ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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266 よそ見をするな

 

 

 高い純度を誇る魔力の塊がばら撒かれる。天使の羽。キラキラと美しい輝きを放つそれはフワリフワリと風に舞い、夕焼けの空に少し早い天の川を作り出し。そしてラメールの町を阿鼻叫喚の地獄に叩き落した。

 

「ふっざけんなー!!」

 

 魔力の過剰摂取による魔獣の強制進化。そんな事があり得るのかと疑問に思うが、現に目の前では3メートル程度の猛禽類が5メートルを超える怪鳥へと姿を変える。温厚な河馬がサイの様な角と鎧を纏い猛る。大人しいロバが火を吹き出しながら走り狂う。

 

 俺の視界だけでも町の家畜が野生を思い出したかのように暴れだした。これがスタンピードの最中の荒れ狂う魔獣に届いたらとゾッとして。既に遅いと至る所でガラガラと建物の崩れる音や騎士達の悲鳴にも似た咆哮が耳に届き始める。

 

 赤鬼は破壊の音色と絶叫を背に、高見より俺たちを見下ろす。そしてさも愉快げに両腕を広げ高笑った。

 

「フハハハ!賑やかになったなおい。それじゃあ、遅れましたがご挨拶と行こうかねぇ!生まれは魔大陸が竜哭谷。【軍勢】の親分に預かるは【三大天】の大看板。背負いし号は【赤鬼】と申しまし。あ、鬼の中の鬼。鬼人族のキトたぁ俺のこと!以後お見知りおきを、ってなぁ!」

 

(ん、竜哭谷? 紅ちゃんの里か)

 

「イグニス、どうなってんだこれ!」

 

 俺は頭上で声張る鬼を無視して魔女に詰め寄る。いくらなんでも魔獣を進化させるなんて代物はヤバすぎるだろう。

 

 魔獣は単純に大きくなるだけのものもいるが、それでも体格に合う体重と筋力を獲得する。更にはゴブリンクイーンの様に“生む”事や、軍馬の様に“速さ”に特化するもの。白氷熊の様に魔力の属性を帯びる奴も見た。どれも一筋縄では行かない生物だった。

 

 撒かれた羽の枚数は目測だが40枚前後で。町中にそれだけの数の大型魔獣が溢れては騎士団以外に手に負えず。まして今の疲弊しきった騎士団では対処出来るかどうか。

 

「どうもこうも無い。魔力を送って魔獣の強制進化なんて聞いたこともない。だが、それが可能なほどにあの羽は純粋で高い魔力を持っているって事だ」

 

 普段は蘊蓄(うんちく)の長いイグニスがこの時ばかりは長話もせずにただ止めろと吠え立てた。切迫した空気を感じ取り、羽の1枚でも多く回収しなければと、足に力を込めて。

 

「ツカサくん。余所見をしないで」

 

 勇者はこの惨状でありながら瞬きもせずキトから目を外さない。狼狽えれば奴の思う壺だから。違う。町に居るどの魔獣よりも、この男の方が余程に危険だからと判断したから。

 

 俺はシエルさんが一瞬の隙を付きイグニスを刺した事を脳裏に掠め、ガリと下唇を噛み締めながら剣を構えた。

 

「おう、それでいい。町の事は騎士団に任せたんだ。俺たちはこっちに集中すんぞ」

 

「すまん。俺が馬鹿だったわ」

 

「ちっ。それが最善か」

 

 ヴァンに珍しく正論を言われ俺もイグニスも黙った。二兎追うものは一兎得ず。スタンピードで力を果たした俺たちに他所を心配する余力なんてものはもう無くて。けれど、戦うと決めたから此処にいるのではないか。ならば役目だけは果たさなければなるまい。

 

「【赤鬼】のキト、来い! お前の相手はこの勇者一行だ!!」

 

「ハハ! いいねぇ、ガキ共がいっちょ前に戦士の面してやがる」

 

「っ!?」

 

 フィーネちゃんが此処で止めると宣言すれば、言うが早いか地面がドシリと揺れた。地震、当然違う。視線を下に向ければ真っ赤な巨体が伏せた姿がそこにある。今建物の上に居たというのに何という速さだ。

 

「「ぬぁああ!!」」

 

 俺とヴァンの反応はほぼ同時。こちとらスタンピードのお陰で身体はとっくに戦闘モードだ。開始の合図なんて無かろうと、意識が接敵を理解した瞬間に首元めがけ黒剣を振り下ろしていた。

 

 それはヴァンとて同様か。相手が着地し、地面から顔を上げるまでの時間に三つの刃が赤鬼を捉える。しかし鬼の肌に鋼が鳴らした音はまさかのゴキン。全力の一振りは何食わぬ自然体に拒まれた。

 

 超合金製かよコイツ。俺はふんがと両手で黒剣を押し込むが切っ先は微動だにせず、ヴァンは二刀で連撃を繰り出すも空虚しく刃が唸り。

 

「洒落臭せぇ!!」

 

 キトが起き上がり際、邪魔だとでも言いたげに両腕を振るう。大振りな一撃だ。そんなもの食らうかと背を逸らし腕を躱した。

 

「……!!」

 

 拳は見えなかった。ただビタビタと空気が顔を殴りつけ、衝撃でドカンと背後の家が崩れる。直撃していたら顔が吹き飛んでも気づかないかもしれない。ふざけんな。俺に新しい顔は無いんだぞ。

