ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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307 エルフ発見

 

 

 煙の匂いがする、誰かが火を焚いているのだろうと狼少年は言った。俺にはまだ匂いなんて感じ取れないのだけれど、そこは感覚の鋭い獣人の言葉。そうかと頷いて。

 

 

「良かった。もう大丈夫だよ、イグニス」

 

 

 万感の思いを込めて今は眠る少女の頬を撫でる。俺はちゃんとエルフの町に近づく事が出来ていた。その事実にとても安心をする。魔女が居ても迷ってしまう程に深く険しい森だから、一歩一歩がずっと不安だったのだ。

 

 

「リュカ、どっちかな」

 

 

「こっちだ。ついて来いよ」

 

 

(カカカ、なんか初めて役に立ったのうコイツ)

 

 

 すんすんと鼻を鳴らすリュカは、こっちだと道を外れて茂みに駆け出して行った。

 

 ええ、そっちなのと一瞬躊躇う。何せほんの少しのトイレ休憩ですら道を間違えたのだから。しかし少年は俺のそんな気持ちを露知らず、先で早く早くと手を振っている。

 

 

(どうするんじゃ?)

 

 

「……行くしか、ないよなぁ」

 

 

 念の為に一応木に印を付けて、ええいと覚悟を決めて森に入っていく。

 

 身軽なので放した犬の様に駆けていくリュカだが、こちらは駝鳥を引いていて更にボコはイグニスの寝る担架を背負っていた。

 

 

 木の間隔が狭い場所や激しい凹凸は迂回する必要があるので、もうちょっとゆっくり進めと何度注意をしただろう。

 

 

 恐るべきは狼の嗅覚か。匂いと言うのでそれ程離れた場所は想定していなかったのだけど、リュカはどんどん森の奥へと進んで行く。もはや振り返ろうとも帰り道は分からない。頭に再び過るのは迷子の二文字。これで人と会えなかったらリュカの奴は晩飯抜きの刑である。

 

 

(もうちょっと小まめに目印付けんから)

 

 

「だって、こんなに遠くなんて思わないじゃんよう」

 

 

 どれほど進んだだろう。完璧に現在位置を見失い、そろそろ泣き言の一つでも言いたい気分になってくると、先導していた少年は立ち止まってアレだと空を指す。指の先を追えば、木々の隙間からは確かに立ち上る白い煙が見えた。

 

 

「にしても何だ、甘ったるい嫌な匂いだぜ」

 

 

「ああ、そう言われてみれば花の様な香りがするかも」

 

 

 これを遠く離れた場所から感じ取ったのかと舌を巻く。リュカの嗅覚は本物であった。えっへんと胸を張る少年に、今度こそ心からのありがとうを伝える。

 

 

 そうして俺はさてと件の煙を目で追う。まだ遠いけれど、下の方から立ち上っているようであった。谷底の方だ。俺たちは風上に居たのでリュカは匂いを追って来れたという事なのだろう。

 

 

 目視出来る範囲に入ったので、このまま出所には向かえそうだ。けれども今になり冷静になる自分が居た。地図では町はまだ先で、方向も違う。ならばこんな所で何をしているのかと。接触をしてもいい相手なのかなと。

 

 

(む、なにか来るな)

 

 

「まじか」

 

 

 優秀なジグセンサーが駝鳥や獣人よりも早く反応をした。先に進むのだろうと俺の腕を引くリュカを止めて後ろの茂みを睨みつける。するとジグルベインの言葉通りに背後の木がメキメキとへし折れて行く。

 

 

「あれは……!!」

 

 

 木を容易く薙ぎ倒したのは一本の黒槍だった。いや、槍と見間違う程に長く鋭い二股の角。それが頭部から生えているのだ。

 

 

 1メートルを超える巨大な個体だった。赤黒い外殻は金属を思わせるくらいに艶やかで冷ややかで、触れていないというのに確かな硬度を想像させる。ずんぐりと丸みを帯びた流線型の胴体。伸びる6本の脚は棘が覆い、強固に地面を捉えている。

 

 

 カブトムシ。なんて格好いい生物なのだろうと俺は言葉を失った。

 

 ラウトゥーラの森で見た金色のヘラクレスやノコギリクワガタも良かった。しかしこの風貌にはとても敵うまい。こいつはまさに森の王様の風格だった。

 

 

「超かっけー!! か、飼ちゃだめかな。ヴァンに自慢したーい」

 

 

「お前実は馬鹿なのか!?」

 

 

 犬退治で武器を失ったリュカはやばいやばいとすぐさまに距離を取る。さもありなん。何故か知らないけれどカブトムシはやたらと興奮をしている様で、角を振り回しながら突進して来たのだ。

