ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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270 今は違う

 

 

 ヒュウと隙間風が水路に波を立てながら駆け抜けた。町の建物は絶妙なバランスで倒壊を免れていたのか、それだけの衝撃で家がガラガラと音を鳴らし瓦礫に変わる。

 

 よくぞまぁ暴れたものだ。赤鬼と勇者一行との戦闘は、その激しさを物語る様にラメールという都市の一角を荒れ地にしてしまっていた。それも今までの話。勇者一行は敗北をした。魔王軍幹部という超暴力を前に、とうとう誰もが膝を折った。

 

「ごめんな、みんな」

 

 一緒に死ねなくてごめん。覚悟が無くてごめん。俺は今の状況を涙が出る程に後悔をする。勇者一行は死地に挑んだ。フィーネちゃんは俺達に死んでくれと言って、誰もが仕方ないと首を縦に振ったのだ。

 

 スタンピードで傷付き疲れ果てた後だと言うのに、言い訳一つせずに戦った戦士達の覚悟を俺は土足で踏みにじってしまった。

 

「俺は勇者一行、ツカサ・サガミだ。掛かって来やがれ三大天!」

 

 だからこそ、俺はコイツに立ち向かわなければならない。勇者一行全員で挑みながらも返り討ちに合う化け物だが、一分一秒でも長くここで足止めをしよう。そして彼女らの命を繋ぐのだ。

 

「んー。いや、こっちも用事があるから逃げるなら追いはしねえんだが。そういう訳にも行かねえんだろ坊主」

 

「当たり前だ。何の為に勇者が命を張ったと思ってる。お前をこれ以上進ませねえ為だろ」

 

「悪いよ、野暮だった。覚悟を決めた奴を無視しちゃいかんわな。お前の名は俺が覚えておいてやるから、ここで死んでけやツカサ!!」

 

 ゴウと振られる鬼の右腕。その暴力たるや、まさに破壊の権化か。ただ振るうという猿にでも出来る原始的な攻撃で、しかしあらゆる技術をねじ伏せた剛腕だった。

 

「っおおお」

 

 大砲かくやという速さと威力の一撃を辛うじて躱す。最初は目で追うことすら困難な速さだったが今は違う。身体強化に光の魔力を混ぜ込んだのである。

 

 加速する魔力は僅かながらに神経の反応速度を高め、眼球の動きから脳の出す指令まで全ての動きの質を上げた。今の俺はイ●テル入ってる。

 

 ヴァンのパクリだった。最初はアイツが絶界の属性変化を応用し、魔力による動作の質の向上に目を付けていたのだ。馬鹿だけど、剣にだけは真面目な奴なんだよ。悔しいよなお前。

 

「ジーグ!! 【黒に潰れろ】ー!!」

 

 腕を躱し懐に潜り込む。赤鬼の腹には未だ残る僧侶の拳跡。それを目印に最大威力の魔銃を叩き込む。あまりに闇の魔力が多すぎて射程はほぼ0。ならばこれは魔拳とでも名付けようか。

 

 お見事でしたよカノンさん。勇者の力に成りたいと壊す為に身に着けた技。貴方は後ろで控えているようで、いつも俺達を引っ張ってくれる、みんなのお姉ちゃんだ。だから俺もフィーネちゃんの力になりたいって真剣に考える事が出来た。

 

「あの女の真似か。効かねえなぁ」

 

 黒い閃光を受け微動だにしない赤鬼。そりゃああの一撃で倒れない奴がこのくらいで倒れるはずもないか。

 

 お返しとばかりに今度は左の拳が飛んで来る。不味いとは思うも今は打ち終わり。前方に体重を掛けているせいで後退をするには時間が掛かり過ぎた。

 

「効か……ねぇえなぁ!!」

 

 奴の左拳は俺の右頬を捉えた。まるで小枝でも折る様に頬骨を砕き、身体を数メートル先まで転がされる。

 

 けれども俺はフラリと立ち上がる。そういえば纏鱗(てんりん)はフィーネちゃんから教えられた彼女の得意技の一つだったか。この戦いの前までは闘気との両立は出来なかったのだけど、気付けば当然とばかりに魔力で身を固めていた。

 

 それでもこの様かと、ガクガクと揺れる脚を見て思う。

 俺達は四人だったから辛うじてキトと渡り会えていた。それもあるが、微妙に違う。攻撃の殆どは勇者が引き受けてくれていたんだ。

 

 水の盾を緩衝材に挟んだり、弾いたり、受け止めたり。フィーネちゃんは攻守共に俺達の要だった。まったく、凄い子だ。こんな重い攻撃をたった一人でずうっと捌ききっていたなんて。君はいつもいつも一人で背負いすぎなんだよ。

 

 だから。生きてて欲しいな。

 鼓膜に焼き付く彼女の叫び声。頬に掛かった熱い血潮。もう勇者とかどうでもよく、純粋に親友の身を案じ。倒れるわけにはいかぬと剣で杖をついて身を起こす。

 

