ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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226 未来予想図

 

 

 朝練の後はフィーネちゃんの部屋に集まる予定だったのだけど、何処で聞いたのやら王女様が私も混ぜろと言い出して、急遽に場所をレオーネ殿下の私室に移した。

 

「初めての夜会はどうだったかしらツカサ。イグニスったら貴方に良い所を見せる為に、陰で踊りの訓練をしていたのよ。プークスクス」

 

「のあー! それは言うなって言ったよな!」

 

 王女の胸倉を掴みガクガクと揺さぶる魔女。正式な場ならもう不敬罪で捕まりそうな光景だが、王女は気分が良いのかオーホッホッホと高笑いが止まらない。

 

 そして弁明をする様にイグニスの赤い瞳がこちらを向いた。ブランクがあったからなのだと。俺はへぇそうなのかと満面の笑みで頷くと、魔女は何も分かってない顔じゃないかと絶叫をしながら、不貞腐れ気味にドカリと椅子に腰を下ろした。

 

「ええと、話を戻しますけど。そのイグニスとツカサくんが参加した夜会で二人が襲われた。それは事実なんだよね?」

 

「うん。ちょうど足元に魔法陣が展開されたから、個人で狙われたのは間違い無いと思うよ」

 

 勇者の疑問に俺はハッキリと答える。そしてイグニスが、ついでにタルグルン湖での襲撃も上層部で止められていると情報を付け加えた。フィーネちゃんはその返答を受け、これはどういう事なのだと鋭い瞳を王女に向ける。

 

「どう、と言われてもね。ただの事実よ。フィーネ、そしてスティーリア。貴女達はこの国の情報を集めていたわね。どうだったかしら」

 

 勇者は過去からこの国を知ろうと教会を回り歴史の資料を閲覧している。

 雪女の方は付き合いのある貴族の元を訪れて現在の状況を把握しようと動いていた。

 ついでに魔女は勢力図などを調べていた辺り、両方を把握した上で未来を睨んでいるのではないか。

 

「はい、大まかな成り立ちは把握しました」

 

 フィーネちゃんの語る話は、ほとんどがイグニスから聞かされた内容と一致する。けれども俺はおさらいがてら、口を挟む事無く耳を澄ませた。

 

 ジグルベインの亡き後、自然溢れる広大な土地を持っていたシュバール国。ただそれも魔王の爪痕という災害により引き裂かれる。

 

 【止まない雨】雨が降り続けるというささやかな特異点は、最初は虹が浮かび上がる程度の魔王に勝利した証として見られていた。けれど、時間が経つにつれ、その爪痕の恐ろしさは露わになるのである。

 

 決壊だ。山が吸ってくれていた水が、保水量を超えいよいよに溢れ出す。山岳地の多かったこの国は洪水と土砂崩れにより、雨の生み出す水溜まりに沈んだ。

 

 陸地に居ながら分断される人々。家が町が水底に沈み、家畜や畑なども失った事から、当時の食糧事情は非常に厳しかったらしい。そんなシュバールの人達が、希望を込めて海に船を浮かべた。

 

 貿易をする事で自給で足りない分を補ったのだ。早くから貿易に手を付けたシュバール国は、今や貿易大国へと発展し、それ以来ずっと川の民が政権を握っているのだと。

 

「はいそうね。次」

 

 せっかくフィーネちゃんが話てくれたのに、王女様はそんな事知っているわとばかりに流した。若干傷付いたのか、勇者は不満までは漏らさないが目をドンヨリと曇らせている。

ティアがまぁまぁと金髪の少女をフォローしながら、だけどと現状のこの国の事を話始めた。

 

「草原の民は、特異点が消えれば陸地が取り戻される。ならば今度は草原の民の時代だと主張している様ですね」

 

「ああ、それに、どうやら王様は政権交代に肯定的らしいぜ」

 

「え、そうなの!?」

 

 ヴァンの説明を聞き驚きの声を上げるフィーネちゃん。正直これには俺も驚いた。

 だってそうだろう。王様が認めるならば、一体何を揉めているのだという話になるのだから。それはねと雪女が補足を入れる。

 

「王子の居ない間に何もかもが決まっては可哀そうでしょう。川の民は王子の居場所を守る為に立て籠もっているのよ。私の聞いた話ではもう十日もしない内に船は戻ってくるそうなのだわ」

 

「ああ、そういう」

 

 なるほど。王子の帰りを待っているとは聞いていたけれど、彼にちゃんと選択肢を残してあげる為だったのか。確かに国外から帰ってきたらもう王族では無いと告げられるだけなんて、あんまりと言えばあんまりだ。

 

「だが」

 

