ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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272 儂の名は

 

 

 キンと甲高い音と共に街が切り裂かれる。道路に水路に建物に、まるで三次元を二次元に落とし込んだかの様に、立体的な街に果てしなく直線の落書きが施された。

 

「気が早い奴じゃ、カカカ」

 

 ジグルベインが鬱陶し気に身を傾げれば、次の瞬間には線を境に何もかもがズルリと両断され、爆ぜる。

 

 建物の上に陣取るアルスさんが剣を振ったのだ。恐らくは刃の細さにまで圧縮された超高圧の風か。魔剣技とは極めればここまで凶悪になるのだと、ヴァンの風刃とは威力も範囲も桁違いな一振りを披露した。

 

「獣殿。今は遊んでいる余裕がありませんので、疾くその首叩き落してあげます」

 

「お構いなく~と言っても無駄か。儂的にはそっちの鬼に用があるんじゃがなぁ」

 

「おっと、俺を構ってくれるのかい。嬉しいねぇ!」

 

 タンと大きく跳躍した鬼人は空中でサンドバックでも殴る様に腕を乱打した。すると三メートルはありそうな岩炎の拳が生成されて。いや、違う。順序が逆か。あの野郎は作り出した燃える岩を、その腕力を持って殴り飛ばしているのである。

 

 それはさながら隕石だ。宇宙空間から飛来したと言っても信じるくらいの圧倒的速度の岩が、それも無数。雨の様に降り注いでは地表を薙ぎ払う。

 

「【黒き野望は今潰える。しょせん届かぬ陽炎よ、水面の月に飛び込み沈め】【破滅の因果に晒されようと、まかり通るが王道ならば、虹を追いかけ崖底へ】【天に吠える者よ。汝の理想は穢れた手では届くまい】」

 

 そんな爆撃に晒されながら魔王は魔法の詠唱をした。これは小鬼の群れを潰した魔法だろう。あの時は俺の魔力が少ない為に未完成に終わったが、あれから成長し、天使の羽というブーストアイテムまで使った今、それは本来の威力を示す。

 

 ジグがクイと左腕を持ち上げれば炎岩が宙に止まった。いや、それだけではない。地面から生える透明な下顎が獲物を食卓に運ぶ様に、鬼や白百合の騎士を含め、周囲を牙で貫きながら持ち上げる。

 

空牙栄絶(くうがえいぜつ)

 

 振り落とされる右腕。落ちる上顎。巨大なアギトが上から下からと牙を突き立て、獲物を咬合した。隕石はメキメキと音立て砕け散り、炎が虚しく火の粉に舞う。けれども岩などより余程に頑丈な者達は血だらけになりながらも空の牙より生還を果たし。

 

「ウフフ。なんて楽しいのでしょう、終わらせるのが勿体無いですね」

 

「ハッハッハ。とんでもねぇ奴らだ。遊びじゃ済まねえかこりゃあ」

 

「カカカ。お前ら頭が高いんじゃい。まずは平伏せい」

 

(うわぁ、町無くなっちゃうんじゃねこれ)

 

 俺はジグの中で三人の圧倒的な戦闘能力に慄く。本気のキトを倒すならばこのレベルで無ければいけなかったのだ。まだ挨拶程度の攻防なのに勇者一行ではあまりに早かったステージなのだと実感をした。

 

「おい、鬼。お前に二つばかり聞きたい事がある」

 

「応、なんだい姐さん。俺も出来たら名前くらいは聞きてえなぁ」

 

「獣殿の名前、私も知りたいですね!」

 

 そんな和やかな会話と共に行われる高速戦闘。彼らの脚力と身体能力をすれば、もはや踏みしめるは大地だけに留まらず、跳ね回るスーパーボールの様に建物の壁をも舞台に切り結んだ。

 

 執拗にジグを狙うアルスさん、キトを狙うジグ。会話の邪魔だとアルスさんを狙うキト。図らずも三竦みが出来上がり、三つ巴の戦いは硬直を見せる。

 

「一つ、天使の羽を何故お前が持っていた」

 

「ああ、あれか。うちに攻め込んできた奴からモイダだけだ。俺も聞きてえんだがよ」

 

 ジグルベインがアルスさんの斬撃を避けながらキトへ黒剣を振るう。キトは斬れるものなら斬ってみろとばかりに相打ち覚悟の攻撃をしようとして。ヴァニタスが肌に届く前にコレはヤバいと回避をした。

 

 勘の通りに黒剣は事もなく鬼の肩口を切り裂く。一瞬判断が遅れれば真っ二つになっていた事だろう。

 

「それだよ、闘気法! 日に二人も使い手を見るとは驚いたが、翼の無い天魔。親父から聞いた事があるぜ。これは偶然なのかい」

 

「ほう、親父か。二つ目はちょうどそれよ。竜も泣いて逃げ出す竜哭谷。そこの首領だった紅角(べにつの)のオルグは元気か?」

 

 答えを聞く気があるのやら。ジグはキトの拳をヒョイと避けると、背中を足蹴にして建物の屋根へと跳躍をした。蹴られたキトが向かう先にはアルスさんが自分とも遊べと剣を振りかぶっていて。三つ巴の怖いところ、即興コンビネーションである。

 

「なんだとう!?」

 

「あーらら」

 

 ズドンと直撃する剣鬼の太刀。まるで空が落ちてきたと言わんばかりの豪快な一撃だった。宙から地面に叩きつけられるキト。しかし攻撃はそれで終わらず、荒れ狂う風の奔流が鬼を地中へと押し込んだ。

