ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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228 小波に消える

 

 

「…………」

 

 俺は現在、勇者の部屋の前で佇んでいる。部屋の中では何が行われているのか、ドタバタと駆けずり回る音やガタゴトと家具の揺れる音。そして微かに悲鳴が聞こえていた。

 

 一度扉越しに大丈夫かと声は掛けたのだけど、返ってきた返事は大丈夫の一点張り。だが自覚が無いのか小さく大丈夫じゃないーと本音が漏れて聞こえて。言い辛い。予定を聞きに来ただけなので別に急ぎではないだなんて。

 

「た、大変長らくお待たせしました……」

 

 かくして少女は現れた。頬を朱に染め上目遣い、金色の髪をいじいじと弄びながら、口元をきゅっと一文字に締めている。まるで似合わなかったらどうしようと言わんばかりの困り顔だ。

 

 剣を握った凛々しい姿が印象に強いフィーネちゃんなのだが、今日の服装は白いシャツと黒いエプロンドレスで実に可愛らしい。髪色も合わさり西洋のお人形さんの様な雰囲気である。何が不安なのか分からないくらいに綺麗な姿だった。

 

「フィーネちゃんが可愛い系の服来てるのはなんだか新鮮だね。とても似合うよ」

 

「えへへ。ありがとう」

 

 あまり見られると恥ずかしいようと身を捩る少女。俺はそれもそうかと納得し、それじゃあ行こうと廊下を歩き出した。左隣りから早速にねえと声を掛けられる。

 

 俺は足を止めずにうん?と振り向くと、これから何処に向かうのかと尋ねられた。そう。フィーネちゃんは行き先すら知らず誘いを即決したのである。流石は勇者だ。

 

「たまにはシュトラオスに乗って海岸沿いでも流そうかなって思ってるんだけど」

 

「わ、それ素敵だね! せっかく近くに海があるんだし、いつか行きたいなって思ってたんだ」

 

 待っている間に考えた適当プランだったのだけど、とりあえず露骨に嫌な顔はされず一安心である。

 

 他に行きたい場所があるならそちらを優先すると伝えるも、ううん海が良いなと言ってくれて。じゃあじゃあ市場でお昼ご飯を買って浜辺でピクニックでもしようかと話は膨らんだ。

 

 なのでまずは二人で厩舎に顔を出す。そこにはラメールの町に来て以来ずっとお留守番をしていたボコの姿が。俺も暇見て世話には来ているが世話人が一緒に面倒を見てくれている様で、いつ来てもその白い羽毛はツヤツヤフカフカである。

 

 今日は久々に思い切り走ろうなと首元を撫でながら鞍を取りつけて、ブエーと可愛い返事を聞きながら柵から出してあげた。

 

「お待たせ。それじゃ行こうか」

 

「うえぇ!?」

 

 駝鳥に跨りハイと手を差し出すと勇者は目に見えて狼狽した。碧い瞳は俺の手と愛馬の間を何度も往復する。ああ、そうか。俺が愛鳥で走りたいと思う様にフィーネちゃんもまた久しぶりに愛馬に跨りたいのではないか。

 

「ごめんごめん。フィーネちゃんもそりゃ自分の馬に乗りたいよね」

 

 ならば二頭で行くのも全然ありだ。競争したりするのも楽しそうだなと素直に俺は出した手を引っ込める。のだけど、逆に腕に引っ張らる様に体がグラリと傾いた。いつの間にやら金髪の少女が左手を握りしめていたのである。

 

「よ、よろひくおねがいひましゅ!!」

 

(おそろしく速い握手。儂でなきゃ見逃しちゃうね)

 

 ……うん、まぁそういう事ならとフィーネちゃんを引き上げ。いざと手綱を引くと、まだ速度も出ていないのに腕の力はぎゅっと強まった。背中に感じる美少女の体温に内心ドキドキとしていると、ぼそりと消え入りそうな小さな声が耳に届く。「くんくん。なんかイグニスの匂いがするなぁ」と。

 

「!?!?」

 

