ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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257 閑話 レクシー嬢の奮闘

 

 

 まずい、まずい、まずい。私は顔に微笑みを張り付けたまま思考が止まりそうになった。

 話では小さいお茶会だったはずだ。ラルキルド伯爵の社交界への練習に付き合ってくれないかという、内内の会だったはずなのだ。

 

 だというのになんだよこの面子はと、思わず机を叩きつけたい衝動に駆られる。

 だってターニャ様はイグニスちゃんのお友達なら大歓迎よと商人の娘まで同席を許可したのよ。絶対に緩いものだと思うじゃないの。

 

「ハッハー。若い子との茶会だなんて久しぶりだ。なんだかこっちまで若返った気分になりますなぁ」

 

 侯爵家アトミス・シャルール。イグニス様の従姉にして白百合の騎士団副団長を務める怪物。この女は8年前のベルモア戦役にて上官を殺害し指揮権を奪い取り、戦争終結の決定打を作った。更には血の繋がる兄を殺し家督まで奪い取った事はもはや誰もが知る公然の秘密というやつだ。

 

「まあまあ、アトミスさんもまだ(・・)お若いではございませんか。でも早く婿を取らないと手遅れになりますよ。そういえばコルデラちゃんは最近結婚したのよねぇ?」

 

 智爵家ターニャ・エルツィオーネ婦人。イグニス様の母君でこの会の主催。シャルール候に結婚の話題を振って血を見ないで済むのは親戚の強みか。お願いだからそんな繊細な話題をほいほい投げつけないで欲しい。こっちは受け損なったら死んでしまうのですよ。

 

「ええ。今はベルレトルではなくザフロアレですわ。とても幸せな新婚生活を過ごさせて頂いております」

 

 うちの家もあるベルレトル領の領主の娘コルデラ。今はザフロアレ伯爵夫人。貴族院を出てすぐに結婚するは自分の店を持つはでそりゃ幸せだろうよと唾を吐きたくなる。噂では何処からかドワーフ秘伝の魔法銀を手に入れ、新作の限定予約を開始したとか。お値段はどうせ手が届かないので知らないけれど。

 

 というかテメー、イグニス様と仲悪いだろうがよ。なにしれっと茶会に混じってるんだよ。分不相応な場に居るのは私のほうなのだけどそう思わずにはいられない。

 

「おお、ご結婚ですか。それはおめでたい話ですね。子供が生まれたら是非おしめをお送らさせてください」

 

「まあ、気が早い話ですわシャルラ様。うふふ」

 

 シャルラ・ラルキルド伯爵。その容姿を見た時はまさかと思ったけれど本人だった。正直まじかよと思った。陰で囁かれる醜い化け物とは程遠く文句なしの美少女と言えるだろう。けれどこの人が成熟し美人になる日は来るのか。見かけ12歳程度の少女はすでに齢300を超えるという。

 

 そして分かるぞ。それイグニス様が着ていた服だな。先の売り出しの時に妙にお洋服が少ないと思えばこの子が持って行ったのね。おのれー羨ましいぞおのれー。こっちは頼みに頼み込んでやっと靴下を譲って頂けたというのに。

 

「ところで今日は真銀の上衣を着てなさらないのですね。私は服飾店を経営しているので、いつか拝見してみたいものですわ」

 

「それは期待に答えられなくて申し訳ない。最近知ったのですが、あの服はどうやら混沌の君の遺産らしく……それもとてもとても高価な物だと聞いてはどうにも着るのが恐れ多くて。なんか家が買えるみたいです」

 

「あら。あれを見た事が無いなんて勿体無いわ。素敵なのは素材だけじゃないの。最近流行の派手な拵えではないけれど、服自体に品格が備わっている様な見事な品よ」

 

 そしてコイツだ。エレナ・フォーランと名乗るこの人の本名はディアナ・シュフェレアン。現国王の妻。つまりまぁ王妃という事になる。

 

 怖いよー。気軽に王妃と出会う上級貴族のお茶会怖いよー!先ほどからもし私の不作法で御家が取り潰しになったらどうしようと手の震えが止まらない。

 

「わぁ、あれが伯爵様なんだ。ツカサ君から聞いた通りにとっても可愛いね」

 

「お黙りエーニイ」

 

 あまりに呑気な親友の言葉につい反応してしまう。そういえば誰だとばかりに視線が集まって。さながら草むらで息を潜めていたのが魔獣の群れに見つかった気分である。こっち見ないで。

 

「ああ、そちらはポッター家のお嬢さんよ。イグニスちゃんのお友達で、最近荷物を届けてくれたの。二人も受け取ったのではなくて」

 

「は、はい。ご紹介に与りましたレクシー・ポッターと申します。どうぞ良しなにお姉さま方」

 

 ターニャ様に助けを出されなんとか自己紹介をする。イグニス様の荷物は他の人にも渡っていたのか、アトミス様とシャルラ様が「ああ、あれか」と反応をしていた。これはもしかして好感触だろうか。

