ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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265 まだ何も終わっちゃいないんだ

 

 

 視界が太陽を直視してしまったかの様な強く眩い光に白む。

 轟々と逆巻く風に煽られながら、俺は目を細めて光の行き征く先を見届けて。

 

「…………っ」

 

 ゴクリと息を呑んだ。勇者の極大の斬撃は振り落としたが最後、デウスエクスマキナの名に恥じぬ終焉をもたらしていたのだ。

 

 草原にはまだ荒れ狂う数千匹の魔獣が居た。だが、大地踏む鳴らす振動が、大気揺るがす荒息が。生命というものが、瞬きに消え失せ終わりを迎える。

 

 なんというご都合主義。さながら劇のクライマックスに尺が足りぬと強引に幕を下ろしてしまったかの様な、余りにも唐突な最期であった。

 

「――――――」

 

 静寂。スタンピードが終わったというのに、周囲はその光景に圧倒されて、或いは理解が未だ追い付かず。暫し誰もが無言になる。荒野の先頭には長い金髪を靡かせ聖剣を握る少女の姿。その背は後光を幻視するほどに神々しく、零れる溜息と共に安堵が生まれ。

 

「「「うおおおおーーー!!!」」」

 

 そして勝鬨と共に歓声が降り注ぐ。終わったのだ生き残ったのだ。どうして人は大きい感情の前にはただ吠える事しか出来ないのか。優れた教養を持つ騎士が魔導士が、獣に立ち向かう時と同じ言葉で、しかし確かな喜びの色に染めて声を張り上げた。

 

「終わったのか」

 

 俺は魔獣が消え失せ、遠く地平線を覗かせる大地を見ながらポテリと尻餅をついた。するとフィーネちゃんもフラリと足から崩れ落ちてしまう。俺はおっとと背中を受け止め、膝に寝かせた。ついでにお疲れ様と声を掛けて、乱れた髪を直してあげる。

 

 勇者の力を使う反動は一体どれだけのものなのか。これだけの超威力を誇ろうと、本質は過負荷。彼女は己の容量を超える魔力を捻り出せるに過ぎなくて。その痛みに耐えられるだけで。ならば、威力の高さはフィーネちゃんの抱える苦痛に比例する。

 

 まるで呪いの様な運命と力を行使する少女を、それでも恐れず剣降る勇者を。今はただ労りたかった。

 

「あ、ツカサくんだ……。えっと、ぐはっ、これはダメ。死んでしまう」

 

「フィーネちゃん死ぬなー!!」

 

 スタンピードを食い止め緊張の糸が切れたのか、勇者は満足気な顔でそっと瞳を閉じた。俺は死にゆく友を悔いる様に抱え込み涙した。馬鹿な事してるなとイグニスに頭を叩かれた。

 

 痛いなぁと振り向けば、そこには騎士団長が。いや、騎士団と魔導士団の全員が、地面に片膝を付き首を垂れていた。三教の皆さんは各流派の祈りを捧げている。

 

「ラメールを代表し感謝を言わせて貰いたい。勇者様、貴方のお陰でこの町は救われました。勇敢なる勇者一行に感謝を」

 

「状況はどうなっているんですか?」

 

 最大の功労者なのだからもう休んでいてくれ。そう言われフィーネちゃんはゆっくりと立ち上がると騎士団長に確認をする。

 

 アルスさんがキトを足止めしてくれているが、徐々に南下をしている事。このままではいずれ王宮に達するので上級騎士を応援に向かわせるそうだ。

 

 魔獣は町壁を越え数百体が侵入したが、ラメールの町は水路が引かれ構造が複雑である。なので思う程奥には入られていないらしい。ハンターギルドに声を掛け、もう戦える者全員で駆除するしかないだろうと。

 

(の、悪化しとるじゃろ)

 

 そうだねとジグに頷く。ピークは越えたが、俺たちが守りたかったのは壁ではなく、壁の中のかけがえのない平穏だ。今なお鬼と魔獣が進軍しているとあれば、とても休んでいる場合では無かった。

 

「しかし君らはもう限界だろう。やがて他の町からの増援も来るはずだ。それまで何とか持ち堪えれば」

 

 そう。スタンピードがあまりに急な出来事だった為に、俺たち以外の助力は無かった。彼らは在中戦力だけで対応し、見事に乗り切ったのだ。戦力差を鑑みるならばまさに英雄的な働き。十分に街を守ったと誇っていい。

 

 けれど、激戦だっただけに残った戦力はどうか。

 傷付いていない者は居ない。神聖術で怪我は治せど、もはや疲労は困憊。そして、何よりも数。

 

 魔獣は小型であろうと十二分に人を殺せる。そんな生物が数万から攻めてきて、正面からぶつかり合い、死者が出ないはずも無く。まぁなんだ。今は猫の手だって借りたいくらいに騎士団はもうボロボロなはずだった。

 

「もう休んでいてくれ、じゃないだろう! まだ何も終わっていないんだ。今戦わねば散った命が無駄になる。すまない一緒に死んでくれくらいの事が言えないのか!」

 

 激昂する勇者は俺たちを見た。縋る様な瞳に、俺は当然付いていくと頷く。少年剣士は剣で杖付く癖にまだ暴れたりないと強がって。僧侶はようしと気合を込めてポニーテールを結び直す。

 