 

「ぬぅあああああ~!?」

 

 初めて聞こえる鬼の悲鳴。それもそうだろう。縦に底見えぬ大穴がガポリと出来て、穴から吹き返す風が穴を崩すのか大地が飲まれ陥没をしていく。低くなった地面にはやがて水路の水が流れ込み、まるで地獄の大穴が開いた様な光景だった。

 

「死にましたかね。そうしたら獣殿に専念出来るのですが」

 

「カカカ。そりゃフラグじゃな」

 

(いや、でもこれは……)

 

 流石に死んだのではないか。願望を込めて成り行きを見守ると、チカリと穴底で何かが光った。次の瞬間にはアルスさんが身体をくの字に曲げ、空高く打ち上げられる。

 

 犯人は言わずと知れた赤鬼である。羽衣の様に纏っていた炎をジェットの様に噴出し、その推進力で穴を脱出すると共に攻撃をしたのだ。

 

「おお、痛え。オルグは俺の親父だ。もう死んじまったがなぁ!」

 

「あ、マジかぁ。会えば喧嘩ばかりだったが、良い飲み友じゃったのに。時の流れは残酷よな」

 

 炎で浮いていたキトがストンと屋根に足を付けると、空から落下してきたアルスさんも同じ屋根に着地をする。血を吹いたのか口元をべったりと赤くしているが、唇は不敵な弧を描いた。

 

 こっちは質問に答えたぜと詰められ、ジグルベインは黒剣を肩に担ぐと鬼と騎士相手に見得を切った。

 

「姓は無く、もはや号も無し。でありゃ名前なんぞに価値は無いが、知りたいというなら聞かせましょう。時に甘々お姉ちゃん。時に厳しい母親で。しかしてその実態はボケも突っ込みもこなす名相棒、ジグである。お前らは恐れ敬いジグ様と呼ぶがよい。カカカ」

 

「ジグだぁ? ジグルベインの間違いだろう」

 

「絶対偽名じゃないですか。つれないですねぇ獣殿は」

 

 そんな事言ってて首落としても知らないよと、アルスさんは怪我の後でも一切速度を落とさず突っ込んできた。ジグは騎士の鋭い攻撃を受け止めるも、衝撃までは殺せずに大きく後ろに飛ばされる。

 

 追い打ちを掛ける様に鬼が飛んで来て。顔面に放たれる蹴りを首を捻り避ければ、代わりに建物が犠牲になり吹き飛んだ。カランと鐘がしたという事はもしや教会だっただろうか。

 

「ちょっと邪魔しないでくださいよ」

 

「てやんでい、邪魔は手前よ」

 

 ジグを仕留めるのは俺だ私だと言わんばかりに二人はいがみ合い、じゃあ先に死ねと爪と刃を交わらせる。魔王様は両方邪魔だと黒剣を走らせて。

 

(おいジグ。アルスさんは味方だぞ!?)

 

「あいつがそうは思うとらんわ!!」

 

 とうとうヴァニタスがアルスさんの胸を貫いた。しかし騎士は剣を持つジグの手を上から握りしめ。婚約指輪を受け取った女子の様に幸せそうな顔をする。

 

「ああ、この高揚感溜まりませんね。貴方になら殺されてもいいのですが、ごめんなさい。今は死んであげられないんですよ」

 

 だからお前が死ね。剣が振るわれるも腕を抑えられたジグルベインは避ける事も出来なかった。首に刃が食い込んで、辛うじてアルスさんの腕を捕らえ込み、これ以上は斬らせないと抵抗する。

 

「カカカ。想像以上の強さだったぞアルス。今の儂どころか、三大天にも引けを取らぬ見事な騎士ぶりであったわ」

 

 どちらが先に命を食い破るのか。血を噴き出しながら、渾身の力比べと我慢比べ。この場合はどちらを流石と言うべきだろう。片や超活性に至る騎士。片や闘気だけで張り合う魔王。

 

 軍配はアルスさんにあるようで、彼女は眉を悲しげに寄せながらも徐々に徐々に魔王の首を落とすべく刃を進める。そんな騎士の背後にぬぅと立ち塞がるのは一本角の赤鬼。二人仲良く貫いてやるぜと鋭い爪を揃えて貫手を放った。

 

「撃て、撃てー!!」

 

「これは……」

 

 そんな掛け声と共にキトが吹き飛んだ。土魔法だろうか。巨大な杭の様な岩に押し飛ばされたのである。鬼が攻撃された事で一瞬意識を逸らしたアルスさん。ジグはその一瞬の隙を付き、騎士を蹴り飛ばした。

 

「ご無事ですか、アルス殿ー!?」

 

「ええ。ですがそうですか、気付けばこんな所まで」

 

「おうおう、なんとまぁ」

 

 ジグが何が起こったのか知る為に視線を動かし、俺もやっと事態を理解する事が出来る。

 騎士団と魔導師団がズラリと揃い、此度の諸悪の根源、赤鬼のキトを討つべく立ち塞がったのである。

 

(やばい、な)

 

 騎士団が腰を上げたのは魔獣の討伐が終わったからだけでは無い。誰もこの規模の戦闘を見て何とか出来るなんて思いあがりはしないだろう。それでも彼らは立ち上がるしか無かった。

 

 遠目にだが、高い壁が見え始めてしまった。貴族街。その中は避難をしている一般市民が居る場所であり、言わばラメール防衛線で絶対死守しなければならない最終ラインなのだ。

 

 

 

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