ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~ 作:雨居神宮
「いやー料理なんて味が良ければ誰が作っても一緒だと思ってたけどよ、自分の為に頑張って作ってくれたってのは嬉しいもんだな。それにお前らも食ったろ、ティアが作った料理がまた旨いんだなこれが!」
普段はどちらかと言えば寡黙な、口も悪ければ愛想も悪い少年が口元をだらしなく崩し上機嫌に語っていた。
もう何度も聞いた話なのでハイハイ良かったねと聞き流すのだが、ヴァンはそのうち自分も作ったら喜んでくれるだろうか、何か簡単なの教えてくれよと、雪女と全く同じ言葉を口にし始める。止めろこれ以上ティアを苦しめてやるな馬鹿。
「ねえフィーネちゃん、そろそろコイツ殴っていいかな?」
「駄目だよツカサくん、私がやる」
「フィーネ、てめぇ何を……あ、あ~!?」
哀れヴァンは死んだ。元気が有り余っているなら使ってこい、勇者はそう言い走行中の馬車から叩き落としたのだ。俺は何もそこまでと思いながら窓を覗く。普通に付いて来ているしまぁいいか。
「最初は微笑ましい気持ちで聞いてたんだけどね。朝からずっと同じ話題で、流石に我慢の限界でした……」
「あるよねーそういう時」
特に馬車という密閉空間だとウザさ倍増なので仕方が無い。私が殺りましたと懺悔をする勇者を菩薩の様な広い心で俺は許したよ。
(お前さんが許す様な事なのだろうか?)
「まぁな」
今日はフィーネちゃんとヴァンの二人と一緒にお出掛けである。なんでもヴァンの剣がキトとの戦いでボロボロになってしまったのでメンテに出していて、それを受け取りに行くのだとか。
外国なので誰か良い腕の鍛冶は居ないか王女に相談したら勇者一行の仕事ならば喜んでと高名なドワーフの刀匠が言ってくれたそうだ。ならばついでにとフィーネちゃんは聖剣を見て貰っているようで、俺は更にそのオマケと言った所だ。
「にしても、騎士団の武器も請け負ってる有名な人なんでしょ? なんでこんな所に住んでるんだろう」
「貴族って聞いてるんだけど、やっぱり根が職人なんだろうね。貴族街だと材料の搬入が遅いからって下町に住んでるみたい」
ははんそれでか。馬車は町の中心からドンドンと離れ、もう西門の近くまで来てしまっていた。南は海で東は川。そんな水に囲まれたこの町では馬車の出入りが頻繁でお店も多い区域だった。
「おう、よく来たな。こっちだこっち」
「あ、アルトンさんですね。今日は宜しくお願い致します」
「「しゃーす」」
馬車が止まり、さてどこだろねと二人でキョロキョロしていたら店の前で手を振っている小人を見つける。というかヴァンの野郎、平気で走り切りやがったな。
軽く挨拶を交わし早速に工房に足を運んだ。別に武器屋などを開いている訳ではなく、ただの作業場と言った雰囲気だった。普段は数多くの人間が働いているのだろう、広く天井の高い空間でとてもドワーフの仕事場には思えない。
言っちゃ悪いが、俺の知り合いのドワーフであるフォルジュさんの居間は煤と埃に塗れていたのでアレが普通だと思っていた。清潔で整頓された作業場を見たら、やはり一括りにしてはいけないのだなと反省をする。
「へぇー同じドワーフの工房でも大違いだ」
「おや、お兄さんはうち等の鍛冶場に入った事があるのかい。それは珍しい経験をしたもんだ」
どうやらここはあくまで職場でアルトンさんはプライベートな鍛冶場も持つという。なんだよそれと思うが今は置いておこう。そこにはよほど気に入った人しか招かない様で、フォルジュさんは獣人の村の件で俺を優遇してくれていたのだと知る。
「ちなみにフォルジュさんって言うんですけど、知りませんか?」
「すまないが知り合いじゃないな。けれど冒険者をやってランデレシアに辿り着いたというなら、そいつも難民だったのかも知れない」
