ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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284 スティーリアのお料理教室

 

 

 前回のあらすじ。暇だし唐揚げ作ろうぜ、以上。と言う訳で俺とティアはさっそく調理場を訪れていた。

 

「さて、何から始めればいいのかしら」

 

 やる気満々のスティーリア女子は白藍の長い髪を首元で束ね、借りた白いエプロンを身に着けている。実に可愛らしい。またキチンと筆記用具を用意して調理に臨む姿勢に彼女の生真面目さが表れている様だった。

 

「無事に場所借りられたし、まずは食材集めかな。そんなに変な物は使わないから普通に揃ってると思う」

 

「分かったわ。じゃあ籠を用意しましょう」

 

「食料庫はこちらですよー」

 

 監督として見張りに付いたドジ子さんが食料庫の扉を開けてランタンをかざしてくれる。

 いや、これに関しては俺が悪いのだ。お米を購入して貰った時、確認だけのはずが無断で厨房を使い、挙句にぶっ倒れるというご迷惑をお掛けしていた。

 

 そんな事が積み重なり誠に遺憾ながら大使館での俺は勇者一行のトラブルメーカーとして認知されているらしい。お陰で調理場の使用をちょっと渋られた挙句、見張りまで付けられたのだった。

 

「遺憾って、何かあれば名前が挙がるのは貴方じゃないの」

 

「ですよねー」

 

「しょぼーん」

 

 ちょっと全裸で倒れただけなのに。まぁ気を取り直して倉庫に入る。やや薄暗いので光球で部屋を照らすと、そこはまさに食材の宝庫であった。

 

 箱に綺麗に詰め込まれた新鮮野菜達。棚には沢山の調味料が入った壺が並び、奥には冷蔵庫を超えた冷蔵室まで完備されている。材料費をティアがポンと金貨で払ったとはいえ、こんなに豊かな食材を自由に使って良いと言われたら自然と頬も吊り上がるというものだ。

 

 何を使おうかなと食材を吟味していると私を忘れないでよねとティアに呆れられてしまう。指示を待っていた様なので鶏肉を探す様にお願いをした。任せてと元気な返事と共に冷蔵室に飛び込んで行った背を俺も追う。

 

「鳥はこの辺りの様ね。いっぱいあるけど、種類や部位はどうしましょう」

 

「俺はやっぱりもも肉が好きだなぁ。あのぷりぷり感がたまんないんだよ」

 

(食材の話だよな?)

 

 うふふ他に何があるんだいジグルベイン。肉塊に囲まれうーんと悩む雪女。使用する部位は決まれど、俺も横に並び顎に手を当てる。日本のスーパーならば鳥といえばほぼ鶏一択だろう。しかしコチラでは食べられれば食材だ。目の前には鳥だけでも10種類近くあるのだった。

 

「珍しい鳥も面白そうだけど、ティアに教えるのもあるし無難にコドルニスにしようかな」

 

「そう。確かに入手しやすい食材なら助かるわね」

 

 肉を手に取りつつ、これだけ種類があるなら食べ比べも面白そうだな思った。しかし珍しい食材を使ってしまうと再現性が無いのである。

 

「ちなみに今日はもも肉を使うけど、むね肉とかでも美味しく出来るよ」

 

「へぇーそうなのね。じゃあ次に自分で作る時はそっちでも試してみようかしら」

 

 メモメモと筆を走らせるティアを端目に、流石に大使館ともなれば食材も豊富ですねとメイドを褒める。するとドジ子さんは違うのですよと、やんわりと首を横に振った。どうにも今は市場に色々な肉が溢れているらしかった。

 

 そこまで言われて俺は、ああと間抜けに口を開ける。そうだスタンピードだ。フィーネちゃんがかなりの数を蒸発させたとはいえ、町壁の外には数万に及ぶ魔獣の死体が残っていたはずだ。

 

「なるほど。建物の被害は多かったけど、食料に困らないのだけは幸いなのかな」

 

