ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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262 スタンピード

 

 

「おい、知っている事があるなら全部吐け!」

 

「何も知らねえよ! 知っていたらこんな暴挙を俺が許すか!」

 

 椅子に座る男の胸倉を掴み大声で脅すイグニス。唾を飛ばしながら反論するライエン。そしてどうしたものかと戸惑う俺。とにもかくにもスタンピードが起きたという報告を聞いたら優雅に茶会なんて楽しんでいる場合では無くなった。

 

「イグニス、手を放しなさい。宰相は本当に何も知りません」

 

 フィーネちゃんは言うや剣を鞘に納める。すでに争っている場合ではないと判断したようだ。喧嘩していた騎士達も剣を引いた勇者を見て同様に敵意を消してくれる。

 

「何してやがるテメェ等、こっちはいいからさっさと動け!」

 

「ハッ!」

 

 直ぐに動くべきなのは分かっていたのだろうが、この部屋に宰相と危険人物を置き去りにしていいのか悩んでいたのだろう。本人からGoとサインが出て騎士も魔導士も即座に退出していって。

 

「大森林はキトを匿っていた場所だ。これがアイツと何も関係が無いとは思えない」

 

 護衛も居なくなったライエンは荒れ果てた部屋の中でポツリと声を漏らした。少し目を離した隙になんて事だと。覇気の消えた声で語る姿は、まるで懺悔の様であった。

 

 イグニスはそんな事はどうでもいいと、ライエンの言葉を無視し窓から町を眺める。幾つもの警鐘が時差で届き、町の至る所で鳴り響いている事を想像させる。今頃は市中は大混乱になっているのではないか。

 

「魔獣の暴走か。原因はなんだ。どうやって起こした?」

 

 頭の中で対策でも練っているのか顎に手を当て固まる魔女に、とりあえず俺達も現場に急ごうと提案をした。けれども邪魔をしてやるなとばかりに横に首を振るフィーネちゃんが止めてくる。

 

「ううん。こういう時は闇雲に動いちゃ駄目だよ。組織で動いているんだから勝手に行動したら邪魔しちゃう」

 

 幸い魔獣が町に来るまでに時間はあるからねと言われ、なるほどと納得をする。フィーネちゃんも所属は騎士団だけあり軍事行動には明るいようだった。今は確認の段階。事実を把握し敵を知るのだと。

 

 残された正確な時間。魔獣の種類や規模。想定されるルート。確かにスタンピードの一言では把握出来ない事柄が多すぎる。作戦を立て対策を準備をするには情報が必要なのであった。

 

「なら、私達はまずヴァンくんとカノンと合流をしないかしら。あの後どうなったのか心配だわ」

 

「あー!!」

 

 すっかり忘れていたとフィーネちゃんが悲鳴を上げた。そして碧の瞳は行っても良いのだろうかとライエンを確認するが、ライエンはまるで考える人の様なポーズで思考に耽っていて。

 

 構わないよ行こうと俺は勇者の背中を押す。問答はしたのだ、人間1人で考える時間も必要だろう。

 

 

「おー。なんか大変な事になってんなー」

 

 エントランスに戻るとそんな呑気な声が聞こえてきた。けれど声とは裏腹の悲惨な状態を見てティアは慌ててヴァンに駆け寄っていく。

 

 二人は俺達がライエンと会っている間にどれほど暴れたのか。門から続く宮殿へのアプローチは見る影も無い凄惨な姿に果てていた。死体こそ見当たらないがそこかしこに血液が飛び散り、斬撃や魔法により破壊の限りが尽くされているのだ。

 

 ヴァンとカノンさんは、そんな赤く染まる瓦礫の上に座り込んでいる。俺達より少し早く部屋を出た騎士達が争いを諫めるまでずっと戦っていたらしい。

 

「上級騎士は流石に強かったわ……もう少し長引いたらやばかったかも」

 

「だな。んでそっちは無事に宰相とは会えたのか?」

 

「会うには会えたんだけどね……」

 

 怪我はカノンさんが癒したようだが、ズタボロの服と乾いた血が痛々しい二人。そんな彼らから結果を問われ勇者は返答を濁した。結論は出なかった。出る前に魔獣の暴走が知らされてしまったから。

 

 徒労に終わり申し訳なさそうな顔をする勇者に、少年剣士は会えたなら良い、文句の一言くらい言ってやったんだろうと声を張る。

 

「ああ。ヴァンの仇は俺がちゃんと取ってやったぞ」

 

「私もやってやったのだわ」

 

「テメェ俺を殺すんじゃねえよ!?」

 

 ひとまずは合流出来た事を喜ぶ俺達。するとイグニスがアゴラさんはどうしたと疑問を持った。そうだ、此処ではヴァンとカノンさん以外にもう1人、魔導士が奮闘してくれていたはずだった。

 

「アレの対処に向かったわよ。なんか魔導士団の団長さんが来た時は殺し合いが始まりそうな雰囲気だったけどね」

 

 たぶんライエンを風の盾で守っていた男。彼がアゴラさんの夜会を壊した本人だったのだろう。勇者一行と暴れる魔導士に「今は私人か軍人か」と問い、軍人であると答えたアゴラさんは任務に戻ったという。

 

 カノンさんがアレと示すのは空であった。スタンピードの先触れとでも言おうか。上空には魔鳥の群れが飛び回り、それを魔導士が対処しているようだった。多くは逃げ惑うだけの魔鳥だが、稀に数匹が町を目指しては撃ち落されていく。

 

「そっか。もう来てるんだ」

 

 地を走る獣と違い鳥は地形の影響を受けず最速で到達出来るのだ。近くの町から伝達に掛かった時間を考えれば、案外残された時間は多くないのかも知れない。

 