 心臓の高鳴りは途端に意味を変え、脈を早打った。一体それはどんな意味だったのか。俺は気づかぬ振りをして、ただ前だけを見た。

 

 

「よーしボコ、行っけー!!」

 

「きゃー!! 行け行けー!!」

 

 ピシリピシリと手綱を打てば、駝鳥は騎手に応えて速度をグングンと加速させて行く。

 鞍を通し、尻には二本の脚で力強く大地を蹴る感覚が伝わった。人間二人が乗ろうとなんのその。シュトラオスという魔獣はあっという間に時速100キロを超える速度へ至る。

 

 緩い下り坂を全力疾走するもので、すれ違う馬車からは馬鹿野郎と苦言を投げられる。その度にごめんなさいと謝るのだけど、速度を緩める気にだけはならない。

 

 出たばかりのラメールの西門がみるみるうちに縮む。駆けるは草原に伸びる一本の馬車道。どこまでも高くどこまでも広い青空は、まるで自由の象徴か。今ならば翼などなくても飛び出せると本気で信じてしまいそうな解放感があった。

 

「ふぁああ。やっぱり思い切り走らせると気分が良いねえ」

 

「ねー! 私も好きだな。なんか色々と吹き飛ぶもの」

 

「そうそう。貴族の生活とか凄く良いはずなのに、なんか無性に自然が恋しくなるときあるんだ」

 

「ふふ。不思議だよね。旅してるとあー早く町に付かないかなって考えるのに」

 

 徐々にボコの速度を落とし、互いの会話が耳に届く様になる。予定の通りに海岸沿いをトコトコと進み、海辺に降りられそうな道を探してみた。

 

 崖がずっと続いていたのだけど、切れ目に小さな入江を見つけ、今はそこに降りている。

 中々に雰囲気の良い所だ。足場は砂ではなく砂利だけど、両脇が岩に囲まれているせいで秘密基地の様な趣がある。

 

 道中も風に紛れ潮の香りを感じていたが、一層に強く感じるしょっぱい匂い。ザザンザザンと打ち寄せ、岩に弾ける波飛沫。砂浜には無い荒々しさも、また海の一面であり魅力なのだろう。

 

「うわー良い所見つけちゃったね。なんだか秘密の場所って感じがして素敵」

 

「そうだね。シュバールはそこら中に水があるのに、いつ見ても飽きないよね」

 

 ラメールの町には水路が引かれているし、タルグルン湖ではどこまでも透き通った水を見てきた。けれども不思議と海の揺れる水面を眺めたくなるのである。

 

 着替えがあれば水遊びをしたい所だけど、残念ながら今日は持っていない。なので二人で少し周囲を散歩し、ここでお昼ご飯を食べる事にした。レジャーシート替わりにテントに使う防水布を敷いて、屋台で買い込んだ食糧や果実水を広げる。雰囲気も合わさり実に美味しそうだ。

 

「ツカサくん、今日は誘ってくれてありがとうね」

 

「いいえ。少しは気晴らしになったならいいけど」

 

「なったよ! なった。おかげ凄く素敵な日を過ごせてるよ」

 

 俺は何かの串焼きを頬張りながら、おやこれはと考える。

 フィーネちゃんは水精の力の制御に行き詰っているのだと思っていたのだけど、果たしてそれだけだったのだろうか。正直部屋から連れ出しただけで、ここまで喜んで貰えるとは思わなかった。

 

「フィーネちゃん、もしかして今の状況が結構負荷になってる?」

 

「……色々と考える事があったのは確かかな」

 

「俺は役に立つ自信が無いんだけど、苦しいなら聞くよ」

 

 どうせ周りは大自然である。俺にでは無く海に吐き出してしまえと促すと、勇者は。

 いや、一人の少女は、こう心境を吐露した。

 

「最近考えちゃうんだ。私が勇者でいいのかなって」

 

