ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
……暇である。それと言うのも、病み上がりなのだからしっかり休んで回復する様にと勇者に命じられたのだ。言わば休む事が今の俺に与えられた仕事とも言えた。
「でもなー。退屈だよなジグー」
昼間に部屋になど籠っていられるか。ベッドの上でゴロゴロと転がり精一杯の反逆をする。その様子を見ていたジグは仕方のない奴だとカカカと喉を鳴らした。
(三年も引き籠ってた男の台詞とは思えんな)
「環境が違うだろ。インターネット、ゲーム、アニメに漫画と日本は引き籠りに優しかったんだ」
(なら本はどうじゃ)
「嫌いじゃなんだけどさー」
そりゃこっちにも小説くらいはあるのだけど、我儘を言うなら気分では無い。どうにも発散出来ぬ心の靄を晴らすべく動いて汗を流したいのだった。
「なんというか、置いて行かれるみたいで嫌なんだよね」
(ふぅむ)
目覚めてから既に一夜が明けている。今日は一応王女様の所に顔を出して、その後はアルスさんに稽古をつけて貰った。みんなは俺が寝ている間も鍛錬を行っていたらしく、その成果は目を見張るものだ。
キトという強敵との戦いでそれぞれ壁をぶち破ったのが大きいのだろう。フィーネちゃんは猛活性という、上級騎士でも一握りしか辿り着けない領域を物にした。ヴァンも剛活性にまで踏み込み更に魔剣技を研ぎ澄ませていた。
それに比べ、俺と来たら。しょせんは火事場の馬鹿力だったのか。光属性の魔剣技こそ多少は機能するものの、闘気と纏の両立は上手くいかなかった。それどころか闘気の出力に身体が負けてしまい折角治った手足がベキンとへし折れた。
すぐにカノンさんが神聖術で癒してくれたけれど、結果は運動と魔力の使用を禁じられて部屋に詰め込まれてしまった訳である。何をやっているんだろう。
「情けなくていっそイグニスにでも足で踏んで貰いたい」
(それはただの趣味であろうさ。むっちり美脚発言忘れとらんからな)
「作戦の方向自体は間違って無かったと思うんだけどなぁ」
悔やまれるのは俺の発想力か。果たしてなんと叫んでいればあの鬼を振り向かせる事が出来たのやら。暫くジグルベインとそんな生産性の無いくだらない会話をしていると、ココンと誰かが扉をノックする。
絶賛退屈中だったもので、はいはーいと大きく返事をしながら出迎えた。誰かしらんと扉を開けると、外には白藍の髪をした少女がちょこんと立っていた。
「あれ、ティアじゃん。珍しい」
「随分な挨拶ね。これでもお見舞いには毎日来ていたのよ。それより早速怪我をしたのですってね」
何をやっているのだかと呆れ声の雪女は、はいコレとバスケットを渡してくる。中には以前イグニスに塗って貰った霊脈用の薬が入っていた。俺もまさか目覚めた翌日に怪我をするとは思わなかったので、てへへと誤魔化し笑いを浮かべながら手土産を受け取った。
「恥ずかしながら私も霊脈を痛めて体を休めせている最中なのだわ。まぁ魔法使いは座学の勉強もあるのだけどね」
聞けばティアも水精の加護を得ていたとの事だった。それは凄いねと素直に祝福すると、照れながら拗ねるという何とも器用な表情をして見せる。立ち話もなんだしと部屋に招けば、実は扱いきれていないのだと愚痴を吐き出す。
「フィーネが扱いに悩む理由が分かったわ。扱い辛過ぎる。魔法との相性は最悪ね。フィーネの様に魔剣技として利用するのが一番賢いのかも知れない」
「ふーん。あのフィーネちゃんが難儀するほどだもんなぁ」
勇者にはあれでも適正があった方だ。自身の抜群の戦闘センスもさることながら、絶界という属性変化させた魔力を扱う下地まであったのだから。その点ティアは魔法使いとは言え未知の感覚に戸惑っているのではないか。
