ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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305 急げ急げ

 

 

 やっとの思いで森を抜けて草原に出てみれば、空には蜂の群れが飛び回り。更に目の前を巨大な蜘蛛が道を塞いで、おまけとばかりに背後から涎を垂らす犬が駆けつけて。

 

 

「どうやらこいつ等の縄張りだったか」

 

 

「そりゃ悪い事したね。ごめんよー」

 

 

「言ってる場合か、どうすんだよ!」

 

 

 何処を見ても敵だらけ。リュカは慌ただしく視線を動かしながら叫んだ。

 

 

 しかし落ち度はこちらにあると思うのだ。自然を我が物顔で歩いた罰というか、人間だって自宅の前に不審者が居たら気になるだろう。己の大事な巣を守るべく立ち上がるのは生物として至極当然の反応だった。

 

 

 困った事があるとすれば一つ、彼らはごめんで許してくれない。あらまぁ、よくお越しくださいましたね死ね。悲しいけれどこれが自然なのよね。

 

 

 ならば、こちらも抗うまで。簡単に食われてやるかと黒剣を引き抜けば、同じく魔女もとっくに臨戦態勢。掛け声は無くとも赤い瞳がやると訴えていたので、ウロチョロするなと狼少年の首根っこを捕まえた。

 

 

「いいよイグニス」

 

 

「【展開】ふっ、よく分かったね。【走れ】【燃やせ】【荒れ狂え】」

 

 

「うおっ。こいつ、魔法使いかよ!?」

 

 

 そういえばリュカの前で本格的な魔法は初披露か。イグニスの選択は流石のもので、囲まれたならば全て焼き尽くすまでと炎の渦が俺達を飲み込む。

 

 

 時間にしてほんの数秒。しかし赤い業火は半径15メートルほどの物を燃やし薙ぎ払ってしまったようだ。炎のカーテンが外されてみれば景色は一変していた。

 

 

 炎の範囲を示す様に草原が円形の焼け野原になっている。空に陣取っていた拳よりも大きな蜂の群れは黒炭になりパラパラと風に舞い、2メートルはあった見上げる程の巨蜘蛛もブスブスと煙を上げる姿焼きへと果てていた。

 

 

「その魔法、展開陣に仕込むだけあって攻防優れてるなぁ」

 

 

「いいだろう。視界を塞ぐのが難点なんだけどね」

 

 

(あ、おい。気を抜くでないわ!) 

 

 

 まだ光球と魔銃しか出来ない俺は便利なものだと感心をしていた。だが脳内お友達が阿呆と叫び、次の瞬間にはイグニスが苦悶を漏らして蹲る。

 

 

「ぐぬぁあ、痛ったあ」

 

 

「え、大丈夫!? どうしたの!?」

 

 

 敵はほぼ一掃した。唯一後方の犬だけは射程がギリギリだった事もあり躱されたらしいけれど、そんな魔獣から目を離すほど気を緩めたつもりも無い。いつ来るかと迎撃態勢だった。

 

 

 苦痛に顔を歪める少女に近づくと上だと一言。その手に握られていたのは長く鋭利な針だった。よく見れば腹と太ももにも深々と刺さり、服を血で滲ませている。

 

 

 これが飛んで来たのだと理解した俺は、針の刺さる方向から敵の位置を割り出し、すぐさまにイグニスを庇う様に立ちはだかった。

 

 

「ジグ、魔力!」

 

 

(お、おう。それは構わんがイグニスの様子が)

 

 

 さながら矢の様に飛来する針を黒剣で打ち払い、魔銃で反撃をする。敵は言わずもがな蜂だ。炎で焼き払った直後には第二陣が集って来ていたのである。大方死ぬ間際に危険信号でも出したのではなかろうか。

 

 

「リュカ、気を付けろ!」

 

 

「嘘だろ、針を飛ばしてくんのかよあの蜂」

 

 

 敵は物量で潰すべく押し寄せてくる。50匹近くの群れが絶え間なく針を飛ばして来た。幸いに狙いが正確ではないので、まだ剣で弾くのは間に合うけれど、逆に反撃をする余裕が消えていく。虫の癖に一丁前に弾幕を張りやがるのだ。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 気になるのがイグニスの様子だった。痛くて蹲っている。そう思っていたのだけど、あまりの顔色に悪さに最悪の展開を予想してしまう。

