ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
「まぁそんな話は置いておいてですね。ツカサくんも正式に勇者一行に加わったと聞きましたが」
「ああ、はい。印もこの通り貰いましたよ」
「えー、魔王軍幹部が潜んでるかもって言うのに“そんな”扱いなの」
俺はホラといつも付けている首飾りを取り出しチャラリと見せるが、勇者は自分の師匠を正気かコイツとでも言いたげなとても冷めた顔で見つめていた。なるほど新たな話題は雑談とも思える内容だ。しかし男装の麗人は気にした風も無く堂々と些事だと宣言する。その心はと問えば、単純明快に他国だからと。
「この国にはこの国の戦士がいます。同盟国ですし情報くらいは渡してあげますがそこから先は知りません。私は討伐ではなく姫の護衛を任務に来たのですよ」
レオーネ殿下に一時帰国を勧めたのに蹴られたと肩をすくめるアルスさん。一見薄情な様にも感じるが、道理だろう。ランデレシア王国の事であれば先陣切って戦う白百合の騎士も、他所の国ならその役目は別の人が担わなければならない。
「であれば、私にはこちらも同じくらい大切な話ですね。ツカサくん、不肖ではありますがフィーネは自慢の弟子です。どうぞよしなに」
「ちょ、ちょ、師匠ー!?」
アルスさんが弟子に向ける視線は優しくそれでいて切なげで。例えば鳥に表情があれば、雛の巣立ちを見守る親鳥はこの様な顔をするのだろうなと思わせる。そして俺なんかに恭しく頭を下げてまでフィーネちゃんの行く末を願う姿には、言葉程度では到底に表せぬ深い愛情が確かにあった。
俺に話ってこんな事だったのか。本来ならば、頭なんか下げないでくれと言うところなのだけど、暫し言葉を失う。
あまり付き合いが無いというか、戦闘狂だと思っていたし、フィーネちゃんからは厳しい師匠だと聞いていた。だから今の姿があの月夜の晩の、月をも斬らんと吠える獣と同じ人物だと脳が理解を拒んだのだ。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ。意外とと言ったら失礼ですけど、その、フィーネちゃんの事心配してたんだなぁって」
「ふふ。自分の育てた弟子が可愛くないはずがないですよ。血の繋がりはありませんが、血以上に濃い繋がりがあるのです」
(カカカ。わかりみが深い。もっともこちらは文字通りに魂で繋がっておるがな)
当の本人に蘇るのは恐怖の記憶だけなのか、死んだ魚よりも虚ろな瞳で血以上に濃いトラウマを掘り返している。するとイグニスに左肩をちょちょいと突かれて、実は自分も言われた事があるのだと小声で教えてくれた。
その言葉を聞き頬が緩む。きっとアルスさんは陰でヴァンにもカノンさんにもティアにも、同じ様に勇者を頼むと伝えてきたのではないか。フィーネちゃんは辛いと嘆くが、その厳しさは旅立つ前に一人前に育てようという師匠なりの愛だったわけだ。まぁ立場が逆なら俺も嫌気がさすが。
「あとは、そう。小言になりますが、ツカサくんにも言わせてください」
俺はハイと、やや姿勢を正し話を聞く態勢を取る。タマサイやルギニアで英雄的行動を取った俺だから伝えて起きたいと前置きがあり。正義の味方になってはなりませんよと告げられた。
言葉の意味がいまいち理解が出来ず、はぁと生返事が飛び出る。勇者一行はそもそも正義の味方ではなかろうか。
「これは人殺しの先輩としての忠言です。君はこれからも剣を振るうでしょうが、その時は人の味方でありなさい」
一転冷めた声で語る剣鬼の言葉は相模司という人間を糾弾するものだった。俺は今までに沢山の人を殺している。なのに何故罪を問われないのかと言えば、相手が犯罪者だったから。死んで感謝する人間が居る人だったから。でもだ。では俺に一体なんの資格があっただろうかと。
「こちらの手落ちもありますが、個人が正義を理由に人を裁くなら法で動く騎士は要りません。言っている事はわかりますね?」
「……はい」
そんな人間が勇者一行なんていう大義を得たらどうなるのか。悪を決めつけ正義を執行する人間にはなるんじゃない。正義を免罪符にするなよと言いたいのだろう。
「ええ。フィーネが選んだのだから大丈夫だとは思いますが、君は危ないので言っておきます。暴力を振るうならば、それは貴方の選択。正義ではなく貴方が殺すのだと肝に銘じなさい」
