ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
俺は一枚の硬貨を親指の爪に乗せピンと宙へと弾き。クルクルと回りながら落ちてくる黄金色の輝きにニヘヘと頬を緩め受け止めた。小金貨。おおよそ1万円くらいの価値を持つ硬貨が今日の日当だった。
銅でも銀でもなく金。冒険者としては破格な給料を頂き、気分はもはや金メダリストだ。いやぁ頑張った甲斐あったねぇ。
(ん? お前さん何処に向かっとるんじゃ?)
「おっと、よく気付いたねジグ」
想定外の仕事をやらされたものだが、想定外の収入があったのも事実だ。仕事が終わり冒険者ギルドまで送って貰った俺はボコを回収した後、大使館には直帰せずに市場へと足を向けていた。
「ちょっと市場を眺めて行こうかなと思って。王子がスク水を手に入れたなら、思いがけない品が紛れ込んでるかもじゃん。なら市場調査をしないとな」
(カカカ。んなるほど。それは面白そうよな)
今日バイトに行った造船所では次の出航までに船を修繕するのだと大賑わいだった。ならばと俺は考える。今市場には船の運んできた積み荷が売りに出されている頃合いなのではないかと。
その予想は大当たりだった。時間は仕事終わりの夕暮れだが目抜き通りでは商人が声を大にして「寄ってらっしゃい見てらっしゃい」と客を呼び込んでいる。
「うひょー。これこれ。やっぱり市場を冷やかすのは面白いよねー」
(うむうむ。お前さんも分かってきたのう)
俺達はと混み合う通りでちょいとごめんよと人を掻き分けながら商品を眺めて行く。
当然ながらそう簡単に日本の品に出会う事は無いのだけど、まぁ市場調査なんていうのは名目なので構いはしない。
輸入品と謳っている店を巡っていて思うのは工芸品が多いかなという事だった。
こちらでは見られない花や魔獣が柄の皿や壺があったりする。焼き物に興味の無い俺でも、牙の生えた触手や角の生えた猿が居るのかと想像すると面白い。
やはり船で運ぶとなると賞味期限のある食品などよりは、皿や茶器、布などの方が向いているという事なのだろうか。
目を彷徨わせておやこれはと思ったのはデフォルメされた動物の焼き物だった。2センチくらいの小さな物で、置物かなと思ったが、聞けば紐飾りとの事だ。財布などは巾着袋に近い形状なので、その紐に取り付けたりして楽しむらしい。
一つ銅貨5枚だというので、自分用にシュトラオスを模した物を買う。しかし猫を模した物を見つけ、これをティアにあげたいなと思ったが最後。結局勇者一行全員分を買ってしまった。ヴァンにはカエルだ。いや、なんかほら髪色的に。
(のう、お前さん。もし地球の品が手に入るなら何が嬉しい?)
「そうだなぁ。ニーソ」
(なんでニーソ!?)
「おっと、ごめん。何も考えずに返事しちゃった」
(なんでニーソ……)
電子機器は使えないから論外。すると実用性のある物だと醤油などの調味料があると凄く嬉しいだろうか。そうだ、調味料はないか探してみようと食料品を扱ってる方面に向かった。
「やっぱ醤油は無いよなぁ」
調味料や香辛料を扱っている店は当然にあるのだけど、やはり粉末やら葉が多いか。俺は以前にランデレシアの王都でも香辛料を買い漁っている。その時に使い方を魔女に教えて貰ったから以外に詳しかったりする。
あれは芥子、あれは山椒、あれは生姜と視線を流していくと、見知らぬ赤い草が目に付いた。これはどんな味なのかと店の人に聞いたら食べてご覧と欠片を手の平に置かれる。
なら遠慮なくと舌に乗せると不覚にも涙がポロリと溢れてきた。辛い、超辛い。そして舌が火で焼かれたのではないかと思うくらいに草を乗せた部分が熱くて痛い。
「な、なにこれぇ!?」
「はは、すごいだろう。エルフが育ててる火炎草っていうんだ」
水を貰いやばい植物もあるものだと思っていたら、壺に入る白い半固体の調味料を見つけた。前に置かれる札にはマヨネーズと書かれて、まさかなと思いながらも産地を聞く。
「お兄さんお目が高いね。これはランデレシアから入荷した、今人気の商品だよ」
肉にも魚にも野菜にも果物にだって使える万能調味料だと商品を推されるのだけど、知っているよ。それ俺が作ったやつだもの。やっぱり他の日本人の仕業では無かったか。
