ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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232 風邪ですね

 

 

 最初はジグルベインと交代した反動で怠いのかと思っていた。

 なので大使館に帰ってきてフィーネちゃんと別れた後は、今日はもうゆっくり休もうと考えて。

 

 服を洗濯に出すがてらお風呂に入り体を温める。海に落ちたからか、生乾きの服で騎乗をしたからか、体は随分と冷えていたようで湯舟はとても気持ちが良かったものだ。しかし10分と浸からぬ内に頭がクラクラしてきてしまう。

 

 風呂から上がった俺はなんとか自室に戻り、ぼふりと布団に倒れこんだ。おや、ちょっとおかしいぞと思ったのはココくらいからだ。鼻水がズルズルと出てきて、暖めたばかりの体がやけに寒いのである。

 

「ぶえっくしょーい。あー風邪ひいたかなこりゃ」

 

(大丈夫かお前さん)

 

「んーまぁ寝れば治るっしょ」

 

 自覚をすると体重が倍になったように感じた。夕飯がまだなので何かお腹に入れたいなとも思ったのだけど食事さえもが面倒だ。いいや、このまま寝てしまえ。蓑虫の様に布団に包まった所で、コンコンと間が悪く扉がノックされる。

 

「居ませーん」

 

「いや、返事しといて居ないは無いだろう」

 

 訪れたのはイグニスで、招きもしないのに勝手に部屋へと入り込んでくる。そして寝転ぶ俺の姿を見るなり開口一番で体調が悪いのかと聞いてきた。そんなに顔色が悪かっただろうか。

 

「よく分かったね」

 

「そんな鼻声で布団に包まっていればね。症状はどんなだい?」

 

「怠くて、ちょっと熱あるかも」

 

 魔女は枕元までやって来るとベットに腰掛けて、どれと額に手の平を当てて来る。普段は温かく感じる彼女の指先は今日はちょっとヒンヤリしていた。

 

「確かに少し熱があるな。ちょっと口開けて。ああ、扁桃腺も腫れてる。咳はなさそうだけど、吐き気や下痢は大丈夫かい?」

 

「今のところ吐き気は無いし、お腹の調子も悪くないかな」

 

「風邪の初期症状だね。後で薬作ってくるから、ちゃんと栄養摂って温かくして寝るように」

 

 風邪ですと診断された俺はふぁいと返事をした。ところで何か用事でもと、わざわざ部屋を訪れたイグニスに言う。すると赤髪の少女はそうそうと本来の目的を思い出した様に小瓶を見せて来た。

 

 なんでも霊脈の痛みに効く塗り薬の様だ。ジグルベインの力を使うと相談をしたので用意しておいてくれたらしい。嬉しい気遣いである。というかそんな便利な薬があったのか。

 

「背中は一人じゃ塗りづらいだろう。汗を拭くがてら塗ってあげるよ」

 

「助かる。けど汗はお風呂出たばかりだから大丈夫」

 

「ってお風呂入ったのか。熱がある時はあまり良くないぞ。じゃあ水分も補給しないとだな」

 

 熱があるって知らなかったのよねー。ぶつくさ文句を言われながらも、俺は体を起こして上着を脱いだ。少し粘度のある液体が少女の柔らかい手で背中に延ばされていく。薬にはミントでも混ざっているのか塗られるとスースーして気持ちが良かった。

 

「やっぱり男の子の背中だな。細いと思ってたけどゴツゴツしてて大きいや」

 

「何か言った?」

 

「今日はどうだったんだって言ったんだよ!」

 

(む。ツンデレの気配を感じた)

 

 何を感じてるんだお前は。けれどイグニスには話しておきたい事もあったので、いい機会かなと報告をする。プライベートな部分は省き、フィーネちゃんはジグルベインとの戦いでウィンデーネの使い方を見つけられたかも知れない事、俺の過去の話を少しした事。なによりも魔女に伝えておきたかったのは。

 

「イグニス、あんまり勇者の名前を利用しないであげて。フィーネちゃんは辛いことも1人で抱え込んじゃう性格みたいだから可哀そうだよ」

 

「へぇ。つまりフィーネと本音で話し合える仲になったと。良かったじゃないかよ」

 

 はいお終いと背中に軽くビンタをした魔女はベッドの縁に座り直した。

 俺は上着を羽織ると寝てなさいと言われたので、遠慮なく横にならせて貰う。

 

「まぁ派閥を勝手に作った件は謝ろう。けど私もレオーネも、むしろフィーネに背負わせない為に動いているのだと弁明をさせて欲しい」

 

 特異点の扱いが切っ掛けで政権争いという騒動になってしまったが、お姫が黒幕という形で振る舞う事で責任は全てそちらに向かうのだと。その為には国としてでなく、勇者を利用したという表向きが欲しい。なので勇者派なのだと。

 

 俺には正直、猛禽類の様な眼をしたお姫様に信用というものはあまりない。だって何考えてるか分からないし。けれどこの少女が、イグニスが信じてくれと言うならば、分かったよと。全ての反論を飲み込んで頷く。

 

「イグニスがそう言うなら信じるよ」

 

「ん。ありがとう。さて、こんな状態じゃ長話もあれだね。薬と何か簡単に食べられる物を用意するから、大人しく横になってなさい」

 

 立ち上がろうとする魔女の手を気付けば握りこんでいた。どうしたと赤い瞳で覗き込んでくるイグニスに、俺はええとと口籠る事しか出来ない。

 

