ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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302 迷子の迷子の子犬ちゃん

 

 

 川をどんぶらこと流れて来た少年リュカ。彼は荷物も失い、帰り道が分からないと困っていた。俺はイグニスに送ってあげようよと提案をするも、しかし、ばっさりと断られてしまう。

 

「そこを何とか頼むよ。ねーイグニスお願いお願い」

 

「あのねぇ、簡単に言うけど君は最後までちゃんと責任取れるのかい?」

 

「取るからさー」

 

「こいつ等、オレを捨てられた子犬の様に扱いやがる!?」

 

 けれども食い下がる。必殺の駄々っ子攻撃である。でもイグニスの様に地面に寝そべるまでの勇気は無い。身元不明の男の子を庇う俺を、魔女はその赤い瞳でじぃと見つめ、やがて溜息交じりに呟いた。

 

「同情かい。いくらなんでも情が湧くのが早すぎるだろうに」

 

「我儘なのは分かってるんだけどさ」

 

 それこそ出会ってしまったというやつだ。俺だって別に人助けが趣味のような正義の男では無い。それでも迷子の。家に帰りたいという気持ちだけは痛いほどに理解が出来てしまったから。

 

「ふん、いいさ。元々1人で狩りに出たんだ。命があっただけ良しってな。世話になった、あばよ」

 

「あ、おいリュカ」 

 

 狼少年は渋る魔女の姿を見て痺れを切らしたらしい。助けが無いならそれも仕方ないと立ち上がってしまった。いつの間にやら髪を後ろで雑に結っている。すると髪型の力か、その横顔はまるで女の子のようである。

 

 待ったと声を掛けるも彼は制止も聞かず。河原に転がる枝を拾い上げて武器にしていた。そしておっしゃーと勢い良く駆け出して行った先は俺たちが来た方向で。おやと思うも間も無く「ぎゃー」と景気の良い悲鳴が聞こえてきた。

 

「掛かったか。しょうがない、助けてくる」

 

(カカカ。そりゃ同じ道を通ればな)

 

「待ちなさい。その前に君は服を着るんだ」

 

 いつまで裸ポンチョで居る気だと乾いた服を投げつけられた。俺とイグニスはやれやれと肩を竦めながら河原に広げた荷物を片付けると、逆さ吊りになっているだろう少年を迎えに行く。

 

「やあ、さっきぶり」

 

「格好よく出て行って様無いな」

 

「うるせー、なんなんだよこれー!?」

 

 予想の通りに片足を木に持ち上げられてジタバタと暴れるリュカの姿があった。食獣植物。俺も引っ掛かったのだけど、この木は地面から露出する根を踏むと跳ね上がり吊し上げるのだ。やがて溶解液が染み出し肉を溶かすらしい。

 

 その名もズバリ吊るし木。果実で動物を呼び出し、罠に嵌めて食べる。なんとも嫌らしい生態だ。

 

「食獣植物の面白いところはね、別に意志を持っているのではなく、あくまで反射なんだ。根が踏まれた、だから持ち上げた。それだけ。まぁ天然の罠だね」

 

「虫用なら凄いと思えても、その対象に人間が含まれると悪意しか感じないよ」

 

「いいから早く下してくれよう」

 

 イグニスと共に芸術的な出オチした少年を見上げふむふむと頷く。ちなみ俺はトイレに駆け込む直前で罠に嵌められたので殺意の波動に目覚めそうになったね。

 

 いつまでも眺めているのも可哀そうなので黒剣で枝を切り落として。すると流石は自称獣人、リュカは宙でクルリと反転し華麗に着地を決めた。

 

「ここはエルフの森だから、こんなのが一杯生えてるらしいんだ」

 

「それを早く言えっての……」

 

 魔獣を狩るというだけありリュカの身体能力は高い。或いはただの森ならば単独でも抜けられたのかもしれない。それでもこの先同じような植物が一杯あると聞いては心が折れた様だ。

 

 威勢よく啖呵を切っただけにバツが悪いのか、助けてとは口にしないが、クゥーンと雨に濡れた子犬の様な視線を向けてきた。

 

「イグニス、出会ったのも何かの縁だよ」 

 

「まったく。君は決めたら結構頑固だものな」

 

 少女は俺の心情を察しているようで、ふと弱気な表情を見せる。そしてまるで言い訳でもするように、別に意地悪で言っているんじゃないのだよと告げてきた。

 

