ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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238 王子の帰還

 

 

 赤金髪の女は口元を逆三日月に歪めていた。その不満たる心境が表れる様にハイヒールの刻む足音は荒ぶり、そして加速していく。人前では笑顔の仮面を被る事を常にしているレオーネ王女ではあるが、珍しくやってられねーとばかりに苛立って。

 

 先頭を歩く姫の後ろにはイケメン執事ことドM野郎。間違えた。モルドさんと白百合の騎士アルスさんがやれやれと肩を竦めながら追従している。俺たち勇者一行は更にその後ろを付いていく。

 

 ドスドスと進むお姫様を追いながら、俺はほぅとつい建物に目を移してしまう。

 此処は王宮の中だった。大使館の部屋が派手だった時点で薄々察してはいたが、この場所は栄耀を極めた感がある。

 

 床や壁は勿論に高い天井にまで事細かに模様や彫刻が施されているのである。立ち並ぶ柱の一本一本が芸術的なまでに造りこまれていて、その材料で城を形成するのだから城そのものが芸術品の様になっていた。

 

 個人的にはランデレシアのシンプルながら建設美溢れた城の方が好きではあるのだけど、こちらは眺めているだけで一日潰せそうな造り込みでついつい目を奪われてしまうのである。

 

「にしても王様は少し見ない間に随分とやつれていたわね。可哀そうだったわ」

 

「そうね。こんな時期ですもの、立て籠もりの間に色々ご苦労なさったのではないかしら」

 

「うん。それに私が居るからか、全部本心だったのがなんとも」

 

 俺が脇見をしている間、同様に女子は会話に華を咲かせているようだ。耳に届く言葉を聞きながら、ああそうかと思う。俺は初めてだったが勇者達は既に王様と対面していたのだ。タルグルント湖への訪問を許可したのは他でもない王様なのだった。

 

 確かに覇気は無かった。そう言えるのは今がもう面会を終えた後だからか。

 庶民の俺がこんな事を言える立場でないが、王は何故王なのかと考えさせられる姿であった。

 

 丸めた背中に王座が似合わない。老け込んだ顔に王冠が似合わない。出会った感想を言えば、見栄を張る事すらも忘れた余りにも普通の中年男性だったのだ。

 

(ああなったら、もうお終いよな)

 

「うーん。というか、実際にもう……」

 

 あの人は心の中で既に王を辞めているのではないか。何せ自らが退く事を俺たちの前できっぱりと宣言したからだ。この政権争いの果てがどうなろうと自分の代は特異点の破壊で最後であると言った。そして新たなシュバールは新たな国王が納めるべきであると。

 

 特異点の破壊は新たな政治の象徴としては申し分ない出来事なのだろうが、問題山積みの今に言っても責任放棄の様にしか見えなくて。事実お姫様はその発言から態度が明らかに不機嫌になったのだった。

 

 

「やあ! ひさしぶりだねレオーネ!」

 

「ええ、元気な様で嬉しいわイゾラ」

 

 先導していた従者が扉を開けると中からそんな人懐こい声が聞こえてきた。はて聞き覚えのある声だなと王女と握手をする男の顔を覗き込み、あれあれと俺は目を見張る。

 

「おお、君はあの日の良き戦士!」

 

「ええと、お久しぶりです」

 

 ぐわんと距離を詰められ握手した手をブンブンと振られる。知り合いかいとイグニスに尋ねられ、武術大会に参加していたのだと教えた。

 

 そう。そこに居たの結える程に長い栗色の髪をした細目のお兄さんだ。間違いなく武術大会の予選で対戦した相手だった。え、嘘だろうと頭に驚きと混乱が過る。俺たちはシュバールの王子と会う為に部屋を移ったのだ。という事はつまり、この男こそ王子その人という訳で。

 

「お帰りなさい、ナハル殿下。貴方の居ない間に随分と国は様変わりをしているわよ」

 

「そのようだな。よもやディオンが政権を奪いに来るとは。しかも念願の勇者が来訪して、おまけに魔王軍の幹部もだって。もうわけがわからんな!」

 

 隣で別の人に挨拶をする王女様を見てズッコケそうになった。このお兄さんが王子じゃないのかよ、じゃあ誰なんだよ一体。

 

(カカカ。別にこやつは王子と名乗っておらんではないか)

 

「そうなんだけどね」

 

 困惑しているとレオーネ王女がハーフェンという国からの留学生なのだと教えてくれた。同じ立場なので仲良くしているそうで、武術大会の時はちょうどいい機会だからとランデレシアを見学していたそうだ。ふーん。

 

 知り合いに会い若干に気分を転換したのか、王女はそのまま俺たちを王子に紹介してくれる。名はナハル・フルフィウス。アゴラさんから快男児だと聞いてはいたが、俺の第一印象で言えば海の男か。

 