 

 

 見惚れていた俺は若干に反応が遅れてしまう。ボコを遠ざけた時にはもう目の前に居て、遠慮なしに槍の様な角が突き立てられていた。

 

 

(まったく、なにやっとるかのう)

 

 

「ぐぬぬ、上に乗って飛んで見たいとか考えていたらー」

 

 

 角を掴み、胴体が引き裂かれるのはギリギリで防いだ。それにしても何て言う力だ。虫としては大きいとはいえ、たかだか1メートル程度の体。それがどうだ、受け止めてみればまるでサイの突進でも食らったかのような手応えである。ますます惚れてしまう。

 

 

「残念だよ、こんな時じゃなければ相撲取るのも悪く無いんだけど」

 

 

 今は何よりイグニスが優先だ。構っている時間は無い。ジグあれやるぞと声を掛ければ、魔王は仕方ないのうと魔力を注ぎ込んでくれる。闘気は完全に黒く染まりきり、闇の魔力は俺の自重を何倍にも重くする。

 

 

「ふふふ。光があれば闇もある。これぞ闘気闇あん式だ。出直して来な森王者」

 

 

 角を掴んだまま体をひょいと持ちあげて。そのままブンと遠くに投げ捨てた。リュカはなんじゃそりゃと口を開けてあんぐりしている。驚いたかい。

 

 

 キト戦で使用した重斬撃を効率良く使う為に光式と同時に開発した戦闘スタイルだった。攻撃力はあるので真正面からの殴り合いは強いのだけど、正直ジグの魔力を取り込み過ぎるので霊脈が辛い。ここまでするなら交代したほうが断然効率が良いだろう。

 

 

(あんな虫ケラに必要だったか?)

 

 

「いや、普通の闘気でも投げられたよ。ただ谷に降りるなら何があるか分からないからね」

 

 

(まぁ降りるしかないものなぁ)

 

 

 そう、俺たちは進むしか無い。毒に侵されるイグニスは体調が良くなるどころか悪化しているのである。昨晩に目覚めたきり、今日はまだ声を聞いていなかった。闇式が残るうちに一気に下ってしまおうと、謎の煙の元を目指す。

 

 

「なんだこれ、なんだこれ」

 

 

 少年が怯えて背に張り付いて来た。歩き辛いのだけど、武器が無いのならばしょうがない。何故やら俺たち意外に虫達も谷底を目指しているようなのだ。

 

 

 少し歩けば虫に出会う。こんにちわで済む穏やかな虫も居れば、容赦なく襲ってくる猛獣、いや猛虫も居て。誘われる様に集う虫の群れを払いながら進んだ。

 

 

「あーそういう感じか」

 

 

(見えてくれば簡単な答えじゃったな)

 

 

 うん。きっとイグニスが起きていれば直ぐに当てたのだろう。

 

 谷底に近づいて行くと、石の礫が空を駆けた。渦巻く風が木々を揺らす。いずれも飛行する虫を狙って放たれた魔法である。

 

 

 ならば話は単純。これは虫の駆除をしているのだ。恐らく谷底で焚いている煙は虫寄せの効果のある香で。リュカが嗅ぎ当てるのも当然、わざと匂いが拡散しやすい場所で使用していたのではないか。

 

 

「いやいや、ちょっと待てよ。それじゃあよオレ達ここに居たら」

 

 

「間違いなく巻き込まれるね!」

 

 

 笑顔で言うと、正解とばかりに土魔法で出来た魔鉱石が傍に落ちて来た。バスケットボールくらいの砲弾は、一体何匹の虫を潰したのか体液に塗れている。近いうちにこれが自分の血で染まるのだろうと確信した俺とリュカは攻撃を止めてくださいと必死に叫んだ。

 

 

「止めろー! ここに人が居るぞー!」

 

 

「俺たちは虫じゃないの、駆除しないでー!!」

 

 

「なっ!? 総員攻撃中止、駆除範囲に人が紛れ込んでいるぞ!!」

 

 

 大声を出しながら手を振っていると誰かが気付いてくれたらしい。数人でどこだどこだと探し回っているようで。やがて桜色の髪をしたお姉さんが矢を構えながら姿を現した。

 

 

「動くな。ここは既に我ら森人エルフの土地だ。身元が明らかになるまでは大人しくしていて貰うぞ」

 

 

 黒剣を投げ捨てはいはいと手を挙げる。見た目は殆ど人間と変わり無いがピョコンと僅かに尖った耳は、間違いなくエルフの特徴で。ああ、会いたかった。俺は初対面で警戒される中であるが、どうか仲間を助けてくださいと縋った。

 

 

 

 

 

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