ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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295 フィーネの選択

 

 

 特別筆舌する事も無く目的地のシュルバという町に着いた。まぁ当然か。新王の就任を祝うパレードなのである。問題が起きる方がおかしいのだろう。

 

 進む道もペースも何もかもが計画通りで、仮に魔獣が出ようとも先行する騎士団が排除してくれた。お陰で勇者一行は観光をしながらのんびりと過ごす事が出来たのだった。

 

 なので俺はさあここからが本番だと気を引き締めた。勇者一行には特異点の破壊という任務がある。魔王の爪痕が残る場所まで赴き、勇者がその力を振るうのだ。古くから続く止まない雨、年中空に架かる虹。それを消し去るのがシュバールで行う最後の冒険だった。

 

 しかし、肝心の冒険に出発する前に問題が発生してしまう。

 それはシュルバに到着した当日。昨日の夜の事。俺の部屋を訪れた金髪の少女は覚悟を決めた顔でこう告げて来たのだ。

 

「ツ、ツカサきゅん。明日私に付き合ってくれませんですか!?」

 

「分かりました」

 

 それ以外の言葉は言ってはいけない気がした。さながら胸元に剣を突きつけられているかの如く迫力で、生命の危機を感じた俺は何も聞かずにイエスと答えていた。フィーネちゃん、恐ろしい子である。

 

「これは決闘の誘いだよな。俺も遺書を書く時が来たかぁ」

 

(いや、早まるなて。あれはデートの誘いじゃろう)

 

「でも人を殺す目してたよ」

 

(ん……んぅむ)

 

 肝心の勇者は集合時刻と場所だけを告げて消えてしまう。明日何をしたいのかで装いも変わるので暫し頭を抱えて悩んだ。ちょっと顔貸せやでヴァンとは決闘をしたし、斬り合う可能性が無いとは言い切れないのがまた怖いところであった。

 

 

 そして本日。俺はやや緊張をしながら約束の場所に向かった。城の裏門には既に勇者が立っていてソワソワキョロキョロしている様が伺える。俺も結構早くに部屋を出たのだけど彼女はいつから待っていたのやら。

 

「おはよう。ごめんね、待たせちゃったみたいで」

 

「あ、おはよう。気にしないで、私が早く着きすぎただけだから」

 

 ニパリと向けられた笑顔は朝日よりも眩しかった。しかし何よりも腰に帯剣していない事にそっと胸を撫でおろした俺だった。

 

 今日のフィーネちゃんは白いワンピースとサンダル姿で、上品だけど礼服ほど堅苦しいものでは無い。町に遊びに出るご令嬢、くらいの雰囲気か。似合っているねと口に出そうになって、おやと思い直す。

 

「やっぱりフィーネちゃんにピッタリだね、その服」

 

「えへへ、ありがとう。迷ったんだけど前に褒めて貰った服にしようかなって」

 

 そう、以前に着ている姿を見ていたのだ。その時もやはり似合っていると感想を言った覚えがあった。危ない危ない。

 

 だが同時にもう一つの事を思い出す。息抜きに誘った時に着ていたエプロンドレスの事だ。多分フィーネちゃんのお気に入りだったと思うのだけど、俺のせいで駄目になってしまったんだよね。思い出までは弁償出来ないが、せめて代わりを贈りたいななんて考える。

 

「今日は何か予定があるのかな?」

 

「ええと、その~。有るような無いような」

 

 煮え切らない勇者は印の入った町の地図を見せて来た。これは町門で買えるガイドブックである。評判の良い食事処などが書いてあるのだけど、そこから更にフィーネちゃんが行ってみたい店をピックアップしたものだった。

 

 どうでしょうと上目遣いで見つめられる。決闘の覚悟をして来た俺にとって買い物の付き合いなど可愛いものだ。問題などあるはずも無く、じゃあ行こうかと馬車に乗り込んだ。その際に御者のオッサンが下世話な笑みを浮かべ「若いねぇ」と呟いて。

 

 やりやがった。運転が凄く荒い。急発進と急停車を繰り返すもので椅子がもうガタゴトと暴れるのだ。まるで遊園地のアトラクションに乗ってしまったかの様な乗り心地。嬉し恥ずかしいハプニングのサービスなのだろうが誰も頼んでないぞ。俺は危ないので身体強化で踏ん張りつつフィーネちゃんの肩を支える。

 

「ちょっと文句言ってくるよ俺」

 

「待って、大丈夫。むしろお小遣いあげたい気分」

 

「まぁ楽しんでいるならいいか……」

 

(いや、どんな気分じゃい)

 

 今更だが、俺たちはシュルバの城に招かれていた。だから城下町に降りるのに馬車を使う。ちなみに裏門を使ったのは表にはディオンへ挨拶に来る客で長い長い行列が出来ているからだ。

 

 この町がシュバールを襲った大洪水から逃れたのには理由があって、場所が山頂なのだった。ランデレシア王国のフラウア同様に古くは砦として機能していたらしい。交通に不便な高台を陣取っていた事が功を奏したのだろう。

