ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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293 剣士の言葉

 

 

「そろそろ戻るよティア」

 

「嫌よ。嫌なのだわ!」

 

「なあ、フィーネ。その……何とかなんねえかな」

 

「愛玩は不可。仮に非常食用として買ったとして、ヴァンはあのティアを前に捌ける?」

 

 そりゃ無理だわと少年はやるせない顔をしながら、これ以上愛着が沸かない様に雪女の手を引きに行った。ティアが抱き着き手放さないのは兎の魔獣である。薄い茶色で体長2メートルくらいある大兎だ。

 

 兎と言っても亀兎とは別種で、こちらは単に体が大きいのが特徴だ。確かに可愛らしい姿をしている。動物が好きな人間は心を打ち抜かれるだろう。かくいう俺も愛い奴じゃとナデナデはした。

 

 けれども無常かな、ここは牧場だ。動物との触れ合いコーナーなどではなく、あの兎は食用なのであった。年中発情期でありポコポコ増えるらしい。それですぐに大きくなるのであれば、まぁ家畜の選択肢にも入るのかと思った。

 

「せめて夕飯が兎肉じゃない事を祈りましょう。ティアが発狂しそうだわ」

 

「え、私は兎料理楽しみにしてたんだけどな」

 

 僧侶の呟きにガビンと反応する魔女。もはや頭の中では合う酒でも考えていたのか、ううむと唸りながら兎の群れを見つめていた。逞しい奴である。

 

 ちなみ兎の肉はあっさりとしていて結構美味しい。そう思う俺でも動き回る彼らを見て美味しそうだなとは感じなかった。けれどフィーネちゃんやカノンさんまで完全に食材として見ている限り文化の違いなのだろう。

 

 ぬいぐるみには可愛いと言う感性を持ちながら何故と思わなくもないが、魔獣として心の中で一線引いているのだろうか。

 

「どうでもいいけど、長閑(のどか)だなぁ」

 

(であるなぁ)

 

 ここはラーメルの町から北にある草原地帯だった。草原と言っても谷という谷に水が流れ込んでいるこの国では陸地は諸島の様に飛び飛びであるが。

 

 この牧場は、そんな小さな島をまるまる牧地として利用した、言わば兎島なのだった。

 ピョンピョコ跳ねる兎に皆少なからずほっこりするのだが、雪女は一人テンションメーターがぶっ壊れていた。

 

 毛並みを撫でながら浮かべる恍惚の表情は、きっと薬物中毒者というのはこういう表情を浮かべるのだろうなと思うほどに危険なものであった。

 

 話が逸れたが、ディオンの新王としてのパレードが始まったのだ。北上しシュルバという町を目指す王の行進に勇者一行も参加をしていて町は既に三つ目。予定では後五日ほどで目的のシュルバに到着するらしい。

 

 先の二つこそ勇者一行も王のお披露目パーティーに呼ばれたが、町に着く毎に強制参加は大変だとフィーネちゃんが相談してくれた。なので今回はディオンがパーティーに参加している間、俺たちはこうしてのんびりと過ごせるのであった。

 

「でも、あれだね。善意で歓迎してくれる事考えると、サボるのはちょっと罪悪感あるね」

 

「そうは言っても毎度なんて私嫌よ」

 

「俺も頻繁にだとちょっと気疲れするなぁ」

 

 そうよねーと同意を求めてくるカノンさんにウンウンと頷く。特に最初の町の歓迎は凄かった。どうにもラメールと近いせいで若干スタンピードの影響があったそうなのだ。群れから逸れた荒ぶる魔獣が押し寄せたせいで市民は恐ろしさを再認識したらしい。

 

 フィーネちゃん達は船旅なのでまたラメールに戻るけれど、俺とイグニスは特異点を破壊した後にシュルバで別れる予定で。町を出たという事は、長らくお世話になった大使館の人達ともお別れをしたという事だ。

 

 シャルラさんへの手紙は何故か王妃が引き受けてくれて、アルスさんなどの騎士団の人達からは頑張れよと声援を貰い旅立った。涙を流し別れを惜しんでくれたドジ子さんにはうっかり貰い泣きしそうに。けれどニコニコ笑顔で見送る王女と変態執事にはなんの感慨も湧かなかったなぁ。

