ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

286 / 611
286 悩める選択

 

 

 ドワーフは黒剣の光飲む冷たい刃に魅入られながら告げた。これは剣では無いと。この台詞を言ったのが刀匠でもなければ、ボケてるのかこの爺と口に出していた事だろう。

 

「じゃあ、なんなんですかコレ?」

 

「ううん。そうだなぁ。現状だと凶器っていうのが一番相応しい表現じゃねえかなぁ」

 

 凶器。なるほど、それは中々にしっくりくる言葉であった。ヴァニタスは黒い直刀。外見だけで言うならば刃の付いた木刀の様なものである。飾り気の無い純粋な殺意に凶器という呼称はピッタリだ。

 

「いや、でも剣は剣だろう」

 

 ヴァンの冷静な突っ込みが入ると、小人は持って見りゃ分かると黒剣を少年に手渡す。受け取ったヴァンは何かを感じたのか、これはと呟いた後に違和感を確信すべくその場でブンと一振り綺麗な素振りをして見せた。

 

「なんか重心が悪いな。剣というより棒切れ握ってる見てえだ」

 

「だろう。重心は先端で、しかもどうにもぼやけてる。これは剣として造ったんじゃなく、ただ素材を削り込んだだけなんだろうな。俺は刃の付いた棒切れを剣とは呼ばねえ」

 

「私はそこまで扱い辛くは感じなかったけどなぁ」

 

 一度ヴァニタスを使っているフィーネちゃんはフォローをくれるが、刀匠は剣とは認めないと言い切った。原始的な刃物に打製石器という物がある。素材を打ち付けて崩れた鋭利な部分を刃物として使うのだ。有名なのでは黒曜石のナイフなどがあるか。

 

 厳密には研いであるし石器でも無いのだが、とにかくヴァニタスは何かの欠片を削り出して作った物らしかった。

 

「問題は素材だ。これは何を使っている? 金属じゃ無いな。それに鋼の武器があれほど痛む戦いの後でも刃毀れ一つ見当たらないなんて、勇者の持つ聖剣に匹敵する硬度だぞ」

 

「考えた事も無かった……」

 

(お前さん、少しはヴァニタスの凄さ分かった?)

 

 割と頻繁に剣のメンテをしているヴァンを他所に、これまで一切ノーメンテだった俺。黒剣は血や油が付こうと虚無に消せば元通りというのもあるが、真に驚愕すべきはキトとの激しい闘いでも擦り傷一つ付かない頑強さだったというわけだ。

 

 投げたり、包丁として使ったり、あまつさえ串焼きの串代わりに使ってきた愛刀が実は凄い物だったなんて。ただの便利な剣くらいの認識だったぞ。

 

「なぁフィーネ。アダスとどっちが堅いか比べて見ろよオイ」

 

「やだよ。それでどっちが傷ついても困るでしょ」

 

「坊主は案外良いところ突いたぜ。見ろよ、この研ぎ澄まされた刃。聖剣は人造ではないが、こちらは確実に人の手が加わっているんだ」

 

 ならばヴァニタスはどうやって研ぎあげたのかと。刀匠の血が騒ぐのかドワーフは自慢の髭を撫で回しながら、興奮を隠せぬ様に未知の物体へと視線を注ぐ。黒剣の素材が異常な強度ならば、それを削るにはより硬い何かが必要なのであった。

 

 俺は恐らく全てを知るであろう魔王様へと無言で目配せをする。ジグは愛刀の自慢をしたかったようで、カカカと喉を鳴らしながら上機嫌に制作秘話を聞かせてくれた。

 

(ヴァニタスを何で研いだのかと。流石はドワーフ、目の付け所がシャープじゃな。これには儂も難儀してのう。なにせ虚無を削れるレベルとなれば相手は自然と限られてくる)

 

 そしてジグルベインが目を付けたのは当時の最強の一角であった竜の魔王であるという。剣を研ぐなんて理由で喧嘩を売って全面戦争に発展。かくして竜は空から姿を消したのだとか。あんまりだ。

 

(カカカのカ。さしもの儂も竜王の吐息を真正面から受け止めるのは小便ちびりそうであったわ)

 

 つまりヴァニタスの刃は竜王のドラゴンブレスで磨かれた刃。あの山を吹き飛ばした激流よりも更に激しい力に晒し研ぎあげたのだと。うん。これは俺の口から語ってはいけない事実なのだろう。

 

 ジグのイカレ具合と自分が使っていた剣が伝説級の代物であると再認識した俺。とりあえず今後どんな無茶をしても壊れる事は無さそうだ。気にせず投げよう。

 

(おっとその顔、まったく懲りてないな)

 

「どうして分かった」

 

