ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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263 ラメール防衛戦

 

 

 もはや街中は穏やかな日常とは程遠い景色になってしまっていた。

 響く警鐘に共鳴する様に駝鳥やロバが吠え立て狂う。路面の微かな揺れを更に揺るがすは人々の慌ただしい靴音。悲鳴交じりに安全地帯を求め、こちらも町の中心へと大移動を開始していた。

 

「うわっ!」

 

「大丈夫?」

 

 俺たちは人の流れに逆らい町壁へと歩を進めていると、走る男性にぶつかり転倒してしまった男の子の姿が見えた。勇者は男性を責めるでもなく転んだ男の子へと手を差し伸べる。

 

「一人かな。お父さんとお母さんは?」

 

「……どこだろう」

 

 フィーネちゃんの言葉で逸れた事を知ったのか、目頭にジワリと涙を浮かべ顔を皺くちゃにする子供。泣いちゃうかな。困ったな。そう思っていると、男の子の頭にすっと掌が乗った。ヴァンのものだった。

 

「おい、男がこのくらいで泣くんじゃねえ」

 

「……うん」

 

 男の子はズズリと鼻水を啜り上げるもギリギリで涙は決壊しなかった。そんなやりとりをしていると、その子の両親が駆け付けありがとうございますとペコリと頭を下げてきて。

 

「お姉ちゃん達は避難しないの?」

 

「うん。こんな騒ぎ、すぐに終わらせて来るからね」

 

 行こう。平穏に背を向けて危険に向かい、金髪の少女は再び歩き出す。俺はバイバイと親子に手を振り、頑張らなければいかんなと鉢巻を締めなおした。守るべきものを再確認した気分である。

 

「頑張ろうねイグニス!」

 

「いや、君はほどほどでいいぞ。やる気を出せばまた死にかけるに決まってるんだ」

 

「そんなぁ……」

 

(カカカ。まぁやばいと思ったら早めに儂と交代するのだな)

 

 門に近づくにつれ次第に人の姿が薄れていった。遂には無人になった街並みはなんとも物寂しく、せっかくなので広い通りを勇者一行の5人で横並びに歩いた。

 

 楽しくお喋りするなんて雰囲気でも無いのだけど、何か話題が欲しくて。「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」なんて冗談を口にする。ジグ以外は死亡フラグの常套句を知るはずもなく、「へぁ!?」と素っ頓狂な声を上げる。

 

 まぁ勇者にすぐに嘘だとばれるのだけど、空気読みましょうねと敬語で怒るフィーネちゃんは本当に怖かった。ぶっ殺すぞと直接的な殺意を向けてくるイグニスはもっと怖かった。

 

「お前さ、あんまり馬鹿な事言うのやめろな?」

 

「反省してます……」

 

 ヴァンに慰められながらトボトボ歩いていると、いよいよに北門に到着をした。普段は開かれている大きな門も今は当然とばかりに閉じられていて。フィーネちゃんは大使の書いた書状を掲げながらに門番に謳う。

 

「我らランデレシア王国の使者なり。勇者一行、微力なれど助太刀致す!」

 

「おお! 勇者様が来てくれたぞ! 開門! 開門~!!」

 

 パラリパラリとラッパに祝福されながら、ゴゴゴと重い音立て地獄の蓋が開く。

 外の景色を見る前にまず低重音が肌を揺らした。大地を揺るがす魔獣の足踏みの、その音色が届く距離まで来てしまったのだと実感をし。

 

「はは……。まじか」

 

 想像をしていた10倍くらい最悪な現実にもはや空笑いしか浮かばない。

 北に広がる緩やかな傾斜の草原。そこを埋め尽くす大小無数の魔獣の姿。その数は千を余裕で超えて万に至り。

 

 それでなくても魔獣は大きい傾向にある。通常でも2~3メートルの巨体なのに、中には倍以上の大型の姿も多数確認出来た。こうなると、動物というよりはまるで数万台の車やトラックが全速力で突っ込んでくる様にも見える。

 

「……まさか来て貰えるとは。あんな事の後に助力かたじけない」

 

「いえ、互いの信念に沿った結果でしょう」

 

 勇者を迎えに来たのは、先ほど茶会でライエンの背後に控えていた一人。ちょうどフィーネちゃんの剣を交えて居た男性だった。気にしてないと告げた勇者はどうすればいいか行動方針を確認する。

 

「そろそろ攻撃を開始する所だった。兵士の士気を上げる為に、一番槍を引き受けてくれないだろうか」

 

「承知しました」

 

 騎士団は町壁を守る様に薄く長く横に展開をしていた。その後ろには魔導士団も控えている。鼓舞をしたいという団長の言う通り、勇敢な騎士達もこれだけの魔獣の大群を前に顔色は悪いようだった。

 

「待った。マキナを初手で消費するのは不味いだろう。士気を上げるなら良い魔法があるさ。一番槍、貰い受けた」

 

 なるほど確かにとフィーネちゃんは身を引いた。戸惑う団長を他所に、赤髪の魔女はトレードマークの黒いとんがり帽子を深く被り、詠唱を開始する。

 