「ちなみに普通の魔力とはどう違うの? ただの水属性の魔力なら氷の魔法使ってるティアなら扱い慣れているよね」
「そうね。氷は水と火の二重属性だから、ただの水なら苦労はしないの。なんて言うのかしらね、魔力自体の圧が物凄いのよ。制御がとても難しいのだわ」
言われてあーと納得をする。感覚的には軽く蛇口を捻っただけで水がドバドバ出て来るから調節に難儀するのだろう。フィーネちゃんは剣士なのでいっそジャバジャバ出す方向で解決したが、繊細な制御が必要な魔法にはより課題となるわけだ。
まぁフィーネちゃんにはとっくにコツを聞いているだろうし、俺には本職にアドバイスを出来るだけの知恵も知識も無い。なので頑張れと気持ちだけでも応援する事にした。
「ええ、そうね。頑張るのだわ」
「?」
雪女はそう返事をするも、もじもじと妙に身を捩じらせる。言葉を探すのか場にはしばし沈黙が漂い、やがてあのねと重い口が開かれる。
「丁度二人きりだから参考に聞きたいのだけど、男性ってどんな事をしたら喜ぶのかしら。例えば貰って嬉しい贈り物とかなぁに? 最近のヴァンくん、根を詰めてるから秘密に驚かせてあげたいなって思っているの」
なるほど。頑張っている彼を見てサプライズでプレゼントをしたい訳か。俺はヴァンの奴め愛されているなと考えながら、一切の迷いなくズバリと答えた。
「思い切り顔面ぶん殴ってやれば凄く喜ぶと思う」
「なんでそうなるの!? どう考えてもそんな事されて喜ぶ人間居ないでしょ!」
「モルドさん……あの変態執事ならきっと王女に打たれれば喜ぶはず」
「例が特殊過ぎるのだわ!?」
「じゃあいいよ、俺が殴ってくる。リア充滅ぶべし!」
怒りに任せて椅子から立ち上がると、こっちは真面目なのだけどと怒られた。俺だって真剣なんだけどな。そもそもヴァンの喜びそうなものとか考えても分からないので一般論を言わせてもらおう。
「男ならあれだよ。好きな子からの手料理とか食べさせて貰えば絶対喜ぶよ」
「す……好きな子。そ、そういうものかしら」
ヴァンは父親の料理はおろか母親の料理も食べた事が無いと言っていた。それが貴族の普通なのかティアも料理人の作った料理の方が美味しいだろうと懐疑的である。
「じゃあツーくんもイグニスに料理を作って貰ったら嬉しいの?」
「まさか。俺はイグニスには鍋に触れさせない様にしてるよ」
「貴方への信用が一気に暴落したわ」
どこかのメイドを思い出させるジトーと重い視線を浴びせられる。よせやい興奮しちゃうぜ。
俺は嘘は吐いていないのだけど例に出された人間があまりに悪かった。まず俺が魔女の事を異性として好きという前提から間違っているし、野営では味より栄養だと青汁を作り出す奴なのだ。料理の腕自体は普通のはずなんだけどなぁ。
「でも、そうねぇ。確かにこの間ツーくんの料理を食べて凄く喜んでいたわ。もし良かったら私に何か一品教えてくれないかしら」
雪女からの突然の申し込みに目を白黒させる。けれどどうせ暇だったので快諾する事にした。俺の頭は出来が簡単なのか、料理をすると決まればさて何を作ろうと思考は美味しい物で埋め尽くされていく。
「何食べたい?」
「私は初心者だから、出来れば簡単な物だと嬉しいわね」
(唐揚げー! 儂、唐揚げ食いたーい!)
ジグルベインの声に唐揚げかぁと悩んだ。そう難しい料理では無いはずだけど、この世界でまだ醤油を見つけてないのである。けれど塩味なら作れない事もないか。
「よーしじゃあ唐揚げ行こう」
(わーい!)
「それは簡単なのかしら」
「さぁ、俺も初めて作るんだ」
「大丈夫なの!?」
ジグルベインを含め、どうせ誰も元の味を知らないのだ。多少アレンジをしようと唐揚げとはこういう物だで押し通せる事に気付いた俺だった。