それが戦士としての最低限の心構えだとフッと微笑を浮かべるアルスさん。いや、他意は無いのだろうけれど、俺にはさもなければ私が首を落としてくれるぞと言われている様に感じた。
身に染みる話である。騎士だ英雄だと華のある話だが、戦闘行為とはすなわち、研ぎ澄まされた鋼を容赦なくどちら様の頭に叩きつけ一生を終わらせる事に他ならない。それを正義だと言ってしまえばこの世は地獄だ。
「バングの件は決闘だったと言い訳をしたいのですが、大丈夫です。自分は暴力を振るっている自覚がありますし、正義を名乗った事は一度もありません」
「……それはそれでどうなんだ?」
魔女が呆れた声で突っ込んでくるが、麗人は宜しいと首を縦に振る。自分で言ってなんだがよろしいのだろうか。
「構いませんよ。そもそも私は貴方と比べ物にならないくらい斬ってますしね。要するに私達の道はお花畑ではなく、屍で出来ていると覚えておいてくれれば」
その言葉を英雄である貴女が言うのかと思った。ならばラルキルドで千人斬りも達成したこの騎士はさぞ険しい山道を歩いている事になる。いや、だからこその忠告か。こんな山を登った所で見晴らしは良くないぞと。
ともかく、言いたい事は全て伝えたと腰を浮かすアルスさんは、部屋を出る前にはたと思い出した様に一度だけこちらを向いた。
「これでお
バタンと閉まる扉を眺める事数秒。黒薔薇って何と口を開けば、説明大好きイグニスちゃんがピンと人差し指を立てて。はっと意識を取り戻したフィーネちゃんに台詞を先取りされる。
「個人に忠誠を誓っている騎士を揶揄して言うんだよね。護衛騎士よりももう少し踏み込んだ、傭兵みたいな事もする人の事」
「はあ。番犬みたいなものかな。まぁモルドさんってレオーネ姫にべったりなところあるし、あんまり意外じゃないかも」
どうでもいいけど最近あのドM執事にM仲間みたいな視線向けられて少し辛い。俺は好きでイグニスに怒られている訳ではないのにおやご褒美ですか羨ましいですねと近づいてくるのだ。一緒にしないでくれ。
一方、説明しようと人差し指を立てたはいいものの台詞を取られた魔女は拗ねたのかうがーと叫びながら俺のベットに飛び込んだ。怖い騎士様の視線が消えて駄目っ子モードというわけか。
「ちょっとイグニス。高い服なんだからそのまま寝ころんだら皺になっちゃうよ」
イグニスもフィーネちゃんも食事会の後なので正装としても使える上品なワンピースを着ている。それでも構うものかと寝そべり俺の枕に顔を埋める魔女と止めなさいとベットから引き離そうとする勇者だが、俺としては文化の違いとはいえ土足のまま布団に寝られるのが気になった。一応足掛けがあるとはいえなんか嫌だよね。
「やっぱり三大天とやらが気になるの?」
経験上、魔女がこの様に駄々を捏ねる時は思い通りに事が運ばない時だった。駄々を捏ねるのだから当然だろうと思うかも知れないが、少し違う。奴が想定していた状況から逸れた時に見える行動なのだ。
「……ああ。アトミスがアルス様を送ってくるんだぞ。もう居ると考えて間違いない。そして生憎こっちは正義の味方だ。“そんな”扱い出来ない。そうだろフィーネ」
「うん。そうだね。私は逃げないし、逃げられない」
勇者は言わば人類の最終兵器。デウス・エクス・マキナという際限無き力は強大な魔王達に抗う数少ない勝算だ。故に国境を越え世界を救うのだと少女は故郷から旅立ったのである。他国だから知りませんという道理は無いのだと、己の正義を表明した。
「ならば私達だけでは戦力が足りない。アルス様を含めてもどうかな。如何せん読めない。万全の状況で挑むならこの国の騎士と魔導士にも力を借りたい所だけど……」
イグニスの言わん所を察しった俺とフィーネちゃんはあーと遠い目をする。川だ草原だと言い争う今、国が一丸と成り敵に挑めるかは微妙だった。
「さっさとこの政権争いが終わらないと、大変な事になるね」
「だろう。どうするんだよー。分断工作して共食いさせるつもりだったのにー」
「ねえイグニス。お願いだから二度と正義を名乗らないで」
でもイグニスの言う事には理もあった。魔王軍の幹部に本気で勝利を求めるならば三つ巴の戦いでは駄目なのだ。川と草原で手を取り合い、シュバール国として立ち向かわなければなるまい。一刻も早く意思を統一するのだ。
そして翌日。最後のピースである、王子の帰還の知らせが届いた。