ノーブレスオブルージュ~その唇は吐息をしない~   作:雨居神宮

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31 次の仕事

 

 

 仮眠のつもりが結局朝まで眠ってしまった。

 布団は貴族の使っているようなフワフワなものとは遠いが、思えばイグニス家を出てからというもの野宿だったり床だったりととてもまともな場所で寝ていなかった。疲労もあったのだろうが格別の寝心地だった。

 

 名残惜しい布団の温もりだが、体力が回復すると今度はグーグーと腹の虫が餌を寄越せと鳴き出して。昨日は朝飯しか腹に入れていなかったのを思い出す。なんだかろくな生活を送ってない気がしてきた。

 

 腹を擦りながら部屋を出て。そういえば食事は何処でするのだろう。

 ジグに聞いても分からない。一緒に行動しているのだから当然か。

 

 ちなみにこの村の住宅は木造で、床も壁も全部木だ。

 石造りが多いこちらの世界はもとより、実は地球でもこのような建物に入った事は少ない。子供の頃に旅行で泊まったログハウス以来だろうか。

 

 こんな秘密基地が欲しいなぁと壁に手をつき手触りを楽しみながら歩いていると、廊下の角からぬっと影が姿を見せた。

 

「おはようツカサ。ちょうど呼びにいく所だったんだ。腹減っただろう、朝飯が出来てるぞ」

 

 自分の背より高い狼がにこやかに挨拶をくれる。ウルガさんだった。

 こちらも挨拶を返し、ペコペコだと伝えるとそうだろうと尻尾を振りながら食堂へと案内してくれた。

 

 しかし何かが変だとジッと見ていると、そう尻尾だ。

 昨日のウルガさんは普通に服を着ていたのに、今は短パンを履いているだけなのである。

 

「ああ、この格好か。見苦しかったか? 獣人は服が好きじゃないんだ。窮屈でしかたない」

 

 なるほど、と頷く。気持ちは分かった。人間だって家にいる時はラフな格好だ。男なんてパンツ一枚が当然だし、世の中には裸族もいるという。

 尻尾や体毛が押さえつけられるぶん窮屈だという言い分は分かる。そもそもが人間に合わせて着ていたのだろう。

 

 ダイニングでは羊の奥さんが料理を運んでいた。六人用の机が埋まるほど一杯に皿が置かれている。そこにイグニスやイリーナの姿はまだない。

 

「すまねえな奥さん。俺まで馳走になっちまって」

 

「いいのよウルガちゃんなら大歓迎だから。さっさツカサちゃんも一杯食べてね!」

 

「わ、わー。い、いただきまーす」

 

 パンや目玉焼き、スープに生野菜のサラダ。肉の煮込み料理。それはまあいいのだけれど、とうとう出会ってしまいました虫料理。

 

 芋虫の煮物料理。拳ほどの大きさの蜘蛛を炒めた料理。なんかよくわからない甲虫のよくわからない料理。

 

 とりあえず食べられる物を食べながらチラリと目の前に座るウルガさんを盗み見た。

 平然と蜘蛛にフォークを差してバリバリといっている。ですよねー。

 

 自分もこちらに来てから動物を狩りその肉を食べている。グロ耐性という意味ではかなりついたはずだが、口に運ぶのにこうも抵抗を覚えるとは虫恐るべきである。

 

 すると顔に出てしまったのだろうか、虫は嫌いだったか?と耳を畳む犬顔を見て。まさかーと笑いながら蜘蛛に齧りついた。

 

 食感は海老の尻尾の様で、パリッとしている割には薄皮一枚で繋がって絶妙に歯切れが悪い。あと、足がやたらと尖っていて口の中が痛い。

 味は感じる余裕が無かった。早く咀嚼してしまいたかったのだ。

 

(カー。お前さん虫なんてよう食うのう)

 

 やっぱりこっちの世界でも一般的な料理ではなかったか。ちなみにイグニス達は昨日食べ過ぎたからと朝食を断ったらしい。つまりまぁ逃げたのだ。くそ!