「ん? 果物って……合うの?」
「合うよーなんでも合うよー」
マヨネーズは好きだけど果物は試した事が無かったなぁ。先入観が無いからかも知れないけれど人類の探求心というのは凄いものである。とはいえ特に目欲しい商品が無い俺は、んーと唸りながら店内を空見した。
店員は買う気が無いのを察したのか、隣で面白い物を入荷したらしいよと苦笑ながらに教えてくれる。どうやら海外からの珍品を求めているのは俺だけではないらしい。
「で、これか」
「そうそう。トゥリアーニという果物だそうだよ」
(なんか、あんまり美味そうではないのう)
お隣は果物屋さんだった。であるならば、当然目の前にあるのも果物である。なんか亀の甲羅の様な色と模様をした緑色の実であった。へーと眺めながら、鼻を近づけクンクンと嗅ぐ。強い甘い香りがするが、少しばかり独特な腐敗臭のような匂いも混じっているか。
「これは美味しいんですか?」
「さぁー。うちにも初めて入ってきたものだから、なんともねぇ……」
売れ残ったら味見してみようと思っているとの事だった。大商会でもなければ個人で船を持つなんて出来ないから、一回ギルドで纏めて仕入れて協賛店に卸しているそうだ。なのでお店の方でも良く分からない品が入ってくるのだとか。
俺は面白そうだと思い値段を聞いてみる。するとオジサンは1つ小銀貨2枚だよと肩を竦めて見せた。なるほどそこそこな値段である。銅貨5枚もあれば外食でお腹一杯食べられるのに、その価格だと庶民は少し躊躇うだろう。味も分からないものなら尚更だ。この時間まで売れ残った理由を察する。
「じゃあ3つ買うから、少しオマケしてくれたら嬉しいなぁ」
「ええ、買ってくれるのかい!? それも3つも!! ああ、じゃあ余り物だけどコレ持ってきなよ」
閉店間際の時間だったからか、オジサンはコレもコレもと手当たり次第に風呂敷に詰め込んでくる。たった3つ果実を買っただけなのに、オマケの量が凄い事になってしまった。俺は頬を引き攣らせながらありがとうとお礼を言うと、こちらこそありがとうとお礼が返ってくる。どれだけ処理に困っていたんだろう。
幸いボコが居るので荷物を運ぶのには困らないのだけどね。白い駝鳥の鞍に風呂敷を積み込んで、さてそろそろ帰ろうかなと周囲を見渡す。似たような街の作りで、しかも水路まで通っているものだからルメールは迷子になりやすいのである。
「ん……」
確かあっちから来たのだよなと道を確認していたら、石橋をよいせよいせと歩く老人を見つけた。一体何が入っているのか大きな包みを背負っていて、今にも潰れてしまいそうな危うさがあった。
「おじいちゃん、大丈夫? 家は近いの。重いなら運んであげるよ」
「ああ、これはこれは。しかし……本当に重いので、お気持ちだけで」
これでも力仕事をしてきた後である。見掛けより力はあるんだよと荷物を受け取ると、重さに耐えかね腰が軋む。腕が関節から筋まで一直線に伸びて、そのまま拳が地面に落ちそうになった。
「な、なん……だと」
「ほう。落とさないとは本当に力持ちなんですなぁ。ほっほっほ」
ほっほっほ、じゃねー。コレを背負って歩いていたとか嘘だろ爺。俺はンギギと歯を食いしばりながら必死に魔力を込めて身体強化を高めた。活性でも200キロ近くは持ち上がる。大活性なら500はいけるか。ならば大活性と纏で辛うじて持ち上がる重量や如何に。
それでも上がりきらない荷物だが、舐めてくれるなとギアを闘気にまでぶち込む。身体強化の限界突破、溢れる魔力が肉体を覆い、膝下から上がらなかった重量物をなんとか胸元まで持ち上げた。
「いやー身体が軽い。それでは優しさに甘えてしまいましょうか」
すぐ近くだから宜しくねとボコの手綱を引き先導するお爺さん。そりゃ身体は軽いだろうねと思うと同時、激しい後悔が押し寄せる。この人絶対元気じゃん。こんな重い荷物背負えるか弱い老人なんていないじゃん。
「あらーツカサじゃない。なにしてんのあんた? あ、司祭様お帰りなさい」
「か、カノンさん……?」
命辛辛に目的地まで辿り着き、理解した。そうかフェヌア教。この爺、脳みその代わりに筋肉詰め込んだ奴らの親玉か!