ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

300 / 611
大森林
300 たとえ吐息を忘れても


 

 

「これはどういう事だ、イグニース!!」

 

「どうも何も、ちょっと想像力を働かせれば予見出来ただろうに」

 

「楽だって言ってたのに。嘘つき!」

 

(カカカ。信じる方が悪いわい)

 

 俺たちはシュルバの町で勇者一行と別れ、いざと意気揚々に大森林へと踏み込んだ。

 ティア曰く、この場所をわざわざ陸路で踏破するのは物好きがやる事らしい。船というショートカットの手段があるからだ。

 

 それでもイグニスは譲らなかった。魔獣暴走で森中の獣が消えたのだから横断するならば今だろうと。お願いお願いと駄々を捏ねた。まさしく物好きな冒険野郎の意見なのだけど、まぁ期間限定はその通り。仕方ないにゃあと俺は了承をして、今めっちゃ後悔している所だったりする。

 

「ジグ、全部で何匹居る!?」

 

(1、2、3。……12匹かの)

 

 結構多い。ならばと俺は手綱を短く握り、駝鳥の腹をトンと蹴った。もう少し頑張ってくれ。ボコはブエーと一鳴きするや見る見るに速度を上げていく。

 

 この前乗った馬鳥の速さには感激したものだが、シュトラオスとて短距離ならば負けはしない。駝鳥は両脇に立ち並ぶ木々をぼやかせる位に速く森林の中を疾走し。

 

「うっそーん」

 

 目を疑う光景だ。シュトラオスの全速力を出しているというのに、なお離れぬ低重音。ブーンと耳に残る羽音は変わらず周囲を飛び交い、俺たちを逃がすまいと付け狙っていた。

 

 そんな中、真正面から一匹が弾丸かくやの速度で飛来する。目標はボコか。下顎をガパリと横に開き、鋭い牙を剥き出しに襲い掛かって来た。咄嗟に宙を握り黒剣を引き抜こうとすると、肩口からぬっと手が生えて来る。

 

「ツカサ、伏せろ」

 

 言うや即座に魔法陣を展開する魔女。放たれるのはお得意の火炎槍だった。威力は良く知っているので、こりゃ何匹か落ちたかなと爆炎に巻き込まれない様に急いで駝鳥の足を止める。

 

「ぬおっ!?」

 

 だがイグニスから驚愕の声が上がる。今のは俺の目から見ても文句無しの一撃だ。5メートル程の馬鹿でかい炎は確実に正面の奴に当たり、付近の群れまでを消し炭にするはずだった。

 

 おかしいのは相手の機動力なのだろう。全速飛行からの急停止、ホバリング、宙返り。華麗な空中飛行のその様は、まるで戦闘機の航空ショーでも見ている気にさせる。

 

「蜻蛉の癖に厄介だな」

 

「いや、蜻蛉だからだろう」

 

 これが今の森の捕食者だった。スタンピードで動物という動物が森から消え去り。天敵が居なくなれば、これ幸いと昆虫はあっという間にゾロゾロワラワラと増え始め。

 

 けれど悲しきかな、食物連鎖の鎖だけは断ち切れない。弱肉強食。それだけは野生の絶対の掟であり。つまりイグニスの言う獣の居ない静かな森では、昆虫同士による熱い番付が始まっていたのだった。

  

「撒けそうにないね。ここでやろう」

 

「そうだね。ボコに走られると舌を噛みそうだ」

 

 魔女は得意技を避けられプライドに傷が付いたのだろう。多重展開と告げるや展開陣を三つも同時に広げ、死ね死ねと炎の槍を連打し始める。そんな事出来たんだ。怖ぁ。

 

 所詮は蜻蛉。当たりさえすればイグニスの魔法は十分過ぎる程の殺傷能力だった。早くも4匹が黒焦げになり、ボトボトと地面に落ちる。

 

(お前さん、右)

 

「こんにゃろ」

 

 右側には宙に固定された様に浮く一匹が居た。スイカ程の頭部に搭載された緑の大きな双眼。その複眼から俺はどう見えるのだろうか。奔る黒剣を達人の様に見切り、蜻蛉は一旦スイーと離れていく。

 

 その軌道を遠目に眺めながらオイオイと呆れてしまう。周囲は木の生い茂る森林だ。木にぶつかったりしないのかなと思ったのだけど、心配無用とばかりに飛び回っていて。

 

 そして奴が通り過ぎた後は細かい枝が散っていく。空中での異常な機動力の正体だろう。高速で羽ばたく四枚の羽根は、もはや振動する刃物の様だった。

 

「虫って殺意高いよね……」

 

(カカカ。確かに)

 

 ボコで撒けぬも当然。アイツの売りも速さなのだ。もとから高い飛行力を翼を進化させる事で航空兵器へと変貌していた。

 

 ならば剣でアレを仕留めるのは至難の業だろう。狙いが必要な魔銃なんて猶更に無理。俺は既に撃墜を諦めてボコとイグニスの防御に回る事にした。

 

