ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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235 敵か味方か

 

 

 勇者の前に跪くのは草原の民の代表であり、政権争いを起こしたご本人だった。

 男の名はディオン・ラーテリア。濃い茶色の猫っ毛と端整な顔は幼く見えて年齢が分かりづらいが、年の頃は20をやや過ぎたくらいか。

 

 服装は騎乗服に似たランデレシア風の正装だ。高い背と程よい筋肉から王子様の様な白い服を着こなしている。ただしシュバールの風習である貴金属をジャラジャラと身に着ける文化も混ざった恰好で、首や腕にはキラリと黄金が光り若干成金趣味の様にも見えた。

 

「なんでこんな大物が此処に居るんだ」

 

 今日は勇者派を結成してからの初行動だ。何より食事会の主催者はアゴラさんであり、舞踏会の謝罪と挽回を込めた意味で開いてくれたものだと聞いている。勇者一行を始め増えている人も勿論居るが、前回と参加者は殆ど変わりないのである。

 

 この事をアゴラさんは知っていたのか。俺と同じ疑問を会場の人も思ったのか、皆の視線が目立つ赤髪の巨体へと向く。その表情はまさに唖然といったものだった。主催には面子があると聞いたが、よもや連続で潰されるとは思うまい。

 

「ラーテリア公爵。貴公を招いた覚えは無いのだが、一体どういう了見であるか。この会は謝罪にて開いたもの。これ以上我が面目を潰そうものなら公爵家といえど許しはせぬぞ!」

 

 本来であれば飛び入り参加くらいは許されたのであろうが、俺でも理解出来るくらいには間が悪い。憤怒の声を聞いた優男は、ここでやっとフィーネちゃんの手を放し立ち上がった。

 

「ダルニーチ伯爵、まずは無作法を謝罪しよう。すまなかった。貴方の面子を潰したかった訳ではないのだ」

 

「……謝罪は受け入れよう」

 

 大人の対応という奴か。アゴラさんは額に青筋を浮かべながらも受け入れる。というか立場が上な人に素直にごめんなさいと言われては断る事は出来なかろう。それでも不機嫌という態は崩す事無く、何をしにきたのだと視線で咎める。

 

「もちろん我が女神に会いに。おっと、怒るなよ真剣だ。なあアゴラよ、勇者の心眼は嘘と悪意を見抜くと聞く。ならば僕はここに宣言しよう。ラーテリアの名に誓い、私は勇者襲撃事件に一切関与していない」

 

「え。あ、はい。嘘は無いです……ね」

 

 高らかな宣言に勇者が答える。そしてその瞬間にこの男の身の潔白が証明された。

 俺は上手くやりやがったと舌を巻く。以前アトミスさんがテネドール伯爵を勇者の前に引き摺り出す策を練った事があるが、ディオンという男はその真逆を行ったのだ。

 

 そう、疑いを晴らすならば勇者の前に姿を晒すのが一番早い。だからこそフィーネちゃんが公の場で活動すると同時に姿を現したのだろう。勇者一行やアゴラさん含む、襲撃に巻き込まれた人達の前で疑惑の芽をばっさりと断ち切ってみせた。

 

「ラーテリア公爵。私は勇者の存在が国に混乱をもたらし大変心が痛うございます。ですので慰めると思い一つ胸の内を明かしてはくれませんか。何故、政権を奪おうなどとお考えに?」

 

「ふむ。傷を付けないと言っても巻き込み利用したのは確かか。良いだろう、答えよう」

 

 優男はフィーネちゃんの頬に口付けでもするのではないかと思うくらいにグイと顔を近づけて、彼女にしか聞き取れないくらいの声量で短く口を動かした。一体どんな内容だったのかフィーネちゃんは眉をしかめ、不快を表す様に公爵から距離を取る。

 

「ただ、それだけなのですか?」

 

「貴女ならこの真偽が分かるのだろう」

 

 不敵な笑みを浮かべた男は一歩踏み込んで勇者の離れた距離を埋める。そして保護するからこちらに来いと(のたま)って。自然に俺は。いや、カノンさんが、ヴァンが、ティアが。その手をどけろと盾になる。

 

「ご安心を。御覧の通り私には頼もしい仲間がついておりますので」

 

「ふっ、なるほどね。今日の僕は招かねざる客。邪魔者は早々に退却させて貰おう。しかし君の身を守りたい気持ちは本当だ。身の危険を感じたならばいつでも頼るんだよ、いいね」

 

 まるで嵐のようなとはこの事か。男は勇者に危害を加える存在では無いと証明したものの、アウェーと言うのは変わりない事実。主催者からこれ以上の怒りを買う前にと、言いたい事を言って退散してしまう。

 

(今殺した方が面倒が無かったのでは?)