 

「これが三大天、とんでもないわね!」

 

 剣士二人の攻撃をものともしない赤鬼にカノンさんが前に出る。キトは余裕か、避ける素振りすらも見せずに腹で僧侶の剛拳を受け止めた。ドシンと、会心の手応えを伝える衝撃音。されど巨大樹すらも揺るがした拳は、人間大の鬼一人を止められない。

 

 ヒタリヒタリと、ゆっくりと勇者との間合いを詰める赤鬼。その距離およそ2メートル。互いに二人の世界に入ったかの様に見つめ合い。

 

 俺たち前衛は理解はした。これは一刀一足の間合い。あの鬼、俺たちを無視してフィーネちゃんに本気を見せろと誘っていやがるのだ。ヴァンではないが舐めんじゃねえと三人は渾身の一撃を放つ。

 

 魔力滾る黒い刃は剥き出しの腹に一筋の赤い線を。風放つ二刀は切れぬまでも両肩にメコリと刃筋を。側頭部にぶつかる豪快な回し蹴りは僅か半歩のたたらを踏ます。

 

「よそ見してんじゃねーぞゴラァ!?」

 

「てめえなんぞに勇者の相手なんか100年早えんだボケがぁ!!」

 

「おうおう、元気が良い坊主共だぜ。とくにそっちの黒髪。テメェ、俺を斬ったな。刃物も上物、しかも天魔の技を使うと来たか。面白れぇ!!」

 

 ギョロリと鋭い視線が俺を向く。俺は歯を剥き出し、精一杯に威嚇しながら掛かって来いやと啖呵を切った。興味を引けたか鬼面が愉悦にニイと頬を釣り上げると、「キト」と凛とした声が鬼に正面を向かせる。

 

「悪りい悪りい。つい浮気をしそうになっちまったぜ」

 

 フィーネちゃんはせっかく逸らした視線を己に向けさせるが、果たして彼女はまだ剣を振れるのか。怪我してない者、消耗してない者は誰も居ない。それでもフィーネちゃんの消耗は誰よりも大きいはずだった。

 

 何せ全力で勇者の力を振るった後なのだ。今のコンディションは戦闘どころか立っているのも辛いはずで。

 

「なら、私に釘付けにしてあげます」

 

 【破限・絶界】そう呟いた勇者から青い魔力が溢れ出し、収束していった。

 ああ、そうさ。身体はとっくに限界なのだろう。しかしやせ我慢こそは勇者の真骨頂。加減知らずに込められる魔力は何処までも上がり大気を震わし水面を揺らす。

 

 聖剣の色すら青く染め抜く水精の魔力。赤鬼は邪魔は無粋と言わんばかりにフィーネちゃんの集中力が最高頂に高まるのを待った。なんという緊張感。最初こそキトを止めようとした俺だが、気付けば二人の気のぶつけ合いに固唾を飲んでいる。

 

「うぁああああ!!」

 

「うるぁああ!!」

 

 ここに来て鬼は初めて遊びでは無く攻撃を繰り出す。大きな手を熊手にし、鋭い爪が天を引き裂く様に振り落とされた。纏うは熱と炎か。赤い四つの線が空気にハッキリと軌跡を残し勇者へ向かう。

 

 立ち向かうのは青の一閃。振り上げられた聖剣は鬼爪の速さを上回り、しかし何も斬らずに天を向く。空振り。違う。気付けば俺の目の前には巨大な壁がそそり立っていた。

 

「ああ、せっかく私は町を壊さない様に立ち回っていたのに」 

 

 勇者の後ろに控えるアルスさんの間抜けなボヤキが聞こえる。横から見れば確かに巨大な水壁。しかし正面から見れば、これは巨大な斬撃なのだ。振るわれる水の刃は路面に深々と一本線を引きながら数百メートルを進む。

 

 終わった。そう思うのは早計だ。フィーネちゃんの一撃は立ち塞がるもの全てを断ち切る勢いであるが、本当に断ち切ったのであれば地面には両断された死体が転がる。水の噴出と共にキトの姿が消えたという事は、吹き飛んだという事は、斬れなかった証明に他ならない。

 

「ヒュー! 良いじゃねえかよお前ら。ちゃんと俺の敵が出来てるぜ」

 

 斬れて崩れ落ちた建物の中から当然とばかりに起き上ってくるキト。だが、右肩から腹にかけて水の刃はここにも線を引いた。それはクッキリと、奴の赤肌よりなお赤い鮮血をまき散らせる程に。

 

「師匠。すみませんが、ちょっと邪魔しないでくれますか。アレは私達が超えないといけない壁なんです」

 

「気持ちは分かりますがね……。いえ、では私は魔獣を処理して来ましょう。すぐに戻ります」

 

「ありがとうございます」

 

 タンっと一跳ねで建物を超えていくアルスさんの背にフィーネちゃんは優しく微笑みかけた。町の危機。国の一大事。そんな時に我儘を聞いて貰えたのが嬉しかったのだろう。

 

「さあ、やろう皆。鬼退治の時間です」

 

(んー。これはあれか。儂も邪魔だな)

 

「そうだね。ごめんよジグ。これはきっと俺が勇者一行として乗り切らなきゃいけなんだと思う」

 

 頼もしき仲間達と顔を見合わせながら剣を強く握りこむ。怖い鬼が今度は敵意を剥き出し、笑いながらにやって来る。

 

 

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