ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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282 負けではないのさ

 

 

 勇者側からの話というのを大方聞き終えた。纏めれば俺が起きなかったので色々延期している行事があるよと言ったところか。

 

 勇者一行の表彰やら新王の発表、それに伴う特異点の破壊とスケジュールは中々に濃いそうだ。ウンザリとするのを表情から察したか、フィーネちゃんはクスリと笑いながら大丈夫だよと微笑んだ。

 

「今はラメールの町もドタバタしてるから焦る必要は無いと思う。とりあえずレオーネ殿下にも目覚めた事は伝えるけど、体調を戻すくらいの時間は貰えるはずだよ」

 

「そっか、すぐにじゃないんだね。それ聞いて少しだけ安心したよ」

 

 ほっとしたのも束の間。さてこちらの話はしたぞと魔女が顔面に黒い笑みを浮かべながら、今度は君の番だと詰め寄って来た。良くない顔だ。もう長い付き合いだから分かるが、あれは内心にマグマの様に熱くドロリとした感情を抱え込んでいる時の表情なのである。

 

「是非ともツカサの活躍を聞きたいなぁ。生きていたから良いとはいえ、一体どんな無茶をしたらあんな体になるんだ、ええ?」

 

「そろそろ起きてるのが辛くなってきたから、その話はまた後で」

 

 体調不良を理由にごめんあそばせとベッドにフィードアウトしようとしたのだが、隣に座るカノンさんにガシリと肩を組まれた。僧侶の細腕はしかしジェットコースターの安全バーの様に俺を椅子に固定し逃がしてくれなかった。

 

「イグニス絶対に怒ってるじゃないですか、やだー!」

 

「あのね、相手が相手なんだから無茶をしたのは皆分かってるのよ。それこそ命があっただけでも私は褒めてあげたいわ」

 

 その上で俺の頑張りを聞かせてくれないかと。痛みを悔しさを共用しようと諭された。 キトに立ち向かった時、脳裏には皆の顔が浮かび勇気を貰えたのを思い出す。あんまり格好いい話じゃないと前置きをしてから、言い訳をする様に口を動かした。

 

「ただボコボコにされてただけですよ。それでも皆が助かればいいなって、一分一秒でも長く足止めしようと思ってて。少しは時間を稼げたのかな。なんとかアルスさんに助けて貰えましたけど」

 

 記憶を探りながら喋り、伝えるべきか悩む事を思いだした。重くなる口で察したのだろう、ヴァンが言い辛いなら無理をするなと言ってくれる。けれど、これこそ俺の伝えるべき話なのだろうと、みんなの顔を見渡してから言の葉に乗せる。

 

「言い辛いんだけど、キトは俺たちと戦ってる時は全然本気なんかじゃなかったんだ。身体強化は活性で、ライエンとの大人しくしている約束の範疇のつもりだったって」

 

 誰もが薄々は察していた様で、やはりそうかと溜息が聞こえた。すると左手にピタリと冷たく柔らかい感触があって。なんだろうと顔を向けると、金髪の少女が下唇を噛みながら手を添えていた。

 

「ごめんね。辛い事を思い出させたね。聞かせてくれてありがとう」

 

 いつの間にか俺の手は震えていたのだった。フィーネちゃんはそれにいち早く気付いて支えてくれたのだ。そうか、俺は怖かったのだなと今更に実感をする。

 

 自身が直面した死への恐怖か。せっかく出来た大事な仲間を失う事への恐怖か。それとも単純に赤鬼の見せた強大な力への恐れか。ともあれ今は全てを乗り越えて。誰一人として欠けぬ面子で卓を囲める事に何よりの幸せを覚えた。

 

「それじゃあ君には意識不明になる原因は分からないと」

 

「あ、うん。過去最多の致命傷だったけど、重症なんて割とよくあるしなぁ」

 

「ツーくんは感覚が麻痺してるから言うけど、頻繁に重症になりすぎじゃないかしら」

 

 当たり所でも悪かったかなと首を捻っていると、ジグルベインがさも呆れたと言わんばかりの表情でお前さんなぁと突っ込みを入れてくる。何かあったっけ?

 

(羽を拾い食いしたの忘れたんか。儂はあれほど止めろと言ったのに)

 

「ああ!?」

 

 つい、やっべと口に出してしまった。オイとイグニスの赤い瞳に睨まれたので、何でも無いよと誤魔化す。即座に嘘ですと勇者に看破されて、本当の事を喋ろうねと怒られた。まるで自供を強要される犯罪者の心地になりながら、実はと溢す。

 

「あの羽を食べただと!? なんて愚かな事をするんだ君は!!」

 

 予想の通りに雷が落ちた。霊脈を超える過剰な魔力が脳に負担を掛けたのだろうという事である。思い返せばそんな危険があると聞いた覚えがあるような無いような。

 

 でもジグに魔力渡すには必要だったのよね。皆の怒る声は心配の証と前向きに解釈し、俺はここぞとばかりに怖いよーとカノンさんに抱きついた。下心を見透かされたか勇者から大きな舌打ちが響いた。

 

 

 それから少し雑談もしたのだが、起きたばかりなんだから養生しろよと解散する事になった。またねとみんなの背に手を振りつつ、それで何か用かなと普通に席に残り茶を飲む赤髪の少女を見る。

 

 イグニスは悪びれた様子も無く、君と二人きりになるのを待っていたのだと言う。男の部屋で言うにはあまりに甘い言葉なのだが、相手はこの魔女。ジグルベイン絡みの事かなとあたりを付ける。

