ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
仮面舞踏会の翌日、勇者一行は揃って王女の私室に呼び出された。
なんの話かと戦々恐々で入室すれば、そこでは赤金髪の女が優雅に紅茶を口しながら不満を垂れ流して来る。
「……くぅう……んふぅ」
「それでね、バリスにバレて大目玉って訳よ。立場を弁えろとか何様って感じよねぇ」
簡単に纏めれば、大々的に仮面舞踏会を開いた事で勇者派なんてものを作り悪巧みしていた事が明るみに出たらしい。それでコッテリと絞られたと。
バリスさんというのは大使の人だ。ここは大使館だけあり責任者はランデレシア王国から派遣された大使である。勇者一行は別館を貸りているのであまり接触する機会は無いけれど、本館では今でも多くの大人がお仕事中だ。
俺も一応挨拶くらいはした事がある。真面目そうというか、堅物そうなオジサンだった。けれど、この国の民族衣装であるポンチョを着ていたらイイネされた。たぶん根はいい人だと思う。
「待ってください殿下。商業特区を作ろうとか、金貨1万枚とかあんな大きな話をしていたのに誰にも相談して無かったのですか?」
呆れた声で勇者が言う。自業自得。俺にはそれ以上の言葉は出てこないのだけど、逆を言えばこの女は立場を利用せず後ろ盾も持たずにここまでの事が出来てしまうのである。恐ろしや。
「おぅ……んんん」
「したじゃない、貴女達勇者一行に。お互いに利益が出て望む状況に持ち込めた。実に楽しい時間だったわね」
けれど私に出来るのはここまでよと、昨日のカードゲームでの戦利品であるラーテリア公爵家の金板を指でピンと弾く。まるでバトンタッチだと言わんばかりに飛来し、受け取る赤髪の少女はニタリと笑った。
「おうおう、俺は反勇者派とやらを引き擦り出せるってんで手を貸したんだ。その辺どうなってんだよ」
「まだ分からないの? ならバカは黙ってなさいよ。だいたい頑張ったのはスティーリアでしょうに」
「も、もしかしてティアはもう分かったのか?」
「ええ、ここまでくれば流石に」
ヴァンは自分以外は反勇者派の正体に気付いているのだと思い、王女の言葉通りに黙した。皆当然という態をしているが、実はこの中に一人嘘つきが居る。カノンさんが小声でねえ誰なのとイグニスにカンニングをしていた。
ちなみに俺も当たりはつけている。というよりも、候補は少ないのだ。何故なら。
「簡単な事よヴァ」
「んほぉぉおお!!」
「あら、ごめんなさいね。椅子の調子が悪いようだわ。オホホ、この!」
雪女が正解を言おうとしたところで部屋に汚い悲鳴が響き渡った。なるべく視界に入れない様にしていたのに俺は思わずそちらを見てしまう。
王女の尻の下ではイケメン執事ことモルド・モルドーモが四つん這いになっている。
それも上半身は裸に剥かれ、腹の下では蝋燭がメラメラと焚かれていた。重石は王女の体重だけではなく鉄の板が積み重っていて。
剛活性の使い手であるモルドさんだが、きっと今は潰れない様に必死に身体強化をしているはずだ。それでも僅かに姿勢を崩すと火が腹を炙る。熱さで身を捩りなどしようものなら上に乗る王女から容赦無く鞭が飛ぶ。とても子供には見せられない酷い絵面だった。
「えっと……簡単な事……なのだわ」
「ふぉおおお!!」
ティアは無視して話を進めようとするが執事が荒ぶる。この拷問じみた嫌がらせは彼への罰だった。昨日の暗殺未遂の件ではあるが、ドジ子さんを狙った事ではなく俺に暴力を働いた事にだとか。
フィーネちゃんとイグニスから抗議を受けて勝手なことしてるんじゃねーと王女はキレた。やり過ぎではと思ったので俺はもう少しお手柔らかにとお願いしようとしたが、本人がどことなく幸せそうに見えたので、もう目を逸らす事にした。世の中には色んな愛の形があるんだね。
(いや、あるんか? そこに愛は本当にあるんか?)
