ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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297 虹を追って

 

 

 俺たちは虹を追い駆けていた。

 なんかそう言うと格好良い気がするが、要するに特異点を目指して旅だったのである。

 

「ひゃほーい!」

 

「あ、こらツカサ。隊列を乱さないの」

 

「元気は取って置きなさい。まだ先は長いんだぞ」

 

 僧侶と魔女に窘められるも俺はご機嫌だ。その理由はズバリ足である。駝鳥の進化個体である馬鳥ことストラウス。それを一人一頭で繰り隊列を成している。

 

 速度だけならば軍馬にも見劣りせぬ破格の走行性。更にはシュトラオスの様に人懐っこく扱いやすい。控えめに言って最高だ。こんな生物の背に乗りみんなと草原を走っていれば気分はまるで騎兵隊だった。

 

「いやぁ、けどツカサの気持ちも分かるぜ。ラウトゥーラの時みたく、また歩きかと思ったが、こんな快適に移動出来るとはよ」

 

「そうだね。凄く順調。これなら明日にはもう着いちゃうんじゃないかな」

 

 普段は馬車を牽くフィーネちゃん達も足の速さには感動を覚えるようだった。勇者の愛馬はそもそもラメールでお留守番である。それに目的地は結構な高地であり、付近には馬車道もありはしなかった。そこで新王様に相談した結果がこれだ。太っ腹である。

 

 まぁ国からの依頼だから失敗も出来ないんだけどね。加えてディオンくんはせっかくだし一緒に行って見届けたいとか、騎士団を派遣しようとか要らない気を回してくれていたりする。勇者がバッサリと断ったが。

 

「そう言えばカノンさん達は滝を見てないんでしたっけ。大きくて凄い迫力だから、あれは一度見たほうがいいですよ」

 

「ああ。川下りする前に見たって言ってたやつ。そうね、山の上から見えないかしら」

 

「残念だけどヘメロス山は滝の上側だよ」

 

 俺ももう一度見たかったのでそれは残念だと肩を竦める。目的地はヘメロス山と言い、位置的には大瀑布の北側だそうだ。ただし出発地点のシュルバの方が北側にあるので今は南下しているのだとか。

 

 移動しながら何をと思うかも知れないが、方角はあまり問題では無い。何せ空には虹という大きな目印があるのだった。なので勇者一行はコンパスも使わず七色の光に導かれながら草原を駆け巡る。

 

 

 もう幾つ橋を越えただろう。最初こそ馬車道に沿い赤土に足跡を残すも、徐々に道は減り人里の気配が消えていく。それからは秋の肥ゆる草原を走破し、時には砂利を踏みしめ小川を超えた。

 

 どれだけ虹を追おうと近くなる事は無いけれど、変わりゆく風景が目的地に近づいているという事を教えてくれて。

 

「あ、雨だ」

 

 先頭を走るフィーネが呟きながらに上を向いた。俺も釣られ、手の平を空に向けながら顔を上げた。頭上には高く澄んだ青空と眩しい太陽が輝いている。しかし確かに細かい雫がパラパラと降り注いでいた。

 

 天気雨。きっと風で流れて来たのだろう。いよいよ雨が降り続ける場所に近づいている証拠だった。手にもはや残らぬ粒を握りしめ、この一滴が始まりだったのだなと水の重みを思う。

 

 シュバール国に来てから様々な水の形を見たものだ。激しくも荘厳な大滝。荒々しく地を削る大河。街の眠る深く透明な湖。その全部が全部、止まない雨という魔王の爪痕が引き起こした現象だった。

 

「あの山か」

 

 きっと当時の人も、ただの雨かと思ったのではないか。あまりに日常的で誰も危機感など覚えなかった事だろう。だが、積み重なる一滴が国を沈めた。ヘメロス山はその事実を象徴する様な場所だった。

 

「まるで虹の架台だわ」

 

 山を遠見る雪女が言う。上手い事を言うものだと後ろで感心をした。周囲の山より一つ図抜けて背の高い山があった。しかし、頂きは既に削れて消えていた。400年もの間、豪雨に晒され続けた山は流れ崩れてしまった様なのだ。

 

 残るのは山の両端。残骸がまるで鬼の二本角の様に取り残されている。その上に虹が架かるものだから、ティアの言う虹の架台を建設中なのだと考えたらクスリと笑いが漏れる。

 

「よーし、ちゃっちゃと行って帰ろうぜ」

 