 

 そんなシュルバの町並みを一言で表すならば苔むす石の町。石が積まれて出来た無骨な造りの建物も、緑が覆えば何とも歴史を感じ、味があった。

 

 さて、ラメールを川の民の都というならば、ここシュルバは草原の民の都。そして草原の民の代表と言えばラーテリア公爵家だ。つまりディオンはこのシュルバの領主であり城の主だった。そんな彼がだ、シュバール国の新王として凱旋したならば、町は一体どうなるでしょう。

 

「「「新王様、万歳~!!」」」

 

「今日はお店やってないかも知れないね」

 

「ちょっと間が悪かったかなぁ」

 

 町を挙げてのお祭り騒ぎだった。路地という路地に人が溢れ、振舞われる酒と肉で大はしゃぎ。どこからともなく陽気な音楽が聞こえ、人々は飲んで歌って楽しんでいる。馬車から降りた俺は呆れ笑いを浮かべながら活気付く街を見渡した。

 

「とりあえず祭りを楽しんで見る?」

 

(賛成じゃ。勇者なんて置いて遊びに行こうぞ)

 

 お前には聞いてねえよ。だがジグが乗り気になるくらいに楽しそうな光景ではあった。

 飲食関係の店は開いていて大盛況。閑古鳥が鳴いているのは雑貨や工房などだ。職人は多分休んでいる。仕事してる場合じゃねえと酒でも飲んでいるのだろう。

 

 お店は一応開いていた。それでも客が居ないので露店に品を並べたり、店番をしながら一緒に騒いだりといった風だ。頑張って予定を立て来た勇者にお伺いをすると、どうしようも無いもんねと苦笑いをしていた。

 

「じゃあ行こう。でも逸れたら大変だから……」

 

 手を繋ごうよ。そう言ってするりと手に指が絡んできた。前科が結構あるだけにハイと素直に受け入れるのだけど、肌が密着するとなんかヌルリと不愉快な湿り気が。手汗だと。まさか俺は緊張しているというのだろうか。

 

「ごめんね、なんか俺汗かいてる見たい。フィーネちゃんと二人きりだから緊張してるのかな」

 

「人が多くて暑いんじゃないかな! 気にしないで!」

 

「優しい」

 

(優しいか?)

 

 そうして俺たちは暫く通りを練り歩いた。本当にどこもかしこも混んでいて、目貫通りなんてとても歩けるものでは無かった。混雑を回避しようと思い裏路地に入れば、若い男二人がへへへと薄ら笑いを浮かべて近づいて来て。

 

「何か用ですか?」

 

「ひゅー可愛い子連れてるねぇお兄ちゃん。逢引の最中かなぁ。悪いがここは通行禁止だ」

 

「すぐに行き止まりなのさ。通りに出るなら手前を左に曲がった方が良い。ちなみにチヘルの店が出てたからお勧めだぜぇ?」

 

「優しい!」

 

 祭りは人を大らかにさせるのだろうか。悪い人なんて居なかった。お兄さん二人にお礼を言って、せっかくなのでチヘルという物を探してみた。店を見つけた俺とフィーネちゃんは思わずおおと声を揃えて驚いてしまう。

 

「凄い凄い。えっコレ食べられるの!?」

 

「飴細工か。ティアが喜びそう」

 

 ミヨンと伸びる飴が宙を舞い、職人がパパパと手を動かすとあっという間に動物の形が出来上がるのだった。子供が多いので並ぶのが恥ずかしかったが、俺は絶対に食べたいと列に居座る。ドラゴン作って貰った。

 

「いやー色んなお店があるもんだね」

 

「うん。シュバールは海から色々な文化が入ってくるから楽しいよね」

 

 そう聞くとラメールの町をもっと散策したかったものである。広場で飴ちゃんをペロペロと舐めていると大道芸なども目に入り、完全に遊びのスイッチが入ったのを自覚した。

 

 だがフィーネちゃんは話を切り出すタイミングを探っていたようで、笑顔の俺とは真逆に悲しげな横顔であのねと声を掛けて来る。

 

「実は私、謝らないといけない事があるんだ。ツカサくんの秘密を聞いちゃったの」

 

「……どれの事だろう?」

 

 そんなに一杯あるのと瞳を曇らせる勇者に冗談だと言い訳をした。当然ながら疑惑は晴れなかった。本当にどれだ。最近カノンさんの汗の匂いに興奮している事ではあるまいなと思った。

 

「異世界から来たんだってね。サヨナラしたら、もう二度と会えないだろうって」

 

「ああ、イグニスは話したんだ」

 

 金髪の少女は碧い瞳を不安の色に染めて返答を待つもので、俺は真っすぐに視線を合わせながら、そうだよと頷いた。

 

「こんな時は嘘じゃないんだね」

 

「黙っててごめん」

 

 

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