 適材適所である。剣で届かぬ速く遠い敵も、魔法の射程と範囲ならば撃ち落とせるというものだ。

 

 一応に黒剣を構えながら赤髪の少女に問う。任せてもいいかと。魔女は耳触りの良い声で当然と答え、期待に応えようとばかりに死の言葉を高らかに歌う。

 

「【仄光る夕暮れの暗雲、空割く焔は蒼き雷に乗る】【熱砂を舞わせ風狂い、静寂遠く荒れ狂う】【音を喰い膨れろ、光を飲み奪え】」

 

 その魔法は如何なる理で編まれているのか。黄色い炎がバチバチと火花を散らしたかと思えば、ドゴンと強烈な音と光を生み出した。一瞬視界が白めば全てが終わっていた。

 

 あれだけ宙を自在に飛び交っていた蜻蛉だが、近くに居た個体は破裂しバラバラに散り、遠くに居た者まで炎に包まれ失墜する。更に研ぎ澄まされた魔法の冴えに思わずヒューと口笛を吹いた。

 

「ちなみに何したの?」

 

「簡単に言えば高圧で高火力の炎が一瞬で大気を巡ったのさ」

 

 放電ならぬ放火だと言われて余計に首を捻る。どうやら炎に雷の性質を持たせたとの事なのだけど電気はそういう物ではなかろうに。俺に理解出来たのは、空気が一瞬で膨張する程の熱と速さを持っているという事くらいだった。

 

「手……血が出てるよ」

 

「試作品だからね。改良の余地がありそうだ」

 

 魔法の失敗が恥ずかしいのかサッと手を後ろに隠すイグニス。赤鬼との戦いで悔しいと感じたのは俺やヴァンだけでは無かった。彼女もまた力の不足を実感し、自己研鑽に励んでいるのだ。

 

 俺は手の傷を見なかった事にして、それじゃあ行こうと森林の中の道を再び駝鳥で駆け出した。

 

 

「ねえイグニス、そろそろ目的を聞かせてよ」

 

 カップに入る珈琲をちびりと口にしながら脇目で駝鳥に櫛を入れる少女を見る。ボコの休憩がてら脇道で休みを取っていた。火は虫を呼ぶので起こさないけれど、変わりに虫よけの煙をモクモクと焚いている。

 

 やはりこの魔女は準備が万端だったのである。大森林が虫の花園に変わり果てている事を承知で足を踏み入れている。ならばその目的は何だと俺は探りを入れた。

 

「趣味だ」

 

「嘘だ」

 

(説得力は滅茶苦茶あるがな)

 

 勇者さながらに嘘ですとバッサリ切ると、イグニスは形の良い唇に指を添えながら首を捻った。自身と俺の返事に齟齬があったようで、ああと何やら自分で納得をしている。

 

「森の踏破の事じゃ無いよ。まぁそっちも面白そうだとは思うのけど、こんな虫だらけの場所を通るのは私だってごめんだ」

 

 ちなみにこれでも予想より全然虫の数は少ないのだとか。既にエルフが大規模に動き森の環境維持に努めているのだろうと予測していた。

 

「確かに良く手の入った森だもんね」

 

 こちらの世界では何処も森だらけなので、その差は歴然だ。下手したら密林になりかねない環境なのにキチンと間引きされ、森の奥だというのに日差しが入る。

 

 背が高い木が多いので葉で天井を塞がれているのに閉塞感が少ないし。むしろ閉じ込められた空気は濃厚で、木や土の香りが相まって森林に抱きしめられているようだ。

 

「うへへ、良く思い出しなツカサ。シュバール狂騒曲で踊らない奴らが居たろう。キトと一早く接触をしていて、何故かシエルの帰還を恐れて。私は気になるんだよねぇ。もしかしてエルフは何か大きな隠し事をしているんじゃないかなってさ」

 

 言われてはっとする。俺たちがエルフと関わったのはタルグルント湖への道中で商業特区に寄った時だけだ。しかし彼らはライエンの指示とは言え、この大森林に赤鬼を匿っていたではないか。

 

「そっか。じゃあ」

 

 魔王軍と深い関わりを持つエルフを探りに。それがイグニスの目的だった。全く素直では無いと思いながら、むしろ彼女らしいと思ってしまう。

 

「不満かい?」

 

「いいや、むしろ満足だよ」

 

 フィーネちゃんは勇者の道を行く。けれど取りこぼす物語もある。それを回収するのこそ、一緒に行けない俺たちの役割ではないか。

 

 この旅が自分の我儘だけでないと言い訳を貰えて少しばかり勇気が湧いてくる。俺の足跡がいずれ彼女の支えになるならば、今はたとえ吐息を忘れても構うまい。頬打ちビシリと気合を入れて、進んでやろうじゃないかと深い深い森を睨んだ。

 

 

 

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