ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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309 ついてない

 

 

 部屋に入ると赤髪の少女は物憂げな顔で窓の外を眺めていた。まだ熱が残るのか、ほんのり赤らむ肌には妙に色気がある。その醸し出す儚さはまるで病弱な深窓の令嬢の様ではないか。

 

 魔女は扉の前に立ち尽くす俺にチロリと赤い瞳を向けて。そして、か弱く寂しげな声で囁き掛けて来た。

 

「なぁツカサ。私さ、楽しみにしていたんだよ。エルフの作る蜂蜜酒」

 

「昨日飲んだけど凄く美味しかったよ」

 

「いいーなー! 羨ましいなー!」

 

 でも所詮はイグニスだった。布団に寝転びジタバタと醜い抵抗をしている。これが「アルコールには殺菌作用があるから飲ませろ」とアホな理論を持ち出して、禁酒を申しつけられた貴族令嬢の姿である。

 

「残念な奴だ」

 

(カカカ。気持ちは分らんでもないがな)

 

 俺はやれやれと大袈裟に肩を竦めて、お酒じゃないけどと、見舞いの品をベッド脇の机に置いた。レモネードならぬモモネードだ。エルフの好むジュースらしくて蜂蜜酒の代わりに持って行けと渡されたのだった。

 

「おお、ありがとう。ん~甘んまい」

 

「少しは元気出たみたいだね。体調はどう?」

 

「熱はかなり下がったと思う。腕はまだ痛むけれど腫れも少し引いたかな。このまま膿が出きれば完治だね」

 

 4~5日くらいかなと自己診断するイグニス。ちょうどセレシエさんの見立てとも同じくらいだったので流石と褒めた。

 

「全然駄目だろ。大勢に迷惑を掛けた。後でちゃんと礼をしなければ」

 

「うん。エレシアさんは本当に良くしてくれたよ」

 

 何を隠そう今いる部屋は彼女の自宅だ。町に宿が無いらしくて、わざわざ家に招いてくれたのである。好きなだけ滞在しろとまで言ってくれていた。

 

「ツカサにも世話になったね。ありがとう」

 

「俺は普段迷惑掛けてるから、お互い様だよ」

 

(お前さんすぐ死んでしまうもんなー)

 

「まだ死んだ事はないって」

 

 それでどうなっていると現在の状況を求めてくる魔女。本当に普段とは立場が逆だなと思いながら、何から話したものかと思考を巡らせる。

 

 イグニスならば治療の内容については要らないか。昨日は薬師の元に駆け込んで薬を調合して貰った。熱は体が毒に対抗する免疫力の作用らしいので、熱が引いたという事は薬が効いたのだろう。

 

 少し意外だったのは町に三柱教の教会が無い事。神聖術であれば一発で全快だからだ。いや、そうとも言えないのだろうか。一応回復にも得て不得手があって、フェヌアは怪我、マーレは病気、ダングスは毒に強いと、カノンさんに教えてもらった記憶があった。

 

「運良く警備隊と会えたんだ。虫寄せの香を焚いていて、それをリュカが見つけてくれてさ」

 

 無難にエルフと合流出来た経緯から話す事にした。イグニスはジュースをちびちびと飲みながらも、ほほうと相槌を打ってくれる。侵入者と間違われるトラブルはあったけれど勇者一行の身分を明かせば歓迎的な雰囲気であった。

 

 それは警備隊だけでなく町全体の話だ。やはり特異点の破壊という功績が大きいのだろう。吟遊詩人の詩が流行していた背景もあり扱いは良い。

 

 もっとも良すぎて、セレシエさんの家の周りに人が集まるものでおちおち散歩にも出れないのが現状だったりする。昨晩はリュカとセレシエさんに冒険譚をねだられ、寝落ちするまで語ったものだ。

 

 ただ。

 

「聞いて欲しいんだけどさ、実はエルフの族長はまだラメールに居るんだって」

 

 シュバール国には四つの公爵家がある。川の民の代表であるナハル宰相しかり、草原の民の代表のディオンがそうだ。そしてドワーフとエルフも対等の立場としてそこに含まれている。

 

 だからエルフの族長も政権争いの時には既にラメールに滞在していて。それがまだ帰って来ていないそうなのだ。主に魔獣暴走や防衛戦で面倒事が増えたせいだろうが。

 

 つまり、なんだ。偉い人からキトの話を聞くのが目的ならば、俺たちは此処に来た意味が全く無いのであった。

 

「いや、それは知ってる」

 

「知ってるんだ。じゃあ誰か話を聞くあてあった感じ?」

 

「無いけれど、いいんだよ。よく考えてごらん。族長がラメールに居る間にもキトは大森林に匿われていたんだ。つまり実際に接触していたのは他の奴ってことさ」

 

 反論の言葉を失った。黒幕だったライエンに吐かせた以上、指示を受けただけのエルフの族長も似たものだとイグニスは判断したのだ。確かにアイツが何を考えこの森で過ごしていたのか。それは触れ合った人間にしか分からない事だった。

 

「それならいいんだけどさ」

 

「なんだい、含んだ言い方じゃないか」

 