「良くないな。空に人手を割かれては地上に充てられる魔導士は減るか」

 

「かと言って全くの無視も出来ないのだわ」

 

 俺と同じ様に空を見上げるイグニスとティアが言った。確かに空は魔導士の領分である。そもそもに魔鳥が撃ち落される光景は意外と茶飯事だったりするのだ。

 

 一応地脈を使い結界の様な物が町には張ってある。けれど鳥や昆虫など町壁を上から越えられる飛行種は数多く。それを魔法で防いでくれているのが彼らである。けっして騎士団のおまけ組織ではないのだよ。

 

「で、俺達はどうすんだ。このまま指咥えて見てるわけじゃねえんだろ」

 

「てゆうかお前、まだ戦えるのか?」

 

 本人は如何にもやる気満々という態だが、神聖術を受けると怪我は治るけどむしろ体力は減る。加えて霊脈を酷使していたら魔力だってへばって来ているはずだった。だが俺の心配を少年剣士はハッと鼻で笑い飛ばす。

 

「当たり前だ。剣士として剣を取るべき時に戦えないなんて屈辱でしかねぇぜ」

 

 お前だってそうだろうと三白眼の鋭い目で射られる。そうだね。仮に逆の立場なら、お前はもう休んでろなんて言われたら泣いちゃうな。

 

「うん。むしろ休ませないから安心して。当然私たちも騎士団に助力するつもりだよ。私のマキナなら大群を薙ぎ払うのに最適だし」

 

(……お前さん)

 

 勇者がラメール防衛線に参戦を表明すると、茶会では大人しくしていたジグルベインが声を掛けてきた。俺がなんぞやと視線を上に向けると、壮絶な顔で北の空を睨む魔王の顔があった。

 

(のう、お前さんや。さっきの儂のアへ顔ダブルピース見た見た?)

 

「っ!?」

 

 こいつは何を言ってやがるのか。みんなの前で危うくアホかと大声を出しそうになった。気付かなくて本当に良かったと思う。見ていたら確実に噴き出していたし、シリアスシーンも台無しの絶対に笑ってはいけない会議の再来である。

 

(見てぬか。惜しいな、会心の出来じゃったんだが。そうそうこのスタンピードな。こいつは魔族の常套手段よ)

 

 【軍勢】は前にもゴブリンを使っておったろと指摘され、もう少し詳しくと無言で頷いた。どう考えても後半の方がアへ顔より重要な情報ではないか。というか前半いらないね。

 

(儂らもよく使った。破壊だけをもたらすならば魔獣は実に使い勝手の良い戦力であるからな)

 

 方法は食物連鎖の頂点に立つだけだと言う。要するにバファローの群れがライオンに逃げ出す様に、大森林の魔獣達は圧倒的捕食者に追いかけられて大移動をしているという事か。

 

(デカいのを追い回すと最初は近場の少数でも、これが存外規模が大きくなっての。しかも場所は大森林。結構な数になっているだろうな)

 

「ん? 追いかけられてるって事は、この町に魔獣をぶつけようとしたら……」

 

(追いかけてる本人もやって来るわなぁ。というか、来てるぞ。分かるわい)

 

「そっかぁ。来るかぁ」

 

 魔獣のスタンピードに魔王軍幹部も参戦濃厚になってしまった。ソイツ途中で転んで石に頭打って死なないかな。遠い目でそんな事を考えていると、宮殿から慌ただしく団体が飛び出して来た。

 

「イグニス、謝ったら?」

 

「しっ聞こえたらどうするんだ」

 

 どうやら宮殿を避難所として開放するらしいのだが門や玄関が壊され頭を抱え込んでいた。犯人はどこのどいつだと憤る人達を見て、勇者一行は良心が耐え切れずに逃げる様に移動する。

 

 向かう先は俺達のホームである大使館だ。大使に正式に助太刀を申請するそうだ。しかもあそこにはアルスさんという超戦力も居るので一緒に来てくれたらいいなぁと金髪の少女は言っていた。

 

「じゃあ私は教会に声掛けて人手集めて来るわ。合流場所はどこがいいかしら?」

 

「北門だ。魔獣が大森林から来るなら、そこが戦場になる」

 

「うーし、直ぐに戻るわ」

 

 門から出ると僧侶は戦闘の疲れも見せずに駆け出して行ってしまう。けれど三教が味方に付くのは頼もしい事だ。フィーネちゃんが歴史の勉強をしたいと顔を見せていたので知り合いになっていたのも大きいか。

 

「アヒャヒャ! 好きにしろとは言ったけど、門を破壊して騎士団と武力衝突したの? やだー見たかったわー。一緒に行けば良かった」

 

 そんなこんなで大使館に戻り報告をすると、大使は胃を抑えて丸み込み、王女は大爆笑していた。短い茶会だったが濃密な時間を過ごした俺達は、少しばかり休憩しようと椅子に腰を落とす。ヴァンなんてもう駄目だと長椅子に横になっていた。今も走り回っている僧侶は本当に底なしの体力である。

 

「……お」

 

 そして時は来た。テーブルのお茶が振動で波紋を生み出す。遅れガタゴトと地震の様な振動に剣士はすぐさまに飛び起き剣を手に取った。鳴り止まぬ警鐘。兵士の指示の元、避難に動く住人。シュトラオスなどの家畜も異変を感じ取ったのか、逃げ出そうと泣き喚き大合唱を初めてしまう。

 

「行きましょうか。勇者一行、出陣します」

 

 勇者の号令を受け、俺たちはガタリと無言で席より立ちあがる。「いってらっしゃーい」と呑気な王女の声に見送られた。

 

 

 

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