ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
鬼との戦いが終わり一夜が明けた。
被害は大きい。人間共はその後もまあ忙しそうに駆け回っておったが、そんな事は儂の知る所では無かった。
別にいい。町が壊れようが何人死のうが興味が無い。儂が戦ったのはツカサが守って欲しいと求めたから、ただそれだけじゃもの。それよりも。
(お前さん、はよ起きい)
今は治療も済み、大使館にある自室のベッドに寝かされているが、ツカサはあれからまだ目を覚ましていなかった。
ああ、嫌だ。何が魔王だ混沌だ。霊体に戻ってしまえばこの身はかくも無力であり、頭を撫でる事さえ叶わない。綺麗な寝顔を見守る事しか出来ないのである。
その代わり、という訳でもないが。イグニスは本当に良くやってくれた。元の怪我に加え交代していた反動まで負ったツカサはそれはもう悲惨な姿だったのだ。目玉とか内臓とか骨とか出ちゃいけないものが色々はみ出しておって、流石にこりゃ死んだかと覚悟をしたもの。
あの状態で治療に間に合うまで延命してくれただけでもありがたいし、王女と勇者一行の名前を使いマーレ教の司教を呼びつけ神聖術を施させてくれた。お陰で外見は傷一つ残らないほど完璧に癒されている。
それだけでなく、自身もスタンピードを戦いぬいた疲労があろうに、朝方に寝落ちするまでツカサの手を握り言葉を掛け続けていた。己が無力な分もあり、労いの言葉一つくらいは与えてやりたい心境だった。
(どっちが原因かのう……)
体力は衰えているが肉体的にはもう問題無いとイグニスは言っていた。何が原因だと首を捻る赤髪の女だったが、儂にはちと心当たりがあった。
伝えられなかったがツカサは天使の羽を食べているのだ。その保有する魔力はツカサの扱える量のざっと5倍。加え、交代をするにあたり儂も同じ量を流し込んでいる。
つまりツカサには通常時の10倍の魔力が流れているのである。阿保め。負荷に耐えられる勇者じゃあるまいし、そりゃ死ぬわ。霊脈は破裂し脳が焼き切れていてもおかしくは無かった。
(もっともその魔力があるから、なんとか三大天とも戦えたのだが。破限だけでなく溢れる魂まで使わされたからな)
闘気法の秘奥、溢れる魂。肉体は完全に魔力で満たされた時、肉の枷を超え純魔力化に至る。天使族長年の悲願であり闘気法とは肉体の超越を目指す訓練法なのだ。
やっと闘気を覚えただけのツカサには、どう考えても負荷が大きすぎる状態だった。いや、負荷という分には今の儂にも持て余す力だと言えるだろう。
おもむろに両腕を見た。今でこそヒビは消えたが霊体に戻っても暫くは腕に痕が残り痛みを訴えおった。肉体を超越するからこその超出力。現身の無い儂が使えば魂が直接負荷を負うという事か。
(カカカ、ざまぁ無いの。しかし朗報でもある。この魂を燃やし尽くせば数秒程度だろうが一度くらいは全力を扱えそうだ。ツカサがこのまま戦いに身を投じるなら、いつかは役に立つだろうさ)
守ってやるからな。眠るツカサの額にそっと手を運ぶ。熱も感触も伝えぬ体が本当に恨めしい瞬間であった。
◆
暫くしコンコンと扉がノックされる。返事が無いと分かるや、ギイと控えめに扉は開かれて。隙間から覗く顔が中の様子を伺い、ツカサがまだ眠っている事を確認すると紫髪のメイドが部屋に入って来る。
「やはり、まだお目覚めでは無いのですね……」
確かツカサがドジ子と呼んでいた女だ。仮面舞踏会の夜にスパイであると判明した女だが、ツカサが王女に懇願した事もあり大使館での仕事はクビにならなかったらしい。
「私だけでなくシュバール国の大恩人をお世話する機会。頑張らねば!」
(うむ。良きに計らえ)
部屋の掃除に来たのだろう。ムンと気合を入れた女はバンと窓を開きテキパキと動き始めた。こう、意外ではあるが長年の積み重ねを感じる無駄の無い動きである。コイツちゃんと仕事出来たんじゃの。
隅から隅まであっという間に掃除されていく部屋。そして洗濯物の回収を始め、そうだとツカサの布団を剥ぎ取った。
「お召し物を交換して、お身体もお清めしましょうね」
ツカサの服は血まみれだったので前開きの寝間着に着替えさせられている。紐を解けば手早く半裸にされ、キュッキュと磨かれていく上半身。そしてゴクリと息を呑んだ女は、覚悟を決めズボンに手を掛けて。
「きゃー!?」
(ドジ子ー、貴様ー!!)