「ううん。もうすぐ日暮れだし、雨の届かない場所まで下がって野営の準備をします」

 

「賢明な判断だ。雨に打たれると分かっているのに、これ以上進む必要は無いな」

 

 進もうと口にした剣士は勇者と魔女に反対を食らっていた。もう少し遅かったら俺が言っていたのだけど声に出して無いのでセーフ。無言に頷き野営の準備を手伝い始めた。

 

(いこ、まで口に出ておったぞ)

 

「セーフ」

 

 

「よーし、いいぞ。ヴァン引っ張ってー」

 

「うーい」

 

 俺とヴァンは天幕の設置をしていた。馬車があれば車内で寝れるのだけど、そこは一長一短。ストラウスのお陰で早く進めたし、一人当たりの荷物も多く運んで来れたので、手間に文句は言えまい。

 

 まあ俺は毎回野宿なので手慣れたものだ。少年を顎で使いながらテキパキと用意をする。フィーネちゃんは馬鳥の世話をし、イグニスは見張りを兼ねた火番。そしてカノンさんとティアで料理をしていた。

 

「なんというか、ティアは本当に真面目だよな」

 

「だろ。そこがいい」

 

 ティアは料理教室以降も真面目に取り組み、腕をメキメキと上げていた。今も早速俺が教えたホワイトソースを実践しているようだ。漂うまろやかな匂いについ鼻を鳴らしてしまう。

 

 何か簡単で応用が利くものを教えてくれと頼まれたからソースを教えたんだよね。ラルキルド領でこちらも作っていたのだがマヨネーズが強すぎた。

 

「ねえツーくん。上手く出来たと思うのだけど味見してみてくれないかしら」

 

「え、いいの。やったー!」

 

「ずりーぞテメー!」

 

 料理仲間の特権という奴だろう。ヴァンくんはもう少し待ってね、だってさ。お預けを食らい悔しがる剣士に睨まれながら試食をした。簡単に言えばホワイトソースのロールキャベツだろうか。

 

 ただし、キャベツに挽肉を詰めたのではなく一枚肉を挟みクルクルと巻いている。そんな意味でロールだ。積み重なる葉と肉の層が顎に楽しく、隙間にたっぷりとソースが絡まるので味も良い。とても面白い料理だった。

 

「うわ美味しい。これティアが考えたの?」

 

「いいえ。ウチの領にある料理のソースを変えただけよ」

 

 味に関しては文句なしだ。そもそも俺も素人なので美味しいとしか言えない。なので免許皆伝じゃと魔法の言葉を教える事にした。

 

 カノンさんが料理が出来たとみんなを集め、ティアが配膳を始める。俺とジグは内心でほくそ笑みながら雪女を見つめた。まずはリーダーからだと、フィーネちゃんに料理が渡されソレは行われる。

 

「美味しくなーれ、美味しくなーれ。萌え萌えキュン!」

 

「……なぁにそれ?」

 

「ツーくんが教えてくれた料理が美味しく感じるおまじないよ」

 

「ティア、それ多分嘘だと思うよ」

 

 両手でハートを作りドヤ顔を披露する雪女。一方で愛情を込められた勇者は戸惑っていた。けれど俺は嘘をついていない。そも料理というのは美味しく食べられる様に作るのだ。この儀式はそこに込められた愛情を可視化した行為に過ぎない。

 

(カカカ。では本音をどうぞ)

 

「うわぁ本当にやったよー」

 

「よーし、ちょっと顔貸しなさい貴方」

 

 真面目な彼女はとてもからかい甲斐がある。それでも最近ちょっとイジリ過ぎたか、今日ばかりは許さぬとポカポカと殴る蹴るの暴行を加えてきた。はははイグニスの本気の暴力に比べたら可愛いものさ。

 

「アンタ達も、何だかんだ仲良くなったわよね」

 

「これが仲が良い様に見えるのカノン!?」

 

「私も気安く扱って欲しいよう」

 

 しみじみというカノンさんに同意した。最初は初対面だけに距離を測りかねていたが、タルグルント湖での経験もあり随分気安い関係になれたと思う。冷めないうちにと料理を頂き、そのあまりの温かさに思わず言葉が漏れた。

 

「また、みんなで一緒に楽しい冒険をしたいね」

 

「それはちゃんとこの冒険を終えたらだよ、ツカサくん」

 

 賑やかに騒ぐ俺たちを見ながら、勇者はニコリと微笑んだ。

 

 

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