ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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271 獣三匹

 

 

「ツカサくん、生きて……ますよね? 一応回復薬は持っているのですが、もう何処にどう使えばいいのやら。戦場なら見込みなしで見捨てますよこれ」

 

「酷いぃ生きてますよぅ」

 

 アルスさんは懐から金属の筒を取り出すと、これでいいのだろうかとおっかなびっくり胸元に液体を垂らしてくれた。

 

 胸は骨に守られているだけあり心臓や肺などの重要器官が多い。骨折などには適切な処置をしなければいけないとイグニスから聞いた覚えはあるのだが、生命措置を優先したという事か。おかげで呼吸が楽になったような、なってないような。

 

「ごめんなさい。俺たちは負けました。フィーネちゃんも重体で、今はイグニスが運んでいます」

 

「その様ですね。でも大丈夫、私がここで鬼を止めればあの子の目的は達せられます」

 

 だから安心してお休み。金髪金眼の騎士はそう優しい声で語りかけてきた。まるで死にゆく者を看取る様な態度だと思い、実際半分は諦められているのかもと考える。

 

 きっと今の俺は酷い顔色をしているのではないか。それこそ騎士には死相と見えるくらいの。

 

 寒いのだ。とてもとても寒い。さっきまでの戦いの熱さが嘘だったかの様に体は熱を失い、真冬の空に下にいるように寒さに震えた。心が安心を覚え、アドレナリンで忘れていた異常を思い出したのだろう。

 

 どこもかしこもエラーエラー。傷という傷が痛みを訴えかけてきて、機能不全になった臓器のせいか激しい頭痛に眩暈に吐き気。まるで借金取りがツケを払えと一斉に押し掛けて来た気分である。

 

「でも、良かった」

 

 アルスさんにならば全部を任せてしまっても問題無いだろう。フィーネちゃんとて意地になり魔王軍の幹部と戦っていた訳ではない。むしろ逆だ。彼女は責任感としてキトの足止めを買って出たのである。

 

 仮に騎士団がキトの対応に当たっていたら。アルスさんが進化した魔獣に対応していなかったら。結果論ではあるが、こんなに早く持ち直す事は出来なかったのではないか。

 

(これこれ、何を往生しそうな顔しちょるか。魔力を急いで回せ、儂が治療を受けられる場所まで行けばまだ間に合うかもしれん)

 

 立ち上がりキトに向かうアルスさんと入れ替わる様にジグルベインが顔を見せてきた。ああ、そうか。俺にはまだ交代という裏技があったのだ。勇者一行として戦いたいと、それこそ意地を張っていたのですっかり忘れてしまっていた。

 

(カカカ。それでこそ戦士よ。むしろ儂に頼ったら叱っておった。お前さんの戦いじゃものな)

 

 けれども勝敗は決し生き延びた。ならばもう頼れ。ジグルベインはそう言いながら、早く早くと急かしてくる。

 

 俺は少し待ってくれよと、苦痛に顔を歪めながら魔力を使おうと霊脈を意識した。先程まで湯水の様にバシャバシャと使っていたのにと言うか。使っていたからと言うか。こちらも当然の様に破損していて流れがよく分からないのだ。

 

「ぬぅお!?」

 

「あ、しまった。ええい誰かツカサくんを回収に来ないものか。このままだといつか巻き込みそうですね」

 

 突然の強風に煽られ身体がゴロゴロと転がった。いよいよに剣鬼も周りを配慮する余裕が消え失せてきたのである。なにせ手加減しながらあの強さだったキトが本気で暴れだしたのだ。

 

 キトが拳を振るえばズドンと町が揺れ、炎熱を巻き散らしながら衝撃波に貫かれた建物が軒並み崩壊していく。アルスさんが剣を一振りすれば町がズルリと斬れて、後追う猛風が纏めて薙ぎ払っていく。周囲の被害はもう大怪獣が暴れているかの如くである。

 

 マズイ。このままでは冗談抜きで巻き込まれる。気分は怪獣映画で救助を待つモブだった。しかしだ。二人の激しい争いは俺に一つの奇跡をもたらしたらしい。

 

「なあジグ。お前さ、例えばそこに無敵になれるスターが降ってきたら取る?」

 

(……お前さん何考えとるん?)

 

 俺は見つけてしまったのである。波に煽られながら水路にプカプカと浮かぶ物体を。

 キトのばら撒いた天使の羽。あれ一枚に魔獣を進化させてしまうほどの濃い魔力(・・)が込められていて。キトと戦えるだけの魔力さえあれば、うちの魔王様は絶対に負けないという確信があり。

 

「うがー!!」

 

(なにしとるんじゃ、この重傷者が!?)