 

 

 魔獣は進化をすると大きくなる傾向があるが何も大きさだけが全てではない。小さい者にも生きる為の武器があり。速さだったり、硬さだったり、飛び道具だったり。そして……毒だったり。

 

 

「仕方ない。リュカ、イグニスを連れて先に行け! 草原を抜けた所で合流しよう!」

 

 

「はぁ、お前はどうすんだよ!?」

 

 

 気づけば声を張り上げていた。後ろの犬は炎やら蜂のせいで、まだ襲って来ない。こちらが弱るのを待ってるのである。その状況判断は憎たらしい程に的確で、蜂に遠距離で攻められるとイグニスの魔法が無ければジリ貧だった。

 

 

 しかし今ならばシュトラオスで抜けられる。全滅する前にイグニスとリュカには先に行って貰おうと考えた所で、脛をゴンと叩かれた。

 

 

「……また君は……そういう事を言う。させないさ、耳を塞ぎなさい」

 

 

(ってげーそれは! お前さん、急げ!)

 

 

 言うが早いか、魔女は足元から草を引き抜いてブンとその植物を蜂の群れに放り投げた。すぐさまに耳を塞ぐイグニスを見て俺もリュカも咄嗟に同じポーズを取る。

 

 

 一体何をと思った時にそれは襲って来る。高周波。まるでヤカンの水が沸騰した時の様な甲高い音が、何倍にもなった音量で響き渡った。両手で耳を塞いでいるのに脳みそが沸騰しそうだ。

 

 

(あーうるさ。ワシ霊体だから耳塞いでもすり抜けたわ。よもやこんな弱点が。いや、思えばずっと音には苦しまされておったか)

 

 

「そういう事するならさ、先に言えよな!」

 

 

 ぼやくジグルベインとリュカだが、音のバズーカは魔獣にも大きな効果をもたらしていた。蜂の群れは散り散りになり大きな隙間が出来る。後ろの犬なんて聴覚が良い分か地面に転び悶えている。

 

 

 俺は今だとイグニスをボコの上に担ぎあげた。誤算は同じく敏感な駝鳥まで参っている事だが、頑張って貰うしかあるまい。

 

 

「おい、リュカ。早く乗れ!」

 

 

「……いいよ。二人乗りならお前行けって。アイツはオレを追って来たんだし、大丈夫、なんとかなりそうだ」

 

 

 少年は言う事を聞かず、魔獣を引き付ける様に槍を振り回しながら駆け出してしまった。目論見通りか獅子犬はリュカを追いかけて行く。馬鹿野郎と思うが引き戻す時間も無い。再び蜂が集まる前にと、俺はイグニスを抱えながら手綱を握った。

 

 

「悪いなリュカ。すぐ助けに行くから」

 

 

 このまま草原を最短で駆け抜けよう。そう思いボコを全速力で走らせると、しかし足元の土がガバリと捲れ上がって。まるで隠し扉だ。感知するのは振動か、既に周囲には蜘蛛の巣が張られていた。

 

 

 恐らくは巨蜘蛛の子供。この一帯が奴らのテリトリーらしく、付近の地面からワラワラと大蜘蛛が湧き出して来る。

 

 

「邪魔するんじゃねー!!」

 

 

 俺とて無駄な殺生は好まないが、今は非常時。一分一秒の時間が惜しい。道を塞ぐならば暴力で排除するまでだ。

 

 

 ビビる駝鳥の脇腹を蹴り、蜘蛛の群れの中に突っ込ませる。蜘蛛の子を散らす、ならぬ、蜘蛛の子を蹴散らす。襲ってくる敵を問答無用で黒剣で切り裂いて、草原を抜ける時には背後に屍の山が出来上がっていた。

 

 

「よし、こっちは抜けた。ジグ、リュカは?」

 

 

(おお、辛うじてまだ生きとるよ)

 

 

「辛うじてなの!?」

 

 

