ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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292 勇者の部屋で

 

 

「はぁ散々な戴冠式だった」

 

「アンタ、反省の色が薄いわね」

 

 僧侶に睨まれながら熱々の紅茶をずずりと啜る。ここには不作法を咎める大人は居らず、ふうと零れる溜息は、お堅い場からの帰還も相俟って気持ちを一気に弛緩させた。

 

 俺たちは戴冠式が終わりフィーネちゃんの部屋に集合していた。パーティーでこそ煌びやかなドレスを纏っていた彼女達だが、高い服をいつまでも着ているはずもなく、とっくに部屋着に着替えて化粧も落としている。この如何にもプライベートという雰囲気がまた俺から緊張感を奪う。

 

 なお、女の子の部屋と言っても大使館の別館を間借りしているだけなので中は俺の部屋と大差は無い。別に残念では無い。

 

「でも俺は巻き込まれただけで悪くないんじゃないかと」

 

(カカカ。あれだけノリノリだったくせによく言うわ)

 

「ツカサくんも反省会行っとく?」

 

 ベッドの上で枕を抱きしめる金髪の少女はニコリと微笑んだ。どうやら勇者は俺の醜態をまだ許してはくれていない様だった。嘘の分かる彼女には乳尻談義を楽しんでいた事がバレているのだろう。ごめんなさいと背筋を正す。

 

 そう、今頃はフィスキオ王子もレオーネ王女も王様達に怒られている最中だ。その中に放り込まれるのだけは嫌なので心の中で同志に敬礼をする。

 

「で、何の用だよフィーネ。皆でお疲れ会ってなら俺は帰るぜ。疲れてんだ」

 

「あのな、この時期に集めるなら大事な話だよ。そうだな、次の目的地でも決まったかい?」

 

「相変わらずイグニスは話が早いね。うん、許可はまだだけど、色々話を聞いて候補は出来たかな」

 

 勇者一行の次の目的地と聞いて、やる気無く椅子の背もたれに背を預けていたヴァンが体を起こす。ティアはへぇどこなのと興味津々に続きを促すが、隣に座る魔女だけは不気味に無言だった。

 

 俺もおやと疑問に思う。俺とイグニスは別行動の許可を貰っている。だから無関係だとは言わないが、深い決定権は無いだろう。それでもこの席に招くのであれば、一行という義理か、或いは迷っている何かがあるのか。

 

「私は始めたからには精霊巡羅を続けるつもり。これだけ言えばイグニスには伝わると思うけど、次の行先はアリファン諸島のヴェルグ火山だよ」

 

 そう来たかと思わず目を見開いた。ヴェルグ火山は魔女の最終目的地、火精サラマンダーの住まう場所だ。精霊を回る旅ならばいつかは行くのだろうが、正直もうかという気持ちが隠せない。

 

「うん、真っすぐだねフィーネ。サラマンダーの居場所はハッキリしているし、火属性は水属性と対極だ。手に入れれば少しは制御が効きやすくなる。得意の雷を取り戻すつもりというわけだ」

 

 コクリと頷くフィーネちゃんを見て、歴史の勉強をしていた成果なのだと思い知る。四大精霊全ての加護を得ていた勇者ファルスだが、その実四属性を持っていたからこそ調和が取れていたのだ。

 

 だが、そんな話を聞いたイグニスはウンウンと納得しながら今回はパスと。とうとう旅路はおろか冒険の動向さえ拒否をしだした。すかさずカノンさんが魔女の頭を腕で抱え込み、放せとばかり二の腕をペチペチタップする音が響く。

 

「自由行動貰っといて良い身分ねイグニス。大体その、なんとか火山ってアンタが行きたいって言っていた場所じゃないのよ」

 

「我儘は分かってる。どうしても来いと言うなら行こう。けれどお勧めはしないよ」

 

 私はサラマンダーを倒すつもりだと皆の前で告白し絶句させた。キトとの闘いで実力不足は痛感したが、それでも目の前にすれば自分は火竜に挑むだろうと。

 

「火の精を燃やすって正気なの?」

 

「それは今更だろティア。俺はイグニスが正気だった時を知らねえよ」

 

「なるほど。それもそうね」

 

「ようし、君たち外に出ろ」

 

 ギャーギャーと言い合う魔女と雪女、それをカノンさんが必死に仲裁していた。肝心の拒否られた勇者は、頭が痛いとばかりに額に手を当てている。

 

「分かった。無理して連れて行っても出合頭に火炎槍打ち込みそうだから、むしろ来ないで」

 

 流石フィーネちゃんである。イグニスの理解度が高い。その場面が容易に想像出来た為に俺はやるだろうねと同意せざるを得なかった。だが、ならばとばかりに勇者の碧い瞳は俺を捉える。

 

 その意味する所を分からない俺ではない。つまりイグニスが駄目ならお前はどうだという意味が込められていた。

 

「俺は構わないよ。ならアリファン諸島って場所に集合でいいのかな?」

 

