ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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231 帰ろうか

 

 

 俺は海面から手を伸ばし岩の上にズルズルと這い上がった。身体は怠く霊脈が激しく痛む。それでも先ほどまで自分の居た場所を見れば、よくまぁ生き延びたものだと幸運を噛み締めるしかない。

 

 フィーネちゃんの一撃で入り江の周辺が綺麗さっぱり流されてしまっているのである。

 攻撃に使われたのはただの水。言わば巨大な水鉄砲だった。でも普通の水鉄砲程度でも皮膚に当たれば痛いものだし、消防車の放水は暴徒の鎮圧にも使うという。ならば海より沸き立つ龍ならば、その破壊力はいかほどに。

 

 水精ウィンデーネの水鉄砲は岩を砕き、石を流し、崖を崩す。まさしく災害と呼べる程の規模と威力を持って地形を変形させてしまっていた。

 

「これが精霊の力か。恐ろしいもんだね」

 

(なんのなんの。この程度じゃ軽く力を引き出したくらいにすぎぬ)

 

 フィーネちゃんが力の開放を躊躇う理由が分かった気がする。きっとそれほど大きな力を取り込んだという自覚があったのだろう。ジグルベインという敵と被害の出ない場が揃い、ある意味では今日やっと本来の力を試せたという所か。

 

「本当によく逃げてくれたよ」

 

(カカカ。扱い方がまだ雑だったからの。造作もないわい)

 

「その割にはめっちゃ恨み言吐いてたけどね」

 

 ジグルベインは頑張ってくれた。最後の魔力を振り絞り海に逃げ込んだのだ。

 覚えてろーと叫びながら海に流される様が似合っているあたり、この魔王は三下ムーブもこなせるらしい。

 

 いや、魔王なんていうのはどんなに悪名高かろうと結局は負け役。勇者の引き立て役なのかも知れないが。

 

「さて、それじゃあヒロインを迎えに行こうか。あんまり怪我なけりゃいいけど」

 

 フィーネちゃんも大出力の魔力を扱った反動で倒れこんでいる様子が見て取れた。波打ち際で寝転ぶせいで海水が押し寄せるにゲホゲホと咽ている。びちびちと藻掻く姿は打ち上げられた魚を連想させた。

 

 とりあえず引き上げないとと思い水面に出る岩場をピョピョンと跳ね渡る。

 筋肉の痛みはほとんど無いのだけど、今回は派手に霊脈を壊したようだ。身体強化も施せず、肉体とのリンクが怪しい体では荒れた岩が大きな障害となった。久々の感覚に魔力の使えない不自由さを思い出しながら、やっとの事で入り江の砂利浜まで引き返す。

 

 辿り着くまでの間になんとか波からは避難したのか、下半身を水に浸し天を仰ぎ見る金髪の少女。俺は腰を折り曲げ、空との間に割って入り大丈夫かいと声を掛ける。気配に気づいてはいたようでパシャリと水音。勇者は右手に握る黒剣を俺の首元に向けていた。

 

「ってツカサくん。良かったー無事だったんだね」

 

「心配かけてごめんね。なんか水で海に流されちゃってさ」

 

「う! そ、それは災難だったね」

 

 彼女の中ではまだ戦闘中だったのだろう。俺を認識した碧い瞳は警戒を解き、表情までもをへにゃりと解いていった。何があったか聞くのはあまりにマッチポンプなので無言のままによいせとフィーネちゃんを抱き上げる。

 

「っちょ、ちょー!? お姫様抱っこ!?」

 

「動けないんでしょ。任せて」

 

「ええ、いや。ああああ……ウン。ハイ」

 

 フィーネちゃんは165センチくらいあり、筋肉も付いてるせいか以外と重かった。

 以前ならば重いと口を滑らせていた所だが、イグニスに殺されかけた経験があるので俺は生涯女性に体重の事は言及しないと決めていて。へっちゃらさとばかりに笑って見せる。

 

 正直体力がきつく、腕がプルプル脚がガクガクしているのだけど。これは勇者に魔王をけしかけた罰と言った所か。痛いとか辛いとか言う権利は無いので、不調は表に見せず無事に帰らなければ。

 

「ツカサくんは怪我とか大丈夫? 誰かに襲われたりしなかった? 変な笑いかたする野蛮人とかに」

 

(おい、コイツ捨ててこう)

 

「俺は別に襲われたりとかはしてないけど……」

 

「そっか。なら良いんだ。ツカサ君の剣に血が付いていたから心配しちゃった」

 

「あ、フィーネちゃんが居ない時に昼飯狙ってイタチが出たんだ」

 

「…………ふーん」

 

 なるほど、俺が斬られたと勘違いし勇者は激高していたのだ。ちなみ黒剣はその時に出したままにしてあったので俺が置いて行ったというジグの言葉に嘘も無く、余計に誤解に拍車を掛けたらしい。

 

