ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
「しっ!」
鋭い踏み込みから刃が振られる。右から放たれる横薙ぎの一閃を舐めてくれるなと受け止めると、それが誘いか間髪入れずに左からも刃が振るわれた。
「うおっ。相変わらず厄介だな二刀流」
俺は後退し間合いから外れることで身を躱す。退いたのは半歩、しかし微かに後ろに荷重は移動して、その隙さえも見逃さないヴァンはヌルリと俺の右側へと移動する。
右。俺の利き手で、剣を握る方だ。些細な場所取りだが、これがまたやりづらい。例えるならバッターボックスの左右を無理やり入れ替えられた気分だ。
ちょこまかするなと俺も剣を振るう。ヴァンが移動した右の空間へ向けて、闘気を纏った一撃をぶちかます。ギャリンと刃の音。けれども剣先は止まる事なく駆け抜けた。受け流されたか。
「甘めぇぞ。剣は振りゃいいってもんじゃねえんだ」
「ぬっ」
攻撃を逸らされ空振りをした俺。右を向きながら右に振った。俺の身体はこれ以上なく捻じれている。動けない。がら空きの胴へ向かいバカめと斬撃が飛んでくる。
(おお、上手いぞ)
ならばといっそ独楽の様に回った。刃が届く前に左足での蹴りがヴァンを襲う。腕で受け止められたが足は止めた。俺はこれを好機だと判断し攻めに転じる。
一足一刀の間合いより更に踏み込み、拳闘の間合いへと持ち込む。二刀流の手数を封殺する俺なりの答えだ。離れろとばかり即座に柄で反撃してくるのは流石の対応力か。けれど闘気を使えば身体能力はこちらが上だろうと、反撃を肩で受け止め左手でボディーブローを叩き込んだ。
少年はごへぇと苦悶の声を漏らしながら体をくの字に折る。けれども同様に俺も鼻に皺を寄せた。
俺はもう一発だと拳を振りかぶるが、これはフェイント。ヴァンが堪らず後退った所を剣で仕留めようと考えて。
「あっれぇ?」
組み倒されていた。スコンと膝が抜けたかと思えば視界は天を仰ぎ、首元にはチャキリと剣が当てられている。どうやら今日も俺の負けらしい。剣を放し降参を示すと、お返しとばかりに脇腹が蹴られた。
「ゲホゲホ。あー痛ってぇ馬鹿力で思い切り殴ってくれやがってよ。体術も使おうって発想は良いけど、動きが雑だ」
「なるほどー。これじゃ決定打にはならないか」
良く考えればヴァンだってカノンさんとも訓練をしているのだ。格闘の練度も高いのは当然だった。けど、戦術としては全然ありだなと心のメモに〇を付ける。
「てかヴァン、何か変わった? 前より速くなってる気がする」
「おお、そうか! 実は魔力の使い方変えてみたんだ。効果あったなら嬉しいぜ」
ニパリと笑う剣士に引き起こされる。ヴァンは絶界を止め、別方向にスキルツリーを伸ばし始めたらしい。ああ、と事情を察した。あの技はフィーネちゃんに適正がありすぎるので、後塵を拝するだけだと判断したのだろう。
「そういうところ男らしいよなお前は」
一方で俺は闘気を覚えたのを契機に魔王仕様になっている気がする。剣と体術の組み合わせもそうだが、ジグルベインの戦い方は凄く俺に馴染むのである。
とはいえ、こうして毎朝訓練はしているが成長は微々たるものだ。最近自分でも結構戦える様になってきた為、ジグに交代する機会が減ったのが原因だろう。
「で、結局何が変わったの?」
土の上に座り込んでいるとティアがお水どうぞと持ってきてくれたので、ヴァンと二人でありがたく頂戴をして。冷や水と同時、負けた悔しさをもゴクゴクろ飲み込みながらコツを聞き出す。
「魔剣技を使ってたんだよ。気付かなかったろ」
「え、風出てたか?」
「おいおい、ツカサ。ちゃんと教えたはずだろ、風には流動という特性もあるんだ。その意味を考えてごらん」
話を聞いていたのか、イグニスのハスキーボイスが割り込んで来る。一体どこだと魔女の姿を探すと、腹筋の途中なのか地面に寝そべり空を向く赤髪が目に入った。その両足はガッシリと僧侶に掴まれている。
「説明するから助けて。無理だ。もう本当に無理なんだ。さっきからずっと腹筋がピクピクしてるんだ」