「【人よ何を思うて空を仰ぐ】【見えるのだろう。灼熱の牙、絶望の羽音、破壊の威】【天翔ける災いに許しも慈悲もありはしない】【その尾が過ぎ去る後には荒野のみ】【悔いる時間はもう過ぎた】」

 

 火炎竜王。エルツィオーネ此処にありと知らしめる秘伝の魔法。火炎で作り出した極大の竜は、翼を含め30メートル程にも至り。

 

「おお、なんという! 見ろお前ら、我らには勇者が――勇者一行がついているぞ!!」

 

「「「うおおーー!!」」」

 

 空を仰ぎし者達がみな吠えた。わざわざ竜を象る意味はと最初は思ったものだが、効果は絶大なのだ。味方を鼓舞し、敵に絶望を与える。それが火炎竜王という魔法なのである。

 

 そして大口を開けた火竜は一直線に魔獣の群れへと飛来していく。竜の牙に掛かろうものなら瞬時に燃え尽き、身体の炎に接触すれば悉くを焼き払い、翼の羽ばたきすらも火炎と熱を周囲にまき散らす。

 

「め、滅茶苦茶だわ」

 

 同じ魔法使いである雪女がその威力に慄く。集団を一直線に駆け抜けた竜は、謳い文句に偽りなし。尾の過ぎ去る後を焼け野原に変えて見せたのだ。この一撃だけで軽く数千体の魔獣を葬り去ったのではないか。

 

 景気づけには最高の大打撃。後に続けと、魔導士団からも各所で魔法の行使が始まる。

さながらに魔法の三段撃ちか。攻撃と詠唱を交互に行う事で、宙には常に魔法が飛び交っていた。

 

「よーし。マキナは使わなくても、ここは私も大きいの行っちゃうぞー。【破限・絶界】!!」

 

 勇者は聖剣クエント・デ・アダスを掲げると、水精ウィンデーネより賜った水の力を開放する。透明な刀身を青く輝かせたかと思えば、振り下ろした刃は遠くに雨をもたらした。当然ただの雨ではない。まるで幾億の矢を放った様に、水の刃が獣を濡らす。

 

「へえ、あれがウィンディーネの力ですか」

 

 隣で聞こえた声に、ええ凄いですよねと自然に相槌を打つ俺。そして喋り終わった後にアレ?と違和感に気づいた。

 

「アルスさん、なんで居るんですか?」

 

「いやですね。誰ですかアルスって。私はただの通りすがりの獅子仮面」

 

(カカカ。儂と似たような事をしておる)

 

 大使館でフィーネちゃんが誘った時は「王女の護衛があるから」と断っていた癖に、仮面舞踏会で使っていた被り物をしてまで参戦した白百合の騎士の姿があった。フィーネちゃんとヴァンもその存在に気付き、来ると思ったと心得顔を浮かべている。

 

「まぁいいじゃないですか。此処が崩れたら町も危ないですからね。さぁそろそろ騎士の出番ですよ」

 

「ハイ!」

 

「おっしゃあ、行ったるぜぇ!」

 

 元より作戦は魔法の広範囲攻撃で殲滅しつつ集団を散開させる。魔法の撃ち漏らしを騎士が仕留めるというものだった。少しでも数を減らすという意味では魔法の攻撃は非常に有効で、確かに先頭を走る魔獣はかなりばらけた様に思う。

 

「全隊進めー!! これ以上奴らを門に近づけさせるなー!!」

 

 応と。今度は騎士が獣の様に吠え立て駆け出した。俺たち前衛も同時に前に出るのだけど、黒剣を引き抜きながらに内心ちびりそうだ。

 

 魔獣の勢いが思った以上に衰えない。余程に恐ろしいものが後ろから来ているというのか、恐慌状態に陥った獣達は一心不乱に一歩でも前に逃げようとする。

 

 確かに数は減れども、数百以上の様々な魔獣が全速で向かってくるのである。まるで高速道路のど真ん中に立ち、走る車を全部止めろと言われた様な気分だ。どうすんだこれ。

 

 駆け出し、俺が最初に接敵したのはガゼルの様に尖った二本の角が生えた鹿だった。とりあえず止まれと剣を構えるのだけど、何せ相手はこちらを見ていない。

 

 敵でも獲物でもなく、ただの障害物程度にしか思われていないから、奴らを止めるにはこちらから全力でぶつかる必要があった。

 

 一瞬の交差であっと脇を抜かれる。振り向いて追おうにも鹿はすでに遠く。ごめんと前向けば、今度は三羽のシュトラオスの群れ。オラっと闘気を纏い横に一閃すれば、二羽を同時に仕留めるが、やはり全部は処理が追い付かない。

 

「仕留めようと思わなくていい、足を狙いなさい!」

 

 後ろで俺の撃ち漏らしをカバーしてくれていたアルスさんがアドバイスをくれた。周りを良く見ろと。

 

 フィーネちゃんやヴァンの様に一撃で仕留める猛者もいるが、それが出来るのは精鋭だけ。ならば新米はお荷物か。いやいや、集団の力を活かすのはそれこそ人間の得意技ではないか。

 

