ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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230 自業自得

 

 

「貴様、ツカサくんに何をしたーーー!!」

 

 黒剣を拾い上げた金髪の少女は親の仇でも見つけた様な形相で。しかし感情を怒りに支配されようと身体に叩き込まれた技術はなお冴えわたる。初期動作を感じさせぬ理想的脱力、それでいて一歩目から最大速度に乗る爆発力。俺には一瞬を超え、もはや唐突に間合いが詰まった様にすら感じた。

 

「なんで武器を貸してやったのに怒っとるんじゃろ」

 

(あ、もしかして俺がジグにやられたと勘違いを?)

 

「なるほど、合点がいった、わ!」

 

 目前に迫るフィーネちゃんはヴァニタスを水平に構え腰で振る。慣性のリレー。踏み込みの速さをそのまま切っ先に移した一閃は、残像を写し少女を中心に黒い三日月を描く。

 

 両断された。少なくとも俺ならば。

 

 しかし相手は魔王様だ。あの斬撃をまるで剣がすり抜けたと思う程に無駄なく的確に捌く。足場の砂利を蹴り上げたのだ。小石は蹴りの威力にフィーネちゃんの速さが加わり、散弾銃に早変わる。ついでに蹴るための予備動作で回避まで同時にこなして見せて。

 

(!!)

 

「うぉあああ!!」

 

 裂帛の気合。もはや至近距離でショットガンを浴びたに等しかろうに、小石程度が何するものぞと勇者の剣は止まる事が無かった。いや、止まる理由が無いのだ。なにせ土埃より勇ましく姿を現す少女は無傷なのである。

 

「剛活性じゃ。魔力密度が上がる事で常に防御膜が出来る」

 

 一撃一撃が必殺の威力で繰り出されるフィーネちゃんの猛攻を腕を組みながら器用に避けるジグルベインが言った。剛活性。俺やヴァンが目指す次の段位だ。たしか目安は活性が見習い騎士、大活性で正騎士、剛活性で上級騎士。その上となると、猛活性が使えれば英雄で、超活性ともなれば超人だったか。

 

 ならばお前はなんなのだと声に出た。ジグルベインは上級騎士並みであるフィーネちゃんを相手に、素手で闘気も使わないという縛りをしながら、大活性で余裕に対応しているのであった。

 

「まぁこれが剣術の限界という事さね」

 

「ぐぼぉ」

 

 証拠だとばかりにジグは振るわれる刃を掌でそっと受け流し、そして生まれる僅かな隙に体重を乗せた拳をフィーネちゃんの腹へとぶち当てた。手に伝わるめり込む感触にうわぁと罪悪感が生まれる。

 

 剛活性の防御の上からでもこれは効いたのだろう。吹き飛ばされた少女は眼力こそ消えぬも唇を唾液で濡らしていた。

 

「たかだか10年程度磨いた剣が、100年以上修羅場を潜る儂に届くはずがあるまいよ」

 

 ジグルベインは俺と勇者に聞かせる様に言った。俺はそれだけで薄っすらと意味を理解する。ジグルベインは能力以上に戦闘経験値が高すぎるのだ。

 

 思い返せば、かの黒い悪魔ラヴィエイ。肉体を自由に変化させる怪物の動きすらも読みきっていたではないか。ならば関節と筋肉の通りにしか動かぬ人間は。もっと言えば、効率化された武術の動きなど、この魔王には100年遅いのである。ちょっと日課の内容を見直さないと一生当たらない気がしてきた。

 

「この、化け物め」

 

 吐き捨てる様に言ったフィーネちゃん。そして彼女は少しでも動きやすくなる為にスカートに深々と切れ込みを入れる。その様子を見ながら俺は内心ごめんと謝った。着ているエプロンドレスはお気に入りだったに違いない。それをズタボロにしてしまったのは他でもない俺だった。

 

(ジグ、目的を忘れないでくれ。お前との闘いで、俺はフィーネちゃんに何かを残したい)

 

 静かに頷いてくれたジグルベインは挑発する様に勇者へと声を掛ける。どうした魔剣技は使わないのかと。それは俺も思った事だ。フィーネちゃんの本領と言えば、やはり師匠譲りの絶界だろう。使わないという事はそれだけウィンデーネの力を持て余しているという事か。

 

「ふぅ。使うしか、無さそうですね」

 

 しかし、未熟だろうと技術で圧倒される以上フィーネちゃんに選択肢は無かった。

 少女の藍色の瞳がスゥと青色に変化し、剣を水平に構えて。来るのか。そう考えた時、フィーネちゃんは距離があるにも関わらず、その場で突きを放った。

 

