ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
そそくさと、ちょっとおトイレくらいの何食わぬ顔でパーティー会場を抜けた俺は、廊下に出ると一転、ええいどっちに行ったと慌ただしくドジ子さんの後ろ姿を探す。
時間差にして三分程度。当然に右にも左にももう彼女は居ない。
最悪の事態になっていなけばいいが。賭けの時とはまた違う焦燥感に苛まれる。
「あの、先ほど廊下に出てきた女性を知りませんか?」
「申し訳ありません。私は見ておりませんね」
「そうですか……ありがとうございます」
ちょうど廊下を歩いていた執事を見つけたので聞いてみた。答えは見てないだったが十分だ。彼が歩いて来たのは正門のある入り口の方。今日はここでパーティなので、道には馬車が停まり、人の目の多い場所でもある。
そちらに向かって居ないという事は、もう一つの出口。使用人が使う裏門に向かったという事だろう。確かにそちらならば、あまり目立ちはしない。けれど人目につかないのは良いことばかりでも無くて。
「何事も無ければいいけど」
あくまで予感だ。心配しすぎなだけだろう。そうは思うのだけど、ディオンを手玉に取った王女を見ては確認するまで安心は出来ない。まるで出先で自宅の鍵を掛けたか心配になった時のような心境だ。なので俺は安心をするためだけに確認に走った。
これでも貴族の住居に出入りして長いので、初めてくる館でもあっさりと裏口に出る扉を見つける。今使ったのは庭に出る扉だが、キッチンに食材を運ぶ勝手口があったりと案外出入口は多いものだ。
けれども門はそうはいかない。主や客を迎える正門と、使用人や業者が出入りする裏門しか無いのである。なので裏門に辿り着き、内側から鍵を施された様子を見て、思わず口をへの字に曲げた。
「敷地から出てない。やっぱ俺の気にしすぎかな」
ドジ子さんが何か慌てている様子だったから。仮に事実ならば辻褄が合うから。つまらぬ理由で一人空回りしてしまったらしい。仮にそうでなくても、追い駆けっこなら兎も角、かくれんぼとなれば捜索範囲は敷地内だけでも膨大だ。流石にそこまでは付き合えない。
これで終わりにしよう。そう思い、5メートル程ある壁にヒョイと飛び乗った俺は闇夜に左手をかざす。
「ちょっと周囲の確認お願い」
(うむ。任された)
纏う魔力を光属性に変換する。魔剣技の応用、即興照明だ。魔力を込めれば込める程に高まる光度は、左手を中心に周囲の闇を根こそぎ追い出して。
(あ、おった! あれそうじゃろ)
「!!」
ジグの示す先では仮面の男がまさに女性に手をかけようとしている所だった。男は突然の発光現象に何事かと手を止めコチラを振り向いている。
ああ、やっぱり追っ手が居たか。ドジ子さんは隠れたのでは無く、裏門で待ち伏せをされたのだろう。
今すぐ駆け付けたい所だが、壁に登った事を差し引いても男とは距離がある。30メートルくらいか。これでは黒剣を投げた所で当たりはしまい。ならばと俺は右手を銃の形にして男に向けた。
「いきなり実戦だ。ジグ、魔力を寄越せ!」
(カカカ。盛り上がってきたのう)
勇者は精霊より加護を貰うことで水属性の魔力を新たに増やした。俺はそれを参考に考えた。これ、俺も魔王から魔力を貰えないかなと。
俺とジグの身体の交換は、体内で魔力がピッタリ釣り合った時に起こるバグだ。ならば魔法一回分程度の少量を供給して貰う程度ならば交換は発動しない。結果、予想の通りに闇属性の魔力だけを拝借出来て。
そう、今の俺はただ光るだけの男ではない!
「【闇の輝き光を照らす】【白に眩み、黒に潰れろ】」
(光と闇が合わさり最強に見えるー!!)
人差し指からバビュンと発射されるのは、イグニス先生監修の光と闇の混沌魔法。そして待望の初の攻撃魔法だった。30メートル先であろうと光は風の影響なんて受けはしない。魔法はレーザービームさながらに直進し、人影に見事命中。仮面の男をドスンと横に押し倒す。
「ありゃ、威力の加減が難しいな」
これが魔王に手を借りる事で実現した新たな力。
具体的にどんなかと言えば、光に質量を加算するらしい。簡単に言えば、混ぜる闇属性が多い程に威力は増すが、速さと射程が落ちる。
今回は距離が開いていたので射程重視。威力はほとんど出なかった様だ。
そもそもに光は質量が無いから光速足りえる。なので重い光は光速はおろか高速すらも程遠く、実戦ではかなり改良の余地を残す。
ふふ。でもこれ、めっちゃ大きな進歩だよね。ジグの協力ありきだけど宿願のビームを習得したという事だ。今なら本当のカメカメ波打てちゃうよ。
(カカカ。しょぼい威力だが一応成功よな。名前はどうするのだ?)
