魔導師、騎士団と並ぶ軍人か、アゴラさんは奇襲にも関わらず迅速に行動を起こしているようだ。
まずは被害だが、これだけの規模の攻撃を受けて死者はおろか重傷者も居ないらしい。その言葉に俺はほっと胸を撫で下ろす。
「すまない、上に向かった風の半分は私だ。天井が壊れるのが見えたから、咄嗟に威力をそちらに逃がした」
なるほど。荒れ果てたと思ったが、逆にこの程度で済んでいるのはアゴラさんの助けがあったからだったのか。むしろ戦慄するのは魔法という埒外の存在だ。剣などの武器の様に取り上げる事も出来ず、集団の場で放てばこうも容易く被害を生み出す事が出来るのだから。
もしかしてこの世界、テロ行為を行うのはかなり簡単なのではないか。だからこそ貴族には一族根切りなどの重罪が科せられるのかも知れない。
「怖いですね、魔法って」
「そうだね。とはいえ、これはかなりの使い手の仕業だけどね」
「ああ、展開から起動までが早かった。その一瞬でこの規模の魔法を使うとなると、使い手は限られてくるな」
被害状況の次は犯人の話をしてくれるアゴラさん。面目ないと頭を垂れて、相手を逃がしてしまった事を詫びて来る。魔法陣の発動により生じる混乱に乗じ窓から逃げ奴が居たたのだと複数人から目撃情報があるようだ。
(あれか。儂も背中は見た。使用人の恰好をしとったぞ)
「……!!」
「招待状を出したのは私だ。現状参加してくれた人数も使用人の人数も合っている。何者かが紛れ込んでいたと考えるのが自然だろう」
ジグルベインから有益な証言がと思ったが、どうやらそれは無駄らしい。招待せいなのだから、誰が参加していたのかなんてすぐに把握出来てしまうのだ。けれど夜会の会場は薄暗い。確かに使用人の恰好をして紛れ込むくらいならば出来なくもないかも知れない。
「夜会である事を利用されましたね。なら後は動機……ですか」
「そうだね。だがどの様な理由があろうと、ダルニーチ家の顔に泥を塗った事を許すものか」
赤髪の中年男性が奥歯をギリリと噛みしめながら両の拳を強く握った。膨張する筋肉に首元のボタンが一つ二つと弾け飛ぶ。怒りの形相を浮かべるアゴラさんを見て、俺はひぃと一歩後ずさる。
「仕方ないよ。主催した夜会を壊されては誰だってこうなる」
イグニスがそっと教えてくれた。貴族の面目についてだ。
もしも理不尽を受け入れたならば。何をされても文句も言わないと舐められたならば、名前が泣くのだと魔女は言う。害された怒りは当然に俺にもある。けれど貴族には貴族にしか分からない怒りもあるのだろう。
「家名を名乗る。それは家の歴史を背負うという事だよ。親が子供が兄弟が、胸を張って名乗れる名前でなければいけない。私たちは常に代表者なのさ」
「色んなものを背負ってるんだね」
イグニスがタルグルン湖での襲撃にやけに拘っているとは思っていたけれど、そんな気持ちを持ち合わせていたのか。てっきり粘着質で憎しみ深いだけなのかと。魔女だけに。
まぁそんな事は置いておいて、舞踏会の方だ。
会場が滅茶苦茶になり、怪我人まで出ては続行という訳にもいかず、主催者であるアゴラさんは深々と頭を下げて終了を宣言した。
「皆様を危険な目に合わせ誠にすみませんでした。後日謝罪は必ず行わせて頂きます」
どうかご無事にご帰宅下さいと、夫婦揃い参加者全員を見送る姿に胸が痛くなる。
なんでこんな目にと嘆く人も居るけれど、救いがあるとすれば、「アゴラさんは悪くない」「楽しかったよ」「また呼んでね」そんな言葉が聞こえる事だろうか。
「さて、待たせてしまったね。すまない」
「ふふ、謝ってばかりですねアゴラさん。貴方も被害者なのですから、私達にそこまで謝る必要はありませんよ」
なぁと話を振ってくるイグニスに、俺はうんそうだねと笑って返した。
アゴラさんは俺たちが狙われたからと、わざわざ送り届けてくれると言うのだ。誰も彼もが敵に見える中、こうしてハッキリと味方と思えるのは心強かった。
俺たちの乗ってきた馬車に三人で乗り込み、後ろからはアゴラさんの家の馬車がカラコロと付いてくる。筋肉魔導師は護衛も慣れているのか、車窓から外に注意を向けながら口を開く。
「イグニスちゃんならば気が付いているかもしれないが、今日の事はただの警告だろう」
イグニスが皆の前で勇者一行が襲われた事を漏らしたから、口外したらこうなるぞと。ただそれだけの為に舞踏会は壊されたと。
「そうですね。しかし、それもいずれは皆に知れる事。私達が狙われた事を考えると、その件を探るなという意味も含まれているでしょう」
「うむ。だから疑念が残る。果たして、警戒されていたのはどちらだろうか。君達も大使館だろうとあまり気を緩めぬ方が賢明かも知れぬ」
アゴラさんが今日招待した人達は中立派の人が多かったらしい。草原と川が対立する今、現状の情報交換の意味を含めて夜会を開いたのだそうだ。それならばイグニスが積極的に参加したがったのも理解が出来る。
「今日イグニスちゃん達が参加するという事は、私を含め少数の者しか知らないはずの情報だったのだ」
しかし襲われた。これはアゴラさんが何処かの勢力に見張られていたのか。或いは俺達の動向が見張られていたのか。犯人の目的が分からなければ、その区別も付かないのであった。
ぞっとする話である。仮に俺達が狙われていたのだと考えると、別行動をしているフィーネちゃん達の事が途端に心配になった。
「ここだけの話、アゴラさんは誰が怪しいと睨んでいるんですか?」
「……俺もあまり適当な事を言える立場で無いから明言はしない。だが、草原の民側の貴族には少し気を付けた方が良いだろう。奴らは今本気で政権を取りに来ているんだ」
俺はおやと思う。この人も草原の民だと聞いていたからだ。いや関係無いのか。アゴラさんから見ても、無茶をしかねないと思う程に危ういのだろう。ありがたい情報を頂いたと素直に感謝をした。
「おっと、着いたようだね。アゴラさん、どうもありがとうございました」
周囲を警戒しながらだったので馬車内は少々張り詰めた雰囲気だったけれど、襲撃に遭う事もなく無事大使館に到着することが出来て。車内なので座りながらだけど俺とイグニスの二人でペコリと頭を下げる。
「気にしないでくれ。こちらでも進展があればまた連絡をするよ」
魔女同様に笑顔の下に復讐という名の炎を燃やすアゴラさん。俺はアハハと笑いながら一番に馬車を降りようとするのだけど、背中から声を掛けられた。「男の子だった。偉いぞ」と。
イグニスを庇った事であり、同時にこれからもちゃんと守れよという発破だろう。
何故か父に褒められた様な気がしながら、ハイと強く首を縦に振った。