ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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301 どんぶらこ

 

 

(むかしむかし、ある所に、おじいさんとおばあさんが居りました。おじいさんは川に雉撃ちに、おばあさんは山に花摘みに行っていると)

 

「えー登場人物がトイレにしか行ってない」

 

 なんて汚い桃太郎の導入があったものだと思うも、ずばり俺たちの事であった。もう秋深く日中でも肌寒くなってくる頃合い。特に森林の中は日が当たらないので空気が冷たくトイレも近くなるのだ。さっき飲んだ珈琲のせいだろう。

 

「トイレ休憩中だからって下品な桃太郎は止めましょう」

 

(いや、下には下がおるのだぞ。忘れもせぬ、あの雨居神宮先生の桃太郎は)

 

「誰さ!?」

 

(お前さんの母君よ)

 

 なんと母さんのペンネームであった。知りたく無かった。もうその話は止めてくれと耳を塞ぎたい心地なのだけど、生憎両手は土手に狙いを定めているので使えない。口でやめてよと伝えても、暇な魔王は語りを続けた。

 

(まぁ最初は普通なのだがな、お供が犬♂猿♂雉♂でな)

 

「やたらと強調される性別!?」

 

(桃太郎はそやつらを、お腰に付けたキビ団子で説得し)

 

「そこは原作通りだな、よし」

 

(しかし鬼もさる者、お腰に付けた金棒はとても強く)

 

「初めて聞く単語だ……」

 

 桃太郎は仲間が負けようと不屈の闘志で鬼の金棒に挑むのだとか。なんだ普通の桃太郎じゃないか。色々とスッキリしたところで、俺はふと思った。なんでジグルベインは突然そんな話をしだしたのだろうと。 

 

(いや、大きな桃がどんぶらこと流れておったから)

 

 俺が川に背を向けている間、周囲を警戒していたジグはソレを見つけていた。ほれと指されるのは、なるほど大きな桃。いや半尻だった。人が丸太に引っ掛かりどんぶらこしているのである。

 

「早く言えー!!」

 

(てへ)

 

「くっ、どうしよ。お腰に付けたキビ団子がまだズボンに仕舞えていないのにー」

 

 もたもたしている間にも丸太はどんどんと遠くへ流されて行ってしまい。俺はあーもうと急いでトイレを終えて川に走り出す。

 

 こんな時に感じるのは身体強化の恩恵とさんざん溺れた経験か。本気で駆ければ流れに追いつくのは容易く、多少広い川幅だったけれどジャンプ一発で人影の隣に着水する。すぐさま脇に抱えて陸に上がる事が出来た。

 

「ぶはっ、大丈夫かな。おーい、生きてますかー!」

 

 地面に寝かせ声を掛けてみれば幸いに息は有るようだった。ただし意識は朦朧としているようで微かな反応は示すものの会話までは出来そうに無い。

 

(お前さんはそういうの直ぐに拾うー)

 

「見捨てる訳にはいかないだろうがよ」

 

 とはいえ俺では的確な処置が出来ないのも確かだ。イグニス早く帰って来てくれと思いながら溺れていた人に怪我は無いか見た。

 

 多分俺より年下の男の子か。やや小柄だが男物の服を来ているのである。勿論服だけで性別は判断出来ないだろう。だから多分だった。

 

 なんとも中性的な顔立ちなのだ。格好いいと可愛いの中間くらいで。それでいて灰褐色の髪はギリギリ結えそうな長さ。

 

 体格にしてもそう。女の子ならイグニス以上にぺったんこな胸。男の子なら喉仏もまだ出ていない。正直どちらでも通用すると思う。

 

 全身に多少の擦り傷はあるが、とりあえず目立った怪我は無さそうだなと胸を撫でおろし。さて困ったぞと性別不明の子の前で固まった。

 

「……ジグはどっちだと思う」

 

(脱がせりゃわかろう)

 

 それを迷うのだろう。体温を下げるのは良くないのだけど、果たして勝手に服を脱がしていいものか。まぁ人命救助だ。非常時だし勘弁しておくれと心の中で言い訳をしながら、上着をペロンと捲り。可愛いおへそが見えたくらいで「おい」と声が掛かった。

 

「オレに何する気だ、この変態野郎が!」

 

 油断もあり鳩尾に膝が突き刺さった。おえと咽ながら事情を説明しようとするのだけど、相手は聞き耳も持たずに連打を撃ってくる。咄嗟に躱すが頬のすぐそばを拳が通る。

 

