ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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246 仮面舞踏会へ

 

 

 大使館の別館には衣装室がある。パーティーなどに出席するゲストの為に様々な衣装が取り揃えられているのだ。その一室で俺は目当ての服を手に取りニンマリと笑みを浮かべながら袖を通す。

 

「ねえイグニス。こんなのはどうかな?」

 

 俺はそう言いながら、日常使いするにはやや勇気の居る真っ赤なロングコートをバサリとはためかせた。魔女はそんな俺を見ながらフムフムと頷くと、ならばこっちはこうだと蝶々の様な仮面を付けてウフンと謎のポーズを取る。

 

「お、仮面良いね。どこにあったの」

 

「だろう。あっちだよ、今日の為に色々買い足してるから好きなのを選ぶといい」

 

「はいー。ここは正装の棚ですので仮装品は奥に纏めてございますよ」

 

 イケメン執事がこっちだよと誘導してくれた。なるほど棚には仮面が沢山並んでいる。更には帽子、花や羽などの付け飾りも豊富だ。どれにしようかなと目移りをしながら、これはと思った仮面を被りジグルベインに振り返った。

 

(カカカ。なんか天元突破しそうじゃな)

 

 星形の仮面だった。これは無いかなと思い外すと、イグニスが背中から孔雀の様な羽を沢山生やしているのが目に入りフフッと失笑してしまう。

 

「イグニス、まさかそれで行くの?」

 

「そんな訳ないだろう。遊んでいただけ。私はもうコレに決めているよ」

 

 そう言って魔女が被ったのは鼻から上を覆う銀色の仮面だ。模しているのは鳥だろうか。鼻先が(くちばし)の様にやや尖り、左右には翼に似た飾りが付いている。

 

 へえと俺は唸る。たかが顔半分。されど顔半分。覆い隠す事で普段とは違うミステリアスさが少女に加わった。仮面の奥から覗く赤眼、紅の塗られた唇は不敵な弧を描いていて。今日は紫色のドレスを着ているせいもあるのか、一気に妖艶と言いたくなるような雰囲気になる。背中の孔雀羽が無ければ、だけど。

 

「迷ってるなら、これなんて君に似合うんじゃないかな」

 

「そう?」

 

(んー面白みは無いが悪くも無い)

 

 イグニスがスチャと俺に仮面を合わせて来る。どれどれと鏡を見てみると黒いシンプルな物だった。オシャレはせいぜい縁が金色で彩られているくらいか。でも折角選んでくれたのだし、じゃあこれでと頷く。

 

 どうやら今日は仮面舞踏会に行くそうだ。ダンスの訓練はサボるなよと言われていたので、また舞踏会に出るのは分かっていたけれど、まさか仮装をするとはワクワクしちゃうよね。

 

「お待たせー」

 

 俺とイグニスは仮面を付けたままにロビーへと赴く。そこには既に仮装を終えた勇者一行の姿があり、装いの感想や舞踏会への期待を語り合っていた。

 

「あ、ツカサくん達も来た。わー似合ってるね。私仮面舞踏会なんて初めてだから楽しみだなー」

 

「フィーネちゃんも良く似合ってるよ。騎士っぽくて格好いい」

 

 いの一番に発見してくれたのは我らが勇者だった。白いドレスに騎士の兜の前面だけを残した様な仮面を付けていて可愛らしさと格好良さが上手く同居している。

 

 なんとなく察していたのだけど、髪や目の色がカラフルなこの世界だと個性の主張が大きいので仮面を付けても知り合いには隠匿効果は少なそうだ。ヴァンにティアにカノンさんと、お面をつけていても違和感無く判断がつく。

 

「あれ? じゃあそこの獅子の仮面を付けた人は……」

 

「ふふ、私ですよ」

 

 ガオーとおちゃらけながら顔を覗かせたのは男装の麗人ことアルスさんであった。意外とお茶目な一面もあるのだなと愛想笑いを浮かべながら似合ってますねと告げる。

 

「アルスさんが一緒に行くっていう事はつまり」

 

「うふふ。そういう事。やっと私が動けるわ」

 

 高笑いと共に背後から黒い影がやって来る。いや、正確には黒一色の女がやって来る。黒いドレスだけならまだしも、ヴェール付きの帽子で顔と髪まで完全に隠してしまっているので、その雰囲気はなんとも不穏。まるで葬式に出向く様な、或いは闇に嫁ぐ様な格好をした王女様がそこに居た。

 

「アイツ、一応偉いから中々自由に動けねぇんだよ。その点、身分を隠せる仮面舞踏会はうってつけってわけだ」

 

「へぇ」

 

 面白みも無い白い仮面を付けたヴァンが言った。勇者派なんて派閥を作ってイグニスとティアを動かしていたレオーネ殿下。自分が動くと国の意思と捉えられると不味いと言い訳は聞いていたが、やはり彼女も身分というものに囚われていたのだ。