 フィーネ・エントエンデは勇者である。それは変えようの無い事実であった。

 しかし生まれのランデレシア王国を出てみれば、その事実がより一層の重みを増す。

 なにせフィーネちゃんという個人を知らないのだから、肩書である勇者として扱うしか無いのである。

 

「…………」

 

 冒険で感じた力不足。勇者ファルスの足跡を追えば追うほど味わう劣等感。

 好きで勇者に成った訳ではないけれど、貴方が主役だとばかりに、今このシュバールも騒乱に向かい動き出している。

 

 重い。重いのだ。勇者という肩書が私を塗り潰す。まるで全人類が私の肩に圧し掛かっているようだ。私は本当に勇者を全うできるのか。なんで私が。

 

 一度漏れたが最後。フィーネちゃんの口から吐き出される不平不満は、底の穴を広げる様に零れ出た。そしてこんな汚い私を見ないでくれと、終には涙までが溢れ出す。

 

 ああ。頭を過るのは勇者の意味。勇気ある犠牲。

 大人はこの涙を知っている。全部を承知した上で、すまないお前にしか出来ないのだと背負わせているのだ。

 

「フィーネちゃん。なんならいっそ、俺と逃げちゃう? 勇者なんて名前、捨てちゃいなよ」

 

「う……っぐす。嘘、つき」

 

「あれー。わりと本心だったんだけどな」

 

 真面目にこの子がもう嫌だと言うならば、逃げてもいいと思った。それでも嘘扱いされるという事は、きっと俺は彼女が勇者を捨てられないと知っているからだろうか。俺は顔を隠すフィーネちゃんの手を取り、そっとハンカチで涙を拭う。

 

「俺は勇者の責務とか良く分からないけれど、フィーネちゃんの事なら多少は知っているんだ」

 

 ラウトゥーラの森で聞かせて貰った小説家という夢。日記を書くのが趣味で、イグニスにも負けない広い知識と、未知を楽しめる好奇心がある、本当は剣よりもペンが似合う優しい子。

 

 けれど、その手には分厚いタコがある。俺だって剣を振るうから分かる。この手はずっとずっと一生懸命剣を握ってきた証なのだ。

 

 俺には嫌だ嫌だで出来る事には到底に思えなかった。あの剣の鬼の元で修業するのも、自身の霊脈を超える魔力を行使するのも本当に辛い事なのである。

 

 それでもフィーネちゃんは茨の道を行き、理想を追い続けた。

 ああ、今に思えば伝説の勇者の後を追うのも、彼女の理想像の一つなのかも知れない。

 

「君は勇者を捨てられない。だって凄く優しいから、自分がやらなければって頑張ってしまう」

 

「っ!!」

 

 それは自分を育てるのにつぎ込まれた金額や時間を知るからか。それとも周囲の期待に応える為か。力を持った故の責任か。そんな事は知らない。

 

 でもフィーネちゃんが勇者でいいのかという悩みにだけは自信を持って答える事が出来る。

 

 俺は見て来たのだ。抱え込んだ重責に負けず、勇者として胸を張る彼女の姿を。そして感じた。これが勇者かと。

 

 ならば俺にとってフィーネ・エントエンデという少女は嘘偽りの無い、勇者であった。

 

「なんの自信になるか分からないけど、これだけは言わせて。俺は勇者がフィーネちゃんだから剣を預けたんじゃないよ。フィーネちゃんを勇者だと思ったから、君の為に戦いたいと思ったんだ」

 

「こ、こんな。私みたいな弱くて見っとも無い勇者で良いの?」

 

「うん。君が良い」 

 

 うわんとか細い泣き声が入江に響く。少女の小さい身体に、一体どれだけの不安を溜め込んでいたのか。けれどもきっと、大丈夫。涙も声も勇者の弱気はザザンザザンと小波が海へと持ち帰って行った。

 

(え、どうするんじゃ。儂この空気の後で戦るんか?)

 

 ごめんねジグ。俺もまさかこんな展開になるとは思わなかったんだよ。

 でもやろう。きっと魔王との戦いは、勇者が殻を破る刺激になるだろう。

 

 

 

 

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