「ははん。さては寂しいんだな。寝付くまで子守唄でも歌ってあげようか?」

 

 心境をずばりと言い当てられ、顔がより一層に熱くなるのが分かった。

 霊脈が傷付くと心が妙に痛いのだ。精神が肉体の所有権を失った様な、全身が義体にでもなったかの様な、不思議な喪失感。そして熱で朦朧とする意識。

 

 話相手ならばジグルベインが居てくれるのだけど、人の気配というか、誰かが傍に居てくれるという感覚がとても心を安心させる。

 

「ごめんね。少しだけ付き合ってよ。そうだな、これからの方針は決まったの?」

 

 俺とフィーネちゃんが出掛けている間、イグニス達は手紙を吟味し次の一手を考えていたはずだ。それがどうなったのかと問いかける。

 

「決まったよ。君が元気ならその話もしようと思ってたんだ。じゃあ負担にならない程度に聞いてくれ」

 

 魔女が面白い物を見せてあげようとポケットから何かを取り出した。5センチ程の細長い物体だ。素材は透き通っていて、ガラスか宝石。あるいは魔石だろうか。それがどうしたのだろうと注視していると、突然ピカリと光って目が眩む。

 

(ほほう!)

 

「うぁあ眩しい。何それ」

 

「うふふ、見ての通り魔石だよ。テネドール伯爵が送って来たそうだ。つまり出所はラウトゥーラの森という事だね」

 

 旅の途中で光の魔石は小さい物しか取れないから、明かりの魔道具に使うには容量が足りないという話を聞いた事がある。でもこの魔石はどうか。流石に1つで部屋全体を照らすという程の光度は無いが、今も使っている炎のランタンよりはかなり明るかった。

 

 そしてラウトゥーラと聞いて様々な事情が見えて来る。

 つまり深淵の事件の後でテネドール伯爵はラウトゥーラに探索隊を派遣し、無事に帰還したという事だろう。聖剣の力で強い光属性を持っていたあの森だからこそ、この大きさの魔石も取れるという訳か。

 

「私が見つけたかったなぁ。いや、違う。これは言わばフィーネの成果だ。勇者一行が森を踏破したからこそ発見されたのさ」

 

 その言葉をフィーネちゃんに聞かせてあげたいと思った。彼女は色々な要素が重なり自信を無くしていたけれど、ほらちゃんと成果もあるではないかと。

 

「今王都ではこの魔石の使い道を検討しているらしくてね。同時に明かりも見直されているそうだよ。研究が楽しそうだ」

 

 ほほうと頷く。確かに貯蔵量は無限では無い。だから魔石の出現を切っ掛けに、より明るくなる形状などを開発しているという事らしい。案外次に王都に行く頃には夜でも蛍光灯の様に明るかったりするのだろうか。

 

「でも、魔石とシュバールで何か関係があるの?」

 

「ああ。手札が一つ増えたって事だよ。これを交渉の切り口に、まずはドワーフを味方に引き込むのさ。彼らは政治にあまり興味は無い。ならば十分に交渉する価値はある」

 

 そもそもドワーフは鉱山暮らしだ。日の当たらない場所に住むので光源というのは何よりも価値があるだろうと。俺も迷い込んだ事があるだけに確かにと頷く。あそこは俺の光球があってもきつかった。

 

「でも、大きな光の魔石なんて国内需要だけで一杯一杯さ。とても満足の行く数は融通出来ないだろう」

 

 ならばどうすると思うと、相変わらずに回りくどい言い回しをする少女。でも答えは簡単だ。光苔を売るんだねと答えると、魔女は正解とばかりに笑みを浮かべる。

 

 正式には七色苔。魔力の性質で反応を変えて、光属性を与えると光る性質がある苔だ。 一般家庭では明かりの足しにはとてもならない光度だけど、真っ暗闇の世界ならば、その価値は計り知れまい。鉱山ならば誘導灯として設置するだけでも最高の目印になるはずだった。

 

「それにルコールの実もまだ手元にある。最後の2個だから譲るのは非常に惜しいが、反応次第では生産を増やすとスティーリアが言っているんだ」

 

「むしろまだ持っていた事に驚きだよ!?」

 

(なんとコヤツまだ隠し持っていたか。一つくれんかのう)

 

 それから三十分くらいは話しただろうか。イグニスが、さあそろそろいいだろうと切り出した。うん、ありがとうねとお礼を言うと、薬を持ってまた来るからと頭を撫でられる。

そこまで重病でもないのだが、弱っている時は好意が素直に嬉しかった。

 

「そうだ。食欲はあるかい。何か食べたい物でもあれば持ってくるけど」

 

 そんな言葉を貰い、俺は冗談でこんな時はお粥が食べたいなぁと言った。すると魔女はなんともあっさりと分かったと受け入れたのである。あまりに自然に要求が通った為にしばし茫然としたが、慌ててイグニスを呼び止めた。

 

「ま、待った。お粥作るって、米あるの?」

 

「米? ああ、君の国だと米で作るのかい。すまない、こっちだと粥は麦が普通なんだよ。一応厨房に米があるか聞いてみよう」

 

「あるのー!? 米あるのー!?」

 

 おいおい、シュバールは貿易大国だぞと心底呆れた様に口するイグニス。もういいなと背を向ける少女に愛してるよと心からの親愛を伝えた。そうかー。あるのかお米。こりゃ風邪なんて引いている場合じゃねえな!

 

 

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