 槍などのリーチの長い獲物で突き、足止めをして後方が仕留める。しっかり役割分担をする事で立派に役目を果たしていた。

 

「なるほど、そういう事なら」

 

 俺も思い切り暴れてやろう。とりあえず斬って勢いを削ぐだけでも後方の役には立つのである。俺は闘気を解き、大活性で脚に魔力を纏う。纏鱗(てんりん)を覚えた今、迅足(じんそく)もかつて以上に速く鋭く地を蹴りつけた。

 

 通りすがりに水牛の後ろ脚を斬る。そのまま前進、河馬の腹に一撃。続けざまに蜥蜴の背を。さて次と思った時には豹の様な魔獣が目の前を駆け抜けて。

 

「ジグ、魔力!」

 

(そんな飛ばして後で疲れても知らんぞ)

 

 流し込まれる闇の魔力を指先に乗せ、魔銃で撃墜。気分はガンマンである。っふ。なお仕留め切れなかったようで、起き上がりをアルスさんに真っ二つにされていた。

 

 金髪金眼の騎士は如何にも興味深々と黒剣を見つめている。やばい、ヴァニタスも闘気も隠していたのに普通に披露してしまった。けれどそんな場合ではないと分かっているのか、剣鬼はただ戦場を俯瞰する様に眺めた。

 

「どうです、アルスさんから見て行けそうですか?」

 

「この数は不味いですね」

 

 意外と処理を出来ていたので、この調子ならばと俺は感じた。だけど歴戦の騎士はそれをやんわりと否定。疲労もなく魔力に余裕があるならば、最初は上手く行って当然なのだと。

 

「継続戦の怖さは消耗にあります。今は魔法で大規模に攻撃してますが、これは長く続きません」

 

 するとどうなる。瞳でそう問われ、俺は軽口を吐いた口をきゅっと結ぶ。魔法で倒してくれていた分が襲ってくる。今は安定している騎士もそうだ。疲労は必ずやって来る。戦場に立つ兵士も一人また一人と減っていくに違いない。

 

 スタンピードの終わりが見えない様では安心なんて出来るははずも無かったのだ。それが分かっているからアルスさんは俺のお守りみたいな事をして力を温存しているのだろう。

 

「っく!」

 

 少しして、それ見た事かと言わんばかりに魔法の援護は回数も出力も落ちてきた。仕方無い事だ。あのイグニスですら、大規模な魔法は日に数回が限度なのである。

 

 ならば今こそ騎士の踏ん張りどころ。増える魔獣の恐怖に足音に負けぬ様に戦士達は雄たけびを上げ剣を振るい始めた。

 

「駄目だ。ドンドン数が増えて来やがるぜオイ」

 

「本当だね。これじゃあとても魔力も体力も持たないよ」

 

 最前線で戦っていたヴァンとフィーネちゃんが俺たちと合流をした。遊撃をしていた彼らだが、集団の勢いが強すぎて個々では対処しきれなくなったのである。

 

 ぬぅあとヴァンが得意の高速移動で魔獣の足を撫で斬り、俺とフィーネちゃんでそれぞれ手負いの獣を仕留めた。アルスさんが連携がしっかりしてると褒めてくれるのだけど、当人は大型を一撃で屠っている。

 

「……部隊が下がり始めた。良い判断ですね。このまま騎士の前線が崩壊する前に後方の魔導士と協力するのでしょう」

 

 要するに最初の作戦をもう少し小規模で行うのだろう。勇者一行の様に前衛と後衛の小隊を組むのだ。今もまばらに魔法は飛んで来るのだが、一度意志を合わせると。

 

「でも、このままじゃジリ貧ですね。体力あるうちにもう少し押した方が?」

 

「やめなさい、フィーネ。終わりも見えないのに自棄になっては何も変えられませんよ」

 

 何かもう一手無いだろうか。押され始めた状況にそう考え始めたとき、それは遅れてやってきた。

 

「おっ」

 

 鳴りやんで久しい大規模な魔法が。いや、神聖術が魔獣の群れを吹き飛ばす。怪我で下がっていた戦士が戦線に復帰して、騎士に負けぬ勢いで獣を殴り飛ばす集団が戦列に参加する。

 

「ちょーっと遅れたけど、約束通り三柱教連れて来たわよー!」

 

「カノンさーん!!」

 

 勇者一行の僧侶が引く連れてきた三色の軍団。これこそが戦局を変える一手になるのか。ともあれ、僅かばかり好転したのは確かであり。

 

「このまま、行けるかな」

 

「行くしかねーだろうがよぉ」

 

 俺たちも周囲同様に後退しイグニス達と合流をする。勇者一行が勢ぞろいし勇気だけは100倍なのだけど、肝心のアルスさんは北の空を見つめながらポツリと一言漏らした。

 

「……どうですかね」

 

 彼女は一体何を感じているのか。ジグルベインも無言ながらに同様に同じ方角を眺めていて。

 

「おっ! なんでえなんでえ。意外と持ち堪えてんじゃねえかよぉ、人間共」

 

「んなっ!?」 

 

 次の瞬間、ガラガラと大きな音を立て町壁が崩壊した。

 

 

 

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