ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
そろそろ夕暮れという頃に馬車は舞踏会の会場へと到着した。夜会の開始にはまだ早い時刻なのだけれど、勇者派が主催という事で準備が必要なのだとか。とは言っても使用人の人達が先乗りして作業を開始している。なので俺たちは王女様と一緒に会場を見渡し、段取りの確認を行う程度らしいが。
「うわぁ結構広いねー」
「殿下が出席するのに小さい会場では格に関わるのだわ」
ダンスホールに躍り出て今にも踊り出しそうなフィーネちゃん。ティアは設営にも関わっているのか選びましたとエッヘンと胸を張っていた。貴族となるとこういう設営の段取りも出来ないといけないのだろう。俺は大変だなと思いながら会場を見渡す。
赤い絨毯が隙間なく敷かれた広い空間。並ぶ机には蝋燭台やグラスが丁寧に用意されている。そろそろ料理の支度も始めたのか、使用人さんは冷めていても大丈夫なチーズやハムなどの摘みが乗った皿を運び込んでいた。
奥にある舞台ではもう音楽団が揃い楽器の調律を始めている所だ。団長らしき人が執事を捕まえ交渉している。たぶん演奏する曲の打ち合わせだろう。もう少し経てばリハーサルを聴けるかも。
責任者達が来たことで各担当が最終確認お願いしまいすとティアに集う。ならば手伝おうと王女とイグニスが手分けをして確認作業に回る。着々と進む会場の準備に心がワクワクした。
俺は何もしていないのだけど、どんなパーティーになるのかなという期待と、良いパーティーなれば良いなという願いが生まれるのだ。そりゃ舞台を台無しにされたらブチ切れるよねと、ようやく主催者の気持ちに追いついた瞬間だった。
さてとと、手持ち無沙汰な俺たちはどうしたものかと顔を見渡した。俺やフィーネちゃんにカノンさんにヴァン。ついでにアルスさんは残念ながら戦力外だ。一番の協力は部屋の隅で邪魔にならないようにしている事だったりする。
「いや、残念ながらそれはお前らだけだ。俺はティアと一緒に手配もしてるから準備を手伝ってくる」
ハンと鼻を鳴らし、人を馬鹿にした声でヴァンが言う。なんだとぅと反論したいところだが、役立たず一行は言葉を受け止めくぅーんとしょぼくれた。
「ねぇねぇツカサくん。後で私とも踊ってくれるかなー?」
「もちろんもちろん。俺はこの日の為に練習させられていたみたいなものだし」
勇者の誘いを快諾していて、はたと気づく。折角の舞踏会だけどカノンさんははたして踊れるのだろうかと。アイマスクの様な布で顔を隠す僧侶は気づいてしまったかと、やや大袈裟に肩を竦めて見せた。
「私が踊れるわけないでしょ。今日も壁と仲良くしているわ」
それはお可哀そうに。勇者一行として呼ばれたら来るしか無かったのだろうが、参加する気持ちは重かったのだろうなと同情をする。
「あらあらそれは退屈ですね。けれど私も警護で来てるので舞踏に興じるわけにもいきません。一緒に食事でも楽しみましょうかカノン」
「おお、心強いぜアルス様!!」
普段ならば俺が付き合ってあげるところだけど今日はコチラも忙しそうだ。喋る仲間が居て良かったねと言ったところか。
俺たちは適当に雑談をして過ごした。その際、用意されていたオツマミをちょいと失敬していたら執事さんに見つかり大目玉を食らう。
「もう! 言って頂ければご用意しますので準備中の物に手を出さないでください!」
「ごめんなさーい」
「そうですよツカサくん。せっかく準備しているのですから邪魔はいけません。もぐもぐ……」
「ごくん……しまった、駄目だったのか」
微妙に納得がいかん。
◆
「こんばんわ。きょうはお招き頂きありがとうございます!」
「ええ、楽しんでいってね。これ良かったらどうぞ」
「わー可愛い!」
夜の帳が降り始めるとチラホラと参加者達が集まり始めた。皆一様に仮面を付けている絵面はやはりどこか奇怪。けれども子供連れが居るくらいに内容は健全であり、雰囲気も陽気だ。俺としてはそのギャップがまた面白い。
「ヴァンが準備してたのはアレかぁ……」