「いいえ、そうでもないわ。冷凍すれば多少の保存は効くけど、これから減る一方じゃない。ラメールには長い冬が訪れるわ」

 

 楽観的な思考をしていた俺はティアにダメ出しされた。壊れた生態系が戻るには長い時間が要るのだと。確かにそうかも知れない。獣は成長が早いとはいえ、増えていくには何年もの歳月が必要である。その間に今ある肉などとっくに食べ尽くしてしまう事だろう。

 

「大丈夫なの、この国?」

 

「ふふ、とりあえずわね」

 

 なんとここで王女の悪巧みが生きてきたらしい。特異点が無くなり土地が増えれば色々物資が不足するだろうと目論見売りつける準備をしていた勇者派。それはつまり、支援をする準備を整えていたという事に他ならない。

 

 時期も目的も違ってしまったが今後の縁を考えれば悪い話でも無く。仮面舞踏会の夜に掛け金として奪い取ったラーテリア公爵家の金板を印籠の様に見せびらかして大きな契約を取りまくっている様だ。

 

「ウェントゥス領も輸送船の数を増やして大賑わいなのだわ。今は復旧が最優先でも、特異点が消えてからも向こう何年かは需要は無くならないでしょうね」

 

 利用できる土地が増えれば畑や牧場の数も増やせる。輸入に頼る現状から、いよいよ自給率を上げる時が来たのだと雪女は語った。

 

 真面目な話をしていたのだが、場所は冷蔵室の中。ドジ子さんからヘキチと可愛らしいクシャミが聞こえ、俺たちは笑いながら本題を思い出す。

 

「よし。材料も揃ったし早速作って行こうか」

 

「ええ、頑張るわ」

 

「まずはご飯を炊く為にお米を研ぎます」

 

「なるほど。お米の料理なのね」

 

「違います。ただ俺が食べたかっただけです」

 

 頭を叩かれた。でも唐揚げは俺のご飯のおかずに欲しいランキング上位なんだよ。必要なんだよ。魔王様だってそう言っている。

 

 気を取り直して鳥もも肉を一口大に切っていった。ティアは料理の初心者という割には中々達者な包丁捌きだったので感心をする。聞けば錬金術で素材を切ったりはお手の物だそうだ。ポーション作りも色んな道具を使ったので、なるほどと納得をした。

 

「うん、良い感じだね。次は肝心のタレ作り。まずは白葡萄酒を適量」

 

「待って。適量というのは良くないわ。カノンもよく適量適量と言うけどね、それは経験者の驕りだと思うの」

 

「ああ、カノンさんってそういうとこ結構てきとーだもんね」

 

 分量の目安が分からないので数値化してとお願いされて、俺はあいあいと勘で選んだ分量を秤で具体的な数値に直し調理を進めた。唐揚げは醤油が無いので塩味ベースだ。それだけだと味気ないので適当にアレンジをしながらタレを作っていく。

 

 まずはワイン。その芳醇で深い味わいからコクを出す為にこちらでも良く利用されている。そこにニンニクと生姜をすりおろして加える。後はハーブを少々に鰐鳥の油を気持ち。更に塩に砂糖に胡椒を足せばハイ完成。

 

「……なんかこれだけじゃつまらないな」

 

「ねぇツーくん。今料理をするのに凄く要らない言葉が聞こえなかったかしら」

 

(カカカ。儂は良いと思うよ)

 

 まぁ基本は基本として抑えておいて、折角だし異世界唐揚げに挑戦してみようと思う。大事だよね挑戦心。人類の歴史はこうして1ページ増えていくのだ。

 

「それ今じゃなくていいと思わない?」

 

「唐揚げといえば柑橘系との相性は抜群。レモンから柚子胡椒まで合うんだから間違いない」

 

「知らないわよ。聞いてよ」

 

 という訳でダミ声で取り出してみました、ルコールー。ご存じ壊滅的アルコール度数を誇る果実ルコールさんである。まぁ熟成してないのでアルコールは無いし柑橘系でも無いのだけど甘酸っぱいからいけるだろう。