 そう割り込む、魔女の声。朝練で腹筋を酷使しすぎたのか、だらしなく机に頬杖を突きながら言った。

 

「政治が上手なのは草原の民だ。言っている事自体は正論だし、何より戦略が上手い。このままではどの道、帰ってきた王子に居場所は無いよ」

 

 非常な現実を突きつけるイグニスの言葉に、むぅと全員が押し黙った。

 次代の有力候補である王子の不在を狙って会議を開き、川の民がなんとか結論を先延ばしにするも、今も着々と支持者を募っていると。

 

「何? その言い方だと、イグニスは川の民を応援する感じなの?」

 

 政治には興味の無いカノンさんが口を開く。茶請けに出された林檎のシャーベットを食べながらだ。

 

 魔道具があるから氷菓子がいつでも作れるのだなと感心すると同時、茶請けにはどうなのだと疑問に思った。これが中々に合う。冷えた口内に残る甘味を、温かい紅茶で流すと余韻が絶妙である。どうでもよかった。

 

「いや、一方的というのは面白く無いという話だよ。それで襲撃された話に戻るのだけどね、異議申し立ての意味を込め、レオーネが勇者派を作るそうだ」

 

「聞いてないんですけどー!?」

 

「あらやだ。イグニス、ちゃんと説明しといてって言ったじゃないの」

 

「ごっめーん。すっかり忘れていたよ」

 

「こんの嘘つき達は~」

 

 フィーネちゃんの反応を見るに全く説明する気など無かったのであろう。王女様が狙うのは、現状どちらに付くか悩む人達だそうだ。国の意見がどうあれ、最後に特異点を左右するのは勇者の力。ならば勇者を支持しろと。

 

 上手いやり口である。二度も襲われた事実を盾に弱者として情に訴えるのだ。

 自然な流れで政権争いに参入し、同時にこれはたぶん俺達の身の安全にも繋がるのではないか。

 

「ある程度発言力も必要でしょう。数は力だわ」

 

「……派閥を作るとして、派閥の目的は何ですか? 私は政策にまで口を挟むつもりはありませんが」

 

「良いのよそれで。あくまで抑止力に過ぎないの。お祭り騒ぎも結構だけど、勇者とランデレシアを忘れるなってね」

 

 ならばと渋々に頷くフィーネちゃん。一応王女の言葉に嘘は無かったのであろう。

 でも、と俺は思う。夜会でのイグニスの振る舞いだ。周囲を疑心暗鬼にさせ結束を崩していた。結果を見れば何なら襲われる事さえも織り込む済みだったように見えたのだ。

 

 そういえば今回はあまり怒っていないなと思い、呑気に茶を飲む魔女にこっそりと耳打ちをした。

 

「ねえイグニス。まさか仕込みだったとか言わないよね」

 

「それは考え過ぎだ。私でも知り合いの舞踏会を壊す真似はしないよ。ただ、周囲の反応によってはもう少し情報は流すつもりだった」

 

 つまり結果的に王女様とイグニスの思惑に追い風になったと。アゴラさんの怒り顔を思い返しながら、それは良かったと安堵する。そこまで外道では無かったようだ。

 

「この際だから聞いておきますけど、レオーネ殿下はこの政権争いの後に何を望むのですか? 正直、私には貴方の利益が見えません」

 

 勇者は碧い瞳に力を込めて王女を睨んだ。勇者派の設立、それは身の保証という意味では役に立つが、この腹黒王女の利益になるものではない。言われればそうだと、勇者一行は懐疑の視線を赤金髪の女へと集めた。なおイグニスは除く。

 

「……第一交渉権よ。国が動くのですもの、隣国として真っ先に対応出来る立場で居たいじゃない?」

 

「嘘……でもないですけど、本当でも無いですね」

 

 勇者の心眼は嘘を見抜く。ぬらりくらりとやり過ごす事は出来たのだろうが、これ以上は信用を無くすと判断したか。お手上げといった風に肩を竦めた王女様は、「お前たちも見て来たろ」と、笑顔の仮面を投げ捨てた。

 

「この国は地下資源が豊富なのよ。今でも河原では砂金や宝石取りが産業の一つ」

 

 なら、水が干上がれば。人知れず川底に沈んでいたお宝に手が届く様になれば。

 レオーネ王女は、遠くない未来をこう読み取る。

 

「シュバールには黄金時代が到来する。人が集う、物が消費される。あら素敵ね。その際はぜひランデレシアからお買い上げ頂きたいものだわ、ウフフ」

 

「巻き上げる気満々じゃねーか」

 

 思わず敬語も忘れ素で突っ込むフィーネちゃんに、俺は全力で同意した。

 

 

 

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