俺の故郷も水に沈んじまったからと語るドワーフ。やはりこの国にはそういう人間が多いそうだ。思えばタルグルント湖で迷い込んだ鉱山も水害で破棄された小人達の住処であった。そんな人達が身を寄せ合い協力し合っているのがシュバールという国なのだ。
「まぁ湿っぽい話はいい。俺たちは何処だろうと酒さえ飲めりゃあ構わんのよ」
無造作に瓶の中の水を飲むドワーフ。単に喉でも乾いたのかと思ったが違う。この匂いはアルコール。それも恐らく工業用か。
「そ、それって」
「ん? おお、要るか?」
「要らんわ!」
彼らが酒に強い理由の一端を見た。消毒滅菌で有名な高濃度アルコールをドワーフは仕事に使うのだ。そしてそれを合間に常飲していると。火でも吹いてしまえ。
それよりも頼まれた物を確認してくれ。そう言って小人は剣立てに置かれていた二本の剣を持ってくる。誰が持ち主だと聞かれる前にヴァンは喜々とし受け取り、早速に鞘からシャランと刃を引き抜いた。
「おお、流石だな。傷一つねえし重心も悪かねえ。あんがとよ」
二刀をヒュヒュンと振り回し握りを確認するヴァン。刃毀れを直すには刀身を削るわけで、ほんの僅かだが薄くなる刃に熟練者は違和感を覚えるのだとか。
「なぁにこの程度は朝飯前よ。だが、大分使い込まれてるな。もうかなり身が薄い。良い剣なんだがそろそろポッキリいっちまっても不思議じゃねえぞ」
「まじかぁ。親父からの贈り物でずっと大事にしてきたんだけどな」
長年使ってきたからこそなのだろう。愛剣の寿命を告げられた男は鏡の様に磨きこまれた刃を覗き込みながら口をへの字に曲げた。
俺も物は大事にする性質なので気持ちは分かる。ドンマイと肩を叩くのだが、刀匠の意見は違った。道具は使ってこその道具。特に剣は命に係わるのだから大事ならば壊れる前に変えろと。
確かに。攻撃を受けた拍子に折れたら死ぬ。斬った拍子に折れたら斬られる。剣は極限の状態で使用するのだから、壊れるかもと不安になりながら扱うべきでは無かった。
「ここには在庫が無ねえ。買うなら良い店を紹介するし、希望なら俺が打ってもいい。考えときな坊主」
「……ああ」
「それで、私のアダスは方は何か分かりましたか?」
へこむ少年に代わり勇者が前に出た。すると今度はアルトンさんが口をへの字にし顎髭を擦りながら、とりあえず返すと木箱に入った聖剣を運んでくる。
「こっちはすまねえがお手上げだ。触れねえから話にならねえってのもあるが、こいつは人造じゃねえ。人が鍛えるのは無理だよ」
「そうですか……」
フィーネちゃんが箱を開けると中には青を基調とした美しい鞘に収まるクエント・デ・アダスの姿があった。これはと聞くと如何にも有り合わせな鞘に入っていたから作って見たとの事。勇者はそれだけで顔を花丸の笑顔に変えて、お帰りと聖剣を抱きしめていた。
「ある人から精霊の加護を得ればアダスが甦るという話を聞いたのですが、これはどう思いますか?」
「へえ。いや、それはあながち嘘じゃ無えかも知れねえ。これは四大精霊の親、つまり精霊王の亡骸を剣の形に押し込めたもんらしい。文献にも詳しい事は書いてなかったけど可能性はあるんじゃねえかな」
「精霊王の。するとやっぱり精霊巡羅は続けないとかな」
二人共に愛剣が手に戻り、それでお前はとドワーフが視線を向けてくる。流石と言えばいいのか、俺の筋肉の付き方で剣士と看破された様だった。こっちは別に刃毀れをした訳でもないのだが、折角本職に見て貰える機会だと思って虚無から黒剣を引き抜く。
「うぉ、なんだよそりゃ。どっから出しやがった!?」
「あ、なんか新鮮な反応」
何処にも無いけど何処にでも有る虚無の剣。そんな不思議な魔王の愛刀を恐る恐るで手に取り観察する小人。うーむと唸りながら、やがて彼が発した言葉はこうだった。
「こりゃあ、剣じゃ無ねえな」
「え?」