 

 朝食の後は裏切り者達と合流して少し村を見て回った。村に人気は少ない。

 動ける人は皆鉱山に行ってゴブリンの処理をしているらしい。討伐の証拠に鼻を削ぎ、死体は燃やすのだそうだ。

 

 死体を放置して良いことはない。へたに肉があれば、また小鬼や他の魔獣を呼ぶ。そして腐れば虫も沸くしスライムも集る。病気の元にもなるだろう。なので早めの処理が必要なのだ。

 もう町からも応援の人手は来ているようで、ガンガン火にくべているという。

 

「これ以上留まってもしょうがないな。私達も町に戻ろうか」 

 

 昼食になる前にと隠れた言葉が確かに聞こえた。村長さん含め残っていた人は残念そうにするが、イグニスの提案に俺もイリーナも全力で頷いた。

 

 ボコの背を少女二人に譲り、俺は歩いて行こうと思っていたらキツネさんが馬車に乗せて行ってくれる事になった。ウルガさんも一緒らしい。こんな時でも商売なのかと商魂に呆れていたら、どうやら手紙を出しにいくそうだ。

 

「人数がだいぶ減ってしまったのでね、親族に声を掛けてみるんですわ。早く活気が戻ればいいんですけどねえ」

 

 やはり鉱山での被害が大きいのだろう。金銭面では一応の見通しが出来たようだが、人手は別だ。短期ならばあるいは冒険者ギルドなどで集められるかも知れないが、移住者を探すとなると慎重にもなるのではないか。

 

「おっと、私も人間相手に商売してるんで決して人嫌いではないんですよ。特に君のような人なら大歓迎だ。一人でゴブリンの群れに飛び込むなんて中々出来る事ではない」

 

「そうだな。ツカサにはアパムゥがある」

 

「アパムゥ?」

 

「ああ獣人の言葉さ。意味は、勇気だ」

 

 勇気。勇気か。どうにも背中がむず痒い。

 違うんです。俺にはジグルベインがいるから無茶が出来るんです。後先を考えないだけなんです。失うことが怖い、臆病者なんです。

 

 持ち上げる二人に否定の言葉を挙げたかったけど、飲みこんだ。首飾りに新に増えた狼の家紋と狐の商紋。それをギュと握りしめる。いつか、この人達の期待を裏切らない立派な大人になりたいものだ。

 

 一時間ほどでサマタイの町が見えてきた。今日ばかりはさすがに影市の姿は見当たらない。変わりにところどころで大きく火が焚かれていて、兵士と思われる槍を掲げた人たちが結構な数で回っている。

 

 町の周辺には大きな畑があるのでその見張りだろう。火を焚いていることから夜通しの作業だった事が窺えた。その光景が存外胸を打つ。

 

 バイト生活で町の人と触れ合ったからだろうか、どうやら俺はのんびり畑仕事をしているこの平和な町が結構気に入っていたようだ。

 

「早く日常が戻るといいですね」

 

「大丈夫さ。獣人も人間も、この程度でへこたれたりしない」

 

 ウルガさんの無骨な手が頭に乗った。大きくて、もさもさで、ぷにぷにで。その手にはとにかく包容力があった。これが大人という奴か。

 

 大丈夫。そんな簡単で言葉で、本当に大丈夫な気がしたのだ。

 

 町に着いてすぐイリーナとは別れる事になった。教会の手伝いがあるようだ。旗の日に向けて準備していたので忙しいところを抜けて来てくれたのだろう。怪我の治療のお礼を言うと、お仕事ですからと顔を赤くして去っていた。

 

 俺達はハンターギルドで魔鹿の清算である。

 建物は冒険者ギルドと同じなのだが、買取場に行くのは初めてだった。裏に解体場があるせいか受付も少し生臭い。

 

 ウルガさんが前掛けつけたおじさんにギルド証を渡すと裏から大きな革袋がテーブルに置かれ、ガシャンと鳴った。まさかこれお金なのだろうか。俺だけでなく周囲の人たちも騒めきを隠せない。

 

「肉が1トロン分。後は皮と角も売れた。占めて金貨60枚だ。羨ましいねえこの!」

 

 ん?金貨60枚。幾らだ?一枚1万は、小金貨か。金貨だと確か5万だろ。すると……300万!?