「この子は獣人の町から来たと言っただろう。そして狩りをしていたと。という事は、その故郷とやらはシュバール国内じゃないはずだ。そうだな」

 

「ああ、オレの町はベルモアにある」

 

 地面にしゃがみ込みいじけるリュカに答えを求めたイグニス。そして何か問題でもと言わんばかりにあっけらかんと言う少年。いや、或いは国境を越えていた自覚も無かったのだろうか。

 

(ベルモアであるか。確かにあそこは獣の国よな)

 

 俺は一つの事を見落としていた。この大森林では魔獣が居なくなり昆虫が大繁殖していると思い知ったばかりではないか。ならばこの少年は何処で獣を取ろうとしていたのかと。

 

「……行くのが大変って事?」

 

「いや国の仲が良くない。この森のエルフは除くけど、ベルモアはランデレシアともシュバールとも戦争をしていたんだよ」

 

 今は停戦中だけどねと肩を竦める魔女。なんでもアトミスさんはベルモアという国が戦闘の継続が不能になるほどの大打撃を与えたらしい。具体的にはシュバールの川を決壊させて大規模な水攻めをしたそうだ。やる事がえげつない。

 

「つまり恨まれているから危険だと」

 

「まあ観光気分で踏み込むのはお勧めしないね」

 

 そんな事情があったのか。それは何も知らずに送り届けると言い出す俺が悪かったのだろう。ごめんと頭を垂れると、だからと付け加えるイグニス。顔を上げ期待の眼差しで言葉の続きを待った。

 

「君の言う通り出会った縁と言うのもあるだろう。流石にこの場に置き去りにしろとは言わないよ。近くの町まで送り届ける、それで妥協出来ないかい」

 

「分かった。それでいいかな?」

 

「いいっていいって! それで十分だよ、大助かりだ!」

 

 分かりやすく表情を明るくする少年にこちらまで頬が緩んだ。無事に帰れればいいねと思いながら、改めて宜しくと握手をする。

 

 

「あのさ。なーんか微妙に納得出来ないんだけどさ」

 

「なんだよ文句が多い奴だな。黙って走りなさい」

 

「ははは。そっかー、オレお前嫌いだなー」

 

 プリプリと文句を言うリュカ。まぁ一緒に行こうと言っておきながら駝鳥の後を走らされたら文句も言いたくなるか。それで不満が上がらないのはカノンさんくらいのものだろう。馬車でも牽いているなら乗せてあげるのだけど、生憎二人乗り何だよね。

 

「やばいな。何も解決しないまま日が暮れしまう」

 

「そうだね。森の中だとあっという間に真っ暗だもんね」

 

 ボコの手綱を握るイグニスは無意識かペースを上げていた。俺は地図を眺めながらもリュカの様子に気を配り、逸る魔女をドウドウと諫める。俺たちは今、一つの問題に直面していた。それは食料問題だ。

 

 食料は旅に掛かる日数から逆算して買い込んでいる。それこそ馬車が無いので量はあまり余裕を持たせていない。今回で言うなら三日分を持ち運んでいるのだけど、そこに一人加わったらどうなるか。当然足りなくなる。

 

「せめて魔獣でも出ればいいんだけど、虫だらけだしなぁ」

 

「なんでだよ。虫も旨いぞ」

 

「黙れ、じゃあお前は虫だけ食ってろ」

 

 絶対に虫は食べたくない魔女が吠えた。気持ちは分かるので、俺も嫌だと同意する。

例えば三日でちゃんと町に着くと判明しているならば、イグニスはここまで慌てないだろう。少し我慢をすればいいだけだ。

 

 ならば、限りある食料で何日耐え忍べばいいのか分からなくなったとしたらどうか。

 そもそもにエルフというのは交流に活発ではないそうだ。それこそ人間との取引に商業特区を作るくらいに、森に引き篭もっている。

 

 大森林の中でも町というのは数えるくらいにしか存在しないらしく。一番近場というのが、最後に寄った川の民の町から三日という話だった。

 

「言っておくけど、オレは悪くねーかんな!」

 

「大丈夫、分かってるって」

 

 契機はリュカを拾った事ではない。もっと前の、トイレ休憩を取る為に脇道に逸れた事なのである。一本道の馬車道だと思い油断をしたか。どうやら復帰をした場所が既に違う道だったようだ。

 

 迷子を最寄りの町まで送ってあげるという約束なのに、笑ってしまう話、俺たちが迷子になってしまったようだった。

 

 

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