ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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253 真実言葉のままに

 

 

「はいー。ツカサ様の言い分は承知しました。ええ、いかにも。その女はもう用済みですので処分させていただこうかと」

 

「王女様は……知ってるんですか?」

 

「まさか。こんなものはバレたら後で叱られればいいのですよ」

 

 まるで狂犬。なんてありがた迷惑な忠誠心か。時にですねと、執事はヘラヘラとした顔で拳を構える。半身で左手を突き出す所作を見ただけでゾワゾワと肌が粟立つのを感じた。

 

 今まで何度か見て戦ってきたフェンシングの様な恰好。これは本来剣の構えのはずだ。

 けれどなんて言う皮肉。この男は徒手空拳で今まで出会った誰よりも洗練され完成された型を披露した。空の手にはまるで本当に剣が握られているとさえ錯覚する。

 

 喉元に刃を突き立てられている様な圧を感じながら、思わぬ強敵の予感にこれは参ったねと俺も黒剣を構えた。

 

「こんな私が、何故姫に仕えさせて頂けるかご存じでしょうか」

 

「いくら虐めても辞めないから?」

 

「!!……なるほど。その可能性も……いや、けれど……あれぇ」

 

(む、もしやこの空間、天然しかおらんのか?)

 

 モルドさんの場合は天然というより余裕ではなだろうか。自分の用意した答えより納得出来る回答を得たようでううむと考え込んで。まぁそんなあからさまな隙を逃す手は無い。俺は刃を裏返し問答無用に切りつける。

 

「んな!?」

 

 手抜きは無かった。強さは構えから感じ取れたので一撃で沈めるつもりで思い切りに振った。魔力に(ほの)光る刃は執事の肩口に向かい確かに落ちる。だというのに剣が宙で逸れた。まるで最初から軌道はこうだったと言わんばかりに執事を避けたのだ。

 

「自分は少々強いのです、と言おうと思っておりました」

 

「またまたご謙遜を」

 

 手首をプラプラと遊ばせるモルドさん。なるほど、相手の剣術は円運動でパリィするのが得意だ。無手でも同じ様に逸らしてみせてわけか。はは、と空笑いが出る。

 

 剣ならば絡めとる事も出来るだろう。けれどこの抵抗の無さとくれば、走る刃にそっと掌を添えたという事だ。こんな芸当は勇者だって出来やしまい。

 

「っく」

 

 剣を空振る俺。目前には構えられた拳。これはやばいと本能が咄嗟に左腕で頭部を庇う。

 衝撃を耐えるべくギリリと歯を食いしばるが、全ては無駄か次には思い切り口を開け放っていた。

 

 フェイントだ。攻撃の軌道は確かに頭だったのに、肘をくるりと回し無防備な腹へと向かう。鳩尾に深々と刺さる拳。細身の体躯から放たれる打撃は軽々と俺を吹き飛ばす。建物の壁に背を強く打ち付け、圧迫された肺から空気が逃げる。

 

「おや、この手応えは鱗纏(てんりん)ですか」

 

 一応に魔力を集め防御は出来た。けれどそれを軽々と超える威力に言葉も出ない。

 頭部と違い腹部の痛みは一瞬で意識を奪うような事は無いが、その代わりに内蔵が無限の痛みを訴えかけ脳が痛いで埋めつくされるのだ。

 

 だからどうした。

 

 胃酸混じりの酸っぱい唾液を地面に吐きつけ、右脚を思い切りに振り上げる。今度はモルドさんの放った蹴りが狙いから逸れて石の壁をガラガラと崩す。

 

「キャァ!」

 

 蹴りの着弾した位置はしゃがみこむドジ子さんの頭の少し上。そう、この執事は俺など眼中になく標的に手を出していた。

 

「痛めつけても怯みもしませんか。邪魔……ですねぇ」

 

「俺はなにも情報を流した事を許せとは言ってませんよ。命を奪う必要までは無いんじゃないかなって」

 

「はいー。ですから承知しました。その上で、万が一姫に不利益がある可能性があるならば、今消すべきだと判断したまでですー」

 

 駄目だ、会話が通じるようで通じない。蹴りの感触で確信したが、この人は剛活性に達しているのは間違いない。拳の威力も凄かったけれど、蹴った足はまるで鋼の様な硬度だったのだ。

 

 剛活性。俺は勿論、ヴァンも到達していない領域。到達への壁が高い分能力の上り幅はヤバい。大活性から魔力の密度を大幅に高める事で到達できるこの活性は、いわば全身に纏いを掛けている状態に近い。

 

 俺の奥の手、魔力を一点集中し行う迅足や鱗纏を常時維持していると考えただけでも化け物で。剛活性を扱えるならば上級騎士と言われる所以でもある。

 

「ドジ子さん、動けますか!!」

 

「こ、腰抜けちゃいましたぁ~」

 

「んもう、ドジね!」

 

 ひーんと涙ぐむドジ子さんを尻目に必死に戦略を組み立てる。

 どうする、どうする、どうする。導く答えは一択で、思いついた時には既に詠唱を開始していた。

 

「【闇の輝き光を照らす】!」

 

 左手にキュインと浮かぶ光球を目撃した執事は、如何なる歩法かヌルりと距離を詰めてきた。剣を振るい迎撃、したつもりが事もなく刃を掴まれてしまう。

 

「悪手でございますね。魔法と身体強化の両立は難しゅうございますよ」

 