「どうした! そんなへなちょこパンチじゃ、俺は殺せねえぞぉ!!」

 

「そいつは失礼したよ」

 

「うげっ、うごっぉおお。ぼげぇええ」

 

 腹に拳が突き刺さる。もう吐き出す中身は無いと思ったが、胃には血でも溜まっていたか破裂したか。口から噴水の様に熱い液体が噴き出す。そして左腕に蹴り。これで仕留めるつもりか過去最大級の衝撃は腕からアバラから骨という骨を砕いた。

 

 まるで軟体生物になってしまったかの様に身体が原型を留めてくれない。はて、てめぇスライムかと罵倒された事もあったような。でもご安心をイラール先生。まだ、脚はあります。

 

「……ははは」

 

「なんだぁ狂いやがったか? 死ぬなら死ね、こっちだって弱い者虐めは好きじゃねえんだぞ」

 

「いや、昔を思い出してた。そうだ、ちょうどお前の妹にもボコボコにされたなと思ってよ」

 

 そう、俺はそのせいで必死になって駆け回る羽目になったっけ。状況はよく似てる。あの時も相手は溢れる魔獣に赤鬼にだった。俺は我武者羅で。状況も理解せずただ止めねばと空回り。今になればイグニスもそりゃ怒るなと反省をするばかりだ。

 

 誰かが言った、蛮勇もまた勇と。けれども今は違うぞ。

 誇りがある。覚悟がある。背負う物がある。ならば不退転の決意を持って勇気を示そう。

 

「もう一度言うぜ。暴力を、見せてやんよ」

 

「……おう、来なよツカサ」

 

 闘気は出力を上げすぎると身体が壊れるが、今立って居るのも闘気のお陰だった。霊脈を通す身体強化と違い、肉体に直接魔力負荷を掛け無理やりに稼働しているのだ。なるほど闘気。この力は心に闘志が宿る限り俺に力をくれるらしい。

 

(お、闘気が深化したのう)

 

 闘気と纏いの二重掛け。纏鱗(てんりん)が使えるという事は、それが可能という事で。闘気で掛かる肉体負荷を身体強化で補強する。そうすれば闘気で更なる出力を出す事が出来る。

 

 結局俺にはコレが一番合っているのだろう。ヴァンは剣士に、カノンさんは僧侶に、フィーネちゃんは勇者。皆が己の進むべく道を行くのなら、俺の行き着く先は魔王(ジグルベイン)に他ならない。

 

「うぉぉおおお!!」

 

 邪魔だどけ。俺の前に立つんじゃない。超暴力に抗うべく繰り出す超暴力。闘気纏う黒剣はバリバリと魔力を迸せながら鬼の頭頂を目掛け、天を落とす勢いで振り落とされて。

 

 カラン。決死の一撃がもたらした成果はそんな音だけだった。しかし、鬼の象徴である二本角。その内の一本を切り落とされた鬼人は、それは壮絶な。怒りとも笑顔とも取れる表情で俺を睨みつける。

 

「すまねえ、受けるつもりが迫力に負けて一歩引いちまった。お前がとんでもなく恐ろしい物に見えた気がしたのさ」

 

 じゃあこっちも最後くらいは本気で行こうか。赤鬼はフンと力むと、角を除き、勇者一行が残した傷跡の殆どがジュウと消えていく。残ったのはフィーネちゃんが最後に放った

刃とカノンさんの拳の痕くらいしか無い。

 

「……は?」

 

「いや、ライエンに大人しくしてると約束したもんでね。俺も遊びに本気は出さねえと決めていたのよ。今までの俺は活性までしか使ってない。あの世で誇りなツカサ。お前は三大天に本気を出させた男だい」

 

「はぁ!?」

 

 まるで今までの行い全てが茶番だと言わんばかりではないか。これには流石に心が折れたというか、勝てる訳が無かったのだなと膝を付く。せめて痛くしないでねと空笑いを浮かべ、振り被られる鬼の拳を眺めていて。

 

「おっと、まだ諦めるのは早いんじゃないですか」

 

「なぁにぃ!?」

 

 今度こそ全力の全開で放たれたキトの拳が一本の剣に防がれる。その衝撃だけでまるで竜巻同士がぶつかり合う様な激しい気流が生まれ、水路がザパザパと荒れ狂った。

 

「よくやりましね、勇者一行。貴方たちが【赤鬼】を足止めしていたお陰で危険性のある魔獣の駆除はほぼ完了しました。ラメールの都市は無事息を吹き返したと言えるでしょう」

 

「アルスざ~ん!!」

 

 その背中のなんと頼もしき事。そして俺達の行いは無駄では無かったのだと知り、不覚にも涙がボロボロと溢れ出てきた。

 

 

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