 いくら獣人と言えどシュトラオスの速力には大きく劣る。こちらが草原を横断出来てもリュカはまだ半ば程を駆けていた。虫は俺が大方倒した様だが、彼は彼で犬の魔獣に追いかけられていて。その様はまさに命辛々と言った所か。

 

 

 走りながらも槍を上手く使い、なんとか獣との距離を稼いでいる。きっと川に落ちる前もああやって逃げていたのだろうなと想像させる。

 

 

 けれど犬というのは賢いもので。きっとあれは泳がされているのだ。走らせ疲れきった所をガブリといく気だろう。そういう意味ではリュカは最初からあの魔獣の獲物なのであった。

 

 

「あれ、アイツ何処を目指して……」

 

 

 良く見れば、一心不乱に駆ける少年は草原の端を目指してはいなかった。その足が向くのは一本の木が生える小高い丘だ。周りが見えていないのだろうか、その先は行き止まりだぞ。

 

 

 案の定、丘に追い込まれたリュカは進むべき道を失い足を止めた。獅子犬はそれを好機と見たか、獲物を仕留めるべく牙を向く。

 

 

 襲い掛かる獣に少年は槍で抵抗をしようとした。槍の矛先は蟷螂の腕。硬い魔獣の皮膚をも切り裂く鋭利さを秘めるが、肝心の柄は木の棒だった。

 

 

 突き立てようと何百キロという体重には小枝も同じ。敢え無くポキリとへし折れて、リュカはそのまま地面に押し倒されてしまう。

 

 

「リュカー!!」

 

 

 俺は叫び、渾身の力で黒剣を投擲する。狙いは魔獣……では無い。勇気を示した狩人の手元だ。何せ押し倒されたそこは大変に場所が良い。想像の通りに前足を木に絡め捕られ、さながら万歳でもするように喉元を晒す犬の姿が見えた。

 

 

 吊るし木。その根を踏んだ獲物を吊るし上げる天然の罠。彼は身を持ってその存在を知り、イグニスが魔木を利用したのを見て閃いたのだろう。

 

 

 やおらに立ち上がった狼少年は木に突き刺さった黒剣を手にし、今度はその刃を宙で藻掻く魔獣へと突き立てた。勝負は延長戦の末に決着。当初は敗走をしたが、無事に大物狩りを果たしたリュカは、あおーんと獣の様に勝利の雄たけびを上げた。

 

 

 

 

「それで、こいつは大丈夫なのか?」

 

 

「俺にも分かんないよ……」

 

 

 無事に草原を抜け出たリュカと合流するも、肝心のイグニスはぐったりし意識も朦朧としたままだった。俺は熱で火照る彼女の手を握りしめ、頑張れよと声を掛ける。体には激痛が走るのか、時折上げる苦悶の声がどうにも耳にやるせない。

 

 

「出来るなら代わってあげたい」

 

 

(アホ。お前さんは見守る側の辛さを知れ)

 

 

 俺が倒れている時は皆こんな心境なのだと窘められる。そうだね。何も出来ないというのは辛いね。

 

 

 一応はイグニスが意識を失う前に処置は聞けた。荷物に蜂刺されにも効く薬草があると教えて貰ったので、それを磨り潰して患部に貼っている。でも俺に出来るにはそこまでだった。

 

 

「アナフィラキシーショックとかじゃなければいいけど」

 

 

「ア、アナ?」

 

 

(それは分からんが、大事なのはイグニスは蜂に刺される事も想定していたという事よ)

 

 

 流石に毒の種類までは分からなかったようだがな、と魔王は冷静に状況判断をした。

 

 そうだ。蜂刺されの薬草なんてなんで持っていたのか。或いは虫刺され全般に効能があるのかも知れないけれど、それは俺に一つの光明を与える。

 

 

 フラウアの町で、エルフの特産品だという美味しい蜂蜜を食べた事があった。ならばエルフは蜂とも共存している。もっと言えば、刺された時用に薬なども常備しているのではないか。

 

 

 どうせこのままでは埒が明かないのだ。この迷いの森を踏破し、急いでイグニスをエルフの町まで連れて行かなければ。

 

 

「待っててイグニス。すぐに楽にしてあげるから」

 

 

 

 

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