ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
勇者一行は茶会の誘いを受けた。貴族の茶会。なんともハイソなその響き。きっと皆でテーブルを囲い、美味しいお茶やお菓子を口にしながらキャッキャウフフと素敵な時間を過ごすのであろう。本来ならば。
「なぁ、今更だけど武器って持ち込めると思うか?」
「常識で考えろよ。入門の時に没収されるだろ普通」
そんな事は貴族でなくても分かるわとヴァンに告げると、少年剣士はやっぱりそうかと二本の愛剣を抱きしめた。そんな横では勇者までもが自分も持ってきてしまったと、取り上げられるのを想像し顔を青くしている。
「大丈夫だよ。今日は持ち込める。実は裏技があるんだ」
「ええ? そんな方法あるかしら。門兵にお金でも握らせようっていうの?」
「ちょっと不正はさせないわよイグニス。私これでも聖職者ですので」
今日のみんなの服装は気合は入ってるのだけど、とても正装とは言い難い。何せ罠である可能性が高いので茶会には不作法であると承知で戦闘服で臨んだ。
フィーネちゃんやヴァンは軽装の鎧まで着込んでいるし、イグニスは何だか久しぶりに見る外套ととんがり帽子の魔女姿だ。
カノンさんはいつものフェヌア教の胴着として、気になったのは雪女ことスティーリア女子。彼女はイグニスと同じ魔法使いでも水色のケープを肩に掛けた可愛らしいものだった。
「ねえ、ティアはイグニスみたいな恰好はしないの?」
「あのねえツーくん。今時あんな恰好しているのは物語の中の悪い魔法使いくらいなのだわ。一般的だと思っては駄目よ」
「なんだとぅ。魔法使いの由緒正しき伝統衣装と言ったらコレだろう。まったく美学というものを分からない奴だな君は」
(儂の時代でもあんまり見なかったような……)
「コラコラ。これから喧嘩しに行くのに仲間同士で喧嘩するんじゃありません」
ガルルと吠える魔女を僧侶が諫める。俺はそうかやはりイグニスの趣味が変だったのだなぁと深く納得をした。
「ああ、もう王宮が見えて来たね。みんな、そろそろ気を引き締めて行こう」
弛みかけている馬車の雰囲気にフィーネちゃんが喝を入れる。タルグルント湖での二の舞はごめんだと俺達は全員で静かに頷く。
馬車の向かう先は王宮であった。意外にもディオンの父親にして反勇者の黒幕ライエンは茶会の開催場所を自宅ではなく王宮に指定したのである。
相手の館とはつまり敵陣のど真ん中だ。こちらに配慮し第三者の目もある場所を選んだのかと俺は思ったが、性格の捻くれた王女の意見は違う。
王や勇者を殺しても構わないと判断する輩がそんな事を考えるかと。困る事があればそれは事後処理。ライエン邸から帰って来ないのと王宮から帰って来ないのでは状況がまるで違う。乗り込むのであれば、相応の覚悟はしろと助言を貰った。なので俺たちは自衛の意味を込めて武装をしている訳だ。
「よし、それじゃあ私が行ってくるよ」
大使館と王宮は距離が近いので、さして時間もかからずに馬車は城門の前に乗り付けた。
王子に会いに一度来た事はあるけれど何度見ても豪華な建物である。広大な敷地にドドンとそそり立つ王宮はタイルの一枚にまで職人の意匠が輝く芸術の積み木であり、シュバールという国の歴史の集大成とも思えた。
(ん?……アイツ今……)
イグニスが門の元に受付に向かった。俺は彼女がそんな使い走りの様な真似を買って出るとは珍しいなとその背を目で追う。
「「「……んなっ!?」」」
何を考えているのか魔女は城門に右手を掲げると、手の先からは赤く輝く魔法陣が展開された。あまりの暴挙。あまりに無法。勇者一行が兵士が、誰しもが何をしているのか把握はするが脳が理解を拒み。
「止めろぉおおお!!」
