ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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277 閑話 ジグルベインは見た2

 

 

 窓の外に目を向けて見れば青々とした秋晴れの空が広がっていた。ああ、良い天気じゃ。もはや日の温かさも風の冷たさも感じぬ身だが、やはり晴れ空というのは気持ちも明るくするものである。

 

 だというのに、こう。背後では心を急速に曇らせ、何なら土砂降りの雨を降らせる様な光景が繰り広げられていた。

 

 最初はツカサの身を案じ泣き出す勇者に遠慮して顔を逸らしていたのだ。しかし「うぅ」と泣き綴る声がやがて「うへへ」と薄ら笑う不気味な声に変わり、おやとその異変に気付く。

 

「はぁはぁ、くんかくんか。ああ、私いまツカサくんに抱き着いてるー」

 

(勇者よ。儂は魔王として情けなくてしょうがないぞ)

 

 金髪の少女はツカサに覆い被さる様に抱き着き、腹に頬擦りをしながら胸元を撫で回していた。その表情のなんてだらしのない事。目をトロンと蕩けさせ、緩む口元は涎を垂らしかねないほどだった。

 

「寝てる人間に何処までしていいんだろう。手繋ぎ……添い寝……く、口付け行っちゃう?」

 

(いけませんいけません! お客様、お触りはご遠慮ください!)

 

 しかし儂の声は届かない。勇者は靴を脱ぎいそいそと布団に潜り込んだ。そしてえへへと満足顔でとった姿勢は腕枕である。ツカサの脇にすっぽりと収まり、まるで発情した猫の様に頭を擦り付けてマーキングしていた。こいつ死ねばよかったのにと思わず毒が出る。

 

 そんな発情猫をピタリと現実に引き戻したのは、たった一本の細長い物体だった。赤い髪の毛。昨晩遅くまで付き添ったイグニスの物だ。メイドはシーツまでは変えられなかったので残ってしまったのだろう。

 

「なんでイグニスの髪がこんなところに?」

 

(あやつはお前と違ってちゃんと看病しておったわい)

 

 他の女の影を見て冷めたのか勇者は赤い髪を摘みながら布団から這い出た。もう今日の事は忘れてやるから早く帰って欲しい。だが残念、まだ居座るようだ。今の事を思い出として書き出すつもりか、懐からメモ帳らしき物を取り出し部屋備え付けのペンとインクを用意しだした。

 

「こういうのは鮮度が劣化する前に書き残さないとね。はぁもう最近日記というよりただの好き好きツカサくん帳だよぉ」

 

(好き好きツカサくん帳!?)

 

 なんだその黒歴史の塊の様な物体は。儂はもはや興味が勝り、ニコニコとペンを走らせる勇者の背後に回り込んだ。

 

(ぶっふぅ!! カカカ、カカカのカぁ! いかん、笑いが止まらんぞこれ)

 

 フィーネ・サガミと嫁入り後の名前をしたためて見たり、『嗚呼、誰にも優しく微笑む貴方、その眩しさを独り占めにしたい』等と謎ポエムが沢山書かれていたり。好き好き好きと1ページ好きだけで埋め尽くされていたり。

 

(……え?)

 

 何処かに閉じ込めてしまいたい。誰にも傷つけさせたくない。私だけを見て欲しい。そんな文字の羅列を見つけてしまい、ふと顔を上げる。そこには光無い瞳でウフフと感情のままに筆を走らせる少女の姿があった。

 

 その後勇者は日記をパタンと閉じて、こんなの誰かに見られたら殺すしかないなと呟いた。何かとてつもない闇を垣間見た心地だった。

 

「さて、そろそろ……あ、でも折角ツカサくんの部屋に居るんだし何か持って帰れないかな」

 

 儂はもう突っ込む気力も残って居なかった。少女は結局私物を漁るのは気が引けたのか、そうだ枕ならばと自身の部屋から秒で枕を持ってきて交換をしていた。そして幸せそうに枕に顔を埋め部屋を出て行った。誰か鍵掛けてくれ。

 

 

「入るぞー」

 

(帰れ)

 

 気持ちとは通じぬもので、勇者が帰り暫くして今度は剣士と魔法使いの二人がやって来た。アホ勇者と違いツカサの傍に座った二人の表情は通夜にでも参加しているかのように暗いものだった。

 

「早く起きろよテメェ。こっちは言いてえ文句が沢山あんだぞ」

 

「凄いわよねツーくんは。たった一人であの三大天に挑んで、時間を稼いで、角まで切ったって。それに引き換え、私は何も出来なかったのだわ……」

 

 何故こんなに暗いのかと思えば、こいつ等は後悔組なのだ。剣士は体力が底つき戦線が崩壊した原因であり、魔法使いに至ってはビビッて動けもしなかったのだった。だが何がどうあっても結果は変わらなかっただろうと思わなくもない。

 

