ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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290 戴冠式

 

 

 さて、俺の目覚めた日から二週間が経った。今日はいよいよ新王の誕生、つまり戴冠式が行われる。勇者一行はこれに貴賓として招待されていて、各自に勲章の授与までされるとか。そんな訳で今日は皆でめかし込み、これから宮殿でイッツパーリーである。

 

「ハッハー。似合っているじゃないか少年、男前だぞ」

 

「本当ですか。ありがとうございます」

 

 礼服姿を褒めてくれるのは白百合騎士団の副団長アトミスさんだった。俺はナハハと照れ交じりに頭を掻く。実は今日の為に誂えた服なので褒められると素直に嬉しい。

 

 王都で買った礼服はそれはもう頑張ってくれた。けれど悲しきかな所詮は一式で金貨2枚の安物だった。勇者一行として活動をするならば、そろそろ買い替え時なのかな。寂しくもそう思っていたら王女様がプレゼントしてくれたのだった。

 

 どうやら式が決まってから全員分の手配をしてくれたそうで、俺は寝ている間に採寸されたとか。お値段を聞くのは野暮かなとは思ったのだけど、後が怖いので聞いておいた。服だけで金貨10枚ですってよ。

 

「それに比べてイグニスー。どうしてお前は問題しか起こせないんだ、また叔父上が泣くぞ」

 

「うぐっ。どうか父上には内密にしてくれ」

 

「無理無理。王妃が居る時点で絶対に奥様の耳に届く。イグニス殺人事件なんて茶会の良いネタだろう」

 

「その件まで漏れてるのか!?」

 

(カカカ。あれ、最高じゃったな)

 

 のあ~と魔女は発狂した。朱色のドレスを纏う少女は顔を両手で塞ぎブンブンと上半身をくねらせる。イグニスはレオーネ王女と暗躍しまくっていただけに余罪がたっぷりであった。仮面舞踏会の主催や遊戯の景品しかり、挙句に城門をぶち破る暴挙まで。

 

 ちなみにイグニス殺人事件とは、ジグルベインとの飲み会が引き起こした悲劇である。あの日の翌朝、俺はベッドで泥酔する魔女を置いて朝練に行った。そして部屋に戻ればイグニスが殺されたと大騒ぎであった。

 

 何を言っているか分からないと思うがヒントはドジ子さんだ。部屋に掃除に訪れた彼女は見る。所々にワインが染みついたシーツの上に倒れる顔色の青いイグニス。ピクリとも動かぬメイド服少女の隣には冗談で書かれた遺書が置いてあった。悲鳴が上がった。

 

 まぁそんなでメイドイグニスが大使館中に知れるし、遺書には犯人はツカサと書かれていて状況をややこしくするし、そもそも二人で何をしていたと勇者に追及されるしで碌な事が無かった。王女やカノンさんは大爆笑だったけどね。

 

「おっと、そろそろ移動か。アルス、お前も来るんだ阿呆!」

 

「くぅーん」

 

 男装の麗人は妖女に腕を捉まれ引っ張られていった。今やラメールでは英雄と呼ばれるアルスさん。今日も一緒に勲章を授与されるらしいけれど、あの人は最近職務を放り投げてずっと街を徘徊していた。

 

 何をしていたかと言えばジグルベインを探していたそうだ。帯剣し血走った眼で獣殿は何処だと彷徨っていたのだ。不審者として騎士団に通報が相次ぐも治安は少し良くなったらしい。おっかないもんね。

 

「ツカサくん、私たちも行こう」

 

「うん。そうだね」

 

 青いドレスを纏った勇者が呼びに来た。王族が馬車に乗り込んだので次は俺たちの番なのだ。そう、アトミスさんが此処に居るのは王族の警護だ。着いたのは昨日だが、今はレオーネ王女の他に王も王妃も王子まで揃っていた。

 

「ヴァンは親父さんに会えて良かったな」

 

「うっせえ。別にガキじゃねえんだから、どうでもいいわ」

 

 副団長が来ているのだから当然に団長であるヴァンの父も警護として来ていた。ヴァンの無事を喜ぶ姿にほっこりしていると俺にまで気を遣ってくれたっけ。ティアの両親も式には参列するそうで、ならフィーネちゃんはと聞くと、勇者は表情を一瞬曇らせる。

 

「言って無かったね。私は孤児だから親は居ないんだ」

 

「え……」

 

 地雷ど真ん中であった。幼少はマーレ教で育ち、神聖術を習得する年齢に勇者という事が発覚したそうだ。以来は光爵という地位が与えられ、アルスさんが後見人なのだと言う。あの人の愛情は師弟としてだけでは無かったのだ。

 

 まぁ肝心のフィーネちゃんは馬車に詰め込まれる麗人を、とても汚い物を見る目で眺めていたが。

 

「気にしないで。今は皆が一緒に居てくれるだけで、とても幸せなの」

 

 俺は静かに頷き勇者様を馬車までエスコートした。そういえば彼女の口から家族の話を聞いた覚えは無かった。俺が両親に会いたいのだと告白しても笑わないでくれたのは、同じように親を求める心が有ったからなのだろうか。

 

 理解出来るなんて軽い事は口に出来ないけれど、君を一人にはしないと思いを込め横に並ぶ。ふふと照れ臭そうにフィーネちゃんは笑う。気付けば勇者一行全員で彼女を取り囲んでいた。

 

 

「ランデレシア王家、及び勇者一行の御成ー!!」

 