 海からは出るもお互いにずぶ濡れで着替えも無い。このまま走っても風邪を引くだろうと火を焚き少し服を乾かす事にする。ならば荷物をと思い、思い出す駝鳥の存在。すっかり広がった入り江に愛鳥の姿は無く、俺はボコー!と名前を叫び膝を付いた。

 

 するとチョンチョンと肩を突かれ。フィーネちゃんの指の示す先を見れば、丘の上で元気に走り回るシュトラオスの姿が。気配に敏感な生物なのでジグが殺気を放った時点で逃げ出していたのである。心配させやがって。

 

「ねえ、ツカサくん。こうやって束ねた枝を折る行為に意味ってあると思う?」

 

 ボコを呼びに行くがてら集めた小枝をポキポキと折りながら積み重ねるフィーネちゃん。

 俺は魔道具のランタンになんとか火を灯し、その枝に火を移しながら答えた。

 

「俺の国には3本の矢っていう逸話があるよ。一本だと脆い矢も、三本束ねれば頑丈になる。人も結束するのが大事だよって話。枝じゃ折れちゃうけどね」

 

 笑い話のつもりだったのだけど、目を張る少女はじぃと俺を見つめ、やがて良い話だねと本音を飲み込む様に無理に頷く。俺は何か変な言葉を言っただろうかと思い返し、あと気づいた時には答え合わせの様に言葉が継がれる。

 

「ねえ。ツカサくんの国は、どんな所だったの? 言いたくないなら言わなくていいけれど、私はもっとツカサくんの事を知りたいよ」

 

「……俺の国はわりと平和なところで、埼玉っていう結構都会で育ったんだけど」

 

「嘘つき」

 

「う、嘘じゃないよ! 埼玉は都会だよ!?」

 

 イグニスとの約束があるので失敗したなぁと思った。けれども、彼女の弱みを一方的に聞いてしまった俺は、せめて生い立ちくらいはと語れる範囲をフィーネちゃんに聞かせる。

 

 服が乾くまでの間。珈琲で喉を湿らせながら、喉を震わせる。

 イグニスは笑わず聞いてくれたけど俺の過去なんて大したものではないのだ。両親に恵まれ。家庭環境に恵まれ。人間関係にも問題は無く。けれど俺は一方的に世界を拒絶し部屋に引き籠った。

 

 ああ、愚かだ。足りない物なんて何一つ無かったのに。幸福だったのに。ただ少しばかりの勇気が無かったせいで。

 

「俺には勇者なんて重しは無いし、貴族なんて枷も無い。けれどもどうか、両親の子供である義務として、息がある内に、もう大丈夫だよ。この一言だけを届けたい。ごめんねフィーネちゃん、あんまり格好良くないから言いたく無かったんだ」  

 

 嘘偽りの無い本音。でもと、少し思う。これは言葉には出来ないが、俺にはきっと欠けていたのではないか、ジグルベインという存在が。まったく。全てを手放さないと手に入らないなんて困った魔王様である。

 

「聞かせてくれてありがとう。ごめんね、辛いこと思い出させちゃったね」

 

「全然。なんでランデレシアに来たのかは分からないけど、今も視線に怯えて部屋に閉じ籠っているって考えるよりは、ずっと前向きに成れたと思うんだ」

 

「うん。今のツカサくんは全然臆病なんかじゃないよ。いつも前に飛び出していて、私はその背中を目で追っているんだから」

 

 とても柔らかい表情で帰れると良いねと言われ俺はありがとうと返した。

 そして暫く無言のままに火に当たり暖を取るも、海風が吹き抜け大きなクシャミが出る。まだ少し生乾きだったのだけど、二人で帰ろうかと口に出て笑い合った。

 

「ナンデ。イッタイドウシテ」

 

「いや、フィーネちゃん体力キツイかなと思って」 

 

 帰りはそんなに速度を出すつもりは無いけれど、如何せん揺れるのでしがみつくにも力は必要だ。そこで俺はフィーネちゃんを前に座らせて後ろから手綱を握った。こうすれば俺に寄りかかれるし、腹に腕を回しているので落とす心配も無いのだ。

 

「イグニスはこの態勢で昼寝もしてるし、疲れてたら目を瞑ってもいいよ」

 

「イグニス、あの野郎。ありがとうございます!」

 

 最初こそ恐る恐るという感じで縮こまっていたフィーネちゃんだが、走っているうちに慣れてきたのか徐々に体重を俺に預けてくる。寝息までは聞こえないが、声もしないので本当に寝てしまったのかも知れない。

 

 俺は落とさない様にそっと腹に手を回し、ボコの速度をやや緩める。

 魔獣が出たら戦う体力も無いので遭遇しない事を祈りながら、夕暮れには着けばいいなとトボトボとシュトラオスを進ませた。

 

「え、風邪ひいたかも知れない? 何してるんだい君は」

 

 熱出た。

 

 

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