ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
アルスさんが来訪した事で場所を俺の部屋へと移した。土産を持って来てくれたのだが話もあるようで、ならついでにお茶でもどうぞという流れだ。
メイドさんが淹れてくれたお茶の数は四つ。俺とアルスさん、残りはフィーネちゃんとイグニスの分である。他のメンバーは食事会の後なので解散した。フィーネちゃんも凄く解散したそうだったが逃げる事は出来なかった。
「あうあう。ツカサくんのお部屋だぁ……」
「あ、適当に寛いでね。イグニスは……ベット使う?」
「私を酔っ払い扱いするんじゃない」
「いや酔っ払いだろうがよ」
ティアから聞いたが、ドワーフと取引するには先ずは飲めと言われるくらいに彼らは飲みにケーションを重視しているらしかった。魔女はかなりの高得点を出したようで、次の誘いとルコールの実の問い合わせがもの凄い数来たとか。
そして俺の手元にある小箱も面白い事にルコールの実の返礼だった。そういえばシャルラさんにも送ったっけ。土産と渡されたのはツインテ吸血鬼からの手紙とお礼の品で。ちゃんと届いて良かったという安心と、ツカサ様へと宛名の書かれた封筒を見て胸が暖かくなる。
「では、確かに届けましたという事で本題に入らせて貰っていいでしょうか」
静かに茶を飲む麗人にハイと頷く。魔女の様に回りくどい喋り方はしないようで、メイドを部屋から追い出したアルスさんは一言目から見事な爆弾を投げつけてきた。
「アトミスはこの国に【軍勢】の配下が潜んでいると読んでいます。それも恐らく、最高幹部と呼ばれる【三大天】の一人が」
俺は飲んでいた紅茶をぶふぅと吐き出してしまう。政権争いだけでも面倒な状況だというのに、他所の魔王まで関わっているのだ。それも相手はあのシエルさんと同格の存在であると。
「……どうしてそんな結論に至ったのか、お聞きしても」
イグニスは否定も肯定もせず、根拠はあるのかと白百合の騎士を問いただす。
それに対しフィーネちゃんは明らかにやっべと顔色を青くしていた。そうだね。ドタバタですっかり忘れていたけど、勇者は特使として軍勢の脅威を他国に伝える役を与えられていたはずだ。
「ええ。例の深淵の事件も大分片付いては来たので、我々も次の動きに入りまして」
国が真っ先に警戒したのは転移陣の存在だった。空間と空間を結ぶという、ある意味は人類の夢のような装置であるが、故に人類にはまだ早い。国に不穏分子が紛れてないか、まだ未発見の転移陣は存在しないかと、騎士団も魔道士団も国内を捜査しているようだ。
「そしてアトミスはそんな魔族の存在に心当たりがありました。というか、私が戦ってるのですけどね」
(儂か! なんかもう悪い事は全部儂のせいみたいな? 失望しました人類滅ぼします)
ああ、と俺は顔を覆った。確かにゴブリンハザード直後に王都に居た魔族ってアトミスさん視点だと凄く怪しいね。加えて、その話題にフィーネちゃんが食いつく。
「噂の獣殿ですね。そういえば最近私が会った相手も聞いた特徴と一致するような……」
「え、獣殿この国に居るんですか!? まぁまぁそれは剣を研いでおかないといけませんね。紅も買っておかなければ。やだ、嬉しいどうしましょ」
研いだ剣でどうするんですかねぇ。俺はイグニスにもう隠し通す事は出来ないのではないかと助けを求める視線を向ける。赤い瞳は何も言うな、絶対に黙秘するのだと強く睨んできた。
アルスさんは興奮しましたと、オホンと咳払いをし話を続ける。まぁそこでルコールの配達がてら魔族の事情に詳しいシエルさんの元を訪ねたらしいのだ。
「私は事情を説明した上で、【軍勢】の配下に獣殿の特徴を持った者は居ないかと聞きました。残念ながら獣殿の情報は得られなかったのですが、鬼人の兄妹ならば心当たりがあると」
「くそ、そういう事か!」
藪をつついて蛇を出すと言ったところか。魔女はそれだけの情報でおおよそを察したらしい。俺は鉱山で会った鬼娘に兄が居たのだなぁくらいにしか思わなかった。いや。いやいや、違うぞ。あの赤鬼は自分が誰の配下か知っているのかと啖呵を切った。
自分はそこで軍勢の名前を聞いたのだが、思い起こせば「かの軍勢の……」と続いていた気がしないでもない。つまり自分には保護者に凄い兄が居るのだぞと言おうとしていて、ならそのお兄ちゃんは何処に居たのか。
「当時の俺でも勝てる奴が、あんな大役を任されてる事がおかしかったのか」
(あれ? お前さん勝ったけかの?)