 

「うおおすげーなウルガ。何を狩ったんだよ!?」

 

「大型の魔鹿らしいぜ。定食が鹿肉ばかりなのはそのせいらしい」

 

「大型なんてどうやって狩ったんだよ。5人居ても狩れないだろ……」

 

 森に置いてこなくて良かった。ウルガさんマジファインプレーである。

 ウルガさんは半分持っていけと言ってくれた。運送費や護衛費も掛かってるだろうからもっと少なくていいと言ったのだけどこれは譲ってくれなかった。

 

「俺では仕留められなかった。それに碌なお礼が出来なかったからな」

 

「ありがとうございます。遠慮なく頂きます」

 

 こうして思わぬ高額報酬を手に入れる事となった。今夜はジグに良い酒を買ってあげよう。

 

 せっかくなのでギルドの食堂でちょっと早めの昼食を皆でとった。先ほど聞こえた様に、肉には鹿肉を使っているようだ。赤身が多いが意外と柔らかくて美味しい。少なくとも虫とは比べ物にならない美味しさである。

 

「おお、居た居た。これはイグニス様まで、ん? ウルガも一緒か」

 

 食事の席に手を挙げて寄ってきたのは、水色の髪をした短髪男性で。ギルドに来た初日に会った……ええと。やばい誰だ。

 

「ガリラか。お前のお陰でいい出会いが出来た礼を言うよ」

 

 ああ、ガリラさん!そうか、この人もハンターだった。もしかしてウルガさんに紹介してくれたのはこの人だったりするのだろうか。

 

「ああ、それは何より。俺の仕事はもっぱら護衛だからな。そしてツカサ、俺の代わりに護衛の仕事を受けてみないか? 王都までの片道だ」

 

 本来ならガリラさんが受ける予定だったのだが町がこんな時である。貴族として町の安全に力を尽くす為に譲りたい。そう熱弁し俺は感銘を受けたのだが、キツネさんがつっこみをいれた。

 

「今はゴブリンの方がお金になりますからね。王都まで行っては機会を逃すのでしょう」

 

「言うなー!!」

 

 ああ、そういう事ね。ふーん。

 

「いいかな、ガリラ。この時期で王都の護衛というとレースの参加者かい?」

 

「流石ですねイグニス様。そうです。ルノアー商会は王都レースに参加します」

 

 明日の旗の日の目玉イベント。それが王都レース。毎年1度、業者がこの町に集い王都に辿り着くまでの速さを競うらしい。なんだその面白そうなイベントは。

 

 どうするんだとチロリと赤い瞳が訴えかけてくる。参加したいなぁと子犬の様な顔で見つめ返した。コクリと許可が下りる。

 

「はーい! 出まーす! 俺出まーす!」

 

「お、応。助かるがあくまで護衛だからな」

 

 こうして次の仕事も決まった。王都に行くならば是非にと、キツネさんから手紙の配達の仕事も一緒に受ける。

 

 なんかもう俺になら仕事を任せても大丈夫だという信頼感が嬉しくて、人と人との絆というか、出会いの積み重ねというか。なんか嬉しい。

 

 廃城では一人で行く抜くのに必死だった。ルギニアでは言葉が分からず学ぶのに必死だった。ここで、ようやく俺は人の輪の中に入れた気がするのだ。

 お仕事最高!とは言わないけれど、異世界の人間からただの冒険者になれた気がする。

 

 そうしてウルガさんはキツネさんを送りに村に戻った。

 イグニスは町長の所へ行くと、正装もせずに出かけて行った。おおかた村長との橋渡しでもしに行ったのだろう。豆な事である。

 

 俺は宿で久しぶりの一人きりと言うかジグと二人きりの時間を満喫するも、夕刻に帰ってきた少女の前で襟を正す。

 

「ああ、やっと二人きりになれたね」

 

 宿屋で美少女にそんな事を言われた。男の子なら誰だってドキッとするシュチエーションだ。俺も例に漏れずドキドキだ。でも羨ましかったら誰かに代わってあげたい。

 

 だってこの魔女触れなくても火傷しそうな程に、それはもう視線だけで火が付きそうなほどに目つきが悪いんだもの。

 

「何があったか全部話せ。あの場で君は何と戦ったんだ?」

 

 そう。俺は報告するのをすっかり忘れていたのだ。

 

 

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