「お気にせずー」
「「…………」」
俺とヴァンは何も見なかった事にして話を戻す。どうやらヴァンは風属性を使い魔力の流れる速度を上げたらしかった。俺は成程と唸る。
身体強化は体内を魔力が循環するイメージで行うが、纏で部分強化する時は一点に集中させたりもする。手足で使い分ける時などは意識で若干にタイムラグが生まれるのだ。言わばヴァンは魔力の通信速度を上げる事で動きの繋ぎをよりスムーズにしたという事なのだろう。
かく言う俺も魔力の流れは若干に悩みの種だ。魔力操作の精密さが上がりようやく習得した纏鱗だが、闘気との相性がいまいちなのである。どちらもまだ集中が必要なので片方に意識を向けるともう片方が解けてしまうのだ。簡単に言えば今の俺では両立が出来ていなかった。
「!! あれ、俺いま何か凄い事を閃いた気がしたんだけど」
「知らねえよ。それよりお前は闘気の事を教えろって」
「だからさ、身体からぶわって魔力が溢れ出す感じでさ」
(カカカ。普通の人間には簡単に真似出来んて)
俺はジグルベインの魔力操作を実体験しているので何とか再現出来たが、やはり言葉だけで再現するのは難しいのだろう。フィーネちゃん程でないにしろ器用に魔力を扱うヴァンも闘気の習得には難儀をしている。
こうして少しでも互いに高め合う俺達だけど、肝心の勇者は最近訓練に混じって来ない。
広場には顔を出すが、聖剣を抱え一人で瞑想をしている事が殆どであった。残念ながら俺達では彼女に道を示すには実力不足なのだ。
「ヴァンさあ、仮に俺が騎士と戦ったら、どの程度戦えるかな」
「学院出たばかりの相手にならまぁ勝てるだろうが、ちゃんとした正騎士は無理だな。俺だってなんとか勝負になるくらいだ。あんまり騎士を舐めねえ方がいい」
「やっぱりそうだよなぁ」
はっきり言って、この世界の騎士は強いのだ。一般人を遥かに凌駕する魔力使いだが、そんな連中が五年間騎士科という場所で切磋琢磨しあい、その上澄みがようやく騎士の道を開く。俺のイメージでは一般戦闘職というよりは、もう特殊部隊に近いくらいのイメージである。
けれど。昨日俺とイグニスは夜会で襲われた。それも魔法使い版の騎士団である魔導師団の人が開催した舞踏会で。その意味する所といえば、この国の政権争いに関わると最悪は騎士レベルの人達と刃を交える事になるという事だ。
「まあ俺達にも相手にも立ち場がある。あまり大事になると国同士の戦争になるだろうから、表立って事は構えねえだろうが……」
逆を言えば表立たない方法。拉致や暗殺には十分に注意をしなければなるまい。まさか一般人である自分がそんな事に怯える日が来るとは思わなかったよ。
「このままじゃ駄目だな」
己の実力不足を痛感し、強くならねばと気合を入れ直す。その折、一人静かに魔力を練る金髪の少女が目に入った。いまだ水精の力に振り回されるのか、形の良い眉をしかめて、むむむと何とか力を制御しようとする様が伺える。
きっと勇者も俺と同じ様に無力感に苛まれている事だろう。俺に何か出来ないか。そう考えた時、カノンさんに言われた気晴らしに付き合ってあげろという言葉と共に、一つのアイデアが思い浮かんだ。
「ねえジグ。一回でいいからジグがフィーネちゃんに特訓してあげてくれないかな?」
(儂か!? まぁお前さんが望むなら引き受けるが……別に殺してしまっても構わんのだろう?)
「構うわボケ!」
(カカカ、冗談じゃ。今勇者に死なれるのはこちらも困るわい)
うん。ちょっぴり不安になったが、今彼女に上の世界を見せられる相手と言えばジグルべインが適任なのではないか。遊びに誘い出し、何処か人気の無い所で襲わせて貰おう。言葉にすると、なんか事件の香りがするな。
「ふぅ。朝練はここまでかな。ん、どうしたのツカサくん?」
「ううん、別に」
今日の予定としては朝練の後みんなで集まり会議をする。最近はバラバラに動いていたが、俺とイグニスが襲われた件もあるので、ここで情報の擦り合わせをしようという事である。
早く終われば早速にフィーネちゃんを誘ってみようと、俺は鼻歌交じりに風呂へ汗を流しに行った。