でもその情報でなぜ兄鬼の行き先がシュバールになるのか。フィーネちゃんの疑問に答えたのは、すっかり酔いも醒めたのか唇を尖らせ悔し気な顔をするイグニスだった。
「シエルだよ。アイツは居場所を転々とした挙句、ラウトゥーラの森なんて秘境で隠居していた。だからシエルと接触する為にこの国のエルフの元を訪れたんじゃないかな」
「流石ですね。アトミスもそう考えました」
なんかパズルが少しずつ出来上がりそうで、その絵には俺が握るピースが丁度よくハマりそうであった。俺はアゴラさんから聞いた、魔族の目撃情報をエルフが持っている事を伝える。
「確定じゃないか……」
「だよねー」
しかしゴブリンハザードは大分前の事件だ。情報を組み立てるなら鬼のお兄ちゃんは転移陣でランデレシアにやってきて、シュバールに来ている間に転移陣が無くなり帰れなくなったうっかりさんである事が分かる。
なら当然潜伏するにも居場所が必要な訳で。うわと状況の複雑さに嫌気がさす。もしかしたら魔族を匿っている陣営があるかも知れないという事か。
「それは一概には言えませんね。この国には大森林という潜伏するのに適した場所があるのですよ」
「そうですね。これはエルフに事情を聞く必要があるな。思えばタルグルン湖に向かう時に町長がやたらとシエルを気にしていたのは妙だった」
「うん、凄く怯えていたもんね」
けれどと、話を運ぶのはアルスさんである。シュバールに魔王軍の幹部が居る可能性も厄介だが、ソイツの目的が本当にシエルさんならば、また厄介なのだと。俺もフィーネちゃんも首を捻りどういう事ですかと聞くと、またイグニスが割り込んできた。アルスさんが若干邪魔そうに見ている。
「時期だよ。深淵の事件はシャルラ殿が狙われていた訳だが、シエルにまで手を伸ばしているとなれば、混沌の四天王が狙いだったという事になる」
「そう。【黒妖】は行方不明だったから、居場所のはっきりしている【影縫い】が狙われた訳ですね。そうなってくると、悪魔共の狙いは何だったのかと」
(お前さん、ラヴィエイはこう言ったの【影縫い】に本来の冷徹で残虐な吸血鬼に戻って貰うと)
ビリビリと電流が流れる様に違和感が解れる。そう。そのセリフは、これから殺そうとする相手に言う事では無いではないか。思えば深淵の事件は徹底して人間と異種族を戦わせようというものであった。
それは貴族側の亜人排斥派に利益があるからだと聞いたが、ならば悪魔には一体何のメリットがあったというのか。領に縛られる心優しい吸血鬼を再び鬼にして仲間に引き入れる為の、生贄だったとしたら。
「一番分かり易いのは単純に戦力の増強。そう考えれば、貴方達の最初の事件である骨竜の解放にも納得が行くと。ただ……」
「力を集めるという事は、使う事も考えているということ。その矛先はともかく、【深淵】【軍勢】両陣営とも大きな戦を見越している可能性がある」
そう魔女が締めた。何故お前が締めるのだとアルスさんが睨んでいるが少ない情報を纏めるとそういう事になる。深淵の件はすっかり終わった気でいたが、どうやら本人を倒すまでは引き摺りそうだ。
「えっと、これ私はどう動けばいいの?」
もはや勇者派など言って王女様の遊びに付き合っている暇はないのではないか。三つ巴、下手したら四つ巴にもなりかねない、狂騒曲に恥じない陰謀の渦に勇者はヒクりと頬を攣らせる。