 魔女は無言に深く帽子を被りこみ、雪女はまだ行けると空元気を見せる。俺たちは勇者一行。とっくに、フィーネ・エントエンデという少女に命を預けているのである。

 

「宣言通り、魔王軍なんて私がぶっ倒してやりますよ。貴方達は町と住民をお願いします。三大天【赤鬼】のキトは勇者一行が引き受けます」

 

「……!! すまない!!」

 

 男は目頭に涙を浮かべ、これ以上出るなとこめかみを抑えた。彼からすれば俺たちは部外者であり、この戦いに参加しただけでも驚きだった事だろう。何せライエンの指示とはいえ、暗殺を企んだ事があるほどだ。

 

 それでも勇者は一緒に死のうと言い放つ。私怨で争っている場合ではない。住人を守る為に戦わなければと、眩いばかりの正義を見せた。

 

 

 動ける騎士団が真っ先に町中へと掛けていく。壁を塞ぐのはダングス教、動けない団員の介護はマーレ教、僅かに門付近に残った魔獣はフェヌア教が請け負った。本当に三教を呼んでくれたカノンさんには感謝しかない。

 

 俺たちもまた赤鬼を追い街中へ進むが、状況は思ったより良く無さそうだ。町に侵入した魔獣を狙い、魔鳥まで下に降りて来ていた。なんというか至る所で怪獣大決戦が行われている。

 

「ああ、うぜえな鳥め。おいイグニス撃ち落とせよ!」

 

「やだ。余計な事に魔力を使えるか。それに共食いして減る分にはいいじゃないか」

 

 最初に魔導士団が空は迎撃していたはずだが、やはり数が多すぎたのだろう。魔力温存の為か、今は守る範囲を貴族街にまで狭めているようだった。恐らくそこが一般人の避難している、言わば最終防衛ラインと言ったとこか。

 

「うっ。それにしても凄い衝撃ね。まだ遠いのにここまで響くわ。これじゃあ町なんてあっという間に壊れてしまうわよ」

 

「そうねー。正直アルス様が戦ったらあっさり勝っちゃうんじゃないかと思ったけど、そう甘くも無いみたいね」

 

「街中だからね。本気出せる赤鬼と町を守りながら戦う師匠じゃ流石に分が悪いよ。私もここじゃマキナは打てないし」

 

 水路がやたらに波立ち、津波のように逆流するのはアルスさんの仕業か。恐らく水を緩衝材とし戦っているのだろうと、被害を出さない方法に四苦八苦しているのを感じる。

 

 キトが壁を背にして現れたのもそういう意図なのだろう。本人が祭りだと言っていた様に、本気の殺し合いではなく市民が混乱するのを楽しんでいる節すら見える。

 

 証拠に、破壊の後が少ないのだ。いや、多いのだけど。町を滅茶苦茶にしてやるというほど手当たり次第ではなく、アルスさんを狙ったらうっかり壊してしまったというような爪痕ばかりなのである。

 

「あら、貴女たちこっちに来てしまったのですか」

 

「おうおう、なんでえ勇者じゃねえか。歓迎するぜい。最初はこの女が勇者かと思ったもんだが、いや噂名高きデウスエクスマキナ、確かに拝見した!」

 

(なんじゃ楽しそうじゃのう)

 

 橋の欄干に器用に立ち剣を構える白百合の騎士。どこぞの家の柱をもぎ取ったのか、巨大な石柱を構える赤鬼。

 

 見ようによっては牛若と弁慶の五条橋の戦い似て。しかし決定的な違いがあれば、弁慶が強すぎる。

 

 ぬぇいと一撃、石柱が欄干の端から端を粉微塵に粉砕する。身軽な騎士はぴょんと宙に避けて鋭い突きを披露。風纏う一閃はさながらに圧縮された台風か。風圧が波生み橋を崩すが、鬼は何するものぞと力任せに風圧を突破して。あのアルスさんの攻撃を事もなくやり過ごした。

 

「ふう。やはり飛び道具じゃ傷もつきませんか」

 

「そうだな、このくらいじゃ足りねえよ。アンタまだまだ本気を隠してるんだろう、出したらどうだい。ええ?」

 

「出せないから困ってるんですけどねぇ。本気でやりたいなら場所変えません?」

 

「はっはは。嫌なこった。俺はちっとばかし宮殿とやらに用があるんでい。そっちの都合なんか知らねえよ。止められるもんなら止めてみろってんだ」

 

 いつか赤鬼の様な事を言いながら、カンラカンラと高笑うキト。そして奴はヒョイと建物の屋根に飛び上がると「勇者も来たことだし、面白えもん見せてやるよ」と懐から何かを取り出し、町にばら撒いた。

 

「何を撒いたんだ? 羽?」

 

(あれは……!!)

 

 キラキラと水晶の様な輝きを持ちながらも、羽の様にひらひらと舞う大量のソレ。

 一番最初の変化はスィーとやってきた魔鳥が咥えた事で起こる。グエーグエーと苦しみ悶える姿に毒でも盛ったのかと思ったが、やがてメキメキと変形をしながら、大きくなっていくのである。

 

「マズイ! 羽を回収しろ、魔獣に触れさせるな! あれは、進化をしている!!」

 

 イグニスの悲鳴じみた叫びに答える様にキトは言った。

 

「面白いだろ。超純度の魔力結晶。こいつは天使の羽だ」

 

 

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