 素材こそ秘密にされたが製法を教えてくれたジグ。俺は一応聖剣並みの強度の物体を削れた事に納得するのだけど、ヴァニタスと睨めっこするドワーフはそうもいかない。なのでそろそろ返してと言うと、とんでもない事を言い始めた。

 

「頼む譲ってくれ! 金なら幾らでも出す!」

 

「嫌ですー」

 

 なおも返せと迫ると髭もじゃ小人は黒剣を握りしめながら嫌だ嫌だと駄々を捏ねた。勇者が呆れながら「放してください」と奪い取ろうとするが問題は無い。何せヴァニタスは虚無の剣。俺がそこに無いと思えば綺麗さっぱり姿を消すのだった。本当に便利よね。

 

「うう、ちくしょー。素材だけでも分かれば最高の剣が打てるのに……」

 

 シクシクと涙するドワーフを尻目に、フィーネちゃんはどうするとヴァンを見た。武器を新調する件だろう。三白眼の少年は訪ねた時の元気をどこへやら、煮え切らない様子で少し考えると言った。

 

「いや、いつかは変えるんだからちゃんと作って貰った方がいいんじゃね。ドワーフに作って貰えるなんて貴重だろ」

 

「わーってるよ、んなこたぁ。俺は何処まで新しくするかで悩んでんだ」

 

 新しくすると言っても色々あるそうだ。剣と一括りに言っても種類は豊富。刀身の形状から長さに重さまで選択肢は多岐に渡る。将来を見据えどんな剣が自分に合うか考えたいらしい。

 

 俺もフィーネちゃんもそういう事ならばと納得すると、アルトンさんが思い出した様に口を挟んで来た。

 

「なあ、坊主。その剣はいつから使っているんだ」

 

「……騎士科の入学祝いに貰ったもんだから、もう四年か?」

 

「四年か。二刀流だから軽くて比較的短い剣を選んでるんだと思ってたんだが、もしかしてそれ子供用なんじゃねえのか?」

 

「おい」

 

 言われて見れば14歳のヴァンが古くからといえば子供の時から握っている事になる。もうコイツの身長は175を超えるし、当時に長く重かった刃物も今や短く軽い事だろう。子供用振り続けるとか何処まで馬鹿なのやら。

 

「あのなぁ、そりゃ他の剣だって振った事くらいあるわ。ただ、そうだな。慣れ過ぎていたのは確かだ。きっと今の俺に合った剣が必要なんだろうな」

 

 用事も済んだのでじゃあそろそろ帰るねとお礼を告げると、ドワーフは土産があるからちょいと待てと奥に引っ込んでいった。そしてお待たせと担いで来たのは酒樽だった。

 

 イグニスが約束していた小人族との宴会だが、こんな騒ぎの後では人が集まらないからと各人で好みの酒を勇者一行に贈る事にしたらしい。参加予定全員から酒が贈られるなら今頃大使館は凄い事になっていそうだ。

 

「なあ、おっちゃん。また相談に来てもいいかな?」

 

「ああ、好きな時に来い。坊主の剣なら最優先で作ってやる」

 

「あ、そうだ。アルトンさん、私も最後に一つお伺いしたいんですが、土精の住処に心当たりはありませんか?」

 

「ノームか。悪いが俺はこの国から出た事が無いからさっぱりだ。だがその聖剣が必ず導いてくれるだろうさ。勇者の旅路に幸あれ」

 

「はい。今日はありがとうございました!」

 

 アルトンさんはヴァニタスを忘れられないのかずっと熱い視線を送って来たが、俺は最後まで無視して馬車に乗り込む。動き出す車内の中でもヴァンは腕を組み難しい顔をしていた。

 

 落ち込んでいる訳ではないと思う。きっと考えて、考え抜いているのだ。今の自分に不足しているものを。次にキトをぶった斬る方法を。

 

 ティアが元気づけたいと言い出すくらいだから、剣の新調の話が無くてもこんな顔をしていたのではないか。選択肢が増えた事で逆戻りというわけだ。ある意味はティアの掛けた手料理という魔法が切れたとも言えるだろう。

 

「しょーがねえな」

 

 なので今度は俺が先輩として胸を貸してやるかと、飯でも食っていこうと提案をする。フィーネちゃんも似た考えだったのか、それ良いねと手を叩いて賛同してくれて。ちょうど飯屋ののぼりと賑わう人が見えたので、アレにしようと馬車を止めて貰った。

 

「お前、正気か?」

 

「……お、おう。ビビッてんのか?」

 

 俺が指差し決めた店ののぼりはこうだった。『鬼も仕留める辛さ。食べきれるものならやってみな、超激辛食べきれたら無料』繁盛はしているようだが、賑わう人の大半は涙目で口を押えて悶えていた。ええ、嘘ぉ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。