ティアが子供に配っているのは動物のストラップだった。腰にさながら千羽鶴の様にジャラジャラとぶら下がっていて、まるで子猫を里親に渡す様に一つ一つを名残惜しそうに配布している。その姿はもはや雪女ではなく妖怪飾り配りである。
「なんかねぇ、勢いで箱買いしたみたいなんだけど。うちの馬車は結構狭いから……」
要するに置き場が無いから配って処理をしているという事か。ゆるキャラの焼き物は手作りだけあり、どれも微妙に個性が違っていた。商品の前で悩むティアにならばとヴァンが箱で買い与えたらしいのだ。
「逆に悲しい結果になったね」
「そうだね。でも手元に全種類残してるし、これ以上は我慢してもらわないと」
そんな事より今はダンスに集中しよと騎士の仮面を付けた少女は拗ねる。俺はそうだねと、視線を仮面の奥の碧色と合わせた。
楽団の奏でる優雅な旋律に乗り、舞台では既に俺とフィーネちゃん以外の組も音楽に身を委ねている。俺達はサクラというか仕込みで踊っていた。空の舞台では最初は踊り辛かろうという配慮だ。本格的に舞踏会が始まっては勇者は引く手数多なので、約束を果たすには丁度いいとも言える。
「ああ、残念。曲終わっちゃったね」
「俺でよければいつでも踊るよ。ずっとは勇者様を独占出来ないから、また後でね」
「うん」
離れる指先と体温に少しばかりの寂しさを覚えて俺は舞台を降りた。意外にも空いたフィーネちゃんの元にすぐ男が群がる事は無い。仮面の効果だ。正体を知る俺とは違い、皆は相手が誰なのだろうかと探り探りなのである。
俺はくすりと笑いながら仮面舞踏会の醍醐味を知る。周囲を見れば、知人を見つけた人や、正体を知らぬままに談笑する人など様々だ。顔も名前も捨てて誰でも無いというのは案外に面白く、取り敢えずは上手く行っているようだと胸を撫で下ろす。
舞台から少し離れると、メイドさんがお飲み物でもどうでしょうと声を掛けてくれた。グラスを受け取りつつじゃあ果実水を言うと、白く濁ったジュースを注いでくれる。
「おっ、これルコールか」
あの雪女は本格的に売り出していくつもりなのだろう。柔らかな口当たりと仄かな酸味があり、これは美味しいと一息に飲み干してしまった。
ありがとうとグラスを返すと、舞台の近くでキョロキョロと一人で彷徨う女性を発見する。踊りのパートナーを探していたのか、仮面越しに目が合うとトテトテとこちらに向かって来て。
「おおっと、選ばれてしまったかー。モテる男は辛いわー」
(お面付けてて、モテるもクソもなかろうや)
さぁカモンと、記念すべき身内以外との初ダンスに若干の緊張と期待をした。しかし、近くまで来て「あっ」と悲鳴を漏らしUターンして行ってしまう。なんでやねんと背を追う様に腕を伸ばすもすでに遅く、少女は仮面の群れに姿を消していく。
「楽しそうじゃないかよ、おい」
背後からドスの聞いた魔女の声が聞こえた。まぁそんな事だろうとは思ったのだが、振り向けば銀の仮面をした赤髪の女が立っている。
「仮面舞踏会って面白いね。ランデレシアでもあるの?」
「一応ね。けどモア祭の様に定期開催する類のものじゃないよ。素性を隠すと人というのはどうにも風紀が乱れるからね」
つまり、後ろめたい気持ちの人が隠れてやるような。ランデレシアの仮面舞踏会はそんなひっそりとしたものなのだとイグニスは語る。なるほど、匿名というのは犯罪の苗床にもなってしまうという訳か。
なんでも悪用する人は居るものである。悲しいものだと世を嘆くと、君も羽目を外さない様にと釘を刺された。俺はまだ身も心も綺麗なままだ。
(んー。最近心の方はどうかの)
「けれどまぁ、今回は本当にお誂え向きだった。どう招待しようかずっと悩んでいたんだ」
「?」
いつも以上に持って回った言い回しをする魔女に何のこっちゃと首を捻る。するとイグニスは言った。「何って、風紀が乱れるって話だよ。例えば、呼んでもいない奴が紛れ込んだりとかさ」と。ニチャアと弧を描く口元を見て、俺はどっちが悪人なのだかと本気で思った。
「ディオン・ラーテリア。やはり貴方が来てしまったか」