 

「いや、別にそういう訳でもないんだけどさ」

 

「ええ、じゃあなに。もしかしてまだ文句を言い足りないの!?」

 

「……はぁ。幾ら怒っても心配しても懲りないくせに。ツカサの目が覚めてくれて本当に良かったよ」

 

 しんみりとしたトーンの言葉におおうと頷く事しか出来なかった。どうにも気まずいのはスタンピードの前のイグニスの台詞がそのまま現実になってしまった罪悪感だ。

 

 彼女は俺がやる気を出せば死にかけると宣言し、見事に死の淵を彷徨ってしまった。何度も命を助けてくれている恩人だけにホレ見た事かと呆れられるのが辛い。

 

「体調はどうかな。元気があるなら少し外でも歩かないかい?」

 

「それは全然いいんだけど」

 

 多くは語らず風に当たろうと誘われた。俺は寝間着なので着替える時間が欲しいと言うと、下で待ってるからと部屋を出て行くイグニス。失礼かもしれないが、静かなイグニスに一寸の薄気味悪さを覚えたのは内緒だ。

 

「何処に行くのさ」

 

「着いてからのお楽しみでいいじゃないか」

 

 大使館の庭は戦闘訓練が出来る程に広いので、てっきり庭園でも散歩しようというのだと思った。けれども魔女は厩舎から駝鳥まで引っ張り出して来ていた。乗りなさいと上から手を指し出されて、ひょいと後部座席に座り小さな背中に張り付いた。

 

「うわっ。なんか入り口込み合ってるね」

 

「ああ、魔獣暴走が起きてからずっとだそうだ。今は勇者一行へのお礼や面会の希望も多いそうだけどね」

 

「へー」

 

 やはり大使館だけありランデレシア王国への窓口になるのだろう。道路には馬車が長い列を作っている。騎士は戦場で命を懸けるが、非常時には文官も職場が戦場になるのだなと、日が傾いても掃けなそうな人混みを無責任に眺めた。

 

 ボコはトテトテと走り続け、とうとう貴族街の入り口にまで着いてしまう。東にある門から下町に出たのだけど、そこから向かう方角でイグニスが何処に連れて行こうというのかを理解する。

 

「北に向かってるって事は、キトの戦闘被害にあった場所か」

 

(儂悪くないもん)

 

 誰も責めてはいないでしょ。でもそう、俺の知らない事がもう一つあった。町の被害だ。キトを貴族街まで侵入させなかったとは言え、大規模な戦闘で崩れた建物は多い。

 

 フィーネちゃんが斬ったり、イグニスが爆破したり、カノンさんが吹き飛ばしたり。ジグが圧し潰したり、アルスさんが薙ぎ払ったり。あれ、実はキトより味方の方が町を壊しているのでは無かろうか。

 

「この辺りが私がアイツを見つけた付近かな」

 

「うわぁ……これは」

 

 やはりと言うか、町は壊滅的な被害を受けていた。中でもここはジグとキトの最終決戦の地。その暴力は巨大なラメールという都市を半壊と呼んでも差し支えない程度に崩している。

 

 貴族街まで走る深い溝はジグルベインとアルスさんの斬撃の痕。地割れの様に町を裂き、周囲の建物を軒並み吹き飛ばしていた。ならば反対側に広がるのはキトの拳による一撃か。大地を深く陥没させ、水路の水を蒸発させ尽くし、なお荒ぶる炎は一面を焼き焦がしていた。

 

「痛々しい光景だ。ただ勝利と呼ぶにはあまりに被害は大きい」

 

「うん……」

 

 ならば俺たちは敗北をしたのだろうか。魔女はそれを教える為に俺を此処に連れて来てくれたのだ。そうだ、負けてはいない。赤鬼を逃がしたが目的は阻止した。町は壊れたが、平穏無事にとはいかないが。

 

「守れた物はちゃんとあるんだね」

 

「そうさ。この国はシュバール。魔王の爪痕により国が沈む大洪水に巻き込まれようと、逞しく生きてきた人々だ」

 

 赤い眼がニコリと笑った。そんな姿に、この国に入国した当初、人類は負けていないと啖呵を切った様を思い出す。そうだ。俺はそんな国に生きる逞しい人達を見てきたではないか。

 

 よいせよいせと瓦礫を退かす人々の傍らでは、もう簡易住居が設置されはじめていた。

 草原の民は洪水から逃げる様に草原に出た人達。住まう所を追われ追われて培った建築の技術。土地さえあれば、まるでビーチパラソルを広げる程度の勢いで次々に仮住まいが設立されていく。

 

 沢山の物資を運ぶのは川の民。洪水から逃げず水と生きる事を選択した人達は、国を侵した激流さえも力に変える。ラメールの危機はもう遠くに伝わっているのだろう。ひっきりなしに河馬が荷物を運ぶ様を見れば、上流にある町から続々と支援が運び込まれているのだと想像するのは簡単だ。

 

 政権争いで草原と川で対立していたのは記憶に新しいが、両方揃ってシュバールという国なのだとまざまざと見せつけられている様な光景だった。

 

「まぁ、なんだよ。君には文句も沢山あるけれど、羽の件を含めツカサの選択は多くの者を救った。それはちゃんと誇っていいと思うんだ」

 

(うむ)

 

「良かった」

 

 イグニスを背後からぎゅーっと抱きしめる。命を守った。明日に繋いだ。ならばそれは負けではない。人の営みを目にし励まされ、不覚にも涙腺が緩む。

 

「良かった!」

 

 

 

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