 馬車で城門前まで乗り付けると、宮殿までの道にはズラリと騎士団と魔導師団が並んでいた。片や剣を片や杖を掲げ道を作っている。壮観ではあるのだが、幾百が築く鋼の花道の迫力には少しばかり気遅れした。

 

「おおう。なにこれ、すげえ」

 

「剣や杖は裁きの象徴だ。その下を胸を張り通る。それ即ち、正義なりってね」

 

 すかさずに説明をくれるイグニスちゃん。なるほど、そういう意味か。この道は悪人には絶対に通れない道であるのだ。正義の刃が振り落とされないと確信する者だけが歩める、全騎士と魔導師の敬意の表れだと。

 

「でもそれじゃあイグニスは通れないのじゃなくて?」

 

「どーいう意味かなスティーリア女子ー」

 

「あはは。まぁ私たちやらかしてるもんね」

 

 薄っすら悪意が見えると恐ろしい事を言うフィーネちゃん。確かに城門を吹き飛ばした馬鹿は居るし、カノンさんやヴァンにやられた人も多いはず。かく言う俺たちも少なからず暴れていた。

 

 それでも通る。ここを通れる君たちは正義だ。そういう意味が込められているのであれば、遠回しにありがとうと言われている様なものだ。恥じず、胸張り、勇者一行として鋼の下を歩いた。

 

 俺が宮殿に来るのはこれで三度目。それでもははぁとついつい内装の細工の精巧さに眼を奪われる。案内されやって来たのは玉座の間。既に王は座し、訪れた者の挨拶を愛想よく受けていた。

 

「へぇ、流石ね。王様だわ」

 

 フェヌア教の祭着を着こんだカノンさんが後ろで呟いた。王女は僧侶にもドレスを用意したのだけど、嫌だと着用を拒否したのだ。良く似合いそうな白いセクシーな衣装だったので残念で仕方がない。

 

 けれども意見には同意しよう。以前面会した時の王は、言っては悪いが枯れていた。もうこの椅子は譲るのさと、覇気の無い姿はただのオッサンだった。それがどうだ。最後の意地を見せ、見事に王とし君臨している。 

 

「やっぱり気持ち次第なんだろうね」

 

(そんなもんよ。あの椅子に座り王の顔で出来ぬならば王は務まらんて)

 

 お前は魔王だろうが。

 それでも君臨した者として指摘は的確だった。裸の王様は居ない。最初から王に相応しい人間も居ない。ならば人を王にするのは椅子だ、王冠だ。それを手に入れたが故に、責任を背負わなければならないのである。

 

 勇者一行は王座付近の特別席へと招かれた。王や王子などと挨拶と交わし、式の始まる時を待つ。やがてガロンガロンと時鐘とは別の音が響き、いよいよ始まるのだなと会場から徐々に声が消え音が消えていく。

 

 すっかり静まり返った会場の雰囲気は厳かそのもの。大勢が無言に注視する中、いきなり本命である戴冠が行われるようだ。勲章などは新王から受け取れという事なのだろう。

 

 式は着々と進行し、王の挨拶から始まり、政権争いの経緯や魔王軍の脅威が発表された。そして、シュバールは変わる時が来た。王も変わる時なのだろう。そんな前置きをした後で一人の青年の名前が呼ばれる。

 

「ディオン・ラーテリア。前に」

 

「はっ!」

 

 そう。新王はディオンであった。理由は色々あって、政権争いで有利を築いたからだけでは無いそうだ。宰相にナハル王子、いやナハルさんが就くというのが大きなポイントらしい。

 

 要するに、ナハルさんが海で自由にやれながら地位を残せた事で川の民側からの理解も得られたのだろう。

 

「本来は我ら四公爵家は対等な取り決め。それをフルフィウス家が独占して来てしまって申し訳ない。どうか、この国を頼むぞ」

 

「何を仰るのです。よくぞ、よくぞ長い間シュバールを導いてくれました。公爵家は貴方達に感謝こそあれ恨みなどは無いのです。ナハルを見て常々思っていた、自由を愛する川の民を縛り続け申し訳無い」

 

 跪くディオンの頭に、そっと王冠が載せられる。立ち上がった彼は、王と立場を入れ替えドスリとその椅子に座った。

 

 それはこの国で一番偉い人が座る椅子だった。立場が変わった事を示す様に前王はディオンに跪く。新たな若い王は内に如何な感情が沸くのか、眼を隠し静かに涙を零した。玉座の間に割れる様な拍手の音が響く。

 

「そう言えば、ライエンの姿が無かったね」

 

「これも彼なりのケジメなんだろうさ」

 

 前宰相ライエンはディオンの父親である。或いは彼の一番見たかった光景こそ、この瞬間だったのではないか。馬鹿野郎と感情が荒ぶる。確かに色々あった。勇者に合わせる顔が無いと言われればそれまでだ。

 

 それでもフィーネちゃんが親子の絆を奪いほくそ笑むはずがない。俺はまったく頑固親父めと思いながら、祝福の音よ届けと彼の分までディオンに拍手をする。

 

 ディオンは涙でボロボロでなりながら、からかわれながらも式は進む。アルスさんへの勲章授与、勇者一行への勲章授与。そして散った戦士達への黙祷。そして最後に、新王としての最初の大仕事が回ってくる。

 

「新王ディオン・ラーティアが告げる。止まない雨の終わりが来たり。新時代の空に万年虹はもはや不要。勇者フィーネ・エントエンデに乞い願う、特異点を破壊してくれ!」

 

「承知。その行い正義とあれば、我が刃を振るうに一点の曇りなし」

 

 

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