「そうだなぁ。ツカサオリジナル……いや、サガミオリジナr(やめなされ)」
(お前さん、悪いこといわんから、その名前だけはやめなされ)
「え、なんで?」
(知らなくてよい。童貞にはまだ早い)
「なんでー!?」
少しばかり口論したいところだが、せっかく稼いだ時間を無駄にする事も出来ない。
男が不意打ちで倒れこんだ隙に身体強化を施し、ドジ子さんを背に隠す様に間に割り込んだ。
「ツカサ……様」
「心配しなくていいですよ。一応助けにきたつもりです」
地面にしゃがみ込む紫髪の女性を一瞥した後、俺は仮面の男に向き直る。そして「もう止めませんか、モルドさん」と言葉を投げつけた。
「はいーモルドでございます。光魔法で攻撃してくるとは、流石に驚きましたよ」
イケメン執事は悪びれもせずに仮面を外し素顔を晒した。王女を見習ってか笑顔を張り付けている事が多い執事であるが、今この場に及んでも崩さないニコニコ顔は若干に狂気が含まれている様に感じた。
「……何故、とは仰らないのですねー」
「アルスさんが以前忠告をくれたんです。貴方は王女の為なら何でもすると」
「なるほど、隊長が。あの方からそんな言葉が出るとは随分好かれておいでのようだ」
モルドさんは両手を開き、俺の警戒を解くようにツカサ様を傷つける気はない。何か勘違いをしているようだと弁明に口を回す。俺はいいだろうと事情と動機を聞く事にした。
「ツカサ様はご存知無いでしょうが、実はそこの女狐は反勇者派の内通者なのですよ」
心当たりは無いかと。イグニスと参加した舞踏会で襲撃された。勇者派お披露目の会でも今日この会場にもディオンが紛れこんだ。それは全てこの女が情報を漏らしていたからだ。男はそう言う。
俺は背後に居るメイドさんにチラリと視線を向ける。下唇を噛み、目は地面に向けていた。責める言葉を受け入れるも、悔しくて不貞腐れているような表情である。
「それは……知っていました」
「ほう」
思えばこんなドジっ子なメイドが居るのだろうか。初めて会った時はノックに驚きワインを溢した人だが、もしかしたらあの時すでに何か情報は無いかと部屋を漁っていたのだと思う。
ドジっ子属性をつけてしまったからドジ子を演じていただけで、中身はドジ子どころか不二子ちゃんだったという訳だ。
そうなのだろうと事実を突きつけると「そ、そうよ!」と。そんな間抜けが居るわけがないと、心を殺すようなとても乾いた声が返ってきた。「居るわけがないじゃない」と泣きそうだった。ごめんね、素だったんだ。
「俺が廊下で全裸で倒れたり、くっさい果実を掴まされたのも実は!」
「都合の悪い事を全部押し付けようとしないでくださいませ!」
だめかー。
「まぁ気づいたのはさっきですけどね。ドジ子さんが慌ててる姿を見てピンと来ましたよ」
「ちょっと、ドジ子って私の事ですか!? 酷い、そんな風に思ってたんですね!!」
(むしろ思われんと思ってたのかの?)
ならば邪魔をしないでくれと不気味に笑顔を深める執事。俺はそれを嫌だねと一蹴。
モルドさんが今ここでドジ子さんを狙うのは、明日には行方を眩ませている可能性があるから。大使館の余計な情報まで漏れる可能性があるから。そんな正義を掲げているようだが。
「本音はもう用済みって所じゃないですか?」
「えっ……」
「…………」
メイドの戸惑う声とは逆に、執事は冷静に沈黙をした。どこまで気付いたのか。そんな探るような視線が俺に刺さる。
「俺が疑問に思ったのは確かにディオンの登場です。今日にしろ、この前にしろ、アイツは的確にこちらの動きを把握しすぎていた」
勘が良ければもっと早く内通者の存在に気付いても不思議ではないのだろう。
ならば、勘の良い人間はどうだ。イグニスは情報に気を使い、自分の部屋は掃除も断るくらいに徹底的に使用人を遠ざけていた。でも不思議に、俺には情報を漏らすなとか気を付けろと言われた覚えはない。
「俺を穴にした。内通者が居ると承知で、逆に情報を流す事で相手の行動を管理したんだ」
「……そんな」
今日の仮面舞踏会なんてまさにその最たるもの。馬車で移動の段階で金貨1万枚の勝負をすると聞いたが、あれは招待もしていないディオンが参加する事前提の内容だったではないか。
「内通者を責めるのはしょうがない。けれど、利用するだけしてハイ用済みってのは少し酷くないかなモルドさん」
同じく利用された側として抗議をする。よく出来ましたとばかりに打たれる手拍子。執事は、そこまでバレているのならばしょうがないとばかりに口元を吊り上げて。俺は虚無に手を伸ばし、ゾルゾルと漆黒の凶器を引き抜いた。