 

「一応敵じゃ無さそうだし……」

 

「敵ではなくても、味方でもないぞ」

 

 ジグルベインの不穏な言葉につい反応してしまったら呟きを拾われたようで隣からハスキーな声が響く。おや帰ってきたのかと振り向くと、顔を真っ赤にしたイグニスはカノンさんに支えられて立っていた。

 

「……大丈夫?」

 

「正直飲み過ぎたと思ってる。くそう、トムが強くてさぁ。やっぱりドワーフは酒豪が多いな。強敵揃いだった」

 

「誰よトムって。つかこんな真昼間からベロベロになるまで飲むんじゃないっつーの」

 

「あいつが来るって分かっていたら、こんなになるまで飲まなかったのだけどね」 

 

 イグニスを持ってして予想外だったと言わしめるディオンの来訪。しかし意図は明白だと魔女は告げる。俺達を、ひいては勇者派を取り込むつもりだと。ああ、そういう事かと俺は納得すると、酔っ払いを支える僧侶がどういう事よと聞いてきた。

 

「勇者派なんて言っても、票集めにはあまり関係無いんですよ」

 

 もっと言えば両立出来る。しょせんは勇者と仲良くしてねの会なので、勇者派でありながら優男を支持するという事は矛盾しないのである。ならばアゴラさんの手前があるのでこの場で演説まではしなかったが皆の前で潔白を証明したのは大きいのだろう。

 

 川と草原で分かれていて草原トップが白。しかも川側は魔王の爪痕が失われては困るという動機まであった。勇者を襲ったのは誰かと考えた時、川の民という見方は一層濃厚になったと言えるのだ。

 

「面倒ね。誰かを殴り飛ばして解決出来ないことは」

 

(同意)

 

 聖職者と魔王の意見が一致するのは如何なものか。しかし面倒というのは同じ気持ちだ。せめてあの優男が敵ならば。明確な悪であったならば、こちらも剣を持って戦うだけだというのに。

 

「あれ、やばい。カノンさんと同じ事考えてた」

 

「ちょっと、それどういう意味よ!」

 

 僧侶に胸倉を捕まれ、そういう所だよと思いながら必死に言い訳を考えていると、隣ではヴァンがそれでとフィーネちゃんに問いかけている。あの男が耳打ちした内容を聞いていたのだ。

 

「うん。今の王子は海の男でもやっていた方が似合っているって」

 

「なんじゃそら。私怨丸出しかよ、恰好悪いな」

 

 呆れ果てるヴァン同様に俺も溜息を吐き出した。一体どんな正義や理想があるかと思えば、自分が王子に成りたいだけときたわけか。びっくりだよねと肩を竦めるフィーネちゃんだが、ティアは言葉の裏を考えるのか意見は出さない。イグニスは……今日はもう使い物にならないだろう。

 

「よし、みんな。気を取り直して聞いてくれ」 

 

 会場が静まり返る中パンパンと大きな手拍子が響く。見ればアゴラさんが皆の注目を集めた様だ。予定外の事があったが、料理も酒もまだ沢山あるので食事会を楽しんでくれと促した。笑顔だがあれは相当怒ってるな。次騒いだ奴は摘まみだされそうだ。

 

「あのう、ダルニーチ伯爵」

 

「アゴラでいいよ、フィーネさん。迷惑を掛けてしまってすまなかったね」

 

「いえ、アゴラさんのせいではないですよ。興味本位で聞いてみたいのですが、この国の王子はどんな方なんですか?」

 

 

「あ、それは俺も聞いてみたいかも」

 

 勇者の質問にアゴラさんはそうだなぁと顎髭を擦りながら考えこんで。一言で表すならば快男子であると誇らしげに言う。先頭に立ち誰とでも分け隔てなく接するので、王子らしく無いと言われながらも人気があるのだそうだ。

 

 今はその王子様の不在が面倒に拍車を掛けている訳だが、良く考えれば貿易船に乗り込んで外国に行くなんて行動力が無ければ出来ないだろう。

 

「へえ、うちのバカ王子と交換して貰いたいもんだな」

 

 ヴァンは愛想なく言うが、俺は軽薄だが趣味人なフィスキオ王子も嫌いではなかったりする。久々に名前を聞いておっぱい星人の顔を思い出していたら、雪女が苦々しい顔でボソリと呟いた。

 

「王子達と言えば、乳尻戦争という両国の黒歴史があったわね」

 

「スティーリア嬢、あの事件は思い出してはいけない!」

 

「「あっ……」」

 

 アゴラさんが止めに入るが時既に遅し。乳尻戦争という名前だけで俺もフィーネちゃんも何があったのかを察してしまった。そうか、この国の王子は尻派なのか。究極に要らない情報だな。

 

「おい、アゴラ。酒がもう無いぞ!」

 

「ははは。すぐに用意させ……え、倉庫のも全部出した!?」

 

 談笑を楽しんでいると食事そっちのけで酒盛りをしているドワーフから呼ばれたアゴラさん。主催者様は嘘だろうと、事実確認に慌てて裏に消えてしまった。君たちは楽しんでいてくれと言い残されたが、小走りをする大きな背中には苦笑しか出来なかった。パーティー開くのも大変だね。

 

 じゃあ俺たちも適当に摘まもうかと皿を片手に色んな料理を味わせて貰って。この日の食事会は恙なく終わる事が出来た。みんなで参加した社交会は本当に楽しいもので、舞踏会も横槍が無ければ素敵な夜だったのだろうなと今更ながらに怒りが沸いてくる程だ。

 

「あ、ツカサくん。はいこれ、ラルキルド卿からです」

 

「え? あれ?」 

 

 大使館に戻ると予期せぬ人が待ち受けていた。金髪金眼の男装の麗人である。その人を見るや否や、フィーネちゃんがやっぱり公爵に保護して貰うと本気で錯乱した。一体どれだけトラウマがあるのだろう。

 

 




予約投稿の時間ミスってました……
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