「ちょっ、待った! 話を聞いて!」

 

「うるせー、近寄るんじゃねぇ!!」

 

(そりゃお前さん。寝起きざまに社会の窓全開の男が覆い被さって服を脱がせようとしていたらどう思うや)

 

「しまった、閉め忘れていた!」

 

 なんて事でしょう。恐怖体験でしかないね。きっと俺でもまず殴るだろう。

 だがそれはそれとして誤解なのだ。俺は恥ずべき事などしていないと毅然とした態度で相手に臨み、返事は上段蹴りでした。話聞こうよ。

 

「っく」

 

 蹴りを腕で防ぐが、これが中々に重い。いや小柄な外見からしたらという意味だけど、力だけなら素の俺よりは強い。活性を使ってもいい勝負するのではないだろうか。

 

 戦い慣れているのか蹴りと拳の流れる様な連携が繋がる。フェヌア教の様な武術とは違い、ただ荒々しいだけの打撃。ヴァンを思わせる速度重視のスタイルは、しなやかで躍動を感じさせるが、アイツほど速いわけも無く。

 

「落ち着いてって」

 

「なっ!?」

 

 拳を手のひらで受け止め、そのまま腕を掴んだ。これでも勇者一行に揉まれているのだ。身体強化を使わずとも素人を制圧するのは訳無かった。

 

「言葉通じるよね。君が川に流されていたんだ。濡れていた服を脱がそうとしただけで悪意は無いよ」

 

「……それは……ありがとう……ございました」

 

 冷静になればというやつなのだろう。自分が溺れていた事と、俺がびしょ濡れな事実を突き合わせ、少年は頭は下げぬまでも感謝を口にする。

 

「ずぶ濡れで何をやっているんだと思ったら、なるほど、そんな事情か」

 

「あ、イグニス」

 

 気付けば魔女がお花摘みから帰ってきていた。風邪引くぞと俺の荷物からポンチョを取ってくれるのだけど、それはそのまま少年に渡した。荷物を持って居ないという事は、彼は着替えも持っていないのだった。

 

「……とりあえず火でも起こそうか」

 

 まずは体を温めなさい。そう言われて俺たちはガクガクと震えながら首を縦に振る。

 そして焚火に当たりながら彼の事情を聞いてみる事にした。最初はかなり警戒していたのだけど、温かいお茶でも飲みねえと勧めれば大人しく対話の席に座った。

 

「オレの名前は……リュカだ。助けてくれた事には感謝する」

 

「いえいえ」

 

 ちなみ俺はイグニスのポンチョを借りている。魔法で服を乾かすにしても脱ぐ必要があるので今は全裸ポンチョだった。イグニスは露骨に嫌そうな顔をしていた。

 

「はぁん。つまり君は狩りの最中に誤って崖から落ちてしまったと」

 

「そうだよ。オレの故郷だと一人前の戦士と認められるには魔獣を槍で倒す必要があるんだ。大きければ大きいほどいい」

 

 それでリュカは欲を掻き実力に合わない獲物を狙ってしまったようだ。必死に逃げていた途中に足を踏み外したようで。武器はおろか荷物までも失ってしまい、火を眺める少年の顔は今にも泣き出しそうである。

 

「イグニス」

 

 近くならば送ってあげないか。そんな意味を込めて魔女の名前を呼ぶのだけど、赤髪の少女は目を細めて険しい顔をしていた。

 

「聞いた事がある。それは獣人の作法だな。確か狩りの腕を競うのでは無く」

 

「そうだ。獣と一騎打ちをしてアパムゥを見せるんだよ」

 

 少年の口から懐かしい言葉を聞いて俺はへえと少し彼に興味を持つ。獣人の町に暮らしているのだなと。しかしリュカは当然だろうと不機嫌そうな顔をして言った。

 

「獣人が獣人の町に住んでいて何が可笑しい」

 

「ふぇ!?」

 

(こりゃなんと)

 

 耳も尻尾も無い少年は、自分を獣人だと言い張るのだった。何の獣人なのだと聞いてみれば、見て分からないのかと返される。分かんないよ。リュカは自慢げに誇り高き狼だと胸を張ていた。

 

「どうでもいいが、その誇り高き狼さんはこれからどうするつもりだ?」

 

「……帰り道……分かんない」

 

 イグニスに睨まれたリュカは助けてとばかりに縋る様な視線を向けて来た。俺はちゃんと面倒みるからさと上目遣いで魔女を見つめる。心無い少女は川を指し捨てて来なさいと言った。この外道が。

 

 

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