ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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264 一匹でも多く止めろ

 

 

 それは一瞬の出来事であった。

 騎士が魔導士が命を懸けて死守する壁が。草原と町を区切り、安全の象徴とも呼べる町壁が、今ガラガラと音を立て崩れ落ちた。

 

「なんで……!?」

 

 一体何が起きたのか。あまりに衝撃的な出来事に、迫る魔獣の大群さえも忘れ背後の崩壊していく壁に目を奪われた。

 

「あ、祭りと聞いて遊びに来たぜ! せっかくの馬鹿騒ぎにしけた面ぁしてんなよテメェ等。そうれ踊らにゃ損、損~!!」

 

 土埃の中、さも愉快気に手踊りつけて現れる影。190センチはありそうな偉丈夫で、灼ける炎を身に纏ったかのような赤銅色の肌。長い白鼠色の髪を揺らし、額からは自慢げに天に伸びる二本の角があり。

 

 赤鬼。まさに名を体で現した様な風貌の男。つまりは、それが全てであった。

 ライエンが匿っていたという魔王軍の幹部。このスタンピードを起こした張本人。よりにもよって今このタイミングでか!

 

「やられた。警戒していたのに、まさか空から来るとは」

 

 奥歯を噛みしめながら呟くアルスさんの言葉を聞いて、空?と頭上に目を向ける。そこには乱れ飛ぶ魔鳥の群れの外に一際大きな首の無い怪鳥が混じっていた。ジグルベインが魔獣を追いかけスタンピードを巻き起こしたと語っていたが、相手は律義に鬼ごっこをするではなく、空から群れを統制し追い立てていたという事か。

 

「キートー!!」

 

 そして怒りに狂いながら鬼の名を叫ぶ魔導士。遠目で判断はつかないが赤鬼の存在を知るならば彼もまたライエンの茶会に居た人物なのだろう。即座に展開される魔法陣。繰り出される風砲の一撃はイグニスの火炎槍にも劣らぬ威力がありそうだった。

 

 うねり狂う風の砲撃は草を跳ね除け大地を抉りながら鬼人へと走る。命中し炸裂すれば、ドカンと諸共に崩れた壁の破片を四散させて。しかし肝心のキトは風を手のひらで軽々に受け止め、煽る余波を涼しい顔で過ごす。

 

「何をしている! 土魔法を使えるものは壁の穴を埋めろ! 絶対に魔獣を通すな!」

 

 魔導士が叫ぶ。男の行動は怒りで盲目になったわけでなければ自棄でも無い。真っ先に脅威を認識し、行動を先んじた。俺を含め、壁の崩壊という異常に呆けた者は多いだろう。それが張り上げられた声により己が役目を思い出す。

 

「どうすんだフィーネ!」

 

「【赤鬼】は私達が」

 

「いえ、貴女達は魔獣を食い止めなさい。あちらは私が引き受けます!」

 

 アルスさんは気づけばもう隣に居なかった。勇者は若干にキレながら、目標は魔獣とターゲットを変更し、怒りをぶつける様に猿を叩き切る。

 

「すまんが私は壁の修理を優先するぞ、援護は暫く期待するな! スティーリア、君もだ!」

 

「ええ? 私、土魔法は使えないわよ」

 

「頭を使え、壁の代わりになれば氷魔法でも同じだろう!」

 

「そ、そうね!」

 

 魔女と雪女は魔獣に背を向け詠唱を始める。ちょうど合流した事が幸いしたか、ならば俺はこの二人を守ろう。ギアを再び闘気に上げて、迫りくる動物を片っ端から切り伏せていく。

 

 援護が無いと知りフィーネちゃんが魔剣技で範囲攻撃を引き受けてくれた。これは正直とても助かって、少しばらけさせでもしなければ、魔獣はそれこそ壁の様に密集して迫ってくるのである。

 

「カノンさんが教会の人を連れて来てくれて助かりましたよ」

 

「ええ。ギリギリ間に合ったという感じね。でも気を抜かないで、教会はフェヌア含めて戦闘が本職じゃないわ」

 

 喋りながも兎を蹴飛ばす僧侶を見てはそうは思えないのだけど、練度という意味ではやはり騎士に劣るか。神聖術という特殊技能あれど、やはり訓練を受けていない一般人。魔獣に怯える者、団体行動に慣れぬ者も見受けられる。それでもだ、猫の手も借りたい今に増員が頼もしくない訳が無かった。

 

(む、お前さん。マズイぞ)

 

「どうした!?」

 

 ジグルベインが話しかけてくるのだが、魔法の援護が少ない今は剣を振るうのにいっぱいいっぱいだった。だから目も切らずに報告だけを聞こうとして。

 

(あれ、壁が余計に崩れるんじゃないかのぅ)

 

「どうして!?」

 

 衝撃の言葉に思わずバッと振り向いてしまう。背後ではイグニスがマグマの様な燃え滾る赤い壁を出し、ティアがふざけるなと口調も荒く溶けかかった氷の壁を出し。その他、順調に穴の前に障害物を作っており。

 