 

 降って湧いた強化アイテムを逃すまじと、もう地面を転がりながら水路に飛び込んだ。

ボシャンと水に落ちてからこの身体では泳げないと気付くのだけど、必死に藻掻きなんとか羽を咥える事に成功する。

 

 やったぜと思うのも束の間。はて、このアイテムどう使えばいいのか。ゴポゴポと水底へ落ちながら自分の犯した大失態を知った。あ、やっべ。これやっべ。もはやなんとしてもジグと交代せねば。

 

 さもなければ戦いで散った男ではなく、水に飛び込み勝手に溺死した間抜け野郎の来上がりだった。

 

 ええ、そこで閃きましたとも。俺の目の前で進化した魔鳥は空中でパクリと羽を啄んだのだ。ならばと俺も真似をして羽を口に含みバリボリと噛み砕いてみた。

 

(こらー! 落ちてるもの口に入れちゃいかんって赤子の時に教えたろうがー!? もう、ぺっしなさいぺっ!)

 

「ば、ごべばばいばぶ(あ、これやばいやつ)」

 

 その衝撃をなんと例えよう。落雷にあい体内を大電流が駆け巡る様な。はたまた霊脈に津波が起きて自身をまるっと押し流す様な。ともあれ、爆発的に弾ける魔力はジグのように優しく注ぎ込むではなく、それこそ溺死するかと思うくらいの勢いで霊脈を暴れまわった。

 

 魔獣が進化した理由が分かった気がする。この苦しさに抵抗するように藻掻き。そして壁を超えるだけのエネルギーがあり。獣は魔力を受け入れられる自分へと歩を進めたのではないか。

 

 しかし俺は人間。進化は出来ない。許容量を超え流れ込む魔力は致命の毒となり内から身体が弾けていく。果たして俺は怪我で死ぬのか、溺死で死ぬのか。それとも霊脈が破裂し死ぬのか。

 

 なんと言うか浮かぶ選択肢全てがバッドエンドに直行している様だ。俺はこれがゲームだったらクソゲーと投げ捨てる事だろう。だが捨てる神あれば拾う魔王あり。お前馬鹿なのと呆れつつも俺を救済すべく羽と同等の魔力を注ぎ込んでくれた。魂が反転をする。

 

「お前さんはなんだか、三歳児のときより見ててハラハラする様になってしもうたな」

 

(ごっめーん。でも無事に代われたし結果オーライじゃない?)

 

「カカカ。一理ある。命あればなんでもいいわな!」

 

 水にプカプカと浮かぶジグは体のキレを確認する様に手を握っては開いた。無茶をしただけあり普段よりは魔力を渡せたと思う。羽の力はどれほどかと問えば、少し悩みながら5ツカサ分くらいと答えてくれた。

 

(え、思ったより微妙……)

 

「阿呆。これはただの羽1枚だぞ。翼になればどうなると思うか」

 

 仮に多く見積もり一翼50枚だとしたら250ツカサ。そして翼は対であるもので。背に2翼をはためかせる存在があればそれだけで俺500人分の魔力を保有している事になるのであった。わぁまるで俺が虫けらのようだぁ。

 

「であろう。これはちと出所を鬼子に問い詰めねばならぬか。しかしのう、あの戦いに儂が混じっていいものやら」

 

(あれ、やる気無い感じ? まぁ判断はジグに任せるけど)

 

 陸に這い上がり犬の様にブルブルと水分を飛ばすジグは、ドンガラガッシャンと町を積み木の様に崩す怪獣達の戦いを眺める。

 

 珍しく戦う気が無いのだなと思っていると俺の為らしい。ジグが出力を上げて戦えば後で反動は全部俺に来るからと。死因が自分になる事だけは避けたい様だった。毎度毎度壊れる俺を見て彼女なりに思う事があるのだろう。

 

「が、そうもいかんか。すまん見つかってしもた」

 

 ジグルベインがヒョイと屈むと、頭上を特大の風の刃が通り過ぎた。その風量や果てしなく、濡れていた服の水分もすべてを吹き飛ばして行った。背後でズズンと町が崩壊していく音色を聞きながら、魔王は虚無へと手を伸ばし、ゾルゾルと黒い愛剣を引き抜く。

 

「ああ、今日はなんて素敵な日でしょう。このアルス、ずっとずっとあの夜の続きをする事だけを考えていたのですよ獣殿」

 

 だから死ね。金髪で金眼の騎士は、瞳に緑を光らせながらスチャリと剣を腰だめに構える。その姿、まるで風の支配者。天がうねり、駆ける疾風がピュウピュウと町を鳴らした。

 

「なんでいなんでい。ここは化け物の巣か!? 人間の国も怖いもんだねぇ。いいぜ、纏めて掛かってこいやぁ!! ハッハッハ!!」

 

 ほら死ね。楽し気に長い髪を振り乱す1本角の赤鬼。羽衣の様に炎を纏い、両の拳に熱溜めて。水の都が赤に塗りつぶされる。まるで俺の居る場所が地獄の一丁目と言わんばかりに炎が赤く燃え上がった。

 

「鬼に逢ては鬼を斬る。騎士に逢うては騎士も斬る。勇者だろうとぶった斬る。魔王の理此処にありってな。出会っちまったら仕方ないわな、カカカのカ!」

 

 みんな死ね。混沌の王は白銀の髪を揺らしながら、剣鬼と悪鬼に刃を向けた。

 

 

 

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