 身体強化がほぼ解けている事を見抜かれ、執事は魔法発動前に俺を潰しにくる。

 そう、それが魔法使い対策の鉄則だ。特にこの男は俺の使う魔法を知っている。その為にポーズも詠唱も同じ様に使用したのだ。

 

「知ってますよ。【白に眩み、黒に潰れろ】」

 

 詠唱封じか顔面が叩かれバキンと硬質な音がした。骨が折れたかと思ったが、仮面が砕けたらしい。開ける視野の中、今日が仮面舞踏会だった事を思い出す。

 

 まったく、楽しいはずの日になんて有様だ。けれど魔法は完成し、ニヤリとほくそ笑む。

 魔銃と同じ術式ではあるが、ジグルベインの魔力を借りていないので含まれるのは光属性だけ。つまり光るだけだ。されど強烈な光を直視するのは闇に慣れたいま辛かろう。

 

「あはっん! これは、油断しましたねぇ!!」

 

 閃光が走る。気持ち悪い声を上げる執事は眼を抑えながら、くねくねと腰を動かしていた。動きまでも気持ち悪い。俺は好機と闘気を纏う。そして繰り出すのはカノンさん直伝の体術だ。

 

 斜め45度パンチ。さながらジャンプをする様に突き上げる技なのだが、拳を振るうのではなく、足の踏ん張りで当てる、拳での体当たりに近い。

 

 これが簡単なのに中々に凶悪なのだ。だって5メートルの壁を跳ねて登れる俺の脚力を、拳を通しそのままぶつけるのだもの。その名もフェヌア流“白兎”。どうしてこんな技をイグニスに教えてしまったのですかと俺は泣いた事がある。

 

「ん~ぬっふーー!!」

 

 全力の闘気で思い切り顎に決めてやった。やはり手応えは固いけれど魔力の鎧の上からでもこれは効くだろう。僅かに出来た隙にドジ子さんを抱え、ごめんあそばせと逃げ出す。

 

 そう、逃げる事が目的だった。モルドさんは明確な格上。俺一人ならばともかく、積極的に標的を狙う相手からいつまでもドジ子さんを庇い続けるのは不可能だ。なによりも今回は勝利条件が敵の撃破ではない。逃げようと何しようとドジ子さんを守り抜けば俺の勝ちである。

 

(まぁ、正解じゃが。返り討ちにあったと考えるとダサいぞ)

 

「戦略的撤退って言うんですー!」

 

 

 パーティー会場に逃げ込めばモルドさんとて下手な事は出来まい。そう考え館に引き戻すも、集中力が切れて殴られた痛みが無視をするなと訴えて来る。仕方なく空き部屋に潜り込み少しばかり休憩を取ることにした。

 

「痛てて」

 

「ツカサ様、私なんかの為にごめんなさい」

 

 しゅんと項垂れるドジ子さんは逃げようともせずにハンカチで手当てをしてくれた。

 後で一緒に王女様の所に向かい、あまり罰が重くならない様にしてもらうとは言ってある。

 

 体を張っておいて何だが、そもそもに俺もあまり許してはいないのだ。

 王女の情報なんか知らないけれど、勇者一行の情報は確実に不利益をもたらした。時期的にタルグルント湖は違いそうだけど、アゴラさんの夜会の件は間違いないだろう。

 

 性悪共が流れる情報すら利用したとは言え、ドジ子さんが情報を流していたという事実は無くならない。

 

「はい。それは弁えております。私だってツカサ様が初めての夜会に出るのだと必死に円舞を練習する姿を拝見してました。情報を襲撃なんかに扱われ、何度悔やんだ事でしょう」

 

「……じゃあなんで内通者なんかを?」

 

 紫髪の女性は罪悪感からか、ぎゅうと目を瞑る。そして多くは語れないけれどと、スパイをしていた理由だけは明かしてくれた。

 

「家より、ナハル殿下を慕うならば立場を利用し勇者一行の行動を知らせろと」

 

 その言葉を聞いて、ん?と頭上にハテナが飛ぶ。この人が情報を渡していたのはナハル王子側ではなくディオン側のはずだからだ。

 

「ご存知無いのも仕方ありません。此度のディオン様の行動は全てナハル殿下をお思いになっての事なのです。そもそもにあのお二人は幼馴染で、本来はとても仲がよろしいのでございますよ」

 

 二人が幼馴染というのは何処かで聞いた話だった。

 はてどこだったかと記憶を探ると、冒険者ギルドの仕事で造船所に行った時であると思い出し。

 

 でも、王様になっちゃったら流石にもう海には出ないっすよね。

 いっそ草原の若が国を仕切ったほうが若は海に専念出来るんじゃねーですか。ほらあの二人は幼馴染なんだし。

 

「ディオン。嘘だろお前」

 

 奴は以前、勇者に政権を奪う目的を告げた。

 その時彼はこう答えたそうだ。今の王子は海の男でもやっていた方が似合っている、と。てっきり王子を馬鹿にして蹴落とすのが目的なのかと思ったが。

 

 どうだ。真実言葉のままに、王子が海原に飛び出す応援をする為に、波風似合う快男児から笑顔を消さぬ為に立ち上がっていたのだとしたら。

 

 俺にはもう訳が分からず、頭の中がぐちゃぐちゃで。とりあえず八つ当たりの様にディオーン!と叫んだ。

 

 

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