 

「ハッハー。いや、あれは酷いものだった。久しぶりに死ぬかと思いましたね。私が倒れたときは家の者が慌ててマーレ教を呼んだりと大騒ぎだったそうで」

 

「私も覚悟はしていたのですが一口で気を失いましたね。あの様な果実があるとは世界とは広いものです」

 

「……うちの主人も似た様なものね。書斎で倒れているのを発見した時は服毒でも図ったのかと思ったわ」

 

 イグニス様、私に一体何を運ばせたのですか?まさか暗殺の片棒を担がせようとしていませんよね。

 

 不穏な言葉に胃が掴まれた様に痛む。しかし彼女を紹介するならば今しかあるまい。貴女も皆様に挨拶をと言い私はエーニイに席を立たせた。

 

 平民の精一杯のお洒落着を着こむ茶髪の少女。継ぎ接ぎのあるような服でこそないが、ここに居る人達なら一目で安物と見抜くだろう。けれどそれでいいと私が判断した。下手に見栄を張るよりは平民だと主張した方が不作法も許されるでしょう。

 

「お初お目にかかります。私はエーニイ。ベルレトル領のしがない商人の娘にございます」

 

「あら、貴女はイグニスと一緒に居た?」

 

「はい、お久しぶりですコルデラ様。その節はお世話になりました」

 

 そういえばフラウアの町でエーニイを送る手配をしてくれたのはこの女だったか。意外な縁もあるものねと思いながら、親友はいよいよ自身が詩人である事を明かす。

 

 エーニイが自立をする以上、貴族との繋がりは彼女に多きな益をもたらすだろう。そう考えるならば、この顔ぶれは男爵家の自分では一生掛かっても集める事の出来ないものである。なんとか興味を引ければと三柱とイグニス様に祈るばかりだ。

 

「あらあらあら! まさかハトヴァリエの正体がこんな可愛いお嬢さんだったなんて驚きだわ」

 

 予想外に王妃が食いついた。流行しているからと勧められて読んだことがあるそうだ。なんだテメー私のエーニイに喧嘩売ってんのか。喧嘩するってんなら平伏して靴舐めんぞゴラァ。

 

「あの、さきほどの言葉が気になっていたんだけど、エーニイ殿はツカサと言っただろうか。彼から私を聞いたと?」

 

 ラルキルド伯爵はエーニイが詩人という事よりも、先ほどの彼女の発言の方が気になっていたらしい。ツカサという男の名前が出るとエーニイは表情を明るめ事情を語る。

 

「はい。おそらくそのツカサです。勇者一行のツカサ・サガミ。私はセトと言う町からフラウアまで彼に護衛をして貰いました。そして隣国に旅立つのを見送っております」

 

「おお! やはりツカサ殿の知り合いなのか! あの人は元気だっただろうか。是非話を聞かせて欲しい。あ、これって不作法?」

 

 ターニャ様は肩を竦め、その為に知り合いを集めたのだと優しく説く。なるほど、私とコルデラはイグニス様がエルツィオーネ領を発ってから最後に会った者ものなのだ。近況を聞こうと私なんかにも声を掛けたのだと、ようやくに理解が追いつく。

 

 シャルラ様がエーニイと会話に花を咲かせると同時、ならばとコルデラがターニャ様に話題を振った。これが上級貴族か。主催を立てるのが本当に上手い。下級貴族同士の茶会では安菓子を摘みながら下ネタでぎゃははと笑うのがせいぜいである。死にたくなった。

 

「貴族院を卒業して以来でしたけど、イグニスは元気そうでしたね。彼女はこの1年どう過ごしていたのですか?」

 

「社交界にも出さなかったから、ほとんど部屋に引き籠って勉強していたわよ。まさか火炎竜王を習得していたとは驚いたわ。妙に静かとは思っていたのだけど、フィーネちゃんが卒業するの待っていたのね」

 

「色々ありましたが、今はもう勇者一行として旅だったのだから良いではありませんか。アルスもそろそろ着く頃。帰りには手紙の一つでも持って帰ってくる事でしょう」

 

「それなんだけどねー。イグニスちゃんはシュバールに向かったのでしょう?あそこはうちの子も居るから、二人で変な事してないか心配だわー」

 

「「ああー」」 

 

 イグニス様のお話なら任せろと思うのだけど、会話に混じるのは余りにも恐れ多く。私は派閥に流せる小ネタは無いかと耳を大きくして聞き耳を立てる。そしたらエーニイがちょんちょんと肩を突いきたので、なぁにと振り向いた。

 

「シャルラ様が今度ラルキルド領に遊びに来てって」

 

「ですです。ツカサ殿とイグニス殿の友達なら大歓迎ですよ。ちょうど外の人の目も欲しかったので是非レクシー殿もご一緒に!」

 

「まぁ、それはとても嬉しゅうございますわ。おほほ」

 

 あらやだエーニイ。これは一体どういう事なのかしら。え、マジで私もラルキルド領に行くの?

 

 

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