 問題は赤鬼とアルスさんだった。高笑いを浮かべながら楽し気に拳を振るう鬼に対し、まさかの剣鬼が劣勢を強いられていて。

 

「そうか、正面から来なかったのは勇者対策か」

 

 アルスさんは鬼が壁を背負って戦っているせいで本気を出せないのである。魔法使いの作る壁は即興で作る急ごしらえだ。ティアの氷壁が宮殿で騎士に破られていたように、強力な魔力使いなら壊せてしまう。

 

 そもそも、アルスさんの本気で壊れない壁が作れるならば、スタンピードを食い止めるべくとっくに建造されているのであった。

 

(あ、ほら逝った)

 

 アルスさんが遠慮しようと赤鬼が遠慮なんてするはずもなく、両者の激しいぶつかり合いによりせっかく作った魔法の壁が紙が破れる様に砕けていく。ガンガンガンと遠くに居ても聞こえる衝撃音。ドカンと一際大きくぶつかれば、町壁に空いた穴の亀裂がビキビキと広がり。

 

「マズイマズイマズイ!」

 

「おい、何しに行ったんだあの人はよ!」

 

「違うよヴァン。あの鬼、師匠でもあそこまで力出さないと渡り合えないんだ」

 

 壁の決壊はアルスさんが原因となった。しかし遅かれ早かれなのだろう。あのキトという鬼が壁際で戦う以上、壁の崩壊は免れなかったはずだ。

 

「小型は無視しろ! 中型は一匹でも多く、そして大型は絶対に通すな!」

 

 騎士団長の判断は即決だった。壁の修復は不可。そしてもはや魔獣の侵入を防ぐのも厳しい。ならば被害を抑える方にと舵を取る。

 

「っく。英断だな。町には兵士やハンターも居る。被害を減らすにはそれしか無い」

 

 壁の修復を諦めたイグニスは早速に展開と叫び火炎槍をぶっ放していく。普段のキレの無いなんとか体を成しただけの魔法だ。初っ端に火炎竜王なんて大技を披露し、その後も散々魔法を使ってきた彼女。

 

 とっくに魔力は限界だろうに、それでも今やらなければと詠唱を口にして。俺はそうだねと魔女の意気を買う。ここに居る全員は町に市民に被害を出さない様に戦っているのである。

 

 身体は疲労困憊、腕は鉛の様に重い。魔獣との度重なる接触は全身を打ち付け、角や爪は容赦なく肌を抉った。だから、どうした。

 

「うおおおお!!」

 

「「「うおおおおーーー!!!」」」

 

 一匹でも多く止めろ、一歩でも町から遠ざけろ。身体が駄目でも魂燃やせ。

 人間は言葉も忘れ、魔獣よりも獣らしくに血を求める。頑張れ、もう少しだ。そんな言葉を出したいも、喉を通せば叫び声にしかならなくて。なので同じ叫び声が聞こえると、胸に勇気が湧いてくる。

 

「もう休んでていいぞぉーヴァーン!!」

 

「寝言は寝て言えボケー!!」

 

 斬って斬って斬り続け、何匹倒したとか、何匹逃したとか、もうそんな事に頭は回らず。

 叫び続け喉はカラカラで、もう本当に血でも飲みたいとか考えながら、それでも腕は刃を振るい。

 

「総員退避ー!! 下がれ、下がれー!!」

 

 だから、その言葉を聞いた時に、何を言っているのだコイツ等と思った。

 まだいっぱい魔獣は居るじゃないか。もっといっぱい斬らないとダメじゃないか。黒剣を握りしめ一歩踏み出すとポンと肩に手が置かれ。首を動かすのも怠く、眼だけを向ければカノンさんがフルフルと首を横に振っていた。

 

「見なさい、もう後続が無い。あれが最後尾よ」

 

「でも」

 

これにて幕引き(デウス)!」

 

 まるでもう大丈夫だとばかりに、勇者の声が響く。そしてそれを肯定するように、碧の瞳は強く頷いた。

 

悲劇の幕よ(エクス)!」

 

 フィーネちゃんの構える聖剣が虹色の魔力を吸収し、極彩色に輝き光柱を立てた。

 勇者の唇を震わせる声は気合か悲鳴か。霊脈の容量を超えなお迸る力は少女の身を内から焼き焦がしながらも、その行いこそが尊いのだとばかり刀身は太陽よりも眩しく発光して。

 

今終われ(マキナ)ーーー!!!」

 

 だだ広い草原。その最後尾が見えたとはいえ、埋めつくす魔獣の数はまだ途方も無かった。だが光の刃が振るわれたが最後、これにて一切合切に幕を引く。

 

 デウスエクスマキナ。魔王さえ焼き尽くす輝きは目の前に何も残さなかった。まるで風景に消しゴムでも当て擦ったかの様に、魔獣も草原も、背後の山をも吹き飛ばし、地平線を覗かせる。俺はポテリと地面に尻を付き、終わったのかと呟いた。

 

(言い辛いが、まだじゃ。むしろ悪化しとる)

 

 まだかー。

 

 

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