 彫りの深い顔立ちで紺の短い髪を後ろに撫で付けている。シュバール風のポンチョの様な服装のせいで体系は分かりづらいが、背は高く、腕だけ見ても筋肉質だ。何よりも肌。長い時間陽に身を晒さらしているのだろう。赤黒くこんがりと焼けていた。活発な人ではあるようだ。

 

「勇者一行様。我々の都合で長く拘束してしまいすまない。しかしどうか親父、いや国王を許してあげてはくれないか。あのお方も一人の人間として大いに悩んだ結果だろう」

 

 謝罪をするのを躊躇わない性格の様で、王子に深々を頭を下げられては勇者といえど文句は言えない。フィーネちゃんは逆に頭なんか下げないでくれと懇願するが、ナハル王子は頭の位置を変えずに聞いてくれるならばと言い訳をする。

 

「川の民とは文字通りに川と生きる者たち。特異点の影響で出来たとはいえ、川を失う可能性があれば拒否反応がある者も居るだろう」

 

 つまり川の民の長である王の支持者達だ。特に川の関係で爵位を賜った家などは川を失ったら爵位も剥奪されるのではないかと気が気でない。王は王子が不在の間この王宮でずっと一人戦っていた。草原は勿論、身内の川の民を抑える為に説き伏せてきたのだと。

 

「待ってください。陛下が特異点の破壊に賛成しているのは知っていましたが、身内の反感を買ってまでの事だったのですか?」

 

 たった今会って来たばかりの王様がそんな無茶をしていたと知ってフィーネちゃんがたまらずに口を挟んだ。

 

「当然だ。仮に俺が父上の立場でもそうするだろう。過去様々な災害を生み出してきた止まない雨。この機会を逃したら次に勇者が訪れるのはいつだ。特異点を破壊する。これは川の民以前に、シュバール国民としての悲願ではないか」

 

 故に父上がもう疲れたというならば俺が引き継ごうと。ナハル・フルフィウスは顔を上げながら政権争いへの参入を表明する。青い瞳に宿る光は力強く、国を背負うのだという責任感に溢れていて。少しばかり王様がもう引退した様な気持ちになっていた理由を察っした。

 

「それに言い辛いが、実は王家には莫大な借金が有ってな。これを残したまま政権を譲ったらいかんだろうよ」

 

 ナハハと豪快に笑われても俺たちは一体どう反応をすればいいのか。この国ヤバイのではないかと、勇者一行は揃いも揃って目を細めるが、王子は卑しい金ではないと借金の事実すらも胸を張る。

 

 洪水の被害による復興費を肩代わりしてきたそうだ。考えれば領土が半分近くも水に沈めば復興には多額の金が必要になるだろう。だがその復興費は何処から出るのか。まともに考えれば税金であるのだが、国が沈みかけた時に税を取れる場所などあるはずも無く。

 

 フルフィウス家は代々各族長達から自転車操業で金をやりくりしてきたそうだ。

 近年になり貿易が発展したお陰で徐々に借金は減り、自分の代で返しきれるかもと語っていた。

 

「おいおい。じゃあなんだ。あのディオンって奴は……」

 

 皆が思った事を口にするヴァン。そう、王家は復興費を自腹で賄ってきた、いわば国の大恩人である。港を設置し貿易の功績があるとは聞いたが、それ以上に恩があるからドワーフやエルフまでもが協力していたのだ。

 

 確かに特異点を破壊し雨が止めば草原の民が権力を欲するのも分かるけれど。俺には少しばかり不義理である様にも感じる。

 

「それはそうと、君。先ほどからフェヌア教のお嬢さんの素敵な尻をチラチラと眺めている君。さては尻好きだろう?」

 

「……?」

 

 俺は王子の曇りなき視線を追う。最初はヴァンの奴がとうとう変態仲間認定されたのかと思ったがどう見てもコチラ見ていて、後ろを振り向くが背後に人はおらず。それでも念の為に俺の事と指を向けるとコクコクと頷かれて。

 

(おお、凄いなお前さん。出会う変態全員に仲間認定されおる)

 

「ふざけんじゃーねー! 訴えてやる!」

 

 勇者と雪女はフィスキオ王子にもおっぱい好き認定されていたよねと冷たい目でヒソヒソと会話し、両国の王子に性的視線を向けられる僧侶はまたなのと胸と尻を隠す様に身を捩った。

 

「だ、大丈夫ですよ。俺は別にカノンさんを性的な目でなんて見ていないので」

 

「嘘です」

 

「さいてー!」

 

 フォローしたつもりがフィーネちゃんに即座に梯子を外される。オーマイゴット。前世で何か悪い事したのでは無いかと不運を嘆くが、良く考えたら俺の前世は魔王でした。

 

「そんな君に是非見せたいものがあるんだ。イゾラ、あれを持て!」

 

「おお、あれね。了解王子!」

 

 細目のお兄さんが別室に消え、そして手に持って帰ってきた物に俺は嘘だろと大声を出してしまう。それは俺が引き籠る事で捨て去った青春の1ページだった。ああ、どうしてコレがこちらにあるのだ。

 

「スク水ー!?」

 

 

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