 剣士でなければ僧侶が。僧侶でなければツカサが。必ず誰かがやられ、そこから崩れていたはずである。結果だけをみれば何もしなかった魔法使いは体力を温存する事になり逃走の鍵になったとも言えた。

 

「俺たちは先にシエルに会ってるからな。でも、あの森の底でもう逃げねえって。戦って死ぬって覚悟をしたのに、このあり様だ」

 

「ヴァンくん達も立派だったじゃない。私はちゃんと覚えているわ、ヴァンくんも、フィーネも、カノンも。みんな本当に立派に戦っていた」

 

(イチャイチャするなら他所でやってくださーい)

 

 笑えよとでも言わんばかりの自虐的な笑みを浮かべる剣士を女が抱きしめた。互い抱き合い慰め合う二人。負け犬同士で見っともないことこの上ないが、救いなのはまだ牙が折れていない事か。

 

「だから、まだ死ぬんじゃねえぞツカサ。お前はもう勇者一行なんだからよ、今度は一緒に勝つか、一緒に死のう」

 

 本来は全滅し、得る事の出来なかった明日。そこに生きる者としての気構えを持っていた。次は勝つと三大天の戦力を味わった上で吐く大言。

 

 良い。青臭いガキ共ではあるがそういう所は嫌いではない。悔しをバネにするのも反省を次に生かすのも生者の特権だ。

 

「ええ。私も貴方に怒られて目が醒めたのだわ。もう迷わないから、また一緒に戦う機会を頂戴」

 

(なんと)

 

 水色の少女から迸る青い魔力に儂は目を剥いた。それは間違いなく水精の祝福だったのだ。そうか、あの時だ。勇者が加護を得た時に魔力は雨として降り注いだのである。水の適正が強いこの女は知らず影響を受けていて、今ようやく認められたのだろう。

 

「これは……ウィンデーネの力?」

 

「おい、まじかよ。やっぱりティアはすげーんだって!」

 

(イチャイチャするなら他所でやってくださーい)

 

 剣士に抱き着かれ、凄い凄いともてはやされる魔法使い。顔を真っ赤にしながらも満更でもないのか、すまし顔を作り喜んでいる。

 

「恥ずかしい話だけど、ありがたいわ。私はどうイグニスに追いつけばいいのか、ずっと悲観していた所だったから」

 

「イグニス? 比べる様なもんでも無いだろ。アイツ炎しか使えねーんだし」

 

「いいえ。あの子、驚く事に回復魔法を完成させていたの。みんなの命があるのはツーくんの頑張りとイグニスの魔法のおかげよ」

 

 凄さが分からないのかピンと来ない様子の若竹髪のガキに魔法使いは諭す様に言う。そんな魔法は在り得ないのだと。まぁ普通はそうだわなと陰ながらに同意した。

 

「だってそうでしょう。人には魔力の色があるじゃない。誰にでも効くには、回復薬の様に無色の魔力でなければならないの」

 

「ああ、そうか。すると万能じゃないのか」

 

「そうかしら。ツーくんは光属性。フィーネは風に火が強いし、カノンは水は少なくとも持ってそうよね」

 

 それに適合する魔力をイグニスは作り出している。そう言われてポカンとする剣士。直視したくない現実に直面したのだろう。だってあの赤いのはどんな時でも炎で解決しようとするし、何なら回復魔法すら炎だものな。

 

「待てよ、じゃあイグニスの奴は属性変化を幾つ使えるんだ」

 

「頭が痛いわよね。一つで初級、二つで中級、三つで上級。四つ扱えれば四大元素使い(エレメンタルマスター)と呼ばれ王宮魔導士に誘われるほど」

 

 だが、更には上の領域もある。四大元素に加え闇と光の二属性を極めし者。無に至れる者。人はそれを賢者と呼ぶのであったか。ドヤ顔を浮かべるエルツィオーネのくそ爺の顔が浮かび殴り飛ばした。

 

「あの子はきっと賢者の領域に足を踏み入れている」

 

「!? で、でもアイツ、火しか使わねーぞ!?」

 

「それは私に言われても困るのだわ」

 

 あくまで推測だし詳しい事は本人に聞かないと分からないという魔法使いの少女。新しい力を得たにも関わらず、気持ちの重さを表す様に肩の位置が下がっていった。今回の件は余程精神に来たのか、二人は終始互いに励ましあいながら部屋を後にする。

 

「来たわよーツカサー!!」

 

「こらカノン。静かにしなさい」

 

 扉が吹き飛ぶのではないかという勢いで開け放たれる。やっと静かになるかと思いきや間も無くフェヌアの小娘とイグニスがやって来た。

 

「おい、なんでまず服を脱がす」

 

「せっかく来たんだし汗でも拭いてあげようかと」

 

「どうみても誰かが拭いた後じゃないか!」

 

「ちぇー」

 

 はよ帰ってくれんかなー。

 

 

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