知らん。それにどうでもいい。
「公爵家であるディオンの後ろ盾に成れる人物。それも王と意見が割れてもぶつかれる地位。そう言えば分かるか、ヴァン。私たちがこれから喧嘩しに行くのはディオンの父親、ライエン・ラーテリア宰相だよ」
「そりゃまた大物が出てきたわね」
雪女が執事の痴態にまごまごしている内に決め台詞を魔女が掻っ攫う。そうか。ディオンの身内だろうと予想はしたが、相手は宰相か。王女が国のぶつかり合いになるのは不味いと勇者派なんて遠回しな手段を使ったのが納得できた。
宰相というのは王の補佐であり右腕。それも草原の民の公爵家がその役職に付いているというのなら、実質国のナンバー2と言っても過言では無いだろう。
「それ、本当に私たちが手を出しちゃっていいんですか?」
勇者としても予想外の大物だったのか姫に向かい確認を取る。反勇者派と戦うと宣言したばかりなので少々後悔が滲み出る表情だった。
人の悪い赤金髪の魔女は薄ら笑うと好きにしたらと、机に1枚の書状を投げ捨てる。みなで集る様に覗き込むと勇者一行宛ての茶会の誘いであった。差出人は勿論ライエン・ラーテリアその人である。まだ舞踏会の翌日。余りにも早い行動だ。
「アルスの話だと昨日は何人も途中退場者が居たそうですからね。当然こちらの行動は把握済み。あちらももう余裕が無いのよ」
「げへへ。そうりゃそうだろう。小娘の遊びだからって見過ごせなくなった訳だ」
フィーネちゃんが地獄への特等チケットを手に呆然としていると、魔女は口笛でも吹き出しそうなほど上機嫌に舌を滑らせる。
そもそも、反勇者派。いや、ライエンはディオンに政権を取らせた後に約束を反故にして特異点を壊さない政策に舵を取るつもりだった。その意味が分かるかと。分かりませんとフリフリ首を横に振る勇者に、今度はティアが言葉を重ねる。
「そんなの普通は無理よ。今回の政権争いは王の政策に不満が出て起きた事でないもの。ならディオンはそれを上回る政治で評価を集めないと行けないのだわ」
「ああ、そうか。ナハル王子の方が良かったなんて思われたら、逆にすぐに交代させられちゃうかもなんだ」
支持率。イグニスの兄であるフランさんが優秀な妹を持ちすぎて四苦八苦していたもの。
王女は此度、そこに楔を打った。演説という言葉でなく、金という分かりやすい利益でだ。
今更特異点を壊さないと言っても、未来に利益を見出したもの達から続々と不満が溢れ出す事だろう。実質のところ反勇者派はディオンを代表に挙げた意味が薄れた。
なおイグニスはディオンを思い反勇者派を切り離そうと考えた訳ではなかった。最初は同士討ちさせて漁夫の利を得ようとしていたけれど、状況が変わってしまっただけだ。潰れたら困るから相手の力を削ぐ方針に転換しただけらしい。
「でもそこじゃない。肝心なのはそこじゃないのさ」
イグニスが言う。ライエンには政権を取った後に約束を覆せる程のカードがあった。なんなら王や勇者の命を奪ってでも成し遂げるという強い意志も見える。或いはディオンを代表に据えたのは、今回の騒動の責任を1人で全部背負い込む覚悟すらあるのではないかと。
「宰相にそこまでさせる事ってなんだよ」
黙ってろと言われたヴァカが状況を見かねて口を挟んだ。俺はそれをこれから聞きに行くんだろうと言えば、納得したのか腕が鳴るなとゴキバキと拳を握る。
「良いこと言ったねツカサ。そうだ、奴は間違いなく【軍勢】と接触している。ならば抱え込んでいるのは国にとってとんでもない厄種という事なのだろう。ぶん殴ってとっちめて吐かせるぞ」
僧侶は最後の言葉だけ理解したのか、分かりやすくなったと頭を縦に振った。けれども俺はまた少し分からなくなる。
意見が分かれたから成り行きに任せようとする王。まっとうに国を導こうと、夢を捨て奮起する王子。そんな王子を守ろうと王に取って代わろうとするディオン。一人悪を背負い国を思うライエン。
蓋を開けてみれば悪役なんて居ないではないか。みなが思い思いの正義を掲げ、本気で国の未来を考えていた。
「ふぅ。そうだね、お誘いを貰ったらもう行くしかないか。それに私も宰相の話には興味があるし」
剣を振り落とす先が分からないのは勇者も同じか。終焉の力、デウス・エクス・マキナを身に宿す少女はこの一幕の終わりを見つける為に敵陣に乗り込む決意をした。いよいよにシュバール狂騒曲も終楽章に向かっているのだと肌で感じる。
「おほぉおおおおっ!!」
「あら失礼」