 

 実は滑らかなのでそのままタレに加え、皮も少々削って混ぜる。こちらには粗塩を使い、ゴルモッチでも足してみようか。ゴルモッチとは山椒と黒胡椒を足した様なパンチのある香辛料だ。見かけはウサギの糞というか●露丸で、砕いて使うよ。

 

「ふふ。これが新たな魔王殺しとなるだろう」

 

(死んでみたいわー。あ、死んじょるわー)

 

「更に更に!」

 

 カムビンという羊の様な魔獣がいるのだが、そいつの乳から作ったチーズは少し癖があるものの独特のコクがあり美味しいのである。いつか料理に使ってみたいと思っていたので今使っちゃう。

 

「こいつは衣にしちゃお」

 

「わざわざ粉にするの?」

 

 粉チーズを小麦粉に混ぜて揚げてみたいと思う。このままだとちょっと味がくどそうなので、ムスタルの種でも足してみようか。

 

 ムスタルの種はすり潰すと辛みがあるのだ。一般的には水や酢などと合わせ練ったものをカラシの様に使うのだけど、今回は粉カラシとして粉チーズと混ぜて衣に使用する。

 

「あ、普通の衣を用意して無かったや」

 

「もう、しっかりしてよね」

 

 唐揚げの衣は主に二種類。小麦粉か片栗粉だ。小麦粉だとしっとり系、片栗粉だとカリカリ系に仕上がる。電子レンジが無い事を考えると、冷めても美味しいしっとり系が無難なのだけど、カリカリ食感も捨てがたいか。

 

「そんな時は合わせちゃえばいいんだよ。うちの母さんも半々で作ってた」

 

「ふーん。粉の比率で食感が変わるの。やはり量を計っておいて正解だったわ」

 

 鶏肉を塩味とルコール味のタレに漬けて揉み混む。俺が塩味を担当し、ティアがルコール味を仕込んだ。俺は更に塩味を普通の衣とチーズ衣に分けて、合計三種類のタネの出来上がりだ。

 

「はーい、じゃあいよいよ揚げて行きまーす」

 

「きゃあ! 熱い、跳ねたのだわ!」

 

 鍋にはたっぷりの油が温まる。そこに下処理を終えた鶏肉が投入されると、ジュワリパチパチと聞いているだけでお腹が空く音が響く。

 

 初めての揚げ物の様で俺とドジ子さんほど余裕の無かったティアだが、お肉がキツネ色に色付いていき香ばしい匂いを振り捲き始めると、まだかしらまだかしらとトングをカチカチ鳴らし待ち侘びていた。

 

「うん。そろそろいいんじゃないかな」

 

「わー上手く行ったわ! これが唐揚げというのね!」

 

 喜ぶティアにうんうんと相槌を打ちながら、俺ははいどうぞと記念すべき一個目をドジ子さんに譲った。無理して付き合って貰ったお礼だ。

 

「味見にお一つ如何ですか?」

 

「味見というか、毒見させようとしてません?」

 

「……ニコっ」

 

「なんとか言ってくださいよう!?」

 

 まぁ思いつきで作ったにしては三種類とも味は悪くは無かった。ティアもジグも味には大満足の様子で俺としても嬉しい。

 

 ただ、オチを言うならば鳥の唐揚げはヴァンに凄く刺さった様だ。元がヴァンを喜ばせたいというティアのいじらしい思いから始まったので大成功とは言えるのだけど、効果がありすぎたそうな。

 

 恐らく俺が協力した事を言っていないのだろう。まるで料理の天才の様に崇められ尊敬されたらしい。そんな事は無いと言っても謙遜だと聞き入れて貰えないのだとか。つまりヴァンの中でティアの料理の期待値が爆上がりした。

 

 泣きそうな顔でタスケテと縋る雪女に、俺は知らんがなとしか言えなかった。イチャイチャするなら他所でやってください。

 

 

 

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