勢い余ってパンツまでずり下ろしおった。それだけならまだしも、転倒して股間に肘打ちを落としていた。今の衝撃でも起きないのかと思うが、起きていれば過去の事例から鶏を絞め殺した様な切ない悲鳴が響いていた事だろう。
「う、うう。申し訳ございません。大丈夫よね、潰れてないわよね?」
(ツカサが男の子じゃなくなったらぶっ殺すぞ)
ドジ子は半泣きになりながら清拭の延長として無事を確かめる様にモミモミと怪我させた部位を濡布で撫でた。何とか2個とも潰れてはいなかった様だ。だが同時にツカサの男の子が元気だよと主張をし始めてしまった。機能も問題無いらしい。ううむご立派。
「~~っ!? ふ、拭きやすくなったわわわね」
(ポジティーブ!)
まるでこのくらいのドジを気にしていたら生きていけないぜとばかりに女は強がった。しかしあまりの威圧感を放つツカサを前に手を出す事を躊躇っていると、再びコンコンと扉を叩く音が。
この様子を見られるのはマズイと思ったのだろう。バッと振り返ったドジ子は、訪問者を部屋に入れるのを防ぐべく素早く駆け出した。
(その前にパンツ、パンツを上げてけ阿呆!!)
「は、はい。その、只今ツカサ様のお身体をお拭きしている最中でして、申し訳無いのですがもう少しお時間を……」
誰かがツカサに面会にでも来たのだろう。ドジ子は下半身剥き出しのツカサをチラチラと見ながら、今だけは駄目なのと全力で入室を拒否している。
「あ、ツカサくんのお世話なら手伝いますよ。いえ、手伝わせてください」
だが抵抗空しく押し入られた様だ。そこには自身も大怪我をしていた為、昨日はまだ大使館に戻って来ていなかった勇者の姿があった。
メイドから何かしらの嘘や悪意を感じたのだろう。ツカサは無事かとやや強引に突破を果たした金髪の少女は部屋の惨状を見て固まった。ドジ子は違うのですと言い訳をしながら両手で顔を覆う。
「に……」
(に?)
「にゃーー!?」
何でと言おうとしたのだろうが言葉にならず、耳を劈く悲鳴が上がった。それから勇者は顔を真っ赤にしたまま素直に廊下に出てメイドが作業を終えるのを待っていた。
「お、お待たせ致しましたわ。何かお飲み物でも持って参りましょうか?」
「だ、大丈夫です。お構いなく」
ぎこちない会話を交わし、勇者はメイドと入れ替わる様に部屋に足を踏み入れる。ツカサの傍に来る前に手にした白い花を花瓶に差し、コトリと枕元に飾った。
「ツカサくん、ごめんねは言わないよ。だから、ありがとう」
儂はそんな少女を冷めた目で見る。ツカサは犠牲を良しとしなかったが、この女はこういう結果も覚悟済みなのだ。命を預かる責任。剣を振るう責任。勇者はちゃんと全てを背負い、ここに立っていた。
(失うのが怖いのは、お前が弱いのが悪い)
だが少女は他人に弱さを知られたく無いからこそ一人で部屋を訪れたのだろう。人目が無いからとツカサの胸に覆いかぶさり、声を押し殺し大粒の涙を溢す。それは悔しさか。悲しみか。怒りか。恐怖か。
「うぅう……うぁあ。うわぁあああん」
(やれやれ)
ブーメランであったか。儂は、ただただ自分の無力を嘆きながら特等席で演奏会を聴くことになった。