 

「…………」

 

「ツカサくん、どうかした?」

 

 顔を覗き込んでくるフィーネちゃんにううんと首を振る。嘘なのだけど彼女は何も突っ込まなかった。目に入ったのは、もうちょっとと粘るティアを兎から引き剥がすヴァン。その腰にある双剣だった。

 

 同じ二刀流使いである父親からのアドバイスを受け完成した新剣。使い慣れた柄をそのままに刀身を打ち直して貰ったそうだ。長さはほぼ変わらず、しかし分厚く頑丈に。当然重さは増えたのだろうが、あの男はそれを軽々と振るっている。

 

 夜になれば毎日磨く程のお気に入りの一品なのだけど、俺は前の剣の最後がどうなったかを知っていた。

 

「馬車から思っていたけど、ヴァンと何かあったのかい?」

 

 仲直りしとけよと小さな声で耳打ちをしてくるイグニスに、俺は別にと返した。何があったかを知っているカノンさんはバシッと背を叩いて来た。

 

「秘密なんだよ」

 

(カカカ)

 

 

 それはラメールを発つ少し前。戴冠式も終わり、俺も旅に向けていよいよ体作りを始めた頃。ヴァンから少し付き合えよと、騎士団の訓練場に呼び出された。

 

 普段は大使館で訓練しているのに、なんでわざわざ訓練場を借りて。そんな疑問はシャランと剣を抜く少年を見て吹き飛ぶ。剣は真剣、瞳は凍える程の殺気を纏い、俺を射抜く。殺気というのはアルスさん風に言えば愛だ。奴は今、どう斬るかと俺の事だけを考え頭がいっぱいなのであった。

 

「武術大会はよ、楽しかったな。あれからどんだけ上達したのか見せて見ろや」

 

「ふぅ。あのなぁヴァンくん。負けてから泣き言言うんじゃねぇぞ?」

 

 俺も心の何処かで思っていた事だ。あの時と差は埋まったのか。仲間だから中々言い出せなかったのが、剣を向けられれば心は拒否をせず。こうして俺とヴァンは特に理由も無く殺し合いを。いや、どちらが強いのかを決める為だけの決闘をした。

 

 キトとの闘いは俺達に大きな変化をもたらす。それはつまり、基準の大幅な修正だった。力を速さを頑丈さを赤鬼基準で考えて、アイツをぶっ殺す為に鍛え直した。

 

「そんなもんかオラー!!」

 

 武術大会では受けて吹き飛んでいた闘気での攻撃。だが剣士はもはや片手でいなす。剛活性の領域に踏み込んだ男は以前より力も速さも増し、一段と実力を上げていて。

 

「遅くなったんじゃねえのか、お前よぉ!!」

 

 だからどうした。強くなったのはお前だけじゃない。闘気に光の魔力を編み込んだ魔剣技、その名も“光式”は反射神経から思考速度まで向上させる。奴が俺の攻撃を捌こうと、同時に俺も乱れ舞う二刀の斬撃全て迎撃してみせた。

 

 弾き、躱し、打ち込み、流され。鋼の音色が絶えず響き、手を変え品を変えくたばりやがれとぶつかり合う。

 

「ははは!」

 

「ははは!」

 

 加速する攻防。三つの刃は高速に奔り風切り音を残し、衝突してはチカリチカリと火花を灯す。一つ一つが致命だった。本気だった。触れればその身を裂く凶器が紙一重を幾度と往復する。けれども一歩も退かない。どちらも退けない。

 

 仲間同士で狂気の沙汰であるのだが、それが堪らないとばかりに俺もヴァンも刹那に没頭した。やがてブシュリと頬が裂け血が舞った。掠ったか。否避けた。ならばこれは魔剣技、風による不可視の斬撃なのだろう。

 

 キトで試していたヴァンの新スタイルだ。高速移動に使っていた魔力を剣に乗せた攻撃力の増加。機動力は落ちれどコイツには真正面から戦っても攻撃を捌く技量があり、むしろ二刀流が攻守で十全に生きる様に感じる。

 