 まぁと曖昧な返事をした。歓迎の雰囲気ではあるのだけど俺にはどうも視線が気になるのだった。珍しいと言えばそれまでなのだが、まるで監視でもされるように常に人の目があるもので。実はまだ市場を冷やかしにも行っていない。

 

 確信の無い事なので俺はそうだと話を逸らし、とっておきの情報を知らせる事にした。

 

「イグニスはシシアって人を知ってる?」

 

「いや、初めて聞いた名前だな」

 

 誰だいと首を傾げる魔女を前に、俺はしたり顔でそうかと頷いた。

 なんでも隠居らしいので気軽に会える存在では無いそうだけど、知れば必ず会いたいと言うだろうと思いながら告げる。

 

「その人、シエルさんの息子さんなんだって。ジグが言うには魔大陸から移住してこの場所に大森林を作ったらしいよ」

 

「へぇシエルの……それは……それは。子供居たのかよアイツ!?」

 

(そりゃ600超えた婆じゃしなぁ)

 

 ちなみジグルベインと出会った時にはもうシシアさんは生まれていたらしい。魔大陸の森林を支配下にした折にエルフは纏めて混沌軍に所属し、その中でメキメキ頭角を現したシエルさんが四天王となったわけだ。

 

「というかシエルは言ってない事が多すぎるだろ。アルス様にキトの情報渡したのだってアイツだぞ」

 

「ジグもね……」

 

(カカカ。すまんな、歴史が多すぎてよ)

 

 まぁお陰で目標は出来たのだ。キトの痕跡を追いつつ、シシアさんに会いに行こうと方針が打ち立てられる。ただそれもイグニスが全快してからの話。焦らず療養しておくれとほほ笑んだ。

 

「ちょうど俺もやる事あるから」

 

「リュカか。無事に帰れるように話が纏まればいいね」

 

「そうだね」

 

 察しのいい少女には俺の行動はお見通しだったようだ。川に流されているという衝撃な出会いであったが、道中では彼にも世話になった。知り合った縁として帰る段取りくらいは手伝ってあげたかった。

 

 君らしいと褒められているのだか貶されているのだか分からない声援を受けて俺は部屋を後にする。

 

「あ、セレシエさん。リュカ見ませんでした?」

 

「あの子なら、泥だらけだったから風呂に入って来いって言った所だ」

 

 狼少年を探しに居間に降りると家主である桜色髪のエルフは両手にどっさりの荷物を運んでいる所だった。持ちますよと片方受け取れば、台所に運んで欲しいと言われる。どうやら食材らしい。急に3人も増えたのでたっぷり買い込んで来たようだ。

 

「なんか迷惑ばかり掛けてすみませんね」

 

「なぁに稀には賑やかなのも悪くないさ」

 

 とくにリュカは元気で宜しいとセレシエさんはカラカラと笑っていた。朝練で俺に負けたのが悔しくて昼になる今までずっと鍛錬をしていたのだとか。見かねつい指導をしてしまったらしい。そういえば警備隊の人だったね。

 

「じゃあ暇だし俺もひとっ風呂浴びるかな」

 

 エルフの唯一の伝手である彼女には聞きたい事がいっぱいある。ベルモアへの護衛の紹介や、キトの事にシシアさんの件もだ。けれども俺だけが先走っても仕方がない。特にリュカの事は本人の意見を聞かなければなるまい。

 

 という事で俺はウキウキで風呂場に向かった。なんと露天風呂なのだ。昨日は町に着いた時はもう日が暮れていたから景色を堪能出来なくて残念に思っていたところである。

 

「うっはぁ」

 

(ほう。これは中々風情のある)

 

 ポポイと服を脱ぎ捨て扉を開けば、そこは想像通りの絶景だった。女性の家だけに高い壁が周囲を囲むも、上を見上げれば360度に樹木が広がる大パノラマ。そりゃ森の中だもんね。

 

「んなっ!? おまっ、なんで」

 

「居た居た。やっと落ち着いたし、リュカとゆっくり話たいなと思ってさ」

 

「せめて前くらい隠せよぉ。人間ってみんなそうなのか!?」

 

 少年は戸惑っていた。自分にも付いてるだろうに股にぶら下がる物に視線を釘付けて開口している。俺は大浴場に慣れているので平気だけど、あまり人と風呂には入らないのだろうか。

 

「というか、露天でも一応個室扱いかな。気を悪くしたらごめん」

 

「い、いいけどよ」

 

 湯舟も十分広いので大丈夫だと思ったのだ。すまんすまんと謝りつつに掛け湯をすると、ジグルベインがお前さんと震えた声で呼んできた。

 

(つ、付いとらんぞコイツ)

 

「え?」

 

 何がと思うのだけど、答えは明白。俺を覗き見る少年の股座を魔王は逆に覗き込んでいた。湯から顔だけを見せるリュカは髪を解いている。相変わらずに中性的な外見だ。口調や態度からすっかり男と決め込んでいたものだけど。

 

「っ!?」

 

 もはや声にもならぬ驚愕が走る。お前、女だったのか。

 

 

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