(ぎゃー)

 

 切っ先から飛び出るのは、さながらに間欠泉の噴出か。対人の練習に付き合った事もあるので水を出す事には驚かないのだが、規模が呆れるばかりである。全力で打てばこうなるのだとばかりに、目の前に津波が現れた。

 

「カカカ。くだらん時間稼ぎじゃ。マキナで一気に片を付けるつもりか、甘い甘い」

 

 魔王は勇者の戦法など知り尽くしているぞとばかりに前に出る。おいおい素手で津波相手にどうするつもりだと思うのだが、魔力が回る。ギュンギュン回る。そして。

 

(うそん)

 

「嘘!?」

 

 フィーネちゃんと俺の驚愕は同時だった。ジグルベインは掌をかざすだけで大質量の水を押し返して見せたのである。反転し自身に返る攻撃を下がる事で躱す勇者。そして器用にも回避しながら水の弾を飛ばす事で攻撃を仕掛けて来る。

 

(ジグ、それって)

 

 ジグが虫でも除けるようにペチリと手を振ると、高速で飛来する水弾が空中で逸れた。

 いや、手の動きに合わせて魔力の塊が動き攻撃を弾いたのだ。その仕草は俺の脳裏に一人の人物を鮮明に思い浮かべさせた。

 

 間違いない。これはシャルラさんが使用していた技。手の振り一つで影を操り、宙に百もの影剣を舞わせていた、あの技術だ。

 

「今の若い奴は知らんか。名は破限(はげん)。魔剣技が生まれる前に、剣と魔法を両立させた技術だ」

 

「何、その技術……ふざけている。それで両立なんて冗談でしょう。ただ魔法を使っても身体強化の出力が落ちないくらいに魔力を駄々洩れにしているだけじゃない」

 

 一般的には身体強化と魔法の両立は出来ない。身体強化が内に熱を貯める行為なら魔法は外に熱を放つ行為だからだ。

 

 その折衷として考案されたのが魔剣技。いわば貯めた熱で湯を沸かすに似た行為か。

 同じ例で例えるならば破限という技術は、熱を開放しても問題無いくらいに薪をくべ続けるという荒業で。

 

「覚えておけ勇者。御するだけが力ではない。時に荒々しく捻じ伏せる暴力も、また力よ!」

 

 吸血鬼よろしく手を掲げれば、先ほどの力の正体か。1対の黒翼がバサリと開く。

 生み出す衝撃波は防御姿勢を取る少女を容易くに弾き飛ばし、捻じ伏せる。 

 

 岩に叩きつけられ、ザプンと波を被る勇者。だが、その馬鹿馬鹿しいまでの発想を知った彼女は、笑った。なんて無駄だと非効率を嘲笑い。そんな力の使い方でも良いのかと、発想の未熟さを自嘲する。

 

「そうか。制御しようなんて発想が間違ってたんだ。これは扱い辛い力なんかじゃない。どこまでも答えてくれる、頼もしい力!」

 

 黒剣を構える勇者はこう呟く。絶界と。瞬間、フィーネちゃんの身体から青い魔力が零れ出す。背後の海から水柱が3本上がり、まるで生き物の様にうねりくねり、鎌首をもたげた。

 

 その様子を見て、俺はタルグルン湖で水精に出会った時の様子を思い浮かべた。

 あちらは巨大な鯨の姿であったが、なるほど、確かに勇者には水精の加護があるのだなと。

 

(ジグ、勿論なにか考えはあるんだよね?)

 

「カカカのカ。実はこの破限な、魔力効率が悪いんじゃ。凄く悪いんじゃ。ぶっちゃけ今の儂だと見掛け倒しだよね」

 

(そんな気はした)

 

 今まで使って来なかった事を考えると多分本当に悪いのだ。今回はフィーネちゃんに見せる為だけに闘気すらも温存して何とか再現してくれたのではないか。

 

 そして当のフィーネちゃんは、恐らく今が絶好調。

 例えるなら彼女はレースカーに乗り、速すぎるとアクセルを踏むのを躊躇っていたのだ。

 だが、いざアクセルを踏み込めばどうだ。付いてくる、どこまでも。ご機嫌にならないはずがない。

 

「これはツカサくんの分と、後なんか水精がやれって言ってる気がするので死ねー!!」

 

 ジグルベインは上方と左右から迫る海流を見て一言。「覚えとれー」と魔王の癖に三下の様な事を呟いた。

 

 

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