 

 考えてみれば、ランデレシアの王女を誰が気軽に夜会に誘えるだろうか。社交界の誘いの多い二人と違い、王族を呼び出させる者なんて少ないのである。逆に呼び出す事は出来るだろうが、頻繁に開けば裏があると自白しているようなものだった。

 

「そっか、遊びに誘ってくれる友達も居ないんだね」

 

「そうそう。ほら、目つきも悪ければ性格も悪いだろう。そんな奴誰も茶会に誘わねぇって」

 

「アルス、そこの二人不敬罪だから殺しちゃって」

 

「今日は顔も名前も無いのでしょう。ですが二人も口には気をつけなさい。中身が偉い人だったらどうするのです」

 

「偉いわよ。私、凄く偉いの。ねえ誰か聞いて」

 

 余談だが、王女様を誘う時は偽名で呼ぶのだそうだ。そうすれば王女を呼びつける不敬にはならのだとか。イグニスはバカナ(馬鹿な)ショウワール(性悪)令嬢充てに手紙を出して大喧嘩した事があるそうである。そりゃ怒るだろ。

 

「さて、揃った事だしそろそろ行きましょうか。馬車は二台用意したから、フィーネ達で一つ使いなさい」

 

 気を取り直したレオーネ殿下が出発の号令を掛けた。勇者達ははーいと指定された馬車に乗り込んでいくので、俺もそちらに乗り込もうとした。だが、貴方はこっちですよと獅子の仮面を被った麗人に王女の乗る馬車へと詰め込まれてしまう。

 

「ちょっと師匠! なんでツカサくんがそっちなの!」

 

「大人の事情という奴です。会場で会えるので短い時間くらい我慢なさい」

 

「そ、そんなんじゃないけど。もう~」

 

 勇者の抗議は虚しくポツンと一人で王女組に入れられてしまった。いや、一人ではないか。隣では最初からこっちに乗り込んでいた魔女が足を組んでドカリと座っている。

 

「どういう事だイグニス。もしかしてまた何か企んでいるのか」

 

「またとは人聞きが悪いな君も」

 

 カラカラと動き出した馬車の車輪の音に合わせ、二人の魔女は堪えらぬばかりにクツクツと喉を鳴らす。大変だったのだよ下準備がと。

 

「本当に愉快だわイグニス。仮面舞踏会なんて良く思いついたものね。これなら私の警護という目的でアルスが動いていてもなんら不思議じゃない」

 

「え、待った。逆なんですか。アルスさんを動かす為に殿下が動くと?」

 

「そうよー」

 

 ヴェールで顔は見えないけれどニチャリと下卑た笑みを作っているのが伝わってくる。どういう事かと思えばテロの対策だそうだ。

 

 今日舞踏会に招く客はティアが頑張って集めたランデレシアの取引先らしい。つまり、今の政権争いに関係なくシュバールの多くの貴族達を呼んだのだと。こうなれば多くの被害を出す魔法による攻撃は不可能だ。それは分かるなと言われ、コクリと頷く。

 

 この王女は客を人質に取ったのだ。仮面をつけ無差別な所属の人間が居ては、敵は味方を巻き込む可能性だってあるのである。加え、会場に獅子を放つ。こうなれば武力で制圧しようなんて馬鹿な考えはまずしまい。

 

 問題は、と。俺は頭を働かせる。ここまでテロを警戒し、何を目的とするのかを。もはやこの二人がただの仮面舞踏会を開くだけという事はあり得ないのだった。

 

「ねえツカサ。貴方の特技をちょっと見せて欲しいの。その為にこの馬車に招いたのよ」

 

「ほら、あれだよあれ」

 

 特技と言われ首を捻っているとイグニスが脇腹を突いてくる。適当に合わせろという事か。王女は右手で扇を開き、左手をその影に隠した。その上で今立てている指の数を当ててみろと言ってくる。

 

 はて、俺はいつの間に透視能力に開眼したのやら。そんな事が出来たら良いなぁと思いながら1と答えた。

 

「へえ。じゃあこれ」

 

「3、5、2、2、0」

 

「凄いじゃない。完璧だわ」

 

 アルスさんにどうやってるのか問われるも勘としか答えられない。だが信頼は得られたようで、舞踏会でちょっとした余興をやるのだと教えてくれる。カードゲームをやるようで、俺はそのプレイヤーになって欲しいとのことだ。

 

「はぁ」

 

 そんな生返事しか出てこなかったのだけど、王女様はいつもの軽い調子で金貨1万枚が掛かっているから宜しくねと笑った。え、金貨1枚って5万のくらいの価値で。それが一万枚だと?いちじゅうひゃくと、頭の中でソロバンを弾き。

 

(5憶じゃの)

 

「はぁ~!?」

 

 

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