「……ううん。南に行くならナハル殿下。あ、今は宰相だね。が送ってくれるって話だから」

 

 同じ船に乗らないのであれば一緒には行けないだろう。だから今度の冒険は別行動だ。そう言われてしまった。なんともすまなそうな顔をする少女を見て、こちらの方が申し訳ない気持ちになる。

 

「そっか、力に成れなくてごめんね。せめてコレを俺だと思って使って欲しい」

 

「……ツカサくん!」

 

 徐に近づき、フィーネちゃんの手にウォシュくんを握らせた。勇者はありがとう大事にするねと受け取ってくれたのだけど、後ろから待ていと物言いが入る。

 

「何良い事言った的な雰囲気出してるのよ。言っている事最低なのだわ!」

 

 確かに洗尻機を俺と思って使う絵面はやばいか。やばいな。まぁ持っていて損はしないだろうと預けた。

 

「またツカサくんたちとは別行動か、寂しいなぁ。じゃあ次は何処で落ち合おう。イグニス、良い場所あるかな」

 

「そうだなぁ。フィーネ達は南に行くんだろう。私達は大森林を抜けて東南だ。ならエルレウムなんてどうかな」

 

 何処かで聞いた名前だと思えばナハルさんがスク水を手に入れた場所だった。魔女の説明ではシュバールの前に広がる海は陸に囲まれた地中海の様な形状らしい。なので俺たちと勇者一行は逆方向に進みちょうど海を半周した所をゴールにしようと提案する。

 

 なるほどと頷いたフィーネちゃんは、それで少し計画を立てて見ようと前向きに検討してくれた。けれどもやっぱり待ったを掛けたのはティアだった。彼女は少し委員長気質がありそうだ。

 

「イグニス、貴女は大森林を抜けていくと言ったのかしら。馬鹿なのかしら」

 

「え、俺は時期が良いって聞いたよ。魔獣暴走で魔獣も減っているから楽なもんだって」

 

 けれども雪女は言う。今時エルフでもそんな事はしないと。何故ならばシュバールには船があるから。森を抜けるより余程早く安全に隣国に行けるそうであった。

 

 俺はふーんとイグニスを見る。余計な事言いやがってとばかりに表情を歪める女は、しかし残念。逃げ出そうにもカノンさんに捕まったままだった。俺はそのまま逃がさないで下さいねと、動けぬ魔女の眼前にデコピンの準備をして突きつける。

 

「言い訳を聞こう」

 

「船があるって知らなかったんだ。それだけだよ、本当だ」

 

「嘘です」

 

 勇者の心眼で速攻に嘘を見破られたイグニスは開き直り、森の踏破に賭ける熱い情熱を語った。きっとこのまえ道を調べている時から計画をしていたのであろう。俺はそうかと指を引き絞り額を打ち抜いた。悪は滅びた。

 

「……なんでだろう、最近私にはツカサくんに雑に扱われたいという謎の欲求があるの」

 

「それはちょっと俺には分からないかなぁ」

 

「私は丁寧に扱って欲しい。扱え」

 

 けれど実感するのはいよいよ別れの時が近づいているという事。名残惜しいのは皆一緒か、方針が決まれば折角集まったのだしと団欒の時を過ごす事に。ヴァンは結局こうなるのかと文句を言うが、どうして奴も解散するまで席は立たなかった。

 

 自分の部屋に戻ると先ほどの賑やかさを思い出し、また少し寂しい気持ちになった。

 もう夜も遅いのでこのまま寝てしまっても良かったのだけど、どうにも気分が感傷的になっているらしい。

 

 はてこの気持ちはと思えば、前回はちゃんと分かれて無かったのだ。俺は武術大会の後に単身でエルツィオーネ領に向かってしまっていた。そして死線を超えたというのもあるだろう。この広く過酷な世界で、再び全員で集まれるのか。そんな不安が別れを一層に惜しませる。

 

(どうした、寝んのか?)

 

「うん、ちょっとやりたい事思い出した」

 

(……ああ)

 

 木箱から取り出す一通の手紙。アルスさんがシャルラさんから預かって来てくれたものだ。エルツィオーネ家から使用人を借りて日々貴族の勉強をしている事。シエルさんが厳しい事。ルーランさんやティグが頑張っている事。そんな微笑ましいラルキルド領の近状が沢山書かれていた。

 

 こうして読み返すだけでもとても元気の出る物だ。俺はよしとレターセットの準備をする。これ以上ランデレシアを離れれば、きっともう返事が届く事は無いのだろう。だからこそ伝えたい。生きてますよ、元気ですよ。必ずまた足を運びますよと。

 

 勇者一行なんて偉そうな身分を名乗ろうと、中身は未だ冒険者。荷物身軽な住所不定のホームレスである。この思い出という物は、俺が唯一持ち合わせる宝物であり、この世界に残せた軌跡なのだった。

 

 

 

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