 打ち合えはする。しかし攻撃が届かない。二本の剣は防御に回されると鉄壁を思わせる程に堅牢で。僅かでも隙を見せればそれこそ嵐の様に連打が飛んで来た。躱せど防げど風の刃が一方的に体を切り裂いていく。

 

 強ええ。僅かな期間でどれだけ強くなっているのだと舌を巻く。当然か。これはキトとの戦いで自然に編み出された型。鬼の暴力に対応し、鬼の肌を切り裂く為に精錬された結果ではないか。

 

「俺は、強くなるから。魔王だろうと三大天だろうと、誰も欠けさせねぇ。ちゃんと守り抜くからよ」

 

 俺の強さを見ろと言わんばかりに牙を剥くその男。口が悪く不器用で、その実、剣にだけは真っすぐな少年だった。

 

 ガキンと鋼の音。受け止めた奴の剣のその重さ。闘気を纏っていても踏ん張らなければ倒れそうな程で。まるで別れる俺に、みんなを任せろと訴えている様に力強い。

 

「俺にゃ(これ)しかねえんだよ」

 

「バーカ。そんな事知ってるわ」

 

 また皆で冒険行くの楽しみだな、なんて言わない。剣士は口で語るより、よほど雄弁に気持ちを伝える術がある。俺だって負けねえ強くなるさ。その思いは口で言ってるだけじゃダメなのだ。

 

「だが、お前はカカカ流をまだ知らない!」

 

 効率を求めた武術を嘲笑う様な適当殺法。しかしてその出力で相手をねじ伏せる魔王スタイルだ。お前が本気なら俺も暴力を見せてやるぜ。

 

 キトとの戦いで闘気が深化したという俺はその出力の上り幅に泣いていた。強すぎて肉体が持たない。筋肉がブチンして骨がボキンする。だが今全力を出さずどうするのかと魔力を回し吠えたてる。

 

 迸る魔力、奔る黒剣。右の大振りはしかし限界突破の超暴力。

 煌めいたが最後、ゴウと唸る一閃は二刀の防御を力づくで粉砕し、一撃で勝負の優勢をひっくり返す。

 

「まぁなんだ。みんなを任せたぜ、男の子。ちなみにこの勝負は俺の勝ちでいいよね?」

 

「……引き分けにしといてやるよ」

 

(妥当じゃな)

 

 ヴァンは吹き飛び壁に激突していた。両の剣は砕け散り、魔力で上手く防いだ様だが、それなりに深手だ。だが、さも勝者のように上から見下ろす俺は骨がボキンして腕がプラーンしていた。痛くて涙が出る。戦闘の続行は無理だった。

 

「カノンさーん、痛いよーお願い治してー」

 

「すまねえカノン。他の奴には内密で頼む」

 

「またなにしたのよアンタ等はー!?」

 

 この後二人でカノンさんを拝み倒し、神聖術で癒して貰う事になった。

 

 

「おーいツカサ、戦盤しようぜ」

 

 兎島の見学を終え町に戻った俺達。宿は懐かしの草原の民式、移動型住居だった。

 豪華なテントといって差し支えない住居だが、囲炉裏があったり靴を脱いだりとどこか懐かしい文化もあるので俺は嫌いでは無い。

 

 男女で別れた建物なので男二人で暇だと床にゴロリとしていると、ヴァンが備え付けの玩具を見つけたらしい。その名も戦盤。一言でどんなゲームかと言えば。

 

「お前それクソゲーじゃねえかよ」

 

(カカカ。実に的確じゃ)

 

 分類としてはTRPG風チェスだろうか。騎士や魔導士と言った駒を動かし将軍を倒せば勝ちなのだけど、余りに運の要素が強いのである。例えば魔導士や弓兵は離れた場所への攻撃権を持つが当たり判定がダイスロールだ。

 

 分かるだろうか。運が悪いとこちらの攻撃は全く通らず、しかし良ければ遠方から虐殺が可能だ。その他にも移動や防御の多くに運要素があり、戦術で完全に勝利していたイグニスが3ターン無駄にしてフンガーと身を捩るほどである。

 

「まぁいいか、暇だしやろう」

 

「やろうやろう」

 

 そして二人して思うように進まずフンガーしていると女の子達が遊びに来たよと訪れた。この日はゲーム大会になった。

 

 

 

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