流石は城の守りを任される優秀な兵士。僅か一拍で蛮行を止めに駆け始める。けれどその一拍が決定的なまでに致命的だった。魔法陣からボシュンと射出される炎の騎乗槍。矛先が分厚い城門を穿てば、激しい熱を纏った爆風が轟と逆巻く。
「おい、何してるんだ行くぞ! 早くしないと騎士団に囲まれてしまう!」
見事に城門をぶち破って見せた魔法は王宮へと続く庭園をも吹き飛ばしメラメラと炎の道を作り上げていた。やりやがったあの女と高笑うヴァンを他所にティアは魔女の正気を伺う様に破壊の痕跡を眺めている。
(いつかはやるんじゃないかと思っておりました)
「何故か俺もあんまり驚いてはいないんだなぁ」
「あ~もう! なんで一言くらい相談してくれないかなぁイグニスは。相談されても絶対に許可しないけどね!」
城に武器を持ち込むシンプルな答え。ルールも作法も投げ出して、正面からの殴り込みだった。ここまで大々的に宣戦布告をしてしまえば、もはや謝罪じゃ済まされまい。フィーネちゃんは何もかもを諦め、ライエンを押さえろと聖剣を引き抜く。
「我が名は勇者フィーネ・エントエンデ! ライエン宰相には勇者一行の暗殺未遂の容疑あり! ライエンを出せ、邪魔をするなら押し通る!!」
あくまで個人的な復讐だと宣言し勇者は抜剣の合図をした。応と俺とヴァンは剣を引き抜きながら門の中に雪崩れ込む。即座に向かって来るのは門の屯所に居たらしい兵士だった。数は5人程度か。
けれど騎士でも無い相手に足止めを食らうほど勇者一行は弱くない。俺が道を阻む兵士を一人剣で殴り倒せば、残りはヴァンが風の様に通り過ぎて、あっという間に無力化してしまう。
急げ急げと6人で王宮の入り口目指し駆け抜けて、今度は僧侶がごめんくださいと大扉に蹴りを放つ。
「一応確認をしておきたいんだが……君たち、やっちゃったのか?」
重々しい扉が軽々と吹き飛ぶ。丸見えになるエントランスでは、早くも騎士団と魔導士団が動き出していた。階段から廊下の奥から武装をした集団が今もゾロゾロと躍り出てくる。そりゃあ城なんて彼らのお膝元。それもあんなに目立つノックをすれば当然の事だろう。
そんな集団の中に見知った顔があった。魔導士のくせに筋肉ムキムキな男アゴラさんである。そうか宮殿勤務だったのか。
「ライエン殿に茶会の誘いを受けたんだけど、これで通してはくれませんよね?」
「あのなぁイグニスちゃん……」
イグニスがヒラヒラと手紙を振る。アゴラさんはそれなり立場に居るのか、騎士団含め動くなと待ったをかけていた。そしてなんとも困ったとばかりに短い赤毛の髪を撫でまわし。
「良いよ、通りなさい」
「「「た、隊長ー!!?」」」
アゴラさんは味方であるはずの魔導士団に向かい魔法をブチかました。人口密度の高い場所に放たれる火岩の礫。大勢が石の衝撃とばら撒かれる火種に苦しむも、流石は軍人。騎士団と魔導士団は即座に裏切り物に剣と杖を向ける。
「行きなさい勇者一行! こっちも夜会を潰された恨みがある。助太刀しよう!」
「感謝します!」
アゴラさんの切り拓いてくれた道を勇者が駆ける。俺もイグニスもどうかご無事にと頭を下げて横を走り抜けた。
「あ、ちょっとヴァンくん、カノン?」
「お~難しい話は苦手だし後は任せるわ。それにオッサンを一人で置いてくのもなぁ」
「そうそう。お茶会より私達にはこっちの方が向いてるわ」
俺たちを追いかけようとする騎士を青髪ポニテのお姉さんが蹴り飛ばす。杖向け魔法を放とうとする魔導士をさせぬと二刀流が刻む。
俺を置いて先に行けとは何とも格好いい事をやってくれるではないか。でもゴキバキと拳を鳴らす僧侶とシャラリと二本の剣を構える少年剣士の頼もしい背を見ては文句など言えるはずもなく。
「ティア、アイツなら大丈夫。俺達は進もう!」
「え、ええ!」
もうとっくに後戻りなど出来ない状況だった。楽しい茶会になりそうだなと、